20世紀の車より3倍の燃費の車へ
これまでに出版されたプリウスの本の多くでは、燃費2倍をめざしハイブリッドシステムの探索を行い、ハイブリッドシステムがプリウスに搭載したと書かれています。しかし、8月のブログでは、ハイブリッドスタディーチームが当時の技術部門トップであった和田明広副社長のところに、燃費向上目標2倍を提案したところ3倍を目標にしろと指示され、目を白黒させながら探索作業をスタートしたことを紹介しました。
そこでは、どのようなハイブリッドシステムを持ってきても、また車両諸元をいじっても3倍達成のメニューは見つけ出すことができず、ガソリンエンジンベースでは2倍強が限界との結論となり、その結果を恐る恐る和田副社長のところに報告に行ったところ、あっさりとその燃費2倍目標で進めようと言われ、拍子抜けしたと当時のスタッフの話を紹介しました。
今回はこの後日談をご紹介したいと思います。
開発中は「燃費の先祖返り」を繰り返したプリウス
この時提出された燃費2倍強の検討結果の中身も、エンジンの燃費マップは実測値ではあったものの、モーター・発電機の効率やそれを動かすパワーユニットの効率は、鉛筆をなめたとても実用では実現できそうもない高い効率をベースとしていました。量産開発目標として少しマージンを持って燃費2倍とするはずが、実のところはそのマージンを吐き出しても燃費2倍の目標にはほど遠い状態からの開発スタートです。
最初のプロトの試験では当時の公式燃費試験モードの10-15モードでリッター20キロを切るレベルで、その結果に愕然として車両チーフエンジニアの内山田さんをリーダー、私がサブリーダーとして燃費2倍特別タスクフォースチームを結成し、車両、エンジン、ハイブリッドシステム、回生ブレーキなどいたるところの燃費向上メニューを洗い出し、それぞれの目標達成と新たない燃費向上メニューを発掘する業務をスタートさせました。
開発の段階では少しずつの改良でやっとリッター24キロ…25キロ…と積み上げた燃費が、開発が進みあらたな試作車ができるたびに、一気にまた20キロ台まで低下し「燃費の先祖返り」とタスクフォースチームスタッフが恨めしそうに言っていたことを思い出します。
その後も紆余曲折があり、やっとたどり着いた認定試験結果がリッター28キロ、これがカタログ燃費となり、当初はカローラAT車の燃費15キロの倍、30キロが社内目標でしたが、比較車をカリーナに変更し燃費2倍と発表したのが初代プリウスの燃費2倍の顛末になります。
初代はこうして今だから告白できますが自分たちでも「苦しい」と言わざるを得ない言い訳が必要でしたが、二代目では車体をカリーナ相当にサイズアップしながらも10-15モード燃費35.5キロ、三代目ではさらにグローバルコンパクトとしてサイズアップしたうえで10-15モード燃費38.0キロと、初代から36%の燃費向上を果たし、燃費2倍は胸を張って言えるようになりました。
見えてきた燃費3倍
さてここからは、18年前を振り返って初代プリウスの車両企画と今の技術で燃費3倍の達成が可能か、考えてみたいと思います。初代プリウスと三代目プリウスの車両サイズを比較すると、見た目でもお分かりのようにグローバルコンパクトサイズとしてかなり大きくなっています。
初代プリウスでは「アウトサイドミニマム、インサイドマキシマム」をコンセプトとし、室内空間の広さを訴求点としました。とはいえ、インサイドミニマムの初代プリウスに比べて実はアクアのほうが、少し車室内スペースが大きくなっています。(初代プリウス [車室長]1850㎜*[車室幅]1400㎜*[車室高]1250㎜ [車室容積]3.24立法メートル、アクア [車室長]2015㎜*[車室幅]1395㎜*[車室高]1175㎜ 車室[車室容積]3.30立法メートル)
車両全長は、初代プリウス 4275㎜に対しアクア3995㎜と少し短くなっていますが、ホイルベースはどちらも2550㎜。当初の計画をベースに、このサイズのクルマで燃費3倍の可能性を検証してみたいと思います。
なお、アクアの10-15モード燃費はリッター40キロ、1997年時点のカローラAT比較でもカリーナ比較でもまだ3倍には届いていませんが、かなり接近してきています。
この燃費向上の経緯は、エンジン熱効率の向上、モーター・発電機とそれを動かすパワーユニットの効率向上、さらに回生協調ブレーキによる回生効率の向上、電池の内部抵抗低減など充放電効率の向上、様々な回転引き摺り損失の低減、さらに車両重量も初代プリウスの1240㎏に対し、アクアの1050kgとその軽量化などありとあらゆる部分の地道な効率向上と損失の低減です。
初代プリウスではハイブリッド化による重量増が150㎏程度ありましたが、その後のモーター・発電機の高回転化と高電圧駆動、パワーユニットやハイブリッド電池のコンパクト化、軽量化などによりハイブリッドとしても80㎏程度の軽量化を実現していますので、これと車両軽量化で1050㎏に抑えたと言えると思います。これらが、燃費リッター40キロ実現の道のりです。
1990年台半ばからみて燃費3倍はあと一歩のところに来ています。トヨタOBとして、新型アコードや新型フィットにハイブリッドの効率・燃費で抜かれたのはやはり苦い思いが去来しますが、それでも一自動車エンジニア、一自動車ファンとしてはライバルの登場の歓びの方が大きくあります。
アコード、フィットの燃費向上メニューを見ても、しっかりとプリウス、アクアをベンチマークし、抜くための技術メニューを積み上げてきたというのが伝わってきます。知財権やコストなどを含め「やれるやれない」は別として、このホンダの高効率のエンジンおよびハイブリッド技術をトヨタの持つハイブリッド技術を融合させた「いいとこ取り」をやるとさらに燃費を向上させることが出来るのは間違いありません。
