『ハングリーであれ! 愚かであれ!』 スティーブ・ジョブズ伝より

ジョブズの伝記を読み終えました

昨年10月にガンのため、56才でなくなったアップル社の創業者、スティーブ・ジョブズが、生前に直接彼の伝記執筆を米国「TIME」誌編集長、CNNのCEOなどを務めた著名な伝記作家ウォルター・アイザックソンに依頼し、彼の死後、10月末に彼の執筆したハードカバー版2刊もの『スティーブ・ジョブズ』I、IIが英語版に続き、日本版も講談社から出版されました。11月の上旬に購入し、ちょっと読み出したところで、その量の多さと最初の取っつきにくさに、この2月まで「積ん読」状態にありました。 

昨年のブログにも書きましたが、私は古くからのマック派で、仕事ではWindowsを使わざるを得なくなりましたが、プライベート用として、マックは一度も手放さず、最近ではプレゼンや海外出張にはMac book airを持ち歩いています。もちろん、携帯電話はi-Phone、さらに十分に使いこなしているとは言えませんがi-Padのユーザーでもあります。

この2月の始めに、積んであったこの本を読み出し、読んでいるうちにはまり込み、久しぶりに睡眠時間を削り、一気に読み切ってしまいました。内容の紹介は多くの書評などが出されていますのでそちらに譲ります。

以前のブログでも書きましたが、二人のスティーブ、スティーブ・ジョブズ、スティーブ・ウォズニアックがジョブズの実家ガレージを作業場としてマイコン・チップを組み合わせた手作りパーソナルコンピュータ開発としてアップルを創業したのが1976年4月、われわれも、マイコンを使ったエンジン制御に注目し、秋葉原でマイコン・チップを購入して自作した制御用コンピュータでこれも自作したソフトを組み込み、クルマを走らせたのが1976年のことです。

ほぼ同じ時代にマイコンを使った様々な用途へのアプリ開発が進み、アップル社はマックからパソコンの進化と情報ネット化を牽引し,さらにi-Pod, i-tunes, i-Phone, i-Pad, i-Cloudと情報メディアのパラダイムを変えていきました。産業分野が違い、向こうはベンチャーの経営者、こちらはエンジニアと比べるべくもありませんが、われわれは自動車の電子化を進め、エンジン制御、車両走安制御、そして車両統合制御としてのハイブリッド、プラグインハイブリッドをこの制御技術の基盤の上につくりあげました。

自動車業界の情報化もECT, VICSとナビ連携があたりまえになり、各社のテレマティックスサービスがスマートフォンと繋がり、自動車もいよいよ情報ネット接続が標準になるユビキタス化を迎えています。

ジョブズの伝記を読みながら、この1970年代から現在に至る、マイコン応用からスタートする『製品』進化の歴史のラップに興味を引かされました。

1976年とコンピュータ

日本の電卓メーカーの依頼でインテルが4ビットマイコンを開発したのが1971年、GMが世界初のマイコンエンジン制御として、点火時期だけを制御するマイザー(MISAR)を開発しオールズモビル・トロネードに搭載したのが1976年、アップル社が彼らの最初のパソコン、アップルIをニュージャジー州で開かれた第1回米国パソコン・フェスティバルに出品したのが同じ1976年9月、われわれが秋葉原でかき集めてマイコン・チップから手作りで作り上げた助手席を占有するぐらい大きな制御用コンピュータでクルマが動きはじめたのも1976年秋、振り返ると1976年がエポックの年として繋がるように感じます。

そのマイコン制御に手を染めた76年か、77年、実験データ処理をやっている電算グループの先輩と自動車マイコン制御の将来として、エンジンから車両全体のネットに繋がる車両統合制御システムへの発展、さらにネットで販売店、そしてトヨタとつながり、メンテナンス情報のオンラインチェック、故障診断、サービス情報の提供などへの発展などを語り合ったことを思い出します。そして、いまその殆どが、実現しようとしています。

このマイコンの進化、制御の進化がなければ、ハイブリッドの実用化ができなかったことは明かです。

本当に顧客の求める商品を作るということ

話をスティーブ・ジョブズ伝に戻すと、ジョブズ自身がアイザックソンに伝記執筆を依頼し、亡くなる寸前までインタビューに応じ、また執筆内容には一切注文を付けず、かつての恋人に、彼の性格を、自己中心主義を通り越して精神疾患としての「自己愛性人格障害」と言わしめるところまで、良くも悪くも全人格、人生をさらけ出すさまざまなエピソードを紹介していることに、彼の、またアメリカ文化のオープンさに感動しました。

またマイクロソフトのビル・ゲイツから、グーグルのエリック・シュミットまでに至るライバル達との論争、さらにはアル・ゴアからオバマ大統領とのやりとりまで、さらに、彼の手がけた製品に対する、完璧主義の凄まじいやりかたに共感を覚えながら読み切りました。

彼の病状が悪化するなか、永年のライバル、ビル・ゲイツがふらっとジョブズの自宅を見舞いに訪れ、3時間も懇談し、それまでの彼らのビジネス思想の違い「アップルの世界、“機器ハード、ソフト、そしてコンテンツ構成までクローズし、システム全体のコントロールを手放さないジョブズの統合アプローチ」と、「規格化されたハード構成上で動くWindowsに代表されるOSを提供し、そのOS上を走る様々なアプリソフトの開発を解放するオープン水平モデル」を主張するゲイツが、その全く違う二人のアプローチについて議論をし、ジョブズの主張する「統合アプローチも成功することをアップルは示したが、それはスティーブが舵を握っている間だけはうまくいったが、将来的に勝ち続けられるとは限らない」と反論したとのエピソードなどを、ゲイツからの取材として紹介していましたが、この二人の巨人のこの論争がどのような決着となるのか、興味津々でこれからも見ていきたいと思います。

