ハイブリッドとレーシングカー

トヨタ、ハイブリッドでレース参戦

トヨタは今年のFIA世界耐久選手権(World Endurance Championship)に、ハイブリッド車TS030 HYBRIDで参戦することを発表しました。

参戦初戦は5月5日の第2戦で、ベルギーの「シルキュイ・ド・スパ=フランコルシャン」で開催される、スパ=フランコルシャン6時間レース。続いて6月16/17日とフランス・ル・マンでの第3戦のル・マン24時間耐久に参戦する予定です。

ニュースリリースによると、3.4LV8エンジンと6速シーケンシャルギアボックスのパワートレーンと、前後輪にそれぞれモータージェネレータを装着、減速回生エネルギーをキャパシターに貯め、加速時にアシストパワーとして使う方式です。

市販のハイブリッドでは、Ni-MHもしくはリチウムイオン二次電池を使っていますが、レーシングカーとしては、高速からの減速による大きな回生パワーを取り込むために、エネルギー容量は小さいものの大きな出力、回生入力を受け入れられるキャパシターを使ったものと思います。この諸元からも、市販のハイブリッド車とレーシングカーでのクルマの走らせ方と、その中での電気エネルギーの使い方の違い、設計思想の違いがわかります。

レギュレーションもハイブリッド参戦を想定して変更されてきているようで、そのレギュレーションの中で、どのような戦いをするのか今から楽しみです。

入社直後に触れたレースカーの世界

私は現役時代にレーシングカーの開発に直接携わったことはありませんが、クルマ好きが昂じて自動車エンジニアになりましたので、モータースポーツに興味を持っていました。トランスミッション設計、その後にエンジンの研究開発を担当していましたのでモータースポーツの仕事とは何度かお手伝い程度の接点があり、市販のクルマとレーシングカーでのパワートレーン(クルマを動かす動力発生と伝達部分全体をパワートレーンと呼びます)の使われ方の違い、設計思想の違い、レーシングドライバーと通常のドライバーの動作の違い、そこからのマンマシーンインターフェース設計思想の違いなどを学びました。今日はそのエピソードの一部を紹介したいと思います。

クリーンエンジン開発プロジェクト、通称マスキープロジェクトに加わる前、トヨタに入社して最初の配属先はトランスミッション、クラッチ、デフギア、ブレーキ設計を担当する駆動設計課のクラッチ設計グループでした。実習後は、センチュリー、クラウンなどV8エンジン、L6エンジンといった、当時としては高級車、大排気量エンジン用のクラッチ設計を担当することになりました。

その中に、トヨタでやっていたプロトタイプレーシングカー用V8エンジンのクラッチ設計も含まれていました。一応その担当ということですが、エンジンはヤマハへの委託、トランスミッション、クラッチも外部委託、そのクラッチはアイシンへの開発委託でしたので、直接設計作業をやった訳ではありません。その設計図面ができあがると、ざっと図面をみて、承認サインをするだけの担当でしたが、もちろん新入社員でしたので、みたことも、やったこともない、大トルク、ビッグパワーの動力を伝えるクラッチ、その機構と諸元にビックリしながらサインをした覚えがあります。

トヨタ7 プロトタイプ・レーシングカー

トヨタ7 プロトタイプ・レーシングカー

その図面にサインをしたのは1回切り、不幸なことに、このクルマはテスト走行中の事故でドライバーが死亡、プロジェクトも中止になってしまいました。確か5リッターV8エンジン、そのビッグパワーマシンとクルマのバランス、それを極限で操るドライバーとの事故と紙一重のレーシングカーの世界を垣間見た気がしました。

レーシングカーのテレメータ-・システム

その後、マスキープロジェクトに参加し、プロジェクトの拠点があった静岡県裾野市にある東富士研究所に移動しました。ここには、レーシングカー用エンジンの開発チームがあり、また富士スピードウェーも近いので、富士でのレース前のエンジンチューニングで時々レーシングマシーンが走っているのを見かけ、オフィスで仕事をしていると、テストコースを走っている、当時のCカー特有の甲高いエンジンサウンドを耳にしたものです。

