WEC耐久選手権ハイブリッド・レーサー・トヨタTS030 その2

今日の話題は、昨年11月に紹介した、レーシング・ハイブリッドの話題の後日談です。

昨年、国際自動車連盟(FIA)主催の世界耐久選手権(WEC)に参戦したトヨタのハイブリッド・レーシングカーTS030は、シリーズ8戦の第3戦で最大のレースであるル・マン24時間耐久レースこそリタイアという結果になってしまいましたが、その後第5戦ブラジルで初勝利、第7戦日本富士、最終8戦上海と3勝を上げる活躍を遂げました。

ライバルであるアウディのディーゼル・ハイブリッド車 R18 e-tron Quattroとのエキサイティングなバトルを繰り広げ、年間チャンピオンこそアウディに譲りましたが、真っ向勝負を果たし、F1から撤退したトヨタのレーシング活動として久方振りの快挙に私もOBとして祝杯を挙げる気持ちを味あわせてもらいました。

Toyota_TS030_Hybrid

トヨタ TS030 Hybrid

Audi-R18-e-tron-Quattro

Audi R18 e-tron Quattro

Toyota_TS030_Hybrid_Powertrain

トヨタ TS030 Hybrid パワートレーン

電動化(ハイブリッド)技術の導入が進むレースの世界

エコカーとサーキットレースは対極にあるように見えますが、サーキットレースの世界も次世代自動車を支える活動との位置づけと謳われており、レースのルールであるレギュレーションも時代とともに見直され、現在のレースではハイブリッド技術が大幅に取り入れられるようになってきています。

F1に導入されたKERSもその一つで、KERSはその名である「Kinetic Energy-Recovery System」(機械エネルギー回生システム)のとおり減速時に運動エネルギーを回収して、次ぎの加速にアシストパワーとして使うシステムです。このKERSは2009年のレギュレーションで取り入れられ、レースでの低燃費とエネルギー回生を使ったこの一瞬のブーストパワーでのエキサイティングな追い抜きは新時代のF1の売りとなってきています。

世界耐久選手権(WEC)のレギュレーションでは、2012年からこのエネルギー回生システムの使用が認められ、昨年からハイブリッド車による戦いになってきました。F1/WECそれぞれ、レギュレーションとして一回の減速あたり回収できるエネルギー量が定められており、このレギュレーションにそったハイブリッド・システム設計が行われています。ちなみに、WECでは一回の減速あたりエネルギー量として500kJ(約1.4kWh)のエネルギーを回収し、次ぎの加速でアシストパワーとして使うことが許されています。

24時間耐久のル・マンでは、1周回13.6kmを7つのセクターに分け、そのセクター毎に500kJの回生とその回生エネルギーのアシスト出力が認められ、計3500KJ(約9.8kWh)の電気エネルギーアシストを使い、制限された燃料量を節約しながらラップタイムを争っています。

今年2013年のWECは、4月14日第1戦シルバーストン(英国)6時間耐久を皮切りに、第3戦がル・マン24時間耐久、日本では10月20日第6戦富士6時間耐久、最終戦が第8戦11月30日バーレーン6時間耐久として実施されることがFIAから発表されています。今年も2012年と同じレギュレーションで行われるようですが、このレギュレーションは欧州勢のディーゼル車有利との下馬評で、そんな中でTS030の活躍はディーゼルを使用した欧州勢をも驚かせた戦いだったようです。

私も、今年は更なる活躍に期待しており、機会があればぜひ観戦に行きたいとカレンダーを眺めています。

想像を絶するレースの世界でのエネルギーの出し入れ

昨年のブログで、TS030に回収エネルギーの貯蔵源にリチウムイオン電池ではなく、高性能キャパシタを採用した訳を、一般車とサーキットレーサーの走行パターンの違いから推測して解説を加えました。この解説をその回の最後に紹介した、欧州でこのプロジェクトの責任者を務めている知人にコメントを求めたところ、詳しい資料を添付してくれたうえで「推測どおりです」との丁寧なメールを送ってくれました。

繰り返しの説明になりますが、プリウスなどTHSを搭載するハイブリッド車では、一般道での走行で燃費最適を目指すシステムです。一般道の走行時、停車中はエンジンを停止し、エンジン運転ではどうしても効率の悪くなる低中車速にはエンジン停止でモーター走行を行い、エンジン運転を行う中高速巡行では燃費最適エンジン運転を行います。減速時には目一杯のエネルギー回生発電をし、その回生エネルギーをアイドル・エンジン停止、EV走行、加速モーターアシストで再利用することで燃費効率の最大化を図っています。

これに対してサーキット走行では、当然ですがピット停止以外の停車は皆無で、一定速度をキープして走る巡行運転も低速・高速関係なくこれも無く、その走行の殆どがフルスロットル加速とコーナ突入の際の急減速、次ぎのフル加速の繰り返しで、通常の一般道ではありえない走行パターンとなります。

返答のメールに添付してサーキット走行時の加減速パターンを送ってくれましたが、このサーキット走行の減速度たるや一般のクルマではとても考えられない急減速で、車重850kgのクルマを時速300km/h近い速度から5秒程度で100km/h以下に減速してコーナリングに突入、全てがその繰り返しで構成されていました。

初代プリウスでは、一般道の一般的な減速レベルを想定し、電池の最大回生エネルギーとして21kWとしていましたが、このTS030の減速ではピークで減速度が4G弱、フルに回生すると250kWにもなるそうです。またレギュレーションとして一回の減速での回生量として500kJ(約1.4kWh)が定められているので、回生受け入れ出力が大きく、この500kJのエネルギーを蓄積でき、軽量コンパクトなエネルギー貯蔵源として高性能キャパシタを採用したとのことでした。

今のレギュレーションで決められた500kJが増えるようになれば、多分キャパシタではなく二次電池を使うことになり、また現在では後輪だけで回生しているのに対し、前輪回生と4輪アシストなどモーター配置も換わってくるのではとのコメントでした。今年は、2012のレギュレーションでの戦いとなりますが、その中で各社とも許される限りの改良を加えてくると思いますので、レベルの高い戦いを期待しています。

レースの電動化は更に進んでいく

昨年秋には、2014年の新しいレギュレーションが決まり、燃料タンク容量がそれぞれ縮小され、また使える燃料量も少なくなり、燃費効率の良さもレース結果をこれまで以上に左右することに変更されたようです。

2014年ルマン24時間耐久レースで適用されるレギュレーションhttp://www.lemans.org/wpphpFichiers/1/1/ressources/Pdf/2012/24-heures-du-mans/conference_de_presse/technical_regulation_2014.pdf

変更の基本原則第1項として「Efficiency and sustainable development(効率(低燃費)と持続可能な開発)」が掲げられていることにも、自動車レースの世界も、次世代自動車の方向とは無縁ではないことを物語っています。しかし、いずれにしても、レギュレーションで定められた土俵の上で、クルマの技術とドライバー腕の限界を競いあうエキサイティングな世界であることには違いがありません。

このレギュレーション上ではは、水素燃料電池自動車、バッテリー電気自動車での参加も可能なようですが、まだまだ6時間、24時間の走行距離を競い合うレーシングカーへの参入ハードルは高いようです。こうした水素燃料電池車やバッテリ電気自動車がレースに登場する時代が来るのか、その時代でもサーキットレースが存在するのかには興味がありますが、現状ではまだまだ内燃エンジン車が主役で、サーキットレースでのバトルをエンジンサウンドとともに楽しめる時代が続くことは間違いなさそうです。