「オートモビリティーズ」その2 ダルニッシュさんとのモビリティ議論の話

広がる脱自動車の風潮

先週は、『自動車と移動の社会学』オートモビリティーズという欧州での自動車文化論、自動車社会論を扱った本の紹介をしました。この本では、これまでの自動車の歴史を振り返り、将来は、『鉄とガソリン(もちろんディーゼルを含めた石油液体燃料の内燃エンジン車)による自動車の終焉であって自動車(モビリティ)の存在しない世界ではない』と、従来の延長線ではない自動車の大変革を予言しています。

私自身は近未来に『鉄とガソリンによる自動車の終焉』がやってきそうな兆候、技術の痕跡をまだ感ずることはできませんが、だからと言って今の延長では自動車バッシング&ナッシングの動きを抑えきれないのではと心配し始めています。鉄とガソリンから、電気、燃料電池への転換もそれほど楽観的ではなく、『自律した移動体としてのオートモビリティーズ』に環境資源保全、交通事故防止に手を打ち、自動車を変革していかなければ脱個人用自動車の風潮を招いてしまうとの危惧です。

昨年もブラジルの都市の市長がアメリカで開催されたある環境フォーラムで、いずれ自動車はタバコのように『人間に害を及ぼします』といったステッカーが貼られるようになるとまで言い放ち、脱自動車論を打ち出したとの記事を見かけました。

大都市への自動車乗り入れ規制の動き、そのなかで電気自動車、プラグイン自動車だけへのインセンティブ付与、さらにはEVカーシェア、これを組み込んだスマートシティーも見方を変えると脱自動車の動きにもつながりかねません。

米国カリフォルニア州のZEV規制はその動きの一つで、本来のZEVはロス、サクラメント、サンディエゴといったカリフォルニア都市部の光化学スモッグ低減の手段であったはずが、いつのまにか加州であろうが南極であろうが地球上で排出される温暖化ガスの総量が問題の気候変動ガス削減に衣替えしてしまいました。

規制当局であるCARBのスタッフもわずかのZEVを導入しても、古い車、排気浄化装置の故障車が残っている限りはほとんど光化学スモッグ低減には寄与しないことは百も承知で、環境アピールのためのZEV規制制定でした。

公共交通機関が発達した日本、欧州の大都市ならまだしも、最も自動車を中心としてきた社会を作り上げてきた米国でもこの動きは強まってきていることが気になります。1960年代から1980年代にかけての大気汚染問題、同時期に深刻化し交通戦争と言われた交通事故死、自動車会社バッシング、自動車バッシングの論調も確かにありましたが、われわれ自動車エンジニアはこれにも真正面から向き合い克服してきました。

最初は欧米勢を追いかけながら、1980年代からは日本勢も先頭集団に立てクリーン&安全な自動車作りと同時に走りなどクルマとしての商品力競争をやり遂げここまでの発展を牽引してきたと自負しています。もちろん中国のPM2.5問題、さらにはいまだに世界で100万人/年を越え増え続ける交通事故での死者など、まだまだ克服すべき課題は残っています。だからといって豊かな社会を支えてきた『自律した移動体』に『人間に害を及ぼします』とのステッカーが貼られる時代は迎えたくありません。

ダルニッシュさんと自立したモビリティとしての自動車を守ろうと約束した

自動車開発をリタイアした今も、日本、欧州からいろいろ声をかけていただき、こうした自動車の変革として取り組んできたクリーン自動車、ハイブリッド車開発を紹介しながら、将来モビリティ、『自律した移動体としてのオートモビリティーズ』の将来について様々な方々との議論を進めています。

今日のブログではこうした議論の一つ、昨年11月にパリで再開し将来モビリティについて語りあい、意気投合したフランス人ダルニッシュさんとの会話について紹介したいと思います。

以前も紹介しましたが『ベルナール・ダルニッシュ』、私とほぼ同世代で、我々の世代でモータースポーツ、ラリーレースに興味を持っていたかたなど知る人は知る存在で、自動車ラリーの世界でならした名ラリードライバーです。

1973年~1987年の世界ラリー選手権(WRC)で7勝、ヨーロッパラリー選手権で2回の年間チャンピオンを獲得しています。なによりも名を馳せたのは1979年のモナコを起点として行うモンテカルロラリーで、ランチアワークスの協力は得ていたものの、プライベートチーム「シャルドネ」として前年モデルのランチア・ストラトスで最終日にフォード・エスコートのワルデガルドを大逆転して勝利したことが今でも語り草となっています。

現在でも、フランスの自動車関係NGO代表としてTV、ラジオのレギュラー番組を持ち、自動車の環境問題、交通事故防止など自動車の課題、未来について積極的な発信を続けておられます。
日本版Wikipedia 
ダルニッシュさんのページ

彼と知り合ったのは5年ほど前、トヨタ・パリオフィスの招待でトヨタの環境イベントや環境技術視察で来日されたときが最初で、その時もハイブリッド車など将来自動車について語りあい、『自律した移動体としてのオートモビリティーズ』としてエコだけではなく、走り、走行性の、静粛性などNVH(ノイズ、バイブレーション(振動)、ハーシュネス(津路面からの突き上げ感、ガタピシ感)などクルマとしての商品機能全般の進化を目指したいとの意見で意気投合しました。

当時はまだ電気自動車ブームがやってくる前でしたが、ZEVで強制された電気自動車にモビリティの未来を感ずることができず、その対案としてハイブリッドの開発をスタートさせたことを共感してくれました。

