二酸化炭素濃度の上昇とこれからの自動車
大気中の二酸化炭素濃度(CO2)が400ppmを超えました
5月10日に米海洋大気局(NOAA)が、ハワイ島のマウナロア観測所での前日9日の観測において、大気中CO2平均濃度が1958年に同観測所での観測開始から初めて400ppmを超えたと発表しました。
人類が発生させている様々な温暖化ガスが大気に拡散すると、いわゆる温室効果をもたらし、これが地球温暖化の主要因とされています。この温暖化ガスにはメタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、二酸化炭素(CO2:炭酸ガス)などの様々なものがありますが、人間活動を起因とする温暖化ガスの中で、化石燃料を燃やすと必ず発生するこのCO2ガスが発生量もダントツで多く、温暖化への寄与度が一番大きいと言われています。
こうした大気中の温暖化ガスの存在が、日中の太陽からの受熱と夜間の宇宙への熱放散をおさえ、あるバランスで地球表面部の平均温度を保ち、昼夜の温度変化を抑え、生物生存の環境を作り上げています。この熱シールド効果すなわち温室効果については、既に1800年代には知られていましたが、1890年代初頭に実験と計算でその効果の説明を試みたのが、化学反応理論の研究で高名なスウェーデンの化学者アレニウスです。しかしこの時には将来の温暖化効果によって大気温度があがり、もともと寒冷な欧州ではこれによって住みやすくなると捉えられていました。
この大気中のCO2平均濃度観測データとして最も著名なのが、ハワイ・マウナロア観測所のデータで、1957年から現在に至るまでの長期に渡って継続的な観測が行われており、また太平洋のど真ん中のさらに標高3397mと高地に位置し、局所的な濃度変動を受けにくいことなどから大気中CO2濃度変化議論には必ずと言っていいほど、このマウナロア観測所のデータが使われています。
なお、この大気中のCO2濃度測定としては、局所的な濃度変動を受けにくいことから日本等が保有する南極観測基地での計測データなども解析には使われているようです。
上の図は観測を開始した1957年以来のCO2平均濃度データで、観測をスタートさせたキーリング博士の名前を取ってキーリング曲線と呼ばれています。図はUCSD(カリフォルニア大サンディエゴ校)のWebサイトにあるマウナロア観測所で測定されたキーリング曲線です。
1957年の観測開始から、年をおってCO2濃度が増加し、近年はその増加率が急激に増えていると報告されています。このカーブの1年周期の変動(ギザギザ)は、植物の光合成サイクルによるもので、春夏は植物の成長が活発になってCO2ガス吸収する事で減少し、秋から冬では、光合成が弱まることによってCO2濃度が増加するためです。現在では様々な観測施設でこのような定点観測が行われており、先ほども触れましたが局地的な変動が少ないところとして南極での観測も行われています。今回南極でのデータを見つけ出すことが出来なかったのですが、南半球になりますのでマウナロアとは周期が逆となって、4~9月に減少し、10~3月に増加するパターンの筈です。
産業革命前にはこの大気中のCO2濃度が280ppm程度、この観測開始の1957年では315ppmであったものが56年後の今年400ppmを超えてしまったというのが、冒頭のニュースです。最近では2.1ppm/年以上のスピードで増加しており、この地球温暖化による急激な気候変動緩和への取り組みを取り決める、COP会議で議論している目標が2050年450ppm への抑制ですが、今のままでは目標達成は絶望的な状況となっています。
プリウスは燃費とCO2削減の2つの目標を追い求めた
21世紀の次世代車を目指そうと社内コードG21プロジェクトをトヨタ社内でスタートさせたのが1993年で、その切掛けとなったのが1992年6月リオ(ブラジル)で開催された国連地球環境会議だったことは、このブログでもご紹介しました。クルマを走らせるエネルギー源は内燃エンジンで、動力を取り出すために内燃エンジンで石油燃料を燃やすと必ず発生するのがCO2ガスです。
しかしそれまでの自動車の排出ガスについては、1970年代に自動車排気規制が強く押し出されましたが、その際に問題視されたのはこのCO2ではなく、また対処法も内燃エンジン排気中に含まれる一酸化炭素(CO)や燃え残りの炭化水素成分(HC:ハイドロカーボン)をしっかりと完全燃焼させて、人体に直接は無害なCO2に変換させることでした。
私自身は当時、先週ご紹介した米国カリフォルニア州で制定された従来エンジン車の排気ガスクリーン規制強化であるLEV規制対応のクリーンエンジン開発に取り組んでおり、またZEV規制議論にも加わっていました。
このLEV開発からこのハイブリッド車プリウス開発を担当することになった時、内燃エンジン車として当時としては途方もない目標とされていたCO2半減を目標とすることとしました。
走行燃費2倍へのチャレンジと同時に、ZEV規制の本来の狙いである大気環境に影響を及ぼさない究極の排気クリーン化の実現するためです。エコカーという名称は完全に巷間に普及しましたが、エコロジーとエコノミーを両立した車を指し示すもので、それは燃費向上とCO2が代表する環境負荷物質の排出を低減することを意味し、その基本は現在でも全く変わっていません。
夢の技術の罪
