VVT-iとハイブリッド

VVT-iとは

VVT-iと云ってもなじみがないかもしれません。VVT-iはバリアブル・バルブ・タイミング・インテリジェント(Variable Valve Timing Intelligent: VVT-i)の略称、エンジン吸入弁の吸い込みタイミングを可変にする可変バブルタイミング機構のことで、今ではトヨタのガソリンエンジンにほぼ標準として搭載されています。

そして、このVVT-iはプリウスのハイブリッドエンジンにも使われ、大きな役割を果たしています。このVVT-i開発にも、エンジンの先行開発担当として関わり、思い出深いエピソードがありましたので、ご紹介し、さらにハイブリッドプリウスのエンジンとして、どのような役割を果たしたのかお伝えしたいと思います。

VVT-iは1995年8月にクラウン用、排気量3リッターの直列6気筒エンジン、2JZ-GEに使われたのが最初です。当時、エンジンの先行開発では、排気のクリーン化が大命題であり、またそれと同時に自動車エンジン屋の普遍的な大きな開発テーマとして、出力向上、燃費向上、この三本柱のバランスのとれた両立がありました。

80年代に入って停滞したエンジンのクリーン化

1979年に起こった第2次石油ショック後、アメリカで燃費規制が制定され、日本でも燃費向上のガイドラインが定めら、今に至る低燃費エンジンの開発競争が勃発しました。この低燃費技術として開発が進められていたテーマの一つがVVT-i機構です。しかしながら、石油ショックが一段落つき、日本が後にバブル経済と呼ばれることにある景気状況を迎えると、いつしかクリーンも一段落、低燃費も喉元も過ぎればなんとやら、1980年代の後半には、エンジンの出力競争に戻りかけていました。

日本の各社はその新技術開発を競い合い、このエンジンに空気を吸入し、燃焼させ排気する基本となる吸排気弁の動かし方を可変にする機構開発も開発競争の大きなターゲットとしました。ホンダは1989年に通常はエンジンの燃焼が良くなるリフトの小さい状態で運転し、高速回転になると、エンジン吸気量を増やすために大きなリフト量に切り替えるVTECを開発し評判となりました。

トヨタも、VTECに負けてなるものかと、カローラやスプリンターのスポーツ車用4A-GEエンジンを吸気3弁、排気2弁の5弁エンジンとし、さらにバブルリフトではなく、吸気バルブのタイミングの2段階のOn/Offで切り替える可変バブル機構を採用し、リッター100馬力達成をぶち上げるなど、抜きつ抜かれつを繰り広げていました。
クルマの企画チームからは、なにがなんでも高出力、排気のクリーン化は規制強化ならやらざるを得ないができる限り低コストでやって欲しいと強く求められる状況でした。

なんとか実用化にこぎつけたVVT-i

私が、エンジンの研究グループから、すこし量産技術開発に近い先行開発グループに移動し、アメリカ・カリフォルニア州で議論が始まった、マスキー規制のさらに10分の1レベルまでにクリーン度を高めるローエミッション・ビークル規制(Low Emission Vehicle: LEV)規制対応用エンジン開発プロジェクトを担当することになったのが1989年、同時にこの低燃費エンジン開発チームも担当することになりました。

アメリカの燃費規制CAFÉは、販売台数に応じたクルマの平均燃費による方式で、当時のVVT-i開発チームは、アメリカで販売台数が多く、CAFÉ規制値に影響度が大きい、カムリの燃費向上を目標に、それに搭載する4気筒エンジンを対象に開発検討を続けていました。しかし、燃費向上テーマには見向きもされず車両企画チームからも、エンジン量産設計チームからも採用の声はなかなか掛からず、スタッフのモチベーションも下がりかけていました。

我々は将来エンジンのクリーン化、性能向上、低燃費、低コスト技術の研究開発を行うのが役割のチームですが、やはりやるからには量産のクルマに採用される技術を狙いたいというのが、エンジニアの心意気です。時代に合わなくなったと云われても、いつ何時またそのテーマが重要になるかは誰にも判りません。プロジェクトリーダーにとっても、そのようななかなか買い手のつかないテーマをどうするかの判断に迷うところです。さらに、LEVクリーン自動車開発の他、様々な厳しい環境規制が提案されており、研究開発テーマ、組織の再編も私の役割でした。テーマの凍結、チームの解散も頭をよぎりましたが、自分のやってきたテーマに拘りもたなくては、技術開発はできません。開発担当スタッフやチームリーダーからは、いずれ低燃費の時代がくることを信じて、このテーマを続けることを強く要望されました。

