シボレー・ボルトの登場について
去る10月、政府からの多額の支援を受けなければならないほど追い込まれているGMが、起死回生の次世代環境自動車の切り札として今月販売を開始するChevrolet Voltの最終の技術概要が発表されました。しかし、その走行システムを巡って、アメリカのメディアや自動車の専門家から、これを電気自動車と言っているGMの言い方は嘘ではないかとの批判が起こっています。
さて、GMの肩を持つわけではありませんが、GMはかねてよりこのVoltは発電が主体ではあるもののガソリンエンジンを搭載したクルマであるということは述べており、その範疇でいえば広告戦略の一環としてこれを航続距離延長型電気自動車(Extended Range Electric Vehicle)というジャンルのクルマとして紹介すること自体は、大きく非難されるべき点ではないように私には思えます。
Voltの技術とそれに対する批判についての概要
現在のVoltに対する批判もしくは論争は、Voltに技術の詳細についての説明が発売寸前にまで遅れ、(私自身も含めた)多くの人々がVoltでは電気モーターのみでクルマを駆動するものだと思い込んでいたことに起因します。
以前より私が書いている事ですが、発電専用のエンジンを搭載し、そこから生まれる電気(とバッテリー)を利用してモーターで走るクルマは、シリーズ型と呼ばれる構想としては最も古くからあるハイブリッドシステムに分類されるものです。
クルマを駆動する機構、システム構成について、先ほどもいった通りGMはあまり公表してこなかったので、ネット等のニュース記事を鵜呑みにして、シリーズタイプのハイブリッドと思い込んでしまい、7月のブログではシリーズ型のハイブリッドと紹介してしまっていた。
しかし、いざふたを開けてみるとVoltは、プリウスのような遊星ギア機構を持ち、電池の充電量が少なくなった状態の高速走行においては、エンジンの出力を機械的にタイヤに伝えるという経路も用意されたものでした。これはVoltが、モーターのみで駆動するシリーズ型ハイブリッドではなく、モーターに加えてエンジンとモーターの両方が駆動に利用されるパラレルのパスも併せ持つ、プリウスなどのトヨタハイブリッドシステム(THS)に類似した、シリーズパラレルタイプの構成もっていることを意味します。(ハイブリッドシステムについては過去の記事をご覧ください。)
これをメディア等が「航続距離延長型電気自動車(Extended Range Electric Vehicle)と謳いながらも実態はハイブリッド車ではないか」と批判しているというのが、現在の構図です。
Voltのハイブリッドシステムの詳細
さて、私もまんまとVoltはシリーズタイプのハイブリッドと思い込んでいた訳ですが、おそらく批判をする人々と私では、これが明かされた際の反応は正反対のものとなったようです。私はVoltに対して、長距離の高速走行でもエンジン発電電力で全ての走行エネルギーをまかなおうとするシリーズハイブリッドとなるのであれば、パラレルタイプに比較しても効率悪化は免れず、老婆心ながらその燃費性能の悪化を心配していたからです。
また当初の流れた企画では、1リッター程度のエンジンからスタートしたのですが、開発が進むにつれてエンジン排気量を増やしエンジン出力を増加させており、実際の使い方では、大容量の電池を搭載してもそれを使い切った状態では発電電力量を大きくする必要があるのだろうとその発表に納得していました。
われわれも初代プリウスの開発の過程で、電池のエネルギーが使えなくなった時のシリーズパスはシミュレーションの想定以上に大きくとる必要があることを思い知らされ、突貫工事で出力アップ、発電能力アップを図り、やっと生産開始に間に合わせる苦労もしましたので、エンジン排気量を増加させ発電機の出力を高めてきたという流れは手に取るように解かります。
トヨタハイブリッドシステム(THS)は、THSがクラッチをもたず、モーターと発電機とエンジンを遊星ギアの3つの軸に常時接続の構成で、エンジンと発電機、それに駆動モーターの回転数やエネルギーフローを制御するパワースプリット方式でクルマを走らせています。これに対しVoltではクラッチを3つ持ち、その組み合わせで、従来からの触れ込みのように、エンジン発電機単独運転ができるように構成し、通常のシリーズハイブリッドとしても運転できるようにしています。この機構により、電池に充電エネルギーがある限りは電気自動車として走行させ、電池エネルギーが少なくなってくると、基本的にはシリーズ運転を行い、その状態で大きなクルマの駆動パワーが必要な登坂走行や、連続した高速走行ではシリーズ・パラレル運転に切り替え、パワーアップと効率向上を図ったものと推測されます。
このようにクルマの性能ひいては実用性を高めるために、シリーズハイブリッドありきで考えるのではなく、より高効率を求めてシリーズ・パラレルに切り替えたという判断はエンジニアとしては極めて妥当な判断だと私には思えます。
環境自動車に本当に必要な事とは?
