カリフォルニア州ZEV論争

アメリカで少し息を吹き返した電気自動車

今年に入ってアメリカでは電気自動車(BEV)の販売が上向き、GM VOLTやトヨタプリウスPHVやFord C-Max Energiといったプラグインハイブリッド車(PHV)の販売台数を上回っています。特に、テスラ社の高級セダンモデルSの生産が軌道にのり、抱えていた受注残が捌けるようになったこと、また日産スマーナ工場での米国生産開始とこのタイミングでの販価ダウンが功を奏した日産リーフの販売増が大きな要因です。

4月度の全米でのBEV販売台数は4,043台と3月に続き4,000台を突破し、昨年同月比5.7倍と大幅な増加を記録しています。一方PHVは4月2,735台と昨年同月比12%減とフォードのFusion及び C-MaxのプラグインモデルEnergiの販売スタートにも関わらずBEVに差を付けられるようになってしまいました。ちなみに、ノーマルハイブリッドの販売が42,804台,前年同月比7%増でした。

確かに数字だけみるとBEVの販売が上向き、PHV勢を上回りアメリカでも「ゼロ・エミッション車」の流れが加速し始めたようにも見えますが、この内訳を見るとテスラ モデルS 2,100台、日産リーフ 1,937台が全体の91.7%シェアを占め、残りに三菱i-MiEV 127台、トヨタRAV4EV 70台、ホンダFit EV 22台、Ford Focus EV 147台、昨年4月には326台を売っていたBMW Active Eはゼロとなっています。

日本のメディアでは、米国でのBEV販売を加速させる要因としてカリフォルニア州のゼロ・ゼロエミッション車規制(ZEV規制)の今後の強化をあげる向きもあります。新しいZEV規制は各自動車メーカーに2025年までにこのZEVの販売をカリフォルニア州新車販売台数の15%とする販売義務付けるものです。また、その基準が満たせないと規制を満たした他車からクレジットを購入するか、多額の罰金を納入するかといった規定となっています。

このZEV規制については、報道などではやや硬直的に捉えられている感があります。今回は私の経験もふくめて、これまでのZEV規制とそれを私なりの考え方を書いていこうと思います。

変化していった第1次ZEV規制

このZEV規制が最初に制定されたのは1993年で、1998年からの実施となり、GM EV1、トヨタRAV4EV、日産アルトラEV、ホンダEV Plusなど各社からこの規制対応としてEV車が発売されました。これが米国での第1次ZEV対応EVの動きです。

この第1次ZEV対応車が消えていった経緯を取り上げたのがドキュメンタリー映画” Who Killed the Electric Car?” 「邦題:誰が電気自動車を殺したか?」です。映画では、規制当局のトップ、GMトップ他、このZEV規制制定に関わった関係者のインタビューを中心に犯人捜査を取り上げていました。公開前の、当時ハイブリッド開発責任者を務めて私もその犯人とされるのではとの知人から言われたこともありましたが、幸いにもトヨタでインタビューされたのはアメリカトヨタの広報担当だけでした。

1305ZEV規制の顛末

私の意見では犯人はマーケットで、どのEVも当時の技術としては最大限の努力をしたうえで売れば売るほど多額な赤字が積み上がるレベルで、それでもRAV4EVの例では450kgもの重さの新型EV専用Ni-MH電池を搭載しても満充電走行距離は米国の実走行で120kmが精一杯でした。

フル充電サイクルでの電池劣化を心配しながら限定販売をスタートさせましたが、複数台を購入し業務用車として使われた西海岸の電力会社では10万マイル以上を問題なく走破してくれましたが、やはり徐々に航続距離が短くなっていったと聞いています。

結局のところ、この航続距離では従来車の代替にはならず、販売価格が従来車以下に低下したとしてもこの機能で使って頂ける用途はほんのわずかと言うのが当時の結論でした。規制で販売を強制したとしても、お客様がいなければ叩き売りをしたとしても継続的な販売はできません。さらに赤字の垂れ流しでは、事業の継続ができないのは明か、法規制対応、研究開発費として吸収するにしても限度があります。

法規制を決めたとしても、マーケットが拡大せず、期待ほどの技術進化がないことが明らかになれば、その規制を決めた立法・行政はその責任が問われます。米国は訴訟社会で、その対象は自動車メーカーに限らず、規制による価格上昇を争点としてカリフォルニア州政府自身も一般消費者からの訴訟にさらされるリスクがあります。しかしながらそれを鑑みて規制緩和・規制延期を決定するとなると、今度は環境派から訴訟されかねないのが米国です。

1998年にスタートした第1次ZEV規制も、このBEVに1台あたり大きなクレジットを与え、また将来の有望なZEV技術として取り上げた水素燃料電池自動車開発促進を目的とした各自動車メーカーによる共同研究プログラム(カリフォルニアFCパートナーシップ)参加車両へのさらに大きなクレジット付与し、これに加え新カテゴリーとして排気クリーン度の高いガソリン車にパーシャルZEVクレジット(PZEV)、さらに排気クリーン度がPZEVレベルのハイブリッド車に先進PZEVクレジット(ATPZEV)付与する規定などを新設し、もともとのZEV販売義務付けパーセントは変えずに実質的な規制緩和を行ってきました。

