自動車企業の不祥事多発とメーカー責任のありかた

次世代自動車動向ブログ 再開第1号 NGM―N001 

八重樫武久

再開第1回目のブログとして、この数年多発し、その背景を探ってきた製造業の不祥事について取り上げました。自動車関連でも、特別委員会専門家委員を務めた三菱自動車の燃費不正問題から、SUBARU、日産、SUZUKI、MAZDAと多発した完成車検査不正と続きました。最近でも、自動車関連では三菱電機の車載用ラジオ受信機のEU規格試験不正、さらに曙ブレーキの検査データ不正と続いています。自動車企業の不祥事は日本だけではありません。世界中を震撼させ、今もその影響が拡大しているVWグループのクリーンならぬダーティだったディーゼルゲート事件は、欧州各国の脱内燃エンジン自動車政策にまで影響を及ぼしています。

長らく休止していた、コーディアHPを装いを新たに、またセキュリティ強化を図り再開することにいたしました。よろしくお願いいたします。

日本の自動車産業発展の糸口は、戦後の混乱期の“安かろう、悪かろう”の製品から、企業の生き残りをかけて取り組んだ、高品質、高信頼性のクルマ作りへの取り組みでした。頑丈で壊れないクルマをめざし、それを基本に欧米勢の背中をみながらデザイン、走り、環境性能、安全性能と高め、トップ集団となることができました。その原点の品質、信頼性が揺らぎ安全・安心なクルマを作れなくなってはCASEもSDGsもありません。再開したブログの主要テーマの一つとして、この製造業の不祥事の背景とその再発防止策を取り上げていきたいと思っています。日本はこれからも「科学技術立国」「ものつくり立国」として、自動車を筆頭に付加価値を高めた安全、安心して使え、SDGsに貢献する技術と製品を送り出し続けることが生きる道です。そこでは、システムインテグレータとしてのメーカー責任をどのように考えるかも重要なポイントと考えます。

ブログ再開1号は以前にこの問題を取り上げていた会員向け次世代自動車ニュースレターに、今に続く不祥事多発の背景を取り上げており、今お伝えしたいこと、問題意識がほぼそのまま書かれていましたので、その再掲を今回のブログとします。

株式会社コーディア会員向けニュースレター最終号クローズアップ(2017年10月)の再掲

自動車企業の不祥事多発とメーカ責任のあり方

自動車企業関連だけではありませんが、企業不祥事が目を覆うばかりに多発しています。これは日本だけの問題ではありません。今世紀に入っても米国のエンロン事件にはじまり、2008年のリーマンショックを引起こした米連邦住宅抵当公社ファニー・メイ、リーマン・ブラザーズ、シティバンク、JP モルガンなど金融会社の不祥事、日本でも東芝、最近の神戸製鋼まで書き切れないほどと不祥事、事件が続いています。(2015年)

自動車業界では現代自、Ford の米国燃費詐称事件(2012年)、VW グループのディーゼルエミッション詐欺事件(2015年)、三菱自動車の認可試験申請データ詐称と公式燃費詐称事件、スズキの認可試験申請データ詐称事件(2016年)、さらに今回の日産自動車完成車検査の不正事件(2017年〜2018年)と枚挙に暇はありません。品質関連でも、2000年の三菱自動車リコール隠しを手始めに、トヨタ車の予期せぬ暴走による大リコール、GMのエンジン始動キー脱落リコール、リコール対象部品個数が 1 億個を越えるタカタのエアバッグ異常破裂など数え上げるだけでイヤになるほどです。この不祥事多発の背景の一つには、ICT化が進み、社会システムが複雑になり、情報の多さに溺れ、経営幹部、マネージ層から製造現場まで、人間のコミュニケーションによる人間同士の信頼感を基本とすべきマネージの本質が置き去りにされてきたことにあるように感じています。これから自動車が向かう、電動化、コネクティドカー、自動運転の方向、さらにカーシェア、ライドシェアなどモビリティ大改革は、ドライバーレスが象徴のようにクルマの運転すら人間の関与を減らす方向と言われています。しかし、クルマそのものだけではなく次世代車の開発においても、現場担当者から幹部マネージャーさらに役員まで、人間が関与できていないAI、ソフトファーストなどブラックボックスを拡大させた仕事のやりかた、経営では、人間の手に負えなくなり、さらに不祥事多発させてしまう負のスパイラルに陥ってしまいます。