そこで、少し時代に合わせて、開発の方向と売り先を見直すことをお願いしました。燃費向上最優先から、まずは性能向上、さらに今となってはマッチポンプであったことを白状しますが、厳しくなる排気規制に対応する排気デバイスの役割も兼ねさせ、排気浄化だけの追加デバイス廃止の可能性を検討してもらい、僅かのコストアップで性能向上が実現できるとのシナリオに書き直しました。 

またターゲットエンジンも、上級車に搭載する6気筒エンジンに切り替え、車両も新技術にお金を出してくれそうな、クラウンに的を絞り、量産エンジンチームの一部トップからはVTECに性能向上ではかなわないからダメなど、外乱もありましたが、紆余曲折のうえ、1995年のクラウン採用にこぎ着けることができました。さらに、エンジニアの拘りとして、プライオリティを下げた燃費向上効果も引き出すことができました。これが契機となり、このVVT-iは他のガソリンエンジンにも次々と採用されるようになりました。

プリウスに貢献したVVT-i技術

初代プリウスのエンジンも当然このVVT-iが最初の企画から標準仕様でした。このVVT-iが、性能、燃費、排気性能向上の役に立ったばかりではなく、思わぬところで、初代プリウスの開発で商品としてのクルマができるかどうかを左右する大課題の解決の決めてとなってくれました。

プリウスのハイブリッドでは、燃費向上のため、停車中どころか、低中速走行もエンジンを止めモーター走行を行うことが基本コンセプトです。アクセルを緩めるとエンジンを止め、アクセルを踏み加速要求をするとエンジンが掛かり、また電池が空になると自動的にエンジンを掛け、次ぎの加速に備える必要もあります。そのエンジン停止、次ぎの始動の度に大きなショックが発生し、開発段階初期のクルマでは、大きなショックでエンジンを発電機と車軸やモーターの出力軸に分割する遊星ギアに動力を伝達するインプット軸が折れたり、またその反動でトランスミッションケースが破損したりと、商品として成立できるかどころの騒ぎではない大問題、解決の見通しも着かない状態が続きました。このとき、エンジン担当スタッフが提案してきたのが、VVT-iの活用でした。図に初代/2代目プリウスに搭載した1NZ-FXEエンジンの断面図と、VVT-iの吸排気弁作動図を示します。

エンジンを起動させるときのショックは、発電機でエンジンを回し始める時に、吸い込んだ空気を圧縮するときの抵抗で回転力の変化が大きくなり、それがショックを大きくする一因となっており、まず、回り始めのショックを小さくするには、図に示すようにVVT-iの作動を、一度吸い込んだ空気を次ぎの圧縮開始後まで吸気弁を開いている状態までずらし、もう一度吸気側に戻すことにより、圧縮する空気を減らしてやることが効果的です。ディーゼルエンジンでよく使うデコンプ(圧縮抜き)と同じ原理です。そこからエンジンを点火し、トルクを出させるまでの繋ぎ、エンジンの点火を止め、ショックなく回転を停止させるまでの作動、さまざまなエンジン制御、またその制御による排気性能への影響、潤滑への悪影響などなど、副作用の検討と対策を加え、さらに他のさまざまなショック対策を加え、エンジン起動停止に気がつかないほど(大げさ?)と云われるまでに仕上げることができました。VVT-iの効用は大きかったと思います。

今のハイブリッド車はプラグインハイブリッド車を含め、内燃エンジンと電気モーター駆動のハイブリッドです。VVT-iエンジンが、このエンジン/EV走行切り替えを高頻度で行うトヨタのハイブリッド成立に大きな役割を果たし、またこのVVT-iを活用した効率を高めるアトキンソンエンジンが低燃費、クリーンのハイブリッドを支えています。

エンジンも主役の一つ、自動車エンジン屋が競い合い、さらに日本勢が先進欧米エンジン技術を少しでも超えたいとやってきたことが日本の自動車の躍進であり、ハイブリッドに行き着いた所以です。最近、もうエンジンの出る幕ではない、エンジンのやることはなくなったとの声を聞くことが多くなり、残念に思います。技術競争、切磋琢磨、まだまだやることはあるように感じます。エコは大切、その上で、出力、レスポンス、音色、スムースさなど、ハイブリッドの主役の一つ、エンジンの存在をアピールできるハイブリッドエンジンを巡る競争を期待します。