プリウス開発秘話1:初代プリウスのカメマーク
時の流れは早いもので、初代プリウスを発売してから今年で13年目となります。プリウス開発に関するエピソードなどは、有難いことに発売後にそれを扱った幾つもの本が出版され、私もインタビューや講演などで語る機会を頂いたりしています。しかしながら、そのような場では、文字数や時間の制限などで、漏れてしまうものもがありますし、当時は現役の会社員としてなかなか口にできなかった話もあります。これからプリウス開発秘話として、そのようなエピソードを時々紹介していきたいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。
さてでは初回である今回は、初代プリウスのインパネに表示されていたカメマークの話をしようと思います。
カメマークとは
通称カメマーク、正式には出力制限ウォーニングインジケータランプと呼びます。当時の解説書では「モータ、ジェネレータ、HVバッテリー、インバータの過負荷運転によるHVバッテリー残量の低下防止のため、出力制限運転中であることをランプの点灯により運転者に警告します」と説明しています。この警告灯は初代プリウスの1997年12月の生産車から2000年5月の初代マイナーチェンジまでの期間のクルマだけ採用されたもので、このマイナーチェンジの時に廃止をしましたので、このカメマークのことを記憶にとどめておられる方は少なくなったのではないでしょうか。解説書の説明のように、通常のドライブで発揮できる走行パワーを大幅に下回った場合に、その状態を認識せず追い越しをしてヒヤッとされることや、いつもよりもパワーが足りない時にそれをすぐに故障と判断せれることがないよう、ドライバーにその状態を明確に知って頂くために設定しました。
出力制限を設ける理由
さて、なぜ出力制限を設けるかというと、クルマを電気モータで駆動するクルマは従来のクルマと少し違って長時間運転を続けると過負荷運転となってしまい、それに起因した部品の破損や故障に至らないよう、多くの部位をその出力を絞る行うことを前提として部品設計を行っているからです。
「出力制限などせず、長時間運転ができるような設計を行えばよい」と思われるかもしれません、しかしながら満足な長時間運転に耐える設計を行うとなると、モータ、ジェネレータ、電池、インバータの冷却能力を大幅アップさせ、かつ温度上昇のスピードを抑えるためにそれらやパワー素子のサイズアップなどを行わねばならず、それはクルマの重量増、搭載容積の低下、そしてなによりコスト上昇に直結します。
このため我々は、様々な走行条件、使用環境を想定しながら、ギリギリの厳しい条件では出力制限を行うという判断をし、それによりハイブリッドの実用化にこぎ着けました。
出力制限の具体例を挙げると、夏の山路のアップ・ダウン走行では、登坂時の電池アシストおよび降坂時の大きなパワーの回生充電で電池が高温になることから、この出力制限を設定する必要があります。また、このような走りを続けた場合には、モータも高温になって設計保証温度を超える危険があることから、出力制限を行っています。さらに、モータやジェネレータを動かすパワー素子がつまったインバータは、坂道発進時にアクセルコントロールでクルマを止めている状態では、一瞬に大電流が流れるため出力制限を行っています。なお、この出力制限は、故障の防止、寿命低下の防止、重量増の抑制、部品のコンパクト設計、さらにはコスト増の抑制のため、今も全てのハイブリッド車で実施しています。
カメマーク採用のいきさつ
初代プリウスのケースでは、最初の企画段階では、日本の高速道路での走行を想定して、通常の高速登坂走行で少し余裕を持たせてエンジンの出力やアシストパワー、電池の搭載容量を決めました。ですが、プロトタイプを作って実際にクルマを走らせてみると、様々な状況で出力制限に引っかかること、またそれを引き起こす要因が継続する条件もあることが判ってきました。特に富士や伊吹、さらには六甲、箱根などの登坂では、電池パワーアシストを使い過ぎると当初企画通りのエンジンパワーだけでは、流れにのった走行ができなくなることもあったのです。これは改造申請をした正規の白ナンバー試験車ができ、一般路をいろいろ走ることができるようになってから明かになった問題です。
