プリウスの生産台数の悲喜こもごも
東京オフィスで使っていた走行距離12万キロの2代目プリウスの後継車として、3月に発注していたアクアが先週やっと納車されました。何とかエコカー補助金が切れる前の納車になったようです。アクアはプリウスの弟分、小型ハイブリッド車として多くの受注をいただき、トヨタ東日本岩手工場でフル生産を続け、さらに緊急能力増強を行ってもまだまだお待ちいただいているお客様が多いとのこと、5ヶ月待ちでの納車とは言え、申し訳ない気持ちで一杯です。
何が生産増のネックになっているのか不明ですが、プリウスに続き、アクアもこのハイブリッド車に対するお客様の強い支持とご要望にお応えできず、長期間納車を待ていただいていることはトヨタの関係者も真摯に受け止める必要があると思います。
トップダウンで生産台数が決められた初代
ハイブリッド車の生産台数を決めるにあたっては、開発陣の悲喜こもごもいろいろなエピソードがあります。初代プリウスの計画スタート時の月間生産台数はわずか200台/月で、限定生産の域をでないものでした。しかしながら当時のトップが「“21世紀に間に合いました、普及を目指す次世代自動車の量産先駆け”と言うからには最低限1000台/月だ」と決断されて大幅に規模を拡大しました、後の流れを見るとこの選択は間違いなく大英断といえます。
2003年の2代目プリウスでは、われわれ開発陣は当然次世代自動車普及拡大の次ぎのステップへのチャレンジとして、初代開発でやり残したいくつもの改良を行い、そしてマーケットでの経験やユーザーの方々からの様々なご指摘にそって開発を行いました。また、燃費性能も走行性能も高い改良目標達成実現を約束し、さらにその上での極めて高い原価低減目標達成へのチェレンジもこの2代目で取り組む課題として覚悟を決めていました。
それら多くの改良、チャレンジ目標を達成するためには、ほとんど1からの開発に近い設計の大変更、生産工程の変更、部品の作り直しが必要でした。自動車開発でここまでの変更を行うと、少量の生産台数ではその開発費を回収できず、生産計画台数を大幅に増やす必要があります。しかし、営業から提示された販売計画台数は、当初原価目標を決められないほどの少ない台数で、特にアメリカからは「このような小型ハイブリッドがアメリカでは売れる筈がない」とのコメントとともに日本よりも少ない台数の提示が届けられました。
当時2000年~2001年時点のアメリカでのガソリン価格は、水よりも安いガロン1ドル~1.4ドル(21円~30円/ 80円/ドル換算)、われわれハイブリッド開発グループでは、ガロン3ドルまで上昇するシナリオまで作り、ガソリン需給のタイト化、地球温暖化抑制からも次世代自動車の口火を切ってやってきたハイブリッド車普及をリードする戦略車としての台数提示を求めましたが、それでも世界全体でも2500台/月との回答。今では隔世の感がありますが、これが営業側の最初の提示でした。
燃費性能、走行性能、さらに車両商品性のジャンプアップを図りながら原価チャレンジ目標を達成するには、モーター・発電機が入ったハイブリッドトランスミッションとそのパワーコントロールユニット、ハイブリッド電池、回生協調ブレーキなどなどハイブリッド用大物部品から様々な小物部品まで、材料、設計、生産技術、検査技術に至る全てのプロセスでの取り組みが不可欠ですが、2500台/月の計画ではこの一大変更の提案すらできません。
そこでいろいろな働き掛けを行い、技術サイドと生産サイドがリスクを背負って決めて、立ち上がりの生産台数を7500台/月まで積み上げました。開発陣としては、次世代自動車の先進性を感ずるデザインも相俟って、これならブレークするとの確信を持っていましたが、我々としてもこの数字が精一杯で、その先のブレークまでは誰一人として読み切れませんでした。
想像以上だった2代目プリウスの売れ行き
開発完了後、2003年4月初旬のニューヨークモーターショーを皮切りに、4月中旬の欧州でのローンチイベント、様々な環境イベント、日本でのほとんどのイベントにも参加し、広報宣伝パンフレット作成の細部にまで口を出させて貰いました。
2代目プリウスは手応え通りの売れ行きを見せ、さらに2004年になるとアメリカのガソリン価格が高騰、2004年ガロン1.8ドル~2005年2.2ドル、2007年には3ドルを超えるレベルにまで高騰していきました。それに伴って、売れないと言われていたアメリカでも誰もが認めるベストセラーカーとしての評価を確立しました。
