ハイブリッド開発とゴールデンウイークの思い出

自動車会社の連休の利用法

今年のゴールデンウイークは、気象庁から低温情報が出され、また北アルプス白馬岳では新雪なだれによる遭難があり、北海道からは降雪のニュースが届くなど冬のGWといった様相で、これからの後半も天気は回復しそうですが寒い日が続きそうです。

自動車会社などの製造業では、平日の祭日を操業日とする代わりに、その分を年末年始やお盆時期に集めて長期連休を設定する事が多く、いつのころからかこの5月の飛び石連休の中日を埋めて長期連休にするようになりました。

基本的には、帰郷・海外旅行・家族サービス・リフレッシュなどそれぞれ待ちかねて連休を迎えますが、この長期連休はそのためだけではなく、新型車やモデルチェンジの生産ラインの切り替え作業、製造設備の入れ替えに使用されます。エンジン、トランスミッションと言った大型ユニット部品でも、新開発の生産ライン切り替えなどでこの連休を活用し、その生産準備や生産ライン保守要員は、逆にこの連休に臨時出勤をしてこの切り替え、保守作業を行う稼働時にはやれない極めて重要な作業期間として使われます。

初代プリウスでは、クルマも新型なのは勿論、エンジン・トランスミッション・ハイブリッドシステム、さらにブレーキ・パワステと全て新規開発で、部品を含めた生産ライン準備には、夏休みの長期休暇を利用しました。夏の連休明けから先週のブログで紹介したこの生産ラインを使った量産ライン試作、トヨタ用語での号試を行い、この号試車で品質・信頼性・燃費や走行性能・ドライバビリティなど機能品質の最終チェックとチューニングし、そこで摘出した不具合の設計変更、工程変更とその確認作業を行って12月10日の量産車としての生産スタートに漕ぎ着けた訳です。

2000年5月のこのゴールデンウイークに生産ラインの切り替え作業を行ったのが初代プリウスのマイナーチェンジ版で、このマイナーチェンジ後にプリウスは日本限定ではなく米国・欧州での販売を開始しました。クルマはマイナーチェンジでしたが、ハイブリッドシステムは、発電機・モーター・インバータから電池・システム制御コンピュータ・制御プログラムまで全て新規開発となり、さらに米国、欧州それぞれの排気規制や燃費規制など法規制への対応を行うなど、ほぼフルモデルチェンジに近い切り替えをこのゴールデンウイークを使って行ったことを記憶しています。

続く二代目プリウスでは、4月には発表を行って初代の生産を早めに打ち切り、また生産工場もこれまでと違う工場に切り替えることが決定していたため、生産ラインを新設して号試を早め、8月の連休に生産ラインの最終整備を行って、9月生産開始・販売開始に漕ぎ着けました。この連休明けに生産した最終号試車を使って新車発表やジャーナリスト試乗、メディア試乗用としたのは、これも先週のブログでご紹介した通りです。

我々のような技術部の開発部隊は、基本的にはこの長期連休には休みを取りますが、このように連休を開発作業の重要なターゲットとして開発計画を練っています。

初代プリウス開発前のGW

加えて記憶に残っているGWの思い出は、初代プリウス生産販売まで7ヶ月半の時期にあたる1997年のものです。当時の新型車の標準開発日程では、生産開始の1年前には正式ボデースタイルとシャシー構造・エンジン・トランスミッションなど主要部品を量産設計諸元に基づいた正規仕様で試作し、この試作品を使った正式試作車を作成することになっていました。この正式試作車を用いて量産仕様の品質・信頼性・耐久性・操作安全性・燃費・排気・ドライバビリティ・制動性など生産設計仕様を決めていくのです。

1997年のプリウス開発の際には、その正式試作が3月末まで遅れ、連休明けにはその正式試作車を使った各設計部隊、車両機能試験評価部隊による性能機能評価、品質評価、信頼性確認作業を一斉にスタートさせる必要に迫られていました。この評価作業・不具合摘出作業を行った後に、そこで見つかった問題点に対して対策の設計変更・工程変更を行って、生産ライン・部品生産準備作業に入って行くことになります。この日程は販売開始日に向けて絶対必要な項目が並んでおり、これ以上の遅れは販売の遅れを意味します。