私達二人とも決して電気自動車否定論者ではありません。『オートモビリティーズ』の必然として、今のクルマに替わる次世代自動車の主役として電気自動車を描けなかっただけで、彼自身は当時も都市内限定、フランス内では免許なしでも乗れる超小型EVモビリティの推進者でした。

昨年11月にパリのシャンゼリゼ―通りにあるトヨタ・ショールームの一室にある会議室で3度目の再会、これからのモビリティについてたっぷりと意見交換をし、次の4回目の再会を約束してショールームのプリウスを前に記念スナップをとりお別れしました。

Bernard Darniche

以前からもハイブリッドをサポートしてもらっていましたが、昨年まではGMオペルからの依頼でプラグインハイブリッド車【GMのネーミングではレンジ・エクステンダー・電気自動車(EREV)】VOLTの姉妹車であるオペルAMPERAのモニターを行っていたとのことで、トヨタのプリウスPHVとの対比、プラグインの将来などを話題に、時間を忘れて話し込みました。

何かフランス語か英語で話しているような表現をしましたが、実は日仏語でのいつもお世話になっている頼りにしている通訳の方を介しての会話です。

ジャンルは違いますが、どちらも単なる移動手段だけではない『自律した移動体としてのオートモビリティーズ』、以前のブログでご紹介した言葉では“フリーダム・オブ・トラベル”“フリーダム・オブ・モビリティ”としてのクルマの信奉者です。

彼はプロ・ドライバーとしてのキャリアから、私はプロフェッショナル・エンジニアとしてのキャリアから、未来の自動車ナッシング、バッシングを心配しての意見交換になりました。

フランスでも某フランスメーカーCEOの影響か、政治家の一部に何が何でも電気自動車推進(選挙対策としてのエコ?)がおられ、BEV限定の補助金政策、公共充電インフラ整備への政府資金投入などの声を強め、また若者の自動車離れも心配なレベルと言っていました。

パリ一極集中が進むフランスでもこうした政治家のかたがたの多くが、都会住まいか運転手付の後席で移動される方なのは間違いなく、これは東京に集中する日本でも同様で、政治家だけではなくお役人や学者の方々も多くは首都圏にお住まいの机上中心のモビリティ論者が多く、さらには一般メディアの方々も『自律した移動体』の自律の部分を軽視したモビリティ論が増えてきていると紹介しました。

これに対しては、力を合わせて『自律した移動体』としての将来モビリティの重要性を発信しようとの意見で一致しました。

もちろん、ただ自動車ナッシング・バッシングを心配して手を拱いていていては意味がありません。自動車ナッシングとは思われない魅力あるモビリティの開発と実用化とバッシングされない環境レベル、安全レベルの達成が自動車エンジニアの役割です。

その上で、道路交通システム、社会インフラ整備としての提案も求められています。その一つ、次世代モビリティの技術論としての自動車電動化にはだれも異論はないと思いますが、その自動車電動化、自動制御の基本となるバイ・ワイヤ化に先鞭をつけたのがトヨタ・プリウスと自負しています。

自動車の電動化の未来は?

ダルニッシュさんとの次の話題は、この自動車の電動化を巡る議論でした。ダルニッシュさんは現在オペル・AMPERAを使われ、従来車との大きな違いを感じているのがエンジン停止モーター走行の快適さだったとのご意見でした。

クルマとしての内外装の設計と仕上がりは不満が多く、奥様はご自分の愛車プリウスの方が良いと言われているそうですが、長いAMPERAのEVレンジは快適、住宅地や都市内低速でのモーター走行は大きな商品力、長距離ドライブで別荘にでかけ、そこで使うにはAC充電で使えるプラグインのメリットを感ずるとのご意見でした。

これには半分同感、半分は反論させてもらいました。住宅地や都市内低速でもモーター走行の快適性、これは初代プリウスをやってみて私自身も感激した点でこの部分は全く同感です。しかしEVレンジの長さを競いあうことになると虻蜂とらず、現在のように多額の補助金があるうちは良いが大量普及期では補助金ナシで収益性の確保は今の延長では困難、結局上級車やSUVなど高価格帯のクルマに限定されてしまいかねないのが難点との反論をさせてもらいました。

メーカー側の論理と言われかねないことは承知の上ですが、数を増やしたからと言ってリチウムなどレアアースを使う電池コストが大きく下がる訳ではありません。プラグイン用電池のコストアップ分を電気代で回収するのは、平均走行距離が日本よりも長く、さらに日本よりもガソリン価格が高い欧州でも簡単ではなく、日本ではさらに厳しい状況です。

プラグインでも電池コスト、充電ラインの将来コストを睨みながら、補助金頼りではなくこれまた収益面でも自律ならぬ自立できるクルマにしていくにはこのEVレンジをどう決めていくかもこれからも大きな課題です。『鉄とガソリンによる自動車の終焉』はまだ先、停車時、低中速のEV走行を生かしながら、さらに連続高速走行、登坂走行、さらに充電電池を使ったあとのHV走行ではエンジンの良さを引き出すハイブリッドが目指す方向との主張をしました。

ダルニッシュさんには、トヨタからプリウスプラグインのモニターをお願いしていますので、今のプリウスプラグインとAMPERAとの比較から次世代モビリティとしての望ましいEVレンジなど次の機会にはもう少し掘り下げた議論をしてみたいと思っています。

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