米国トヨタ本社のテキサス移転

少し旧聞となりますが、4月28日(月)にトヨタはこれまでカリフォルニア州(加州)トーランス市においていた米国本社をテキサス州プラノ市に移転すると発表しました。トヨタの発表によると、米国とカナダの企業活動全体を”One Toyota”ビジョンで行うためにプラノ市に移転し機能を集約すると説明しています。

もともとトーランス市に置かれていたのは、米国での販売、マーケッティング拠点であった米国トヨタ自動車販売の本社で、車両開発、生産、渉外機能とは別機能でした。その後、米国での現地生産、現地生産活動が増加するにつれ、米国全体の本社機能と位置づけられました。開発部隊のなかでも、筆者のようなエンジン屋にとっては、デトロイト近郊のアナーバー市にあるテクニカルセンターとともにトーランスの隣、ガーディナ市に置かれたラボが馴染みのある米国の拠点でした。そのガーディナラボは、エンジン評価、車両適合の拠点とともに、世界の自動車環境規制をリードしてきた加州大気資源局(CARB)と将来自動車環境規制のルールメーキング、試験法についての情報収集や、CARBとの認証届け出業務の重要拠点でもありました。プリウスの発売後は、実用的な次世代環境車としてCARBのスタッフ達が実用的なクリーン/グリーンビークルとして高く評価してくれました。それに意を強くして、全米どころか世界へハイブリッド車を広げる戦略の説明、将来ビジョン議論のためガーディナラボのメンバーとともにトーランス本社に何度も足を運んだ記憶があります。

このテキサス移転を伝える5 月のGreen Car Reportは、「Toyota’s Texas Move: Prius Maker Lands In Highest-Carbon State」との見出しでこのニュースを伝えています。テキサス州は温室効果ガス排出量が全米50州中1位、一州の排出量として、フランス、イギリス、カナダを超えています。これを根拠に、環境自動車プリウスを販売している会社が環境問題を重視していない州に本社を移したことを皮肉った見出しをつてけています。温室効果ガス排出最大州となっている要因としては、19もの火力発電所があること、化学工場が多いこと、都市部でも公共交通機関が少なく、もっぱら自動車、その自動車も大型ピックアップトラックや大型SUVが多いことが上げられています。一方、ハイブリッド車比率は全米平均を大きく下回っており、さらに、ペリー知事は地球温暖化懐疑論者であったことは有名です。

もちろん、様々な法規制や法人税率など企業活動のやり易さ、広い米国全体に散らばる拠点のコントロールセンターとしての地理的な条件からは加州よりもテキサス州が有利のようです。しかし、21世紀の企業ビジョンとして「環境・エネルギー問題へ対応する自動車の変革」を掲げ、ハイブリッドプリウス開発に取り組み、次世代自動車をリードしてきたトヨタが、環境規制をリードしてきた加州から「Highest-Carbon State」に移転したときの影響をどう判断したのか、知りたいところです。

何度かこのブログでも紹介してきたように、筆者自身は現役のクリーンエンジン開発リーダの時から、加州ZEV規制には反対を続けてきました。。大気汚染の深刻さを否定していた訳では決してありませんし、開発を手がけてクリーンエンジン車のクリーン度はCARBも太鼓判を押す経年車クリーン度NO1だったと自負しています。もちろん、排ガスシステムのリコールを命じられてことは一度もありません。クリーン度の改善手段として、まだまだエンジン車でもやれることがあり、やり遂げる自信もありました。さらに走行中ゼロ・エミッションの定義が納得できず、さらに今も基本的には変わっていませんが、短い航続距離ではクルマの機能としてエンジン車に起き買われないことが明かだったからです。。

1990年代の初めに、前述のロス近郊のCARBラボやサクラメントのCARB本部で、ZEV規制ルールメーキングスタッフ達や幹部達と、「走行中のZEVは誤解を招く、発電エミッションも入れて議論すべき」と激論を戦わせたことを思い出します。いわゆるエミッション・エルスオエア・ビークル論を戦わせました。そのときの彼らの反駁は、「カリフォルニア州には石炭火力はなく、クリーンな天然ガス火力と原発、さらにアリゾナ、コロラド州からの水力発電だから電力もクリーン、さらにオゾン濃度の高いロス地区、サクラメントには天然ガス発電所すらないので文字通りZEVだ」との主張でした。トヨタ社内のEV開発リーダーからも、あまりEV開発に水をかけないで欲しいと、クレームを付けられたのもこのころの思い出です。

僅かな台数のZEVを導入するよりも、触媒もついていない古いクルマ、いかにもエンジン失火のまま走っている故障車を減らすほうがよほど大気改善には貢献できるとの主張もしました。「効果が大きいのは判っているが、大気改善が進んでいない現状ではイメージ優先、ZEV規制を引っ込めるわけにはいかない」と言われてしまった。ロス地区のオゾン発生メカニズムや大気環境モデルを勉強をしたのもこの頃です。

