直噴ガソリンエンジンのPM2.5問題について

直噴ガソリンのPM2.5が従来車の10倍との報道

先週16日の日経新聞に、『直噴ガソリン車のPM2.5排出、従来車の10倍以上』との記事が掲載されました。この記事は、国立環境研究所がニュースリリースとして発表した『最近の直噴ガソリンエンジン乗用車からの微粒子排出状況』の紹介記事です。

自動車関連のWebニュースサイトにも、このニュースリリース記事が配信され話題をよんでいます。私のように自動車用ガソリンエンジンの研究開発、その中でも燃焼や噴射系の研究開発に携わったエンジニアからすると、このPM削減への配慮を怠って直噴をやると当然こうなると予想ができ、またそれを懸念していた通りの結果です。

しかし、ここで従来ポート噴射エンジンの10倍以上と書かれているのは、日本の規制にはないまた欧州でも最近まったばかりの試験基準による結果で、この十分な説明をしないで数値だけを一人歩きさせることには疑問を感じますが、過剰なまでの低燃費競争への警告として受け止めることも必要です。

大きな問題視をすべき結果では無いが…

下に公表資料にあった10倍多いと説明した図を示します。

図 粒子重量の排出係数(㎎/㎞)vs 粒子個数の排出係数(個/㎞)

図 粒子重量の排出係数(㎎/㎞)vs 粒子個数の排出係数(個/㎞)


出展:国立環境研究所ニュースリリースhttps://www.nies.go.jp/whatsnew/2013/20131216/20131216.html

横軸がこれまで規制として使われてきた尺度の走行距離あたりの粒子重量(㎎/㎞)、縦軸が欧州の決めた新しい試験基準による走行距離あたりの粒子個数(個/㎞)です。

PMは自動車排ガススモークの他、山火事、火山の噴煙、土埃、砂嵐で巻き上がる粉塵、さらにスギ花粉など植物の花粉からも粒子状物質が発生します。重く粒径が大きいものは自然に地上に落ち、軽く粒径が小さく大気中の浮遊している粒子をSPM(Suspended Particulate matter)と呼んでいます。

大気環境にけるPMは、ディーゼルスモークがまず問題となり、当初は粒径10μm以下をSPMと定義し、その走行距離当たりの重量を規制値としていましたが、その後の研究でこのSPMの中でも粒径が2.5μm以下が呼吸器の奥まで吸われ健康影響がより大きいことが確認されました。

このため2.5μm以下の粒子を補修する試験法を開発し、2009年からこの試験法にもとづきディーゼル車の規制強化が実施されています。この規制値が図に横軸に示される粒子重量の排出係数です。今の法規制ではこの日本規制値と書かれた垂直線の右側に入っていればOKとされています。

この意味では、今回の試験されたガソリン直噴エンジンは全てこの規制をクリアしています。健康影響としては、同じ排出量なら粒子個数が多い方が大きいとの議論となり、粒子個数を計測する試験法が開発されました。欧州では排出重量とともにこの新試験法で計測される粒子個数も合わせて規制として定めることが決まり、2017年から実施されます。

図が示すように、排出重量と粒子個数には相関があって排出重量の規制強化で対応できるのではとの意見もあり、日本、米国ではまだこの粒子個数をカウントする規制実施は決定されていません。これをもって、従来の10倍以上だから問題と叫ぶのはフライングと思います。

エンジニアにはこの結果は解っていたはずだ

また、たった三車種三台のデータでここまで言い切れるかは燃焼エンジニアとしては疑問です。しかしながら、燃焼方式から直噴ガソリンのPM多くなることは燃焼屋の常識です。低燃費の手段として圧縮比を高め、アクセルを踏み込み高パワーを使う領域でノックが厳しくなるため、この領域でのノック抑制の効果がある直噴エンジンが増えています。

昨今、過給ダウンサイジングが持てはやされ、これこそ小排気量エンジンでも過給器によって吸入空気の圧力を高めシリンダーに押し込みますので圧縮で温度があがり過給なしくらべてもノックがより厳しくなりその対策として直噴を採用と、これまた教科書どおりのメニューになり、燃焼系のエンジニアにとってこの結果は完全に予測の範囲内でしょう。

