ハイブリッドの燃費目標はそれまでの2倍ではなく3倍だった

『初代プリウス』は21世紀のスタンダードカーをスタディ(調査・研究)する「G21」という社内コードのプロジェクトから誕生した車になります。この「G21」は当初、ハイブリッドを搭載する事を目的としたプロジェクトではありませんでした。

世界のスタンダートサイズであるコンパクトクラスの車両パッケージ計画からスタートし、このスタディで定められた方向性は「アウトサイドミニマム、インサイドマキシマム」という車室の拡大や車両軽量化という『初代プリウス』のコンセプトに結びつきました。

この「G21」の車両主査に指名されたのが、当時技術開発部門の組織改革活動のリーダーをしていた現トヨタ自動車の会長、内山田竹志さんです。1993年秋に「G21」企画チームが発足、1994年の中ごろの最初の提案が「『カムリ』並みの室内空間をもちカローラ以下の外形のコンパクトカー、燃費は従来エンジン車ベースで50%向上」というものあったことは、いろいろなプリウス開発物語で紹介されています。

しかしながらこの燃費50%向上提案が、当時の技術開発部門統括の副社長であった和田明広さんから「50%程度の向上ならばこのプロジェクトは中止、2倍を達成しろ」と言い渡されて、この途方も無い2倍という目標の為が量産初のハイブリッド車であるプリウス開発へとつながっていったとされます。私も講演などでも、このエピソードを取り上げて紹介してきました。

今日の話題は、この低燃費ハイブリッド・スタディの目標は実は燃費2倍ではなく、当初は燃費3倍だったとの話です。とはいえ、今までの解説本や説明が間違っていたという訳では無く、プリウスが車両企画・開発である「G21」プロジェクトとハイブリッド・スタディプロジェクトが合流したことによって誕生したたために、起こった話となります。これらは私が開発に参加する前の話でしたので、私にとっても少しモヤモヤとしていた部分ですが、当時のメンバーへ話を聞く中で真相が見えてきましたので、すこしややこしいかもしれませんがここに書き残しておこうかと思います。

「G21」とは別に進められていたハイブリッド・スタディ

ハイブリッドの研究開発は、それまでも汚染問題や石油ショックを引き金とする石油資源問題などを契機に何度も研究開発が進められてきました。1990年代の初めには米国加州でZEV規制(ゼロエミッション車)規制が提案され、その時もZEV対象は電気自動車でしたが、当時の電池では航続距離、車両価格など実用化は困難。その代替として、電池の搭載量を減らし電池充電電力を使いきったらエンジン発電機で充電しながらガソリン車に近い航続距離を確保するレンジ・エクステンダー・ハイブリッドがZEVとして認められる可能性が高いとのことで、ビッグ3やトヨタ、三菱といった日本勢もこのタイプのハイブリッドの開発を行っていました。

しかし1993年、加州がエンジンをもつハイブリッドはどんなタイプでもZEVとは認めないと決め、各社のハイブリッド開発は中止もしくはスローダウンしてしまいました。トヨタはその前年のリオ地球環境サミットの議論を受け、持続可能な開発のテーマとしてハイブリッドの燃費低減、CO2削減ポテンシャルに注目し、研究開発を続けました。

「G21」の車両スタディと並行して行っていたそれまでのハイブリッド研究開発をリセットし、低燃費・低CO2ハイブリッド探索スタディを開始したのが1995年のことです。これが、プリウスに搭載されることになるハイブリッド開発が実質的にスタートした時でした。このスタディチームは発足すると、低燃費・低CO2ポテンシャルの高いハイブリッドシステム選定作業に入りました。

この際の想定車両は「G21」ではなく、米国での最量販車である『カムリ』が選ばれ、エンジン・変速機・ハイブリッドシステム構成の様々な組み合わせでのシミュレーションスタディが行われました。

このハイブリッド・スタディチームが検討計画と燃費2倍のターゲット目標を、当時の技術担当副社長の和田さんに説明にうかがったところ、和田さんの口から出てきたターゲットは燃費3倍へとのチャレンジだったそうです。ハイブリッド・スタディはこの燃費3倍を目標にかかげ、エンジンの効率向上メニュー、モーターや発電機の効率向上手段、減速回生の回収効率アップ、回生効率アップにもつながるタイヤの転がり抵抗低減や空気抵抗の低減、車両の軽量化など、当時の技術で考えられるメニューを入れて検討を続けたものの、燃費3倍に近づくハイブリッドシステムと車両の諸元は見つけ出せなかったとのことです。

スタディチームがその結果をもって、雷が落とされるのを覚悟で、恐る恐る和田副社長のところに「燃費2倍強ならばやれそうだが、燃費3倍は見通しがつきません」と報告にいくと、あっさりとその燃費ベストで進めようと言われ、拍子抜けをしたと当時直接報告したスタッフから聞かされました。

先日、和田さんにお目にかかった時に、最初の燃費3倍の目標設定と、燃費2倍以上のベストで進めようとのご指示の経緯をお聞きしたところ「燃費3倍と言った記憶はないが、最初に高い目標を設定しなければその目標以上には決してならないよ。そんな気持ちから言ったのではないか?」とかわされてしまいました。