ではこれからが本日のブログの本論です。たしかに、ハイブリッド構成に対するGMの情報公開は少なく、例えば日本版Wikipediaなどでもそうした記載があるように、これをシリーズ型だと誤解していた専門家も多かったようですが、この誤解を招いた「ある思い込み」の方が私には問題に思えます。それは「シリーズ型なのであれば電気自動車と名乗ってもよいが、シリーズ・パラレルなのであれば嘘なのではないか」という今回の批判に隠された、自動車としての性能や可能性を度外視した「電気自動車崇拝」に近いといってもいい観念です。
そもそも当初よりシリーズ型であってもエンジンを持つハイブリッドであることは明かだったのですが、シリーズか、パラレルか、はたまたシリーズ・パラレルかといった部分はお客様にとっても、また低カーボンを目指す環境自動車のポテンシャル指標として特に意味を持つものではありません。
環境性能にのみ考えたとしても、重要なのは走行時のクリーン度、燃費ポテンシャル、さらには低カーボン度という部分です。クルマが商品だという大前提に立てば、基本機能としても、走りや快適性、荷室スペースなどのユーティリティが従来車に劣らず、また価格的にもお客様の手に届く範囲に設定され、従来と同様に普通のクルマとして使え、デザイン含め買いたくなり、周囲に自慢したくなるクルマであければ、世に受け入れられるはずはありません。
またCO2の排出はグローバルな問題であり、走行中の排出レベルでその効果を判定するものでは無いことは明かです。プラグインハイブリッドであっても電気自動車あっても、その発電時の炭酸ガス排出も考慮に入れる必要があります。この点からは、日本はまだ優等生に近いレベルですが、例えばお隣の中国ではまだまだ電力は石炭火力が中心です。そのような国ではクルマを走らせるエネルギーと電力を利用すると、燃費効率の高いプリウスのようなフルハイブリッドの走行に比べてもその炭酸ガス排出は多くなってしまいます。さらに、中国の石炭火力発電では、発電時の亜硫酸ガスや窒素酸化物の排出量は日本のレベルよりも遙かに多く、そのガスが季節によっては西日本にも流れ込み、あらたな大気汚染源になってきていることにも注意を払う必要があります。アメリカでも中国ほどではありませんが、石炭火力の比率が大きく、プラグインハイブリッドでも、電気自動車でも、ガソリン消費の削減効果はありますが、炭酸ガス排出量の削減にはあまり効果はありません。もちろんゼロエミッションが理想であり、それに近づけるための努力はこれからも続ける必要がありますが、ゼロエミッション車を何台か従来車に置き換えるだけでは大気環境改善への効果は殆どなく、CO2削減効果を出すためには多くのクルマの環境性能を少しずつでも良くする方がはるかに効果があります。こう考えれば、システムがどうだとか、GMの説明は嘘をついたことになるといったような議論はどうでもよいことのように思います。
環境自動車にも健全な競争が必要
個人的には環境自動車としての進化をめざし、私が携わったプリウスにも同じハイブリッド自動車として、競い合う仲間ができたと歓迎しています。そう感じられたのはこのVoltが、上にも書いた通りこの車にGMのエンジニアが「しっかりと商品として成立するクルマ」を目指していることが伝わるクルマだったからです。ただしあえてここでは書きませんが、まだまだと思う所も多々あるので、またもう一人現れた競争相手を歓迎するといった印象ですね。
上で「電気自動車崇拝」などという言葉を使用しているので、私が電気自動車という技術そのものに反対していると取られる方がいるかもしれません。それは私にとって本意ではなく、私の意見は採用する駆動システムの如何に問わず、クルマとしての基本性能(安全性能を含む)が十分以上にあり、かつ競争力のある販売価格で売れるクルマで、その上で優れた環境性能を持つクルマがもっと現れてほしいというものです。そうした中で互いに技術的な競争をすることによってこそ、自動車技術の未来が開けてくるはずです。