排気のクリーン化と低燃費、高出力を両立させる手段として、吸気ポート噴射で空気とガソリンをしっかり混合し均一燃焼をさせようとするポート噴射エンジンが発展してきました。しかしながら、圧縮比を高めて燃費をかせぐ手段として直噴ブームとなってきたように思います。

直噴の採用を決めたなかで、エンジン担当エンジニアがPM悪化を想定していなかったはずはありません。率直に言って、これをどう考えていたのか聞きたいところです。自動車技術、燃焼技術をし、クリーン技術を推進してきたと自負するベテランエンジニアとしては、こうした問題が取り上げられたこと自体が残念で仕方ありません。

排気のクリーン度、低燃費、さらにエンジン出力はマクロにみてトレードオフ関係にあります。燃費向上にウエートを置き過ぎると、どうしても排気のクリーン度か、出力性能が犠牲になってしまいます。

また最近の低燃費競争が、ともするとJC08、欧州EUモードといった公式試験のカタログ燃費競争に終始しているように感じるのも危惧する所です。燃費でもカタログ燃費と実走行燃費のギャップが問題となっていますが、排気のクリーン度は燃費以上にリアルワールド走行とのギャップが問題となります。

触媒が100%近いエミッション転換率を持つ公式試験モードから、少し外れて急加速をしただけで100倍、1000倍のエミッションを出してしまうクルマも直接車種を上げるのは避けますが、決して無いわけではありません。エンジンでのPM生成パターンから考えても、今回試験された車種についても、PMの排出はオフモード域でより厳しくなり、さらにノン過給(NA)よりも過給エンジンがさらに厳しくなるはずです。

グッドフェース設計をしっかりと

1990年代のカリフォルニア州ZEV/LEV規制議論の中で標準の試験法でクリーン度を判定するだけでなく、リアルワールドでのクリーン度が大切との議論が、米国、日本の自動車エンジニアの間や規制スタッフの間で盛り上がりました。

リアルワールドの隅から隅までの評価ができるわけではありません。その議論のなかで、最終的にはグッドフェースとの考え方がでてきました。試験法でさだめられていなくとも、試験モードから外れたところ(オフモード)急激なクリーン度悪化を招くような技術やチューニングはやめようとの考え方です。

今回のレポートは燃費や通常の排気クリーン度を計測する日本の標準試験法JC08モードに準ずる試験と書いてありましたが、オフモードのPM排出がどうなっているのか非常に気になっています。グッドフェースとしてクリーン性能の設計をしているかどうかの疑問です。

燃費も走行条件、環境条件により変わりユーザー平均としてのリアルワールド燃費を求めることは以前のこのブログでとりあげたように困難です。しかしギャップがあることは間違いなく問題で、プリウスで電動コンプレッサー、排熱回収器を採用したのもJC08や欧州EU試験法では評価されない夏のエアコン燃費、冬のヒータ燃費改善のためにある種のグッドフェースの考え方だと思います。排気のクリーン度でも現役リーダーのときは、このリアルワールドでのグッドフェースとしてオフモードのクリーン度には気を配ってきたつもりです。

このところのモード中心の低燃費競争の過熱が気になってきた矢先に、この話題がでてきました。ここで取り上げられた直噴車はどうも国産車A、輸入車Bとも今話題の数多くの賞を獲得しているクルマのようです。

クリーン度は燃費とは異なり、黒煙を出してはしっている整備不良車や故障車を別にすれば、通常はユーザーには判別できるものではありません。このようなケースでは、グッドフェースでやったことを誓約し、公式試験をもって認可、認証を受けるやりかたもあります。意図した不正や、グッドフェースでなかったことが発覚すると、ペナルティーを科するような制度も必要かもしれません。

中国のPM問題を見ると、単なる規制強化だけではダメで、こうしたリアルワールドでの悪化、さらに長期間使用の悪化まで防ぐ、リアルワールド、リアルライフでのグッドフェース設計が求められるようになるように感じました。

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