クリーン・ディーゼルは本当にクリーン?

欧州でハイブリッドについての講演や、次世代自動車についてのパネル討議などに出席した際、同席者の方よりハイブリッドの競争相手としてディーゼルについてどうだという話題を振られることが多くありました。一時期は電気自動車(EV)ブームによってEVがその立場となっていましたが、そのブームに翳りが見え始めた昨今、またぞろディーゼルをハイブリッドの対抗馬として取り上げる動きが出ているようにも思えます。

特に欧州ではEU連合として地球温暖化緩和に非常に積極的な反面で、自動車の低燃費・CO2削減の方策として短期的にはディーゼルをコアとし、中長期にはEV・水素燃料電池自動車(FCEV)へのシフトをシナリオとしていた節があります。その為か当初のコスト増を嫌いハイブリッドには消極的だった印象です。ここで短期的な方策として脚光を浴びたのがいわゆるクリーン・ディーゼルです。

ガソリンより環境対応が遅れたディーゼル

排出ガスのクリーン化について、ガソリン車は排気ガス中の三大汚染成分、未燃炭化水素、一酸化炭素、窒素酸化物を同時にほぼ100%浄化させる三元触媒を使い、排気中の残存酸素量をセンサーで検出し、エンジンに供給する燃料を100%浄化できる極めて狭い領域にフィードバック制御する燃料噴射電子制御との組み合わせで一気にクリーン化を果たし、いまでは世界のガソリン車のほぼ100%がこのクリーン技術を採用しています。

一方、ディーゼルはその燃焼方式の違いからこの三元触媒は使えず、永らく触媒のような後処理システムを必要としない規制レベルに留められていました。また、ガソリン車に比べてもディーゼル車の後処理技術が難しくコスト増を招くこともありました。しかし、私の私見では、これは単に技術的課題であっただけではなく、日本だけではなく欧州でも、ディーゼルエンジン技術者に「後付デバイスは使わずに燃焼技術でこれを解決したい」との変な拘りがあったようにも感じます。

加えてもう一つ、ディーゼル車の後処理デバイス採用を遅らせた因子が、ガソリンに比べ多量に含まれるディーゼル燃料中の硫黄成分(S)です。欧米とも石油メジャーの力が強く、製油所での硫黄成分を除去する脱硫装置導入による設備投資を嫌い、低硫黄(S)燃料の導入が遅れたことも一因です。

ガソリン車の排気クリーン化では、クルマの排気浄化システムの進化とともに、燃料やオイルから触媒や酸素センサーを劣化させる成分、当初は鉛、続いてリン、硫黄(S)を除去していくクリーン燃料・クリーンオイルの導入とセットで効果を上げていきました。以前のブログでも紹介しましたが、リアル・ワールドのクリーン車普及のため、発展途上国を巡り歩き無鉛ガソリン導入を訴えて回ったGMのエンジニアに我々も触発され、当時ガソリン中のSが多かった欧州ではそれによる触媒や酸素センサーの劣化を防ぐために、私自身も欧州環境規制スタッフや自動車エンジニアを訪ね、ガソリンの低S化を訴え同時にディーゼル油の低S化の議論を進めました。

この燃料中の低S化が進展したことと、都市の環境悪化の深刻化により、欧州でもディーゼル車の規制強化が急ピッチで進められ、ガソリン車同様の後処理システム搭載され今に至っています。今ではこの後処理システム導入前にくらべると格段にクリーンなレベルを実現しており、ガソリン車なみと言っても良いレベルを達成しています。

クリーン・ディーゼルはまだクリーン化の過渡期

しかし、それでもガソリン車なみのクリーン度、さらにPM2.5ともかかわるPMでは通常ガソリン車がほぼゼロと言えるレベルに対し、ディーゼル車はNOx強化やPM規制強化など、この先もガソリン車並みレベルへの規制強化が進められています。図に日米欧のディーゼル乗用車のNOxとPM規制値推移を示します。

図

排出ガスについても国ごとに試験法が違いますので、この数値の比較だけでクリーン度の比較はできませんが、欧州ディーゼル乗用車規制が1999年から急ピッチで厳しくなっていることは読み取れます。同じ日本の規制値でガソリン車とディーゼル車の規制レベルを比較しても、図に示すようにNOxでまだ大きな差がつけられており、現在主流になってきている現在の四つ星平成17年基準75%削減車と比較するとまだまだとも言えるレベルです。

