気候変動と国際的覇権争い

環境・エネルギー・自動車レポート  (2021年4月度)
星 博彦


いよいよ気候変動を巡る欧州、米国、中国の覇権争いが本格的になってきた。5月2日の日経の記事でも気候変動をめぐる世界の覇権争いが激化していると指摘していた。
バイデン政権が発足し、中国は2060年カーボンニュートラルを宣言、主導権を従来通り握ろうとする欧州と、米国、中国の間で協調と摩擦の難しいバランスが生まれている。一方、GDP世界第3位の日本は政治的にこの争い=競争の中に取り残されているように見える。

  1. 欧州の気候変動対応
    欧州各国は国連などでも、環境行政に先進的な役割を果たしていると考えられているが、ただ、必ずしも、気候変動対応にわき目も振らず突き進んでいるということではない。EU域内にはポーランドを始めとする東欧諸国の抵抗勢力もいる。さらに、基本的に階級社会である欧州各国の中には2019年に起きたフランスの黄色いベスト運動など、気候変動対応より日々の生活を守る事を最優先するグループもいる。
    また、基本的な事だが、気候変動には社会・経済の根本的な改革が必要になり、そのための莫大な財源が必要だ。折からのパンデミックからの復興という名目を、ある意味すり替え、“グリーン・リカバリー”と称し、各国に資金供出を求め、国債を発行するなどで資金調達を図り、気候変動対応にもこの資金を使う方向だ。しかし、この資金が十分に確保できるかどうか、これも欧州の主要銀行は未だ多額の投資を化石燃料企業に対し行っている(17)。など不安材料を抱えている。
    欧州は過去の植民地時代からの世界的なネットワークを活用して、ネット・ゼロへの経済転換の移行を実施する際の覇権を確保したい意向だとされているが(1)、米国、中国との三つ巴の競合の中で優位を保つのは容易ではない。
  2. 米国の気候変動対応
    次に米国だが、バイデン政権になり、気候変動への対応が積極的に行われる政策への転換が行われている(2)。世界一の大国である米国の政治が、大きく二極化する中で、極めて不安定であることは疑いもない。来年の中間選挙、 2024年の大統領選挙、 いずれも、だれにも予想のできない接戦が予想され、今後も短い期間で大きく方向性が変わる可能性を秘めている。
    今回バイデン政権が打ち出した、総額2兆ドル以上になる予算も不安材料には事欠かない。例え成功したとしても、大きな増税になる事は必至で、欧州同様パンデミックからの復活予算として、主に法人税で資金を確保する方針だが、共和党支持者を多く含む層の反発が強まる事は必至で、選挙には大きな影響がある。
    まして一部懸念されているように、オバマ政権時代のバイデン副大統領が呼びかけた”green jobs”政策が”失敗”とのレッテルを貼られており、その二の舞になる可能性もある。
    グリーン経済により雇用が創出される、と現政権は主張している(3)が、純増になるかどうかは不明確だ。確かにリニューアブルや電気自動車など新産業での雇用は増えるが、単純に考えれば、これまで大きな雇用を支えてきた化石燃料企業や、内燃機関自動車産業での雇用減に比べ、新産業で確保できる雇用が多くなる可能性は薄く、特に、太陽光パネル、バッテリーなど、中心となるコンポーネントは海外に、特に中国などアジアに依存せざるをないことも考慮するとリニューアブルと電気自動車で、米国内雇用が大きく増加するとは思えない。今回の予算規模はオバマ政権時代とはけた違いで、失敗した際の影響は計り知れない。
  3. 中国の気候変動対応
    一方、中国は欧米に比べ極めて現実的な路線を歩んでいるように見える。政治体制には民主主義や人権の観点から欧米による強い批判があるものの、逆にこのような政治体制で、必要に応じ先進国、途上国どちらにも属している立場も利用、さらには、莫大な資金も政権が必要と判断すれば、確保できる可能性は高く、欧米で従来彼らの特権であった各種産業が相対的に弱体化すれば、世界の実質的な覇権を握る事も十分可能だ。
    また、国際的な規制、規格、基準をコントロールする野望も明確だ(4)。基準や規格について日本の企業はあまり重視しない傾向があるが、筆者の経験からも国際的な産業にとっては極めて大きい意味をもち、欧州は常に細かい基準についても大きな精力を注ぎこんで対応する。環境基準のISO化などもその例だ。中国企業も今や主要な企業は国際化しており、この点の重要性を十分認識しているようだ。
