プリウスとインターネット
12/11に最終の「Go」が出たプリウス
トヨタのTVコマーシャルでも取り上げられているように、この12月に、プリウス生産・販売開始15年を迎えました。最初のクルマが豊田市にある高岡工場から、トレーラーに積まれ販売店に向かって出荷されていった日が、1997年12月11日(木)です。その日の午後に技術、生産、調達、品質保証の責任者が集まり工場からの出荷可否を決める出荷品質確認会議で品質保証担当から合格の判定が出されたあと、出発していきました。
この12月11日の丁度1週間前の12月4日(木)の業務メモに、市場品質向上タスクフォース特別活動チームのキックオフミィーティングがありました。技術部門内での開発から量産ライン試作、最終量産品質確認試作まで、数々の改良、不具合対策を行い、さまざまな品質、信頼性確認のハードルを乗り越え、このように“出荷”を迎えます。
しかし、開き直るつもりはありませんが、品質、信頼性に万全を期したつもりですが、新技術、新部品、新制御がてんこ盛りのハイブリッド車ですから、お客様のクルマでの不具合発生は避けられません。さらに、超短期開発を言い訳にはできませんが、販売店サービスマニュアル作りも遅れ、トレーニングにも充分な時間を割くことが出来ませんでした。
発売後発生する不具合が多発したり、その処置に手間取ったり、またその改善に遅れをとってしまっては、トヨタのイメージ低下どころか、次世代自動車イメージそのものにも傷をつけ、お客様に不安を植え付け兼ねません。
市場品質向上タスクフォース
この出荷した後の市場不具合対応の支援と品質向上活動として、スタートしたのが、市場品質向上タスクフォース活動です。経験豊富な車両評価のプロが、ハイブリッドシステム全体の品質、信頼性保証活動をリードしてくれていましたが、そのリーダーの提案でスタートさせた活動です。
彼をリーダーに、品質保証スタッフ、ハイブリッドシステム制御設計リーダーと修理作業を支援する現場スタッフの常勤わずか4名の少数精鋭チームの活動です。ただでさえ、不具合を起こしてしまえば、それだけでお客様には大きなご迷惑とご不便をお掛けしてしまします。全国を飛び回り、その迅速な不具合処置、再発防止を、販売店サービスを支援して実施し、さらに同じ不具合を持つクルマが流出しないように、真因を掴み、設計変更、生産工程の改善、検査工程での流出防止処置を行うことがこのチームのミッションでした。
この特別活動は1年強続けられました。
インターネットとほとんど同期生だったプリウス
前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本日の本論、プリウスとインターネットの話です。丁度、ハイブリッド車プリウスの開発から生産開始時期が、日本でインターネットが普及していった時期と一致します。昨年10月のアップル社スティーブ・ジョブス氏についてのブログでも紹介しましたが、プリウス開発ではマックが活躍をし、開発スタッフには優先的にPCが配られ、まず社内LANに繋げたイントラネットを活用し、電子メールによる開発情報共有化のトライが行われ、開発期間短縮に大活躍しました。
まだ社外ネットとつながるインターネット活用とまでは行われていませんでしたが、このインターネットが普及すると、クルマの市場品質情報の収集や、販売店サービス支援活動などに活用できるかもしれないとの議論が起こり始めたのもこの時期です。
特別タスクフォース活動で、各地の販売店からトヨタのサービス部、品質保証部を結ぶ情報は従来通りファクスと電話の世界でしたが、携帯電話が普及した時期ですので、もっぱら現地不具合調査のやりとりは携帯電話での連絡でした。日本で個人向けインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)の営業開始が1994年、1995年Windows95の発売で個人のインターネット使用が急激に拡大、私自身も個人としてISPに加入したのが1996年1月、ハイブリッド開発リーダーを仰せつかり、自宅のある三島市から豊田市に1年弱単身赴任をしていましたので、自宅と単身赴任寮とのやりとりに電子メールを使い出した記憶があります。
当時インターネットが普及していくと、お客様の不具合情報がネットを通じあっという間に飛び交い、こちらの原因調査、対応作業が追いつかなくなると心配していました。今だから白状しますが、インターネットの時代には隠し事はできなくなる、その不具合処置の対応スピードももっと速める必要があると話あった覚えがあります。メーカーもこのインターネットを活用し、情報収集とその対応アクションを早める必要を感じました。