日本の自動車保有台数が頭打ちとなり現象に向うと推測され、また販売車の平均燃費の向上によって自動車用石油燃料消費が減少しており、自動車セクターのCO2削減に関して日本は他国をリードする形となっています。また日本と比較すると歩みは遅いとはいえ、欧州・アメリカでも新車の平均燃費は向上の一途となっており、燃料消費量・CO2排出量が減少してきています。全体ではまだまだ僅かの効果ではありますが、これに累計販売台数500万台を突破したトヨタのハイブリッド車も貢献しており、この流れをリードするプロジェクトを担当できたことを誇りに思っています。
ただし正直に言いえば、グローバルな自動車セクターとしてのCO2削減としての寄与率は僅かに留まっていることも事実です。それはこうした自動車先進国の低減の流れよりも、世界最大の自動車マーケットに成長し保有台数でも一気に日本を抜き去った中国を筆頭とする新興国のモータリゼーションが遥かに早い速度で進行しているからです。こうした現実を考えると、次世代車への転換をもっともっと加速させる必要があります。もちろんハイブリッドだけというつもりはありませんが、従来車の低燃費化とエコラン・回生などさまざまなハイブリッド技術を取り込んだ低燃費車を先進国に遅れることなく新興国マーケットにも導入していくことが必要です。
もはや実用の見通しのない夢だけを追いかける余裕などありません。
1990年代のZEV規制ではGMの『EV1』が次世代自動車の星と騒がれ、初代プリウスを出した1997年~2000年にかけては、短中期はクリーンディーゼルが本命で中長期は水素燃料電池自動車が本命(この時には2010年には実用燃料電池自動車が量産拡大していると公言していたメーカー首脳もありました)とする意見がまことしやかに言われ、ハイブリッドはショートリリーフで広告宣伝車にすぎず「プリウスは札束をつけて売っている」との競合他社の首脳のコメントをそのまま流したメディアもありました。
次ぎ続いたのは第三次電気自動車ブームと復活したZEV議論で、さらにハイブリッド車ガラパゴス論がこれに乗って生じ、これが海外のハイブリッド車販売台数の伸びによって沈静化すると、今度はまたこれも復活した水素燃料電池車待望論が巻き起こっています。
何度も何度もこうした議論に巻き込まれた私としては「しらけている」というのが正直なところです。
将来の技術として画期的な電池や水素燃料電池セル・水素貯蔵技術といった研究開発は必要で、そうした部分の研究に水をかけるつもりはありません。しかしながらこうした技術を隠れ蓑として、欧米の自動車メーカーが実用としての次世代自動車開発をサボり、もしくは甘い技術見通しとマーケットやお客様の要望に応える努力もせずに「電気自動車時代が来る」「すぐにでも水素燃料電池時代が来る」と述べ、メディアなどもそれらの現実性を見極める事が出来ずに無責任に囃し立ててきたのは事実ではないでしょうか?
この中でトヨタだけがサボらず低燃費車開発をリードしたなどとも言うつもりは、勿論ありません。既に内部ではなくOBとなった身として客観的にシビアな目で見てみると、強力な競争相手がいなかったこともあり、さらなるエコ性能の進化も、エコ性能以外のクルマの魅力アップや新興国への低燃費技術導入などのスピードが遅くなってきているように感じています。現状に満足せず、これを打破してスピードアップしないと未来の自動車、未来のモビリティの展望を開くことは出来ません。
環境対応はキレイ事だけでなく、自動車と産業を守るためにも必要
私もトヨタ時代は、欧米勢が本気にならないのをしめしめと横目で見て、この隙に低燃費ハイブリッド車でマーケットをリードできると考えていたことは白状します。とはいえ、15年もたっても自動車業界がこの程度の状態に留まっていると、脱自動車の考え方を加速・激化させ、またそうした流れに答えた非現実的な程に厳しい環境規制によって、自動車産業そのものが歪んだものとなってしまうのではないかと心配しています。
現・安倍内閣は、2009年に当時の鳩山首相がぶちあげた日本の2020年までにCO2総排出量25%削減目標の撤回を決めました。CO2 25%削減の目玉の一つが原発拡大であり、3.11がそのメニューを完全に吹き飛ばし、さらにほとんど何の根拠も見通しも経済影響すらまともに検討しないままスタンドプレーとして打ち上げた25%目標でしたので、その撤回は当然ではあるものの、その宣言も遅きに失したように思います。ただし国際条約ではなくとも国として公表し約束した目標の撤回は、日本の国際的な信用失墜を招いたことは明かです。それを緩和する為にも、撤回したとはいえ排出低減の努力を継続し続けねばなりません。
現時点での効果はまだ少ないですが、ハイブリッド車は確実にCO2削減に効果をあげ、またガソリン代が少なくて済むお財布にも優しいクルマとして普及拡大していくと、国内でのCO2削減だけではなくグローバルでのCO2削減を果たすことができます。
このブログで何度も述べていることですが、現在の自動車の快適さや移動の自由さを保った上で、更に安全性を徹底的に向上し、またこれまでと同等、いやそれ以上の走りの楽しみをもたらすのが未来の自動車であるべきです。勿論、残り走行距離に一喜一憂するようなストレスをドライバーに与えてはいけません、既に満タンから無給油で2泊3日走行距離1000km程度の小旅行を行うことが可能となっています、殆どのトリップはショートトリップでこれを短くしてもいい等というのは送り手の傲慢です。
私は今現在の自動車技術では、ハイブリッドがこの領域に最も早く近づく可能性があると考えています。そして、この技術を着実に進化させる事が、Real World、Globalでの実質的なCO2削減に繋がり、日本自動車技術、日本のもの作り技術を通じての貢献になると思います。