とはいえ、ガソリン高騰だけが、ハイブリッド普及に拍車を掛けたとは思っていません。そもそも2003年の発売時から受注は好調で、上記の通り営業の提示の3倍の生産規模でスタートさせたのも関わらず、受注残が積み増される一方でした。3代目への切り替えまでに5回以上の生産能力増強を行ったものの、納車まで永い期間お待ちいただくケースも多く、ハイブリッド普及への大きな機会損失もあり、さらにコスト低減についても少しずつ能増の繰り返したために、数の効果を減らしてしまったと推測しています。
2008年のリーマンショック後、世界的に新車販売が大きく落ち込みましたが、ハイブリッド車は比較的好調でした。しかし3代目プリウスで目指していた次世代自動車としての大きな普及拡大へのジャンプが、トヨタ車の予期せぬ加速問題と、それに端を発したプリウスブレーキリコール問題、この一連の騒ぎもハイブリッド普及へのアゲンストの風、コンペティターのハイブリッド導入先送りにも繋がってしまった可能性もあります。
とはいえ今回のアクアの発売等もあり、今年に入ってからは、トヨタ以外の各社の車も含めて日米でハイブリッド車は記録的な売れ行きを誇っており、やっと本格的なハイブリッド車開発競争時代が到来したように感じています。次ぎは機会損失を少なくするように、また逆に競合できず過剰投資にならないだけの商品力を持つ、エコだけではない様々なジャンルのハイブリッド車が求められるでしょう。
まだまだ次世代自動車の「本命」は表れていない
さて、今回納車されたアクアは東京の息子が使う車ですが、すぐ試乗を兼ねて三島まで走ってきたので、私も近くのクルマ試乗の定番コース、箱根峠、伊豆スカイライン、新旧東名の長泉沼津、清水と走ってきました。
以前にも、このブログでも取り上げましたが、いまだにクルマの開発屋の癖が抜けず、そのクルマの粗を隅から隅まで探し回る乗り方をしてしまいます。現役時代では、システム設計のエンジニアの説明を受けながらクルマを乗り回し、また車両評価のプロからの指摘点を自分で確認させて貰い、また時間を作ってはベンチマークとなる様々なクルマを持ち出しては走り回ることを心がけてきました。若い頃は、同僚や先輩達からクルマを持ち出してはどこかでサボっているとも言われていたようです。
私自身、エンジン開発担当が長く、車両走行性能、操安性など車両評価のプロではありませんが、エンジン評価もエンジン単体やシャシーローラに乗っけての実験評価だけではなく、クルマを走らせた状態での評価に重きを置いてきました。ハイブリッドでは、さらに動力を伝える伝達系、回生協調ブレーキ、ハイブリッド駆動力*回生協調ブレーキ*パワーステアリングを協調制御し走行安定性、操舵性能を高めるS-VSC(Vehicle Stability Control)までハイブリッドシステムに含まれ、さらにシステム故障診断、故障時の待避走行機能もハイブリッドシステム設計として保証する必要があり、通常時、高低温、高地、高速から登坂までの限界走行から、故障時までクルマの動きとして確認、保証していくことが必要です。
これまた、自分自身でその限界挙動や微妙な特性を掴める本物のプロキルは持ち合わせていませんが、自分でクルマを走らせ、そうした本物のプロ達の評価スキル、その矜持の高さを知るにつけ、信頼して任せるプロ人材を見極める目を養うことができたように思います。
現役時代と違って、次世代自動車として話題に上がるいろいろなクルマに乗る機会がめっきり減ってしまましたが、機会を見つけてはいろいろなクルマに乗ってみることを心がけています。最近では、VWゴルフTSI、ホンダフィットハイブリッド、BMW アクティブE、先月の欧州出張では残念ながら予約したベンツCクラスクリーンディーゼルではなくVolvo S80ディーゼルをアウトバーンやカントリー路で使う機会がありました。
それぞれの評論は避けますが、次世代自動車へのアプローチとして様々な方向があることを体感しましたが、隅の隅までクルマのあら探しをし、次ぎこそはと終わりのない技術進化に取り組んできたつもりの私としては、この試乗車の中にもエコ性能だけではない次世代自動車として感激を覚えるクルマはありませんでした。
もちろんトヨタOB、トヨタハイブリッド開発の生みの苦しみを味わった私の身びいきを差し引いても、クルマの基本性能+エコ性能のバランスの高さとして、アクアは自信を持ってお進めできるクルマです。しかし、これからの目指す次世代自動車として、クルマ開発評価の本物のプロスキルの五感を駆使しての評価では、コストとの安易なトレードオフ、リアルワールドであと一息のパワーとレスポンス、エンジンの音質、車室内の音作りなど、など、次の進化に向けて厳しい指摘がなされ、この売れ行きに安住することなく高い目標で弛まぬ改良作業が進められているものと信じています。