今回のクローズアップでは、この自動車企業の引起こした不祥事、事件を中心に、自動車エンジニアOBとしての心配事を、NGM Weekly News の最後のテーマとして取り上げてみました。

VWディーゼルスキャンダルは、ディーゼル車のエンジン制御コンピュータのプログラムに仕込まれた公式試験中かそれ以外の実際の走行中(リアル・ワールド)かを検出し、公式試験中以外は排気浄化デバイスの作動を止めたり、弱めたりするいわゆる”デフィート・ソフト”を使って不正を行った事件です。最近もドイツで、当時のエンジン開発責任役員の WolfgangHatz 氏が検察当局に逮捕されました。彼がプログラムの中身まで判っていたとは思えませんが、何らかの不正をやらないと、あの技術メニューで米国の厳しい排気規制をクリアできないことが判らないはずはないと思います。彼どころか、この発端の詐欺ソフト搭載をスタートさせたAudiの既に逮捕されているマネージャも、VWディーゼルチームのマネージャーとエンジニアの殆ども制御プログラム中身、いわんやデフィートソフトのプログラムコードまでは知らないし、いじれないと思います。考え方は伝えたとして、結局はBosch丸投げ、コーディング、デバッギングして量産コンピュータとして納品したのはBosch です。Boschは事件発覚後、デフィートソフトが入っていることは知っており、VWにそれを使うと違法になるとの警告レターは 提出していたと発表しています。しかし、米国では VW 事件として司法当局に和解金を支払って刑事訴追は免れています。ディーゼルエミッション不正事件がこのBosch製ディーゼル制御用国際標準コンピュータ「EDC17」を採用するメーカに拡大しています。この「EDC17」が他のメーカにも供給され、その何社かにデフィートソフトを使ったのではとの疑いが浮上しています。米国ではFiat-Chrysler、GM、欧州では同じくFiat-Chrysler に加え、そのエンジンを搭載している Suzuki、さらにRenaultなどが、公式モード外の実路走行でエミッションが急増するとの計測結果とともに、デフィート・ソフトを使ったのではないかとの疑いで捜査が進められています。

デフィート・ソフトが入っていたかどうか、それを使ったかどうかを、そのコンピュータを搭載したメーカの幹部がどこまで知っていたのか非常に興味があります。各メーカの制御コンピュータのソフトをいじって各種性能の最適化を図る、いわゆるチューニングエンジニアはその存在を知っていたはずです。また「EDC17」とその標準ソフトを提供していたBoschがどこまで自動車メーカにソフトの中身を開示し、各社のマネージ層にどのように説明していたのかはまだ明かになっていませんが、マネージ層はソフトの中身、デフィート云々は理解できてはいなかったと思います。チューニングエンジニアは少しは制御の中身を理解していたとしても、プログラムそのものを理解し、プログラムの改竄を行っていたとは思いません。プログラムが入った完成部品の制御コンピュータの品質を保証し、納入しているのはBoschです。各社のコンピュータ制御系の設計エンジニアも、大部分はエンジン、トランスミッションといったユニット設計部隊のシステムエンジニア、チューニングエンジニアからの要求仕様書をBosch、デンソーといった制御コンピュータやそれを組み合わせた制御システム部品を担当するTier1メーカに渡す役割で、自分で制御ロジック、プログラムとそれを制御に使うエンジン、トランスミッションがどのように作動し、性能を発揮し、さらに安全を品質として保証するかまで立ち入って理解できているエンジニアはほんの僅かです。しかし、排気性能の保証はバッジをつけてクルマを売っている自動車メーカです。「EDC17」を使用し、オランダ当局から公道走行でのエミッション過大排出で捜査を受けているSuzukiのケースでは、担当役員の日本でのインタビューでエンジンはFiat から供給を受けているのでSuzuki の責任ではないと発言しているようですが、お客様にとってはSuzukiのバッジをつけたクルマ、メーカ責任をどう考えるのか、その発言に疑問を覚えました。せめて日本メーカーはバッジをつけたクルマの法規適合に責任を持って欲しいものです。