私は決してアンチ・ディーゼルではありません。大型・中型トラック、大型バス、さらに産業車両や船舶、非電化区間の鉄道車両のような大パワーエンジンが必要な用途では、ディーゼルエンジンが不可欠、このすべてをクリーンだからと言ってガソリンに、また電気に置き換えることは非現実的であることは言うまでもありません。NOx、PMの削減、それも実走行、さらに走行距離、使用期間が長い営業用のクルマのライフサイクルでの低減を進めながらディーゼルを活用していくことが必要です。

欧州でのハイブリッド対クリーン・ディーゼル議論では、私は「欧州CO2削減の切り札がディーゼルと言うなら、100%ディーゼルへの転換がやれるのか?」と反論をすることにしていました。「欧州の製油所で余ったガソリンをアメリカに輸出して、それで100%ディーゼルとは言うのはナシですよ」と念を押すコメント付きです。アメリカのシェールオイルでは、揮発性が高いガソリン成分の割合が多いようですが、このように原油成分によって生成比率は変わりますが、ナフサ、ガソリン、軽油、ケロシン(灯油成分)、ジェット燃料、重油、残りのアスファルトなど流出温度により様々な製品が作り出されます。

アメリカでは、ガソリン需要が多く製油所で水素を添加するなど、より多くのガソリン成分を製造するように製油所のプロセスを変更しています。しかし、欧州の製油所で少し効率を落としたとしても軽油比率を高めることはガソリン比率を高めるようには簡単ではありません。ガソリン・軽油を良いバランスで製造することが、経済的にもエネルギー効率的にも、さらに製造過程のCO2を減らすためにも望ましいと言われています。この良いバランスで、全体CO2を下げながら賢く使い分けようというのが私の持論です。

ディーゼルとハイブリッドは対立軸にはならない

しかしはっきり言うと、それほどクリーンでもないのに、クリーン・ディーゼルを標榜する欧州勢に載せられ、日本勢ならまだしも、高価な欧州上級車にノーマル・ハイブリッド以上の高額な補助金を出すことには賛成できません。日本には向いているとは思いませんが、個人的には大型SUV、大型ピックアップトラックにはディーゼルが適しており、無理やり大排気量のガソリンがぶ飲みのV8やV10エンジンを載せるよりもディーゼルは魅力的だと思いますが、このような趣味のクルマはクリーン・インセンティブの対象外で良いでしょう。

さらに、日本の場合、産業政策からも軽油の税負担はガソリンに比べ低く、この面のインセンティブもありますので、これ以外にクリーン・ディーゼルを謳うクルマへのインセンティブはアンフェアというのが私の正直な意見です。

ハイブリッドはあくまでも低燃費・効率向上の手段です。宅配車などで、ディーゼルハイブリッドトラックが増えているように、ディーゼルのハイブリッド車も増加しています。欧州勢もCO2規制強化対応として、ディーゼルのエコラン、回生などハイブリッドとは呼びたくないようですが、間違いなくハイブリッド化を進めてきています。しかし、過給、高圧コモンレール噴射、電子制御、ガソリン車以上に重装備が必要な後処理システムとコスト増に頭を痛めているようで、電池容量の大きなフルハイブリッド化にはなかなか踏み込めないことも理解できます。

石油輸入量の削減、排出CO2削減の観点からも、石油資源の賢い使い分けがこれからも必要であり、ディーゼルの進化も不可欠、もちろんさらなる排気のクリーン化とハイブリッド技術の応用が広まっていくと思いますが、コスト増をどのように吸収し、低燃費、低CO2とクルマの商品魅力を競い合っていくことを期待します。

私は国粋主義者ではありませんが、報道などで報じられるほど欧州ディーゼル技術が日本を圧倒しているとは思ってはいません。クリーン・ディーゼルに欠かせない高圧コモンレール噴射法式も日本スタートの技術、後処理システムも日本勢がリードしてきた分野です。この高機能化を進めながらのコスト低減活動も日本の得意分野です。今後、欧州ディーゼルを上回る正真正銘の日本発クリーン・ディーゼル出現を楽しみにしています。小型クラスでは、ガソリンハイブリッドをギャフンと言わせるレベルへチャレンジしてみてはどうでしょうか?