私自身1990年からのZEV規制制定時を初め、その後のZEV規定の見直しやPZEVやATPZEV制定議論にも関わってきましたが、従来車の代替として排気のクリーン度としての規定を厳しくするのではなく、走行時に排気を出さないことを理由にBEVのみの販売を強制するこの法規制には強い反発を覚えていました。

当時も発電電力のエミッションや、クリーン度チャンピオンのガソリン車の可能性、排気浄化システムの耐久品質など、ZEVと同等以上の大気改善効果を発揮させる技術などを規制当局スタッフと議論を重ねました。

1台の触媒ナシのアンティークカーを走らせるだけで、また触媒が破損したクルマが走るだけで、いまのPZEV、ATPZEVのクルマの10000倍ぐらいの排気エミッションを排出してしまいます。

このようなクルマはハイエミッターと呼ばれますが、我々の主張は数パーセントのBEVの販売を法律で強制するよりもこのようなハイエミッターを減らすことのほうが大気環境良化には効果的という議論を続けました。その時の議論・提案のいくつかは、CARBが取り上げてくれ、カリフォルニア州の大気改善に貢献してきたと自負しています。

また、ATPZEVカテゴリーの新設は、こちらから売り込んで活動したものではありませんでした。ハイブリッドプリウスの発売を開始し、そのクリーン度と将来性に規制スタッフが賛同してくれた結果として、ZEV規制の落としどころの一つとして新設したものと私は考えています。

しかし地球温暖化ガスCO2の排出について言うと、これはカリフォルニアだけではなくグローバルな話で、カリフォルニア州が自動車環境規制をリードしたことに敬意を払ったとしても、このZEV規制強化の理由にCO2排出低減を含めてしまったこと、明らかに科学的な見識よりも時流に流された感があり、カリフォルニア州の悪のりであったと思います。

自動車会社がZEVに悲鳴を上げ始めた

第1次ZEV規制では、その仕掛け人はEV1を次世代自動車と広報戦略に使い規制当局に売り込んだGMトップではないかとの噂もありました。結局EV1は電池不具合を起こし、また2シータで航続距離も短いBEVではマーケットに受け入れて貰えず、結局は全車回収という最悪の形で市場から退場することになりました。

第2次ZEV規制の仕掛け人の噂も絶えず、規制対応でマーケットをリードしようとした会社もあるようですが、そろそろ自動車メーカーの悲鳴が聞こえてきました。
今年に入り、米国旧Big3が設立した業界団体「The Alliance of Automobile Manufacturers」と米国の国外メーカー団体「Association of Global Automakers」が遅ればせながらZEV規制の見直し要望を公式に表明しました。

最近開催されたアメリカ自動車技術会(SAE)のフォーラムで、カリフォルニア州でこのZEV規制を管轄するCARB(カリフォルニア大気資源委員会)の委員長メアリー・二コルス氏がZEV規制見直し要望に不快感を表明し、フィアット・クライスラーCEOのセルジオ・マルキオーネ氏が、ZEV規制対応としてカリフォルニア州での限定販売を予定しているフィアット車改造の小型EV『Fiat 500e』が1台あたり$10,000の赤字となり、「BEVの大規模販売は強烈なマゾヒズムだ」と述べたと伝えています。

私自身は、自動車メーカーの反対も遅きに失したように感じています。今回の第2次ZEV規制対応のBEV販売も、結局は自動車としての基本機能があまりにも未熟で、その割には割高な価格となっており、これではいくらエコを売りにしていても(走行中だけのゼロ・エミッションに意味があるとは思いませんが)マーケットはニッチに留まることは自明の理であることは第1次ZEV規制議論とその顛末からも明かだったと思います。

もちろん、大気環境保全、地球温暖化緩和のために全体としてのクリーン(排気のクリーン化)、グリーン自動車(低燃費・低CO2)への取り組みは重要です。この自動車のクリーン化をけん引してきたCARBのリーダ・シップには私も敬意を払ってきましたし、そのCARBトップ、スタッフの方々との数々のディベートは、今でのエキサイティングなまたアメリカのオープン・フェアネスを感ずることができた良き思い出です。

しかし、大気改善効果、地球温暖化効果を全体として高めることが、環境規制の目的です。BEVそのものの普及が目的ではなく、もちろん内燃エンジンが無いことが善では自動車社会そのものの否定に繋がってしまいます。ハイブリッドプリウスがめざしたように、将来も自動車が人類発展を支えてきた移動の自由(Freedom of Travel)の手段をめざし、その基本性能として普及しクリーン・グリーンに寄与していくエコの追求でした。これからもZEV規制のゆくえに注目していきたいと思います。さらに自動車メーカーからも、マーケットが歓迎し普及拡大することができるクルマの提供とその商品開発競争こそ環境保全に貢献していくことになることを銘記して欲しいと思います。

最後に少し広告になりますが、こうしたBEV・プラグイン自動車など次世代自動車を巡る動き、その背景にあるエネルギー・環境トピックスは弊社会員制のWeekly Mail Newsにてお伝えしています。これらのZEVを巡るディベートも取り上げております。とのトピックスリストはこのWebページにリンクしておりますので、どんなトピックスを取り上げているのかご覧いただき、ご興味があるかたは入会をご検討いただければ幸いです。