昨年大問題となった、三菱自の燃費不正問題では、私は特別調査委員会の専門家委員を拝命し、調査活動に参加しました。不正の一つが制御コンピュータを使って燃費・エミッション・燃費・運転性の最適化を受託したンジニアリング会社のチューニングエンジニアがやった不正です。委託したエンジニア、そのマネージャ層、さらに車両チーフエンジニアにとってはそのチューニング作業はブラックボックス、もちろんチューニング対象のプログラムがどのようになっているかは全く知らないメンバーばかりで、極めて高い燃費目標達成へと尻をたたいていただけと感じました。その無理を重ねたチューニング作業で、やってはいけないレベルの背伸びをした燃費チューニングをやり、燃費詐称どころか運転性能、ドライバビリティに関わる市場不具合まで多発させたのは新聞報道の通りです。

このケースでも、技術部の幹部マネージャ層や役員クラスがその高い燃費目標達成に対しい、自社にその目標を達成する技術があったのか、またそうした技術メニューが入っているかを見抜けず、ブラックボックスとして現場、このケースではエンジニアリング会社のエンジニアに丸投げしていたことも問題の一つです。トップ役員が競合車を上回る性能目標達成とコスト目標を要求するのは企業として当たり前です。しかし、担当マネージャ、車両主査、技術役員が、自社技術にその実力があるか、構成システムとして優位性があるのか、制御システム含めて、一種のブラックボックとして丸投げし、結局はチューンニング作業として何をやっているのかを知る努力もせず、担当エンジニアとの直接コミュニケーションも怠りその苦悩、葛藤を吸い上げず業務を進めていたように思います。そんなやり方で作り上げたクルマではバッジに責任が持てないことは明らかでしょう。

私は、数年前に某メーカーと海外メーカのパワートレイン技術供与アライアンスを巡る民事紛争で、専門家証人としてある関わりを持ちました。技術供与契約として、どこまでその技術内容の開示を受けるか、特に制御ソフトの開示が争点の一つでした。この時は、次世代パワートレンの供与を受けそれを搭載するクルマのメーカー責任の重要性を争点の一つとして証言しました。購入しユーザにとっては、バッジをつけたそのメーカーのクルマを買ったわけです。もし不具合が起きたら、ユーザがまっ先に駆け込むのはそのバッジをつけたメーカーの販売店で、その新型パワートレインの供給先でも制御システムを提供する Tier1でもないことは明白です。その不具合に迅速に対処をするためには、提供を受けたパワートレインの制御を含めた仕様、構成部品をブラックボックスとする訳には行かないはずです。他社の完成車にバッジだけ付け替える OEM 車もないわけではありませんが、それでもバッジをつけたメーカーが責任をもてないクルマではユーザ重視の視点から外れていると思います。

今のクルマでは、システム制御の拡大により制御コンピュータも大規模化し、車内ネットワークで結合された統合システムとなってきています。制御システムのモジュール化も加速し、それを大手Tier1に丸投げするケースが増えています。前述のBoschディーゼルコンピュータ「EDC17」もその一例です。もちろん制御だけの話ではありませんが、モジュール化を進めれば進めるほど、ブラックボックスとなる部分が拡大します。

「モジュール化vs 摺り合わせ型論争」も過去にありましたが、2005 年に開発現場から離れた時点でも、今後どちらのやり方でも手に負えなくなってきているとの印象が実感でした。また、開発現場の幹部マネージャ達もシステムとその最適動作と安全・信頼性を司るシステム制御の経験者は少なく、中身の見えない制御は判らないものとしてブラックボック化し、その担当、制御の担当部署やそのあさらに先のアウトソーシング先、その上にシステム、制御系部品のTier1 に丸投げ状態になってきているようにも思います。車両開発のやり方が大きく変わったようには思えません。今のクルマはエンジン、トランスミッション、それを合わせ駆動用モータ、駆動用電池を含むパワートレイン、ブレーキ、ステアリング、空調システムから殆どが電動化され制御の対象となっています。ユニットが設計通りの性能を維持し、作動しているのかも制御信号を介してモニターし、故障や経時劣化まで判定しています。ですからユニット、ハードの専門知識なしに、本当の意味のシステム設計はできず、それをブラックボックスにしてしまっては、バッジを付けたそのクルマのメーカ責任を負うことはできないと思って開発マネージをやってきました。