彼の死後も、i-Phone, i-Padの好調で、アップル社はとうとう時価総額で世界一、トヨタの3倍の時価総額というとてつもない会社に成長した記事を見て今更ながら彼のすごさを感じました。

製品開発では、あたりまえのように顧客第一主義が取り上げられています。言葉の上ではその通りですが、わたし自身はそれに違和感を覚えていました。ジョブズの言葉として、

『顧客が今後、なにを望むようになるか、それを顧客本人よりも早く掴むのが僕らの仕事なんだ。欲しいものを見せてあげなければ、みんな、それが欲しいなんてわからない。だから僕は市場調査に頼らない。歴史のページにまだ書かれていないことを読み取ることが僕らの仕事なんだ』

と言っています。

このセリフに強い共感を覚えました。コンシューマ・プロダクトの開発では、今の社会、顧客ではなく、将来の社会、顧客ニーズを発掘するのが開発屋の醍醐味です。社会、顧客のニーズ、意識を先取りし、サプライズを与えられる製品こと目指すべきものです。ジョブズのセリフに共通点を見つけ、うれしくなりました。

1990年の始め、業務用の実験データ解析、技術レポート作成、論文、特許のデータベース化など、個人業務用のパソコン端末導入を計画し、NEC9801も個別には使っていましたが、どうもなじめず、そこでマックと出会ったことがマックにはまり込んだ始まりです。

プリウス開発チームではマックを使用していた

その時代は既にスティーブ・ジョブズはアップルから追い出され、アップルの衰退が始まっていた時代でしたが、デモをやってもらったMacintosh PlusかMacintosh SEをみて、そのグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)のすばらしさに感激し、またこのGUIと標準仕様のデーターベースリンクソフトのハイパーカードのセンスに、これだと決めて職場に導入しました。

以前のブログでも紹介しましたが、初代プリウスの開発チームにもマックが業務用パソコンとして配られ、インターネットならぬ、社内イントラネット上のメーリングシステムが、開発情報の共有化に効力を発揮してくれました。しかし、システムの信頼性はお世辞にも良いとは言えず、当時はたびたびフリーズし、折角の解析結果や作成中のレポートの作り直しなど、トラブルの多さに泣かされた記憶もあります。

アップルが傾き、その再建にジョブズが復帰したのが1997年、これも初代プリウス発売の年です。アップルに復帰してからの話は、ここで紹介するまでもありませんが、IBM/モトローラ製のコンピュータ・チップセットからWindowsとも共通のインテル製に切り替え、1998年にはディスプレー一体、半透明なブルーボディのiMacを登場させ、怒濤の攻勢をかけ世界一の会社にまで立ち上げたのが、彼の完璧主義による統合アプローチであり、凄みすら感じさせられます。

サプライズのある新しいものを作るためには

本書ではこのハード機器、OS、アプリソフト構成、さらにはそれで作りあげるコンテンツと統合システムまでコントロールしながらやる“エンドツーエンド”で製品を開発する例として『自動車会社』を例にあげています。しかし、一言追加して『昔はそうだった』とのコメントを残しています。以前に紹介したことがある、トヨタの車両主査制度で、かつての名物主査はこの統合アプローチのクルマ作りをやっていたように思います。

またジョブズは、自らを含め、

『クレージーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれるひとたち。賞賛するひともけなす人もいる。しかし、彼らを無視することはだれにもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼らはクレージーと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信ずる人たちこそが、本気の世界を変えているのだから』

と言っています。これも強い共感を覚えたセリフです。

プリウスハイブリッドの開発は、ジョブズがやったような完璧主義、統合アプローチの独裁的なプロジェクトではありませんでした。しかし、あの当時、トヨタが21世紀の自動車をやろうとそれまでの二番手主義をやめ、一瞬狂ったクレージープロジェクトだったと思います。開発チームにクレージーと呼べる人はいたかも知れませんが、天才は居ませんでした。しかし、開発チームとして、中核の何人かはサラリーマンではやれないような、完璧を目指し、端から見ると狂ったように取り組んだことは事実です。車両主査とシステムチーフのタイアップにより、完璧な統合アプローチにより「新しいクルマ」を作り上げたと今も自負しています。ジョブズのセリフ『昔はそうだった』のように、トヨタに限らず、サプライズを与え、時代を変える意気込みの未来のクルマに拘り抜いた、『統合アプローチ』のクルマ作りはできなくなっているように感じます。

如何に、大規模になろうが、また制御の固まり、ネットと繋がるクルマになろうが、クルマはクルマ、多くのお客様から未来のクルマと感じてもらい、またサプライズを感ずるクルマを、もういちどクレージー集団の『統合アプローチ』から生み出してもらいたいものです。

もう一つ、ジョブズの、強い共感を覚えた言葉を述べたいと思います。
『アップルの経営を上手くやるために働いているのではなく、最高のコンピュータを作るために仕事をしている』彼らしいセリフです。

今回のタイトルの『ハングリーであれ! 愚かであれ!』は、スティーブ・ジョブズが2005年6月12日にカリフォルニア州サンフランシスコの南、パラアルト市に美しく広大なキャンパスをもつ、スタンフォード大学の卒業式に招かれた時のスピーチの最後に学生達にあたえたメッセージのセンテンスです。
その中では、

(1)大学中退のいきさつ
(2)アップルから追放されるいきさつを例に、大切なものとそれを失うことについて
(3)死について

を語っています。
そして、最後に3度もこの『ハングリーであれ! 愚かであれ!』を強調してこのスピーチを終えているのが印象的でした。

‘You’ve got to find what you love,’ Jobs says
Stanford University news :http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html