内部抵抗が小さく充放電効率の高い軽量コンパクトなリチウムイオン電池の採用や、最高効率39%と抜かれてしまったエンジン最高熱効率を抜き返し、ガソリン初の40%以上を目指すこと、トランスミッション内の引き摺り損失を減らし回生効率を高めること、車両軽量化もBMW i3のような車両骨格にカーボンファイバー採用までいかなくともまだ余地があり、このメニューを加えていくと初代プリウス以上の車室スペース、ラゲージスペースのクルマで燃費3倍達成が視野に入ってくるように思います。
低燃費技術を拡げることが大事
図はガソリンエンジンの最高熱効率の年代での推移になります。初代プリウス用ハイブリッドの探索スタディーを行った時の、量産ガソリンエンジンの最高熱効率は32%程度で、アトキンソン高膨張比サイクルと低フリクション技術を手一杯織り込んだ初代プリウス用エンジンで35.2%、三代目プリウス用エンジンが38.5%、今年の新型フィットのエンジンがホンダの公表値として39%強となり、いよいよ40%越えが次のターゲットとなってきています。こうして40%を超えて42~43%が見えてくると、エンジンの教科書では熱効率が高い特徴を持つ説明されている自動車用小型ディーゼルエンジンの最高効率に肩を並べることになります。
因みに私が燃費3倍の実現が気になり始めたのは最近のことです。電気自動車が今のクルマに代替していける見通しがつかず、さらに日本では3.11以降の電力の火力発電シフトによりプラグイン自動車CO2削減は期待が出来なくなりました。さらに、中国を筆頭に新興国のモータリゼーションが急激に進み、この国々ではさらに石炭火力の比率が高く、電気自動車へのシフトはCO2削減も、大気汚染防止でも逆効果、ハイブリッドを筆頭とする低燃費車の普及を急ぐことがCO2排出削減の切り札となります。
この日本の低燃費技術をできるだけ早く現地化し、グローバルなCO2削減に貢献していくことが日本の自動車エンジニアの責務と考えるからです。もちろん、コスト低減も新興国マーケットでは欠かせません。
自動車CO2削減の実効をあげるには、燃費2倍どころか燃費3倍、次は4倍(4倍のメニューは私の頭には描けず、次の世代に委ねますが)へと技術進化へチャレンジし、それを世界に広めていくことです。
これこそ、日本の自動車エンジニアに期待したいところです。少し前に触れましたが、ゴーンさんは何を勘違いしたのか、中国での電気自動車普及を叫び、日本、欧州では電気自動車が普及していかないのは充電インフラ不足と責任転嫁をしています。地球環境保全、大気汚染改善が自動車変革の目的であり、電気で走行させることが目的ではありません。中国を初めアジアの新興国では今後も電力のCO2量は高いままという予測もあり、そうした国々では電気自動車は必ずしも環境に優しくはありません。ただし、国・地域によっては大きく環境負荷を低減出来る所もあり、そうした中で最適なモビリティを、健全な競争の中で提供されるようにしていくことが理想なのは間違いないでしょう。
確実なCO2削減を進めていこう
先月23日まで、ポーランドの首都ワルシャワで開催されていた気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19、ワルシャワ会議)のメインテーマは、2020年をスタートとする、全世界としての温暖化ガス排出削減への取り組み枠組について合意の方向を探ることでした。2015年までに、先進国、途上国すべてが参加し温暖化ガス削減に取り組むとの合意で閉幕しましたが、合意内容としては国際条約としての強制力のある『約束』『義務』という言葉のない、自主的な『貢献』というあいまいな合意となってしまいました。
日本は温暖化ガス削減目標として、このCOP19で鳩山政権時代の2009年COP15で掲げた2020年までに1990年比25%削減の大胆な目標を撤回し、2005年比3.8%削減、1990年比では3.1%増の提案を行い、途上国だけではなく、先進国の一部や参加していたNGOからの袋叩きにあってしまいました。これが、脱原発としたときの今の日本の不都合な真実で、一部の環境NGOが叫んでいる「脱原発の上で25%削減死守」などどうすれば実現できるのか私には想像することも不可能な未来です。
日本のハイブリッド車は、まだまだ自世界の自動車保有台数の1%にも届いていませんが、確実にクルマのCO2削減に貢献しています。このハイブリッドが牽引する低燃費車の普及により、日本、アメリカとガソリン消費量そのものもピークを打ち減少に向かい始めています。日本の技術で、新興国への低燃費車普及を加速させることも、日本国内だけでのCO2削減量を補いグローバルなCO2削減に貢献できます。これで、国内削減目標をまけてくれとは言えませんが、日本として責務の一端は負えると思います。
もちろん、8月のブログでも述べたように、グローバルCO2の削減で実効を上げるには実走行燃費の向上が必要です。公平に同一条件で燃費ポテンシャルを比較する試験法が公式燃費モード、その公式試験モードの結果がカタログ燃費です。このカタログ燃費で評価できない、低温時ヒーター運転、高温多湿時のエアコン運転、高速、登降坂など実走行の様々な走行での燃費向上にも目配りしていくことにより実走行燃費もカタログ燃費の向上率に近づいていきます。
どこまで迫っていくのか、これからのハイブリッド車燃費競争激化を楽しみにしています。