また、もう一つの電池の出力制限としては、電池の温度が低いときの出力制限があります。寒冷地の冬で、電池温度が低下するにつて急激に出せる出力が低下してしまう特性です。ハイブリッドの特徴ですが、電池からの出力が低下しても、その分をエンジン出力で補うことができればパワーダウンなくクルマを走らせることができます。しかし、初代プリウスの企画段階のエンジン最高出力は40kW、エンジン出力で補うだけの余裕はありませんでした。急遽、設計仕様を大幅に変更しない範囲で出力向上を図り、結局43kWの最高出力まであげましたが、これでも不十分、最後の決断として電池アシストパワーとエンジンパワーを加えた通常の走行可能パワーをある割合低下してしまったときに、出力制限灯を点灯し、運転者に注意を促すことにしました。これが、カメマーク採用のいきさつです。
もちろん、カメマーク点灯は故障ではなく上記の通りクルマを守る為に組み込んだ仕様です、しかし今だから正直に白状しますが、性能不十分の言い訳であることに違いはありません。ただ、可愛らしいカメの表示と、理解のある日本のお客様に恵まれたことから、一種のユーモアとして好意的にお受け取りいただき、大きな苦情を戴かなかったことには、今も大きな感謝の念を忘れてはいません。しかし、クルマの基本特性として不十分であることは明かであり、我々はすぐにこの問題に取り組み、エンジン出力をさらに向上させることによって、電池の出力制限があっても、初代で決めた全体出力低下の割合を下回らないシステムに改良し、最初のマイナーチェンジ後のプリウスでカメマークを廃止することができました。
互いに補えるからこそ「ハイブリッド」
また上記のエンジン出力の強化に加え、電池も冷却性能の改良、電池の充放電効率の改良、低温性能の向上などに取り組み、電池の出力制限頻度そのものも減らすように改良を続けてきました。電気駆動系の出力制限について、世界中の様々な走行条件、使用環境条件の中で色々なことを学びましたが、この中でハイブリッドシステムにおけるエンジンの重要性もいまさらながら思い知らされました。実際のクルマの走行では電池の高低温、エネルギーを使い切った等の状況は決して珍しい事態ではありません。電池の過熱状態、低温状態、または充電量が減った状態で無理矢理出力を出してしまうと、電池の劣化につながり、電池寿命も短くなります。
我々が開発したハイブリッドでは、このような電池の出力を絞る必要がある条件では、エンジンパワーを増やすことによって電池の保護も行っているのです。出力制限というと良くない事に思われるかもしれませんが、ハイブリッドが個人ユーザの通常の使い方では、電池の途中交換を必要としないレベルにまでも進化したのは、きめ細かい電池保護の出力制限制御をしているからこそなのです。
プリウスを発売したとき、ハイブリッドの説明として電気とエンジンの「いいとこどり」をしていると説明しました。いま考えると、すこしこれでは言葉足らずだったかなとも思います。電気とエンジンは、お互いの「いいとこ」だけを使っているのではなく、互いの「いいとこ」を引き出す為にお互いが相手の「欠点」を補いあっている素晴らしいパートナーなのです。
ハイブリッドの開発を行ったというと、クリーンな電気駆動をクルマの世界に取戻して、脱エンジンの道筋を作ったと思われがちです。しかし、実際に開発を行った私が抱いたのは、およそそれとは逆で、実際の様々な走行環境の中で“大事に大事に”使う必要がある電池やモータを補うエンジンの頼もしさ、そしてポテンシャルの大きさでした。エンジンはプラグインを含むハイブリッドに、電池の保護、クルマの走行パワーの確保、心地よいエンジンサウンドとともにFun to Driveな走行の楽しさを今も、これからも与えてくれると私は確信しています。