クルマの基本性能と電気自動車/プラグインハイブリッド

前回は、電子制御とクルマの基本性能についてシニアな自動車エンジニアとしての意見を述べました。電子制御は様々な活用方法があり、走りや燃費などのクルマの売りとなる性能だけでなく安全などに対しても縁の下の力持ち的に使用していくのは大変有用だということ、しかしながら電子制御はあくまでクルマの基本性能が伴ってこそ活かされるもので、電子制御でなにもかもできるかのような「電子制御万能主義」的なアプローチはクルマのエンジニアとして決して選択してはいけない道で、「素顔美人」のクルマを作らねばならないということを感じ取っていただけたら幸いです。
さて今回は、次世代自動車の期待の星としてもてはやされている電気自動車やプラグインハイブリッド車において、このクルマの基本特性、さらにはお客様目線のクルマという観点でお話ししようと思います。結論が先になりますが、私は電気自動車でも、プラグインハイブリッドでも、「素顔美人」のクルマづくりとの視点は全く変わらない、いやもっと強く変わらないし変えてはいけないと思っています。

次世代自動車の基本性能への懸念

前回も述べたように、ハイブリッドプリウスの開発でも、ハイブリッド化による車両重量の増加、特に電池の重量増加、その搭載位置変更による重量バランスの悪化を心配しました。重量とそのバランスは、クルマの基本性能を大きく左右する非常に大きな要因だからです。ですので、その改良を進めるうえでの課題として、軽量化、部品のコンパクト化に取り組みました。これは最大の課題と社内外から言われていたコスト低減に勝るとも劣らない優先度だったのです。
さて、電気自動車やプラグインハイブリッドの話に移りますが、いまの状況を見ていると私は既視感を覚えます。それは、「バッテリーの値段が安くなれば電気自動車やプラグインハイブリッドがすぐに普及する」といわんばかりの報道や社会の動きを見ていてです。
私のエンジニアとしての視点から言えば、先ほども言ったように最も重要なのはトータルで見た場合のクルマの基本性能の部分で、この視点からすれば電気自動車やプラグインハイブリッドを商品として世に送りだして皆様に買っていただけるようにする為には、まだまだ越えなければならない壁が幾つもあり、これはバッテリーのコストの問題だけではありません。
特に私が懸念しているのは、電気自動車やプラグインハイブリッドにおいて、搭載する電池の重量増加とその搭載位置による重量バランスがクルマの特性に与える影響です。クルマの基本性能を考えると、電池の搭載位置は重要でクルマの旋回性能に大きな影響を与え、これを重くかさばる電池をできるだけ車両の中心に近く低い位置に搭載する設計を行う必要があります。もちろん車両重量が増加すれば、クルマを加速させるエネルギーも重量増に比例して増加します。そうなれば、ブレーキやパワーステアリングの能力も上げる必要があり、また変速機のキャパシティ、ドライブシャフト、サスペンションも車両重量増の影響、車両重量バランスの影響を考慮してアップグレードしていく必要があるでしょう。またボディも重量増にともなって車体強度や衝突安全設計の見直し等が必要となります。
つまりは基本性能を考えてクルマを設計するという事は、単にエンジンをモーターとバッテリーに載せ替えるという次元ではなく、複雑に影響しあう様々な要因を纏め上げ、商品として皆様に買っていただけるものとして完成させるという事なのです。そして当然ですが、その上で価格の問題があるのです。

プラグインの要望は最初からあった

さて、プリウスを発表した後、アメリカで電気自動車普及を推進していた方々が多数訪ねてきて、ハイブリッド開発を祝福・歓迎して頂いたのですが、中にはもうその当時からハイブリッド電池の容量を増やして外部電力で充電するプラグインハイブリッド化をしようという提案をしてきた方もいらっしゃいました。また今だから話せるのですが、カリフォルニアの環境当局トップの方から「プリウスをプラグインハイブリッド化するならば、補助金の増加や規制上の優遇をしよう」と非公式のオファーを頂いたこともあります。
しかし、我々は当時使用していた電池をプラグインに対応できる容量に増量とすると、その重量でクルマの基本特性を損なってしまうと判断して、そのオファーをお断りしました。当時、トヨタは電気自動車のRAV4EVを日本とアメリカに導入していましたが、このクルマは一回の充電でアメリカのシティモード走行で測定して200kmの走行距離を確保するために実に450kgもの電池を搭載していたのです。運転した経験では、やはりその重さの影響は、航続距離を短くするだけでなく、運動性能にまで大きく及んでいました。そんな状況でしたから、プラグイン化を断るという判断はエンジニアとしては当然のものでした。

次世代車が真に普及するためには

あれから、軽量、コンパクトとの点でも、ハイブリッド技術は進化してきました。Liイオン電池の実用化もこの基本性能を高める上でも期待していますが、プラグインの実用化には更なる電池の技術進化が必要です。今の電池の技術水準でも、電池搭載量をどんどん大きくして電気による航続距離を長くした電気自動車やプラグインハイブリッド車を作り、それを誇ることはできます。ですがクルマの基本性能を維持し、かつ現実的なクルマとして売るとなると話は別です。
またこの基本特性の善し悪しというものは、テストコースでの試乗や、都市内を短時間走るだけではなかなかわかるものではありません。典型的なグローバル商品であるクルマですので、ハイブリッド開発でも世界中の様々な走行環境で、実際の用途に応じた使い方をして、研究室やテストコースといういわば無菌状態の場所ではなく、極めて幅広い日常で使用されて通用する基本性能確保を重視して取り組んできました。日常というと簡単に見えますが、先ほどいった通りグローバルな商品です。プリウスでいえば日米欧で販売していますので、最低限でも北欧、アラスカ、カナダや北海道の冬の寒さ、アメリカのアリゾナ等の灼熱の砂漠も、そこに住んでいる方にとっては「日常」です。あくまで私の主観ですが、プラグインハイブリッドや電気自動車の開発まだそのようなレベルでの「日常の使用」といったフェイズには至っていないように思えます。ですが、本当に普及するクルマを作るというのは、そこまでカバーして責任を持つという事なのです。

これからは、シニアなクルマ屋の視点から、ハイブリッド車もそのプラグインも、さらには電気自動車も、次世代だからと言って甘い目で見ずに、いままでのクルマが努力して獲得してきた基本特性について注文をつけていきたいと思います