正式試作車が設計仕様通りに作られていても、様々な新規部品の固まりを集めて組み上げて、見てくれだけをクルマにした状態では直ぐこの評価作業に入ることはできません。この正式試作車を用いて、ハイブリッドシステムとしてのチューニング作業と、コンピュータだけではやりきれないシステム制御全体でのデバッギング作業が必要となります。

このシステムの作業を行ったのが、ハイブリッド開発リーダーの私が直接設計評価部隊として担当することになったハイブリッド制御システム設計チームです。ハイブリッド制御システムとしても、量産仕様のフェールセーフ制御、このフェールセーフ保証や始動操作の基本となる様々な故障診断制御仕様を組み込むのはこの正式試作車が初めてで、それまでは暫定版での対応していました。

この量産仕様の全ての基本機能を織り込んだハイブリッドシステム制御プログラムを作りあげ、デバッグを行い、さらに設計仕様のもとづくチューニングを行い連休明けに各設計・評価チームにデリバリーする正式試作車全てにこの確認済みの制御プログラムを提供するのが連休前までの必達ターゲットでした。

さらにこのチームは、一般道路走行用にコロナを改造した開発評価用試作車を作り、陸運局に改造申請を行って白ナンバー取得し、連休明けからのエコキャンペーンの一環でスタートするジャーナリスト・メディア試乗用車両へこの制御プログラムの折り込みとデバッギング、チューニング作業も合わせて行うことが求められていました。

それまでも、当時でも労基法ぎりぎりの状況で、マネージャーとして心苦しいまでの開発作業を行ってもらっていましたが、今度はそれに輪をかけて厳しい状況が訪れていたのです。

連休前の深夜12時に完成したプログラム

連休までに見通しを付けられなければ、臨時出勤を行っても連休明けには間に合わせることが求められていました。私の方針としても、またこのハイブリッド制御の基本部分担当課長も、この連休の臨時出勤(臨出)は避けたいと思っていました。

私にはそれ以前のクリーンエンジン開発担当の時代に、連休の臨出でほろ苦い経験があります。当時の上司指示で私がリーダーとなって若いスタッフで夏の連休の臨出での実験評価を行うこととなったのですが、その日は暑い天気の良い行楽日和の連休初日で、エンジンを使った実験をやりながらもどんどんスタッフのモチベーションが下がって行く状態に陥り、集中力も欠ける状態になっていきました。

私は作業安全上も問題と感じ、結局三日の予定を一日で打ち切り、そのときは夏休みでしたので、次ぎの日にはグループ全員で海水浴にでかけたことを想い出します。実験データは初日の一日だけしかありませんから、残りは作文によって報告書を作りました。これが今もほろ苦く感ずる経験です。

初代プリウスではなんとかゴールデンウイーク前日までにこの作業を追い込み、連休は全員一斉に取ろうと宣言をし、連休前の最終日ほぼ深夜12時にこの全ての作業を終わらせて全員帰路についたことを今でも鮮明に記憶しています。

ここでやったデバッギング、チューニング作業の品質は高く、連休明けにデリバリーを行って、この正式試作車での評価作業が順調にスタートできたことも、日程どおりの号試、量産立ち上がりに繋がる大きなマイルストーンとなったように思います。

さて昔話が続きましたが、このGWでの私の過ごし方を報告して終わりにします。私は40年来の趣味として、仲間と共同で西伊豆の沼津を拠点にヨットを保有し、草レース活動や連休のクルージングを楽しんできました。初代プリウス開発担当となって以降、定年を迎えて三島の自宅に戻るまではなかなか時間が取れず、すっかり塩気が抜けてしまってレース要員としては使いものにならなくなってしまいましたが、連休のクルージングだけは天気が崩れないかぎり参加しています。今年も27日の船での宴会をスタートに、恒例の西伊豆クルージングを楽しんできました。

最初に書いたように肌寒い天気ではありましたが、天気に恵まれて視界は良好で、船の上から富士山と雪を頂く南アルプスを眺めながら、16年前のクルージングに出かけられなかったGWことをふと想い出し、ここにこうして書かせて頂きました。

沼津大瀬崎沖から望む富士山と南アルプス

沼津大瀬崎沖から望む富士山と南アルプス