    ただ、中国に関する以上の展望は、現政権が極めて安定している事が前提だ。欧米は人権問題などを盾に、この安定性に切り込もうとしているが、不満分子への対応は天安門事件以降徹底しており、香港問題も強引な手法で抑え込んだようにも見え、現段階では揺るぎはないと思われる。ただし、この前提が何らかの情勢変化で将来崩れると、エネルギー問題や気候変動対応にも予想の付かない深刻な影響があるかもしれない。
  4. 日本の気候変動対応
    翻って日本の状況を見ると、どうも確たるシナリオ無しに2050年カーボンニュートラルを宣言したのではないかと思ってしまう。後付けで、政府内部では内閣官房中心に検討会で関係機関のヒヤリングが進められているようだが、全体の予算規模やその調達方法など全体イメージについてはあまり伝わってこない。
    ひとつだけ言える事は、気候変動に関する欧米の大型予算発表の渦中にある状況下、国際的には、政策・技術・貿易に関する基準作りに日本が遅れ、実質日本抜きで決められた基準の中で、最終消費者へのサービス提供が困難になり、ひいては、国際基準に準じた材料・部品のサプライのみを日本が担当する事になる構図が目に浮かぶ。
    確かに、サプライヤーは今の半導体不足からも伺えるように将来とも技術の根本を握る極めて重要な役割を占めるが、電気自動車やリニューアブルでは、先進国が独占する技術や、革新技術は必要なく、情報技術以外の日本が得意とする”物作り”の重要度が下がる傾向がある。これは中国が、製品作りで覇権を握る可能性が高い理由のひとつでもある。
    菅首相が宣言した2050年脱炭素に向けた検討会が内閣府で実施され、資料や議事録も公開されているが(5)、議事録を読む限り、関係企業、地方自治体での”ちまちま”した話ばかりで、欧米での政策をメディアが大きく取り上げているような、全体的な国民への負担、資金の調達方法、パンデミックからの復興との関係など、政府の具体的、定量的なシナリオがほとんど伝わってこない。
    もちろん政府内部では2030年代半ばにガソリン車販売禁止の具体策も含め詳細な検討は進んでいると信じているが、各メディアではほとんど取り上げられていないのが実情で欧米とは大きく異なる。
    ただし、欧米の動きは、その前段階での中長期的な厳しい問題意識から生まれており、ある意味背水の陣として気候変動問題に積極的に対応し、覇権を握り(取り戻し?)、世界経済の中での生き残りを図っていく姿勢だ。世界3位の経済規模ではあるものの、国際政治の中で切迫感のない日本が主導権を握って、各国を引っ張っていく姿は想像しにくい。

以上

引用記事:()内の数字は「環境・エネルギー・自動車 主要記事」の記事No.
(1) 朝日新聞 ’21/04/13
「ルールは我々が作る」 ヨーロッパのしたたかさがよく分かる、その脱炭素戦略
https://globe.asahi.com/article/14329060
(2) New York Times ’21/03/23
Biden’s Recovery Plan Bets Big on Clean Energy
https://www.nytimes.com/2021/03/23/climate/biden-infrastructure-stimulus-climate-change.html
(3) New York Times ’21/03/31
Biden’s Big Bet: Tackling Climate Change Will Create Jobs, Not Kill Them
https://www.nytimes.com/2021/03/31/climate/biden-climate-jobs.html?searchResultPosition=1
(4) Financial Times ’21/04/07
China reveals co-operation with EU on green investment standards
https://www.ft.com/content/cddd464f-9a37-41a0-8f35-62d98fa0cca0
(5)内閣官房 国・地方脱炭素実現会議
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/datsutanso/