この先、クルマは電動化、コネクティッドカー、自動運転とシステム規模が拡大し、従来にない新技術が山のように加わろうとしています。マーケット商品としてのクルマ作りの経験のない、Google やApple など巨大IT 企業、Uber/Lift のようなドライブシェアビジネスユニットまで参入しようとしています。自動運転ではNVIDEA、Mobileye、IntelからAIベンチャーまでが入り乱れ、一部のメディア、評論家には旧来自動車メーカは「どんがら屋」だけになるとの発言さえ見かけます。そんな「どんがら屋」とIT 屋、チップ屋のブラックボックスだらけのモジュールの組み合わせで、安心して使えるクルマを作れるようになるとは到底思えません。個人用自動車として1~ 3 トンもの重量を持ち、様々なモジュールを組み合わせたブラックボックスの塊として作り上げられた完全ドライバーレス車に、少なくとも私は身をまかせようとは思いません。各社から2020年から2021年あたりにはドライバーレス車を実用化するとの宣伝合戦が行われていますが、まだまだそんな時代に足を踏み入れ、いわゆる人が操るクルマの終焉は迎えることはないと思っています。しかし、ドライバーレスまでは行き着かなくとも、クリーン・低カーボン、衝突防止ドライバアシストなどコネクティッドカーの標準化は進むことは確実でしょう。このようなクルマになると、自動車メーカの役割、クルマについたバッジの意味が間違いなく問い直されると思います。

 私にもこれぞといった具体的な解決策はでてきませんが、ICT、AI、制御プログラム頼りのモジュール化がさらに進むことは避けられません。その全ての中身をプログラムレベル、制御ハードの素子レベルまで理解することはスーパーマンでも不可能です。しかし、マネージャ、経営者がそれを理解する努力をしなければ、どこが判らなかったかも判りません。少なくとも、判らないことがあることを自覚したうえで、信頼して任せられるスタッフを見つけ出すことが必要です。努力をせず、ブラックボックスの丸投げか、「おれが判るように説明せよ」と迫るマネージャ、経営者が増えてきているように感じています。

クルマはこの 50 年、大きく進化したことは実感ですが、ドライバーレス車も同じですが、安全、安心に「走り、曲がり、止まる」の基本機能に変わりはありません。基本性能をきちっとマーケットレベルで評価できるクルマ屋が、システムの概念、制御の構成、プログラムの概念を勉強し、それ以上判らないとGive up するレベルを見極めることができれば、あとは自分では判らない部分をやれる人、信頼して任せられる人を見極めるしかないとの覚悟ができます。それで丸投げのブラックボックス化は防げます。これからも結局は人、信頼できる人材が最重要です。

システム、制御の不具合、不祥事の多発の背景には、IT 化、情報過多で経営層から、製造・検査現場、実マーケットでのユーザー現場まで、おなじようにブラックボックス化が進み、やっている人が見えなくなってきたことがあるように感じています。PC 画面やスマホ画面を介しての PCでのシミュレーションや計測結果、試験結果の数値統計処理結果だけを鵜呑みにし、Virtualの現象をReal と勘違いしていること、すなわち人の感性含めた Communication による判断を軽視するようになったことが一因ではないでしょうか?私自身、自動車の世界にマイクロコンピュータによるデジタル制御を持ち込んだ第一世代です。そこからハイブリッドまで、その拡大を引っ張ってきた代表格で、開発ツール、マネージツールとしてもパソコン利用を推進し、ネット活用もインターネットが普及する前から興味を持ち、スマホ、タブレットと新しいツールを次々に手にいれてきました。しかし、それにより、人間のCommunication 能力、人間の感性能力を劣化させ、失ってきたものも多いように感じています。企業経営から社会活動まで、IT 活用やシステム制御の拡大も、もう一度、人、その Realでの常識判断、RealでのCommunication、Realでの人の感性能力など人間力重視の視点から、踏みとどまる議論も必要に感じています。

追記

 自動車だけではありませんが、デジタル技術を活用し、システム規模がどんどん拡大しています。現役の開発エンジニアとして自動車へのデジタル活用の最前線ですごしました。このブログでも書いたように、不祥事の背景にシステム規模拡大があることを痛切に感じています。

ホームページ再開のご挨拶でも述べましたが、「未来は過去のなかにあり」意地悪爺さんになっても過去の開発現場での経験から、これからも現役エンジニア、マネージャーにとって耳の痛い話をお伝えしていきたいと思っています。

電動自動車になっても、レベル3、4の自動運転になってもシステムインテグレータとしてのメーカー責任は変わりません。ブラックボックスをかき集めた「どんがら屋」にならないためにどうするか、それに対応する人材育成がポイントの一つです。