将来スタディが合流してスタートしたプリウス開発

このハイブリッド・チームの報告を聞いていた和田さんが、「G21」の燃費50%向上提案に対してNGを出し、ハイブリッド採用を頭におかれ燃費2倍と内山田さんに指示されたというのが真相のようです。

その後、内山田さんがこのハイブリッド・スタディチームと相談し、『カムリ』想定だったハイブリッドの企画をG21車両に切り替え、最初の機能検討用プロトの試作をスタートさせたのが1995年6月、ここからまっしぐらに1997年12月量産開始のプリウス開発に突き進んだのは、さまざまな本に紹介されているとおりです。

この時、燃費2倍以上として選びだしたのが、今の『プリウス』から『アクア』『クラウンハイブリッド』からレクサスのハイブリッド車までに搭載されているTHSIIの母体である、発電機とモーターをセットでもつフルハイブリッドシステムTHSです。

まだこの最初のプロトが走ったともいえない、動いた段階の1995年12月、京都COPに合わせ2年後の生産開始プロジェクトとしてGoサインがだされ、そのハイブリッド量産プロジェクトのリーダーを指名されたのがこの私ということになります。

ハイブリッドの燃費向上は継続的な取り組みによる

ただし燃費3倍どころか、報告したこの燃費2倍以上の見通しも、いや量産目標燃費2倍の達成ですら、実際に量産車開発をスタートしてみると一筋縄ではいきませんでした。開発がシミュレーション通りいかないのはもちろん織り込み済ですが、最初のプロト車では燃費2倍どころか50%向上も実現できず、シミュレーション上は35km/Lは出るはずのところが『カローラ』クラス想定の10-15モード燃費30㎞/Lにも程遠い20㎞/Lすら切る状態です。

“走る、曲がる、止まる”のクルマの基本性能も全く見通しがつかない状態でしたが、ハイブリッド化の意味は低燃費・低CO2であり、この目標が未達では販売する意味はありません。急遽、燃費2倍を達成するために設計・評価チーム横断タスクフォースチームを結成、生産開始まで燃費向上と維持に知恵を絞りまくり、当初のカローラの2倍、30km/Lから、窮余の一策で比較車両をカリーナ比に変更して燃費2倍、28km/Lとしました。この比較車種の変更は非常に情けないもので、いまだから話せる裏話です。

この28km/Lの達成すら容易ではありませんでしたが、この燃費2倍タスクフォース活動に取り組んだことにより、エンジン・駆動・ハイブリッドからブレーキ・タイヤ・空調からナビ・インパネ表示等など車両に至る隅から隅までのエネルギー消費状況を掴むことができるようなっていきました。この成果が、2000年の改良で29.0km/L、2002年改良31.0㎞/L、2003年の2代目35.5㎞/L、2009年の3代目38.0㎞/L(いずれも燃費最良グレードの10-15モード燃費)へと燃費性能の更なる進化に繋がっていったものと確信しています。

モード燃費ではなく実用燃費の向上が大切

燃費2倍は日本で公式に使える指標として10-15モード燃費の2倍を目標にしましたが、もちろん、燃費は実用燃費が大切でありモード燃費は一つの物差しでしかありません。10-15モード燃費2倍を目標に置きながら、当初から様々な走行での燃費向上率と10-15モード燃費とのギャップを意識しながら燃費向上を進めてきました。

最初のプロト車では、比較車と想定した『カローラ』と並走させ、都市内では50%以上の燃費向上を記録したものの、富士の裾野にあるトヨタの研究所からの夏の富士、箱根周辺のエアコンを聞かせた走行などでは燃費向上がほとんどなく、青ざめてしまったことが何度もあります。

初代以降の燃費向上の取り組みも、実走行燃費向上に力を注いできました。エンジンを停止させた状態でもエアコンを作動させる電動エアコンの採用や3代目で採用した排気熱回収なども、実走行燃費の向上策です。

しかし、モーター、発電機の高効率化、バッテリー充放電効率の向上、補機電力の省電力化、ブレーキバイワイヤの回生協調ブレーキの進化などハイブリッドのエネルギーマネージの最適化は、どうしても発進、加速、定常、減速、停止としった燃費評価モード運転での向上感度が大きくなり、カタログ燃費と実走行燃費のギャップをなかなか詰められないことも悩みでした。しかし、実走行燃費の感度が小さくても、一つ一つの向上技術を進化させていくことがこれからも重要と思います。

コンベ車の燃費も、アイドルストップから減速時までエンジンストップを拡大、さらにオルタネーターによる回生と、ハイブリッドの低燃費メニューを取り込み、大幅な燃費向上を競いあっています。

フルハイブリッドもうかうかできませんが、初代以降のハイブリッド用エンジンの効率向上、発電機/モーター効率の向上、電池の進化、車両軽量化技術の進化スピードを見渡すと、当時の和田さんが提示された燃費3倍は、比較車を当時の『カローラ』『カリーナ』とおくともう少しで実現できるレベルになっているように思います。実走行燃費2倍はほぼ実現できそう、実走行燃費3倍の実現はノーマルHVではまだまだ厳しそうですが、和田さん流にいうならば次のチャレンジターゲットとしておいてみてはどうでしょうか?