ノーベル賞…ではなくノーブル賞受賞
私は有難いことに、ハイブリッドプリウスの開発について、開発スタッフを代表し様々な賞を頂く機会を得る事が多くありました。そして、10年以上もたった今年もまた、アメリカの電気通信学会Institute of Electrical and Electronics Engineers (IEEE)より私を含めた当時の開発担当の3人に技術賞が与えられ、先週、サンフランシスコで開催された学会での受賞式に参加してきました。
賞のタイトルは、Daniel E. Noble Award,ノーベル賞ならぬノーブル賞、モトローラ社のエンジニアで無線通信の発展に多大な寄与のあったノーブル博士の名が関せられた賞です。“For pioneering contributions to the development and market penetration of hybrid electric vehicles (HEV’s) through the establishment of innovative architectures and control technologies” 「独創的な機構と制御技術の確立により、ハイブリッド自動車の開発と普及に先駆的な貢献を果たした」との受賞理由は、開発に必死に取り組んでくれた当時の様々な分野の開発スタッフ、部品メーカの方々の代表として、大変嬉しく、光栄に思っています。
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IEEEとは?
IEEEという言葉は、特に技術系に興味を持っている方であれば、どこかで耳や目に触れた機会を持っている方が多いのではないでしょうか。いまや、多くのパソコンやスマートフォンで利用されている無線LANの標準規格であるIEEE802.11なども、このIEEEが策定され標準化されているもので、学会の名の通り電気、電子、さらには情報技術の分野をリードしている学会です。
そのIEEEは、電気自動車や充電式ハイブリッド自動車など、自動車の電動化技術の発展にも力を注いでおり、充電機器の技術標準、自動車の情報ネットワークなど普及のためのさまざまな技術標準策定作業も行っているようです。
今回の受賞式が開かれたのは、年に1回開催されるIEEEの半導体関係の大きな講演会の中でした。私にとっては久しぶりの国際学会への参加だったのですが、以前に比べて中国、韓国、台湾、インドなどの東洋系の方々の参加が非常に目立ったものの、日本からの参加者は少なくなってきた印象を受けました。
一時期は機械、電気/電子、エネルギー関係の国際学会では、日本からの参加者、発表者も多く、どこにいても日本語が耳に入ってきたほどでした。それが、ずいぶんと様変わりしたものです。特に、産業界の若いエンジニアの参加が一時期に比べると減っているのではないかとも感じました。これだけで技術力を一面的に判断できるものではありませんが、このような場での日本のプレゼンスの低下を目の当たりにしたようで、再び過去の姿を取り戻す必要性があると感じました。
プリウスのアメリカ発売から10年
こうして訪れた久しぶりのサンフランシスコでしたが、以前に増して数多くのハイブリッド車を見かけるようになり、プリウスだけではなく、インサイト、フォードのエスケープ、カムリ、RX450hなどハイブリッドが本当に普通のクルマになったとの印象を受けました。
初代プリウスの米国での販売はハイブリッドシステムの全面改良をした2000年のマイナーチェンジ版からでしたが、改良のポイントの一つがサンフランシスコのような急勾配の坂道での発進性能、特にバックの登坂性能をどこまで確保するかでした。当時のTHSでは、サンフランシスコの市内にある有名な急勾配の坂の途中から発進できないことが問題でした。
バックのトルクは更に非力で、サンフランシスコの市内や、ロス近郊のパサディナ、ハリウッドの丘陵地帯の高級住宅地区によくある、急勾配の坂道の途中からバックで車庫入れなど、どれくらいの走り方をカバーさせるか、テストコースの坂路発進テストだけではなく、現地、現物、サンフランシスコの様々な坂路、パサディナ、ハリウッドの坂路で何度も何度も確認試験をしてスペックを決めたものです。私も、何度かその確認走行に付き合いました。
急坂路でクルマが停止していて、モータも止まっている状態から発進(回転)させるためには、大きなトルクが必要で、そのトルクを発生させるためには、大きな電流をパワー半導体に流す必要があります。もちろん、パワー半導体を大きな電流容量のものに変更すれば良いわけですが、結構なコストアップを招いてしまいます。コストも下げ、欧米にも通用する走行性能を確保し、さらに環境性能も進化させるのが当時の開発リーダとしての当然の目標でした。電流制御に新しい工夫が見つかり、ぎりぎりのスペックを見つけ出し、アメリカや欧州の急坂路なら何とかなるとの自信がもてたのも、サンフランシスコやロスでの確認試験の結果でした。
今回も、サンフランシスコの市内で、この初代プリウスのマイナーチェンジ版がけなげに、ケーブルカーと併走してけなげに走っているのを見て、嬉しくなりました。
もちろん、2代目、3代目プリウスと、コストも更に下げながら、この発進登坂性能も、環境性能もさらに飛躍的に向上させています。私の開発リーダとしてモットーは、クルマ全体、システム全体の最適をめざし、現地現物で一石二鳥どころか、三鳥、四鳥の実現へのチャレンジでした。日本得意の、電気、電子、制御、IT技術を生かし、セクショナリズムにとらわれず、一石三鳥、四鳥の知恵だしに期待します。