その後、加州では、自動車のLEV規制や自動車だけではない様々な規制強化によりロスのオゾン濃度は低下をつづけ、またPMの改善も進んでいます。しかし、この環境改善効果は当時の議論のとおり、ZEV導入の効果はほぼゼロと言ってよいでしょう。自動車排気のクリーン化と古いクルマが新技術のクリーン車に置き換わり、さらに最近のニュースにあった停泊中の大型船舶電源として一般電力(グリッド電力)への切り替え、レジャー用船舶、アウトドア車両の規制強化などによる効果とされています。さらにPM2.5の排出源として、航空機からの排気の寄与率が高いとの調査結果も報告されています。

残念ながらZEV規制を止めることはできませんでしたが、CARBの幹部やスタッフ達とこうしたディベートをフランクにやれたことはアメリカのオープンさの表れとして良い思い出でした。”Prius”発表後は、この実用ハイブリッド車の開発努力とクリーンポテンシャルを高く評価し、新カテゴリーの先進技術パーシャルZEVカテゴリーを新設してくれるなど普及をサポートしてくれまいた。さらに環境保全の”リアルワールド重視”の部分では、技術的に納得できる提案は採用してくれるなど、オープンでフランクな信頼関係の構築ができたと思っています。

いまもZEV規制には、オゾンやPMといった都市部の大気汚染の規制としては”リアルワールド”での改善効果の少なさから賛成できません。特に自動車から排出されるCO2まで温暖化ガスとしてZEVに取り込んだ動きは、加州だけの問題ではなく、グローバルな問題、もう一度ZEVの定義について当時の議論を材料にCARB幹部やスタッフ達に反駁したいところです。CO2はどこで排出しても気候変動に影響を及ぼす温室効果ガスであり、走行中ゼロでも発電所での排出を含めて評価をすべき「エミッション・エルスオエア・ビークル」です。某社がZEVクレジット販売で利益を上げるのは異常、低カーボン車の普及によって環境保全に寄与できるとの主張は当時も今も変わりはありません。

CO2排出量ではあっという間に中国に抜かれてしまったが、アメリカは中国に続く世界二位、さらに一人当たりのCO2排出量では今でも群を抜く化石燃料多消費国、このアメリカがやっと本気で温暖化対策のためのCO2排出削減に舵を切ろうとしています。CAFÉ規制強化は決まりましたが、まだまだ大型ピック、大型SUVが好まれる国です。低CO2次世代車はハイブリッド、プラグインハイブリッド、電気自動車含めてわずかシェア3.8%と低迷しています。中国とともに、この国が低CO2に動かなければ低カーボンのグローバルな新たな削減活動の枠組み条約は成立しません。その中で、自動車の変革は待ったなしですが、実用技術の裏付けのない規制や、国際政治のパワーゲームで次世代自動車の普及が加速するわけではありません。

規制対応だけではなく、実際にクルマの魅力を高め、この次世代自動車比率を高めることが自動車分野の低カーボン化のポイントです。これをリードしてきたのがトヨタ、ホンダ、日産の日本勢、そのなかで我々は『Prius』で先頭を走ってきたとの強い自負を持っています。この次世代自動車普及の背中を押したのが、私自身、ZEV定義と規制には賛成できませんが、カリフォルニア州ZEV規制であったことは間違いないと思っています。『Prius』を筆頭に次世代自動車普及のアーリーアドプターとしてハリウッドのセレブ達やシリコンバレーなど西海岸の人たちからの強いサポートがあったことを忘れることはできません。

この話題の最中に、ピークオイル論ならぬ、ハイブリッドピーク論が話題になっています。*

*  Could U.S. Hybrid Car Sales Be Peaking Already–And If So, Why?

「アメリカのハイブリッド車販売は既にピークをすぎたのか、それは何故か?」

16 June, 2014 Green Car Report

http://www.greencarreports.com/news/1092736_could-u-s-hybrid-car-sales-be-peaking-already–and-if-so-why

 

ハイブリッド、プラグインハイブリッド、電気自動車含めた次世代自動車の2013年販売シェアは僅か3.8%、このうちプラグインハイブリッド、電気自動車併せて0.6%と比率としては増加していますが、ノーマル・ハイブリッドを押しのけコンベ車に置き換わっていく勢いはありません。

折しもトヨタは年内の水素燃料自動車販売を発表しましたが、電気自動車=ZEVの代替候補として実用化の暁にはクルマの航続距離に優れた水素燃料電池自動車の実用化支援活動をリードしてきたのも加州です。まだ、水素燃料電池自動車普及へのハードルは高く、これが『Prius』を名乗ったり、ポスト『Prius』になるには時間だけではなく、技術ブレークスルーも必要ですが、このアーリーアドプターマーケットも加州が務めてくれることは間違いないと思います。

しかし、いつになるか判らない水素燃料電池車普及の前に、全米で僅か3.8%のシェアの次世代自動車シェアを拡大していくには、やはり加州のユーザーにアピールでき、また環境性能としても電気自動車、水素燃料電池車と競合できる、ハイブリッドピーク論をぶっ飛ばす次の先進『Prius』出現に期待したいところです。