開発者も隠れた愛読者だった“プリウス・マニア”
1998年3月、このプリウスとインターネットの関わりでエポックメーキングな出来事がありました。ある、プリウスユーザーが自分のホームページに、プリウス購入を紹介されたことを切掛けに、プリウス関連のユーザーサイト“プリウス・マニア”が開設され、不具合から、燃費情報、活用Tipsなど様々な情報交換が行われるようになっていきました。
いつのタイミングだったかは判りませんが、開発スタッフの誰かがこのサイトを見つけ出し、私もタスクフォーススタッフ達も毎日このサイトをチェックするようになりました。プリウス開発に携わったほとんどのスタッフは、隠れた愛読者だったように思います。
特に、不具合については、逐一販売店サービスから受けていた情報と対比させ、その大部分は掴んでいましたが、その調査、対策や他の販売店サービスへの横展などに活用させてもらいました。特別タスクフォース活動中は、私自身、この“プリウス・マニア”で取り上げられた情報と特別活動チームからの不具合報告、その処置の進行をほとんど対比できるまでになりました。
この特別活動と“プリウス・マニア”の不具合情報を巡ってはさまざまな思い出がありますが、一つだけとりあげると、開発からこの特別活動で多くの開発スタッフ、タスクフォースメンバーに無理難題を云い、その実行を求めてきたことが報われたと思うエピソードを紹介したいと思います。
特別活動を進め、様々な不具合対策、品質向上活動を続け、まだまだ初期不具合が次から次と報告される中での出来事です。7月末か、8月か、記憶は怪しくなっていますが、“プリウス・マニア”に旅先で発生した不具合に対する強いお叱りが載っていました。関東地区のお客様でしたが、購入されたプリウスでご家族と帰省のための長距離ドライブの途中、コーションランプがつきクルマが動かなくなったとの内容でした。
品質のトヨタを信じ、初物のハイブリッドも大丈夫と思い買ったが裏切られた、家族の楽しい帰省ドライブがめちゃくちゃになったとのきついお叱りでした。
しかし、翌日か翌々日、同じお客様から、今度はその迅速な不具合対応にお褒め頂いた投稿が載りました。持ち込んだ販売店ですぐに原因を突き止め、しっかりと修理をし、その内容を説明し、親切な対応をしてくれたとの内容でした。
この不具合は当時散発していたモーターを制御するパワーコントロールユニットの部品製造不具合によるもので、原因を突き止め、製造工程での対策は済ませていましたが、既にお売りしたクルマでの発生が懸念されていました。
そこで、夏の長期連休、帰省時期を前に、この特別活動リーダーが、この不具合対策を済ませた部品を各地の修理部品デポに重点的に配っておくようにとアクションを取り、さらに各地の販売店サービス支援活動状況を販売店サービス網に流し、プリウス不具合の迅速な対応とその連絡をお願いしました。
この2番目の投稿を読み、特別活動、それを踏まえた事前アクションが実を結び、これで初代プリウス開発の山場を乗り切れたと感じたことを鮮明に覚えています。
故障不具合だけではなく、クルマに対する様々な感想、不満点なども、この“プリウス・マニア”でのご意見も参考に、現地、現物、クルマで確認をし、次ぎの改良にも反映させました。私自身、何度かこの“プリウス・マニア”から発信される、故障不具合情報や、さまざまなご提案に返信をさしあげようかと思ってこともありましたが、ハイブリッド開発担当は黒子、また品質向上活動とは称していてもお客様にご迷惑をお掛けしている当事者ですから、直接の返信は控えてきました。インターネット時代、プリウスの発展を支え、ハイブリッド普及の背景に、このインターネットサイトが大きな役割を果たしたことをお伝えしたく、このブログで取り上げました。
様々な問題にも時代にあった早さを
今週、米運輸省道路安全局NHTSAからレクサスハイブリッドRX450hで、重大不具に対する報告が遅れたことから、制裁金を課せられ、それをトヨタが受け入れたとの記事がありました。このところの品質不具合多発の一つですが、非常に残念です。2010年の予期せぬ暴走問題も、トヨタの対応遅れが問題とされました。
今や、当時から遙かに進んだインターネット時代です。現地でなくとも、時間遅れがなく不具合情報は世界各地から送られてきます。その不具合が深刻な現象かどうかは、エンジニアが感度を高くしてみていれば、判断できるはずです。この特別活動をやり遂げた原点に戻り、さらに今の時代のインターネット網と情報技術を活用し、さらにプロエンジニアの感性を磨き、ハイブリッド自動車など次世代自動車の安心、安全品質を高めて欲しいものです。