エンジン制御システム開発チームのリーダーをやっていましたが、同じ研究所のレース用エンジン開発の友人から、そのエンジン開発とチューニング用にテレメーター・システムを搭載し、サーキット走行中の車両やエンジンのデータ取って欲しいとの依頼があり、その時期は記憶があやふやですが、80年代の中頃、グループCカーレース華やかな時代、その仕事を引き受けました。

テレメーター・システムとは、計測機で計測したデータを無線により発信し、遠隔地点に設置した受信機でそのデータを受けて記録するシステムのことで、環境汚染物質の監視など、今では様々な用途に使われています。レーシングカーへの導入の歴史は古く、ホンダは60年代に2輪レースでトライ、F1の開発用にも70年代始めには使っていたようです。日本では、電波法などさまざまな規制があり、業務上でテレメーター・システムを簡単に使うことはできず、データが取れるようになるまでには、いろいろ苦労があったと担当者から報告を受けた記憶があります。

レースと公道での運転の違い

このテレメーター・システムで計測したデータで、レーシングカーと市販車の大きな走り方の違いを掴めたような気がしました。サーキット走行でその時間を競い合うレーシングカーでは、タイヤのグリップが確保できかつ車両姿勢が安定に保てる範囲で、できうる限りアクセル全開の時間頻度を如何に高めるかの勝負です。車速にあった最大パワーを使えるようにシフトチェンジをし、コーナー手前でシフトダウンさせながら、ブレーキング、立ち上がりでまたトラクションパワーを最大に出せるようにシフトをしながら速度を上げる運転です。

アクセル半開の運転は、シフト中とコーナリングの一部、コーナリングもギリギリまで全開、ブレーキをどこまで我慢するかの勝負であることが、ここで取ったデータ-から読み取ることが出来ました。このグリップを確保できる範囲で、車両姿勢を安定に保てる範囲、そしてブレーキングのタイミングに車両のポテンシャル、ドライバーの腕を競い合うのがレーシングカーの世界と理解しました。

これに対し、市販車ではアクセル全開走行は殆どありません。もちろん、登坂、高速の追い越しなど安全に走るために全開の余裕パワーは必要ですが、基本的にはアクセル半開、パーシャル出力での走行です。ブレーキもサーキット走行のような急減速のブレーキングは、追突防止など緊急時の急ブレーキ以外は殆ど使いません。

また、プリウス含め、現在の最新のクルマでは、スキッドコントロール装置が付き、タイヤのグリップを失い欠けると、スピンをしないように、ドライバー操作に介入し、タイヤグリップを回復させるようにパワー、ブレーキを制御しますが、雪道やアイスバーン以外の走行では、通常のドライバーはこの制御のお世話になるクルマの安全限界ギリギリの走行を経験することは殆どないと思います。さらに大きな違いは、信号停止、渋滞走行など、一般走行ではアイドル停止が結構な頻度であるのに対し、レーシングカーでは、ピットイン時以外ではアイドル停止はありません。

ハイブリッドとレース

ハイブリッドの燃費改善も基本的には、この市販車の殆どがアクセル半開パーシャル走行、ブレーキも減速度の大きな急制動はほとんどなく、車速をコントロールし、さらにスムースに停止するためのコントロールブレーキ走行での燃費効率向上が目的です。もちろん、まずは停車中のエンジンアイドル運転停止、さらにガソリンエンジンではアクセル半開パーシャル運転では、熱効率が低くなるので、効率が高くなる全開運転に近づけるため、CVT運転を行います。

エンジンのパワー余力が小さくなる部分は、加速時余裕パワーとして、電池に蓄えた電気エネルギーによるパワーアシストを行います。さらに、ハイブリッドの特徴、減速回生ですが、通常の走行で出来るだけ回生できるパワー、エネルギー量で電池スペックを決め、めったに使わない、急減速までの大きな回生パワーはカバーしていません。電池の受け入れパワーを越えるケースでは、油圧ブレーキに切り替え、もしくはエンジンブレーキを強めて、従来車のように外部に熱として捨てています。

トヨタのハイブリッドでは、このエンジン熱効率の低い低中速のパーシャル走行でもエンジンを停止し、減速回生で蓄えたエネルギーを使い、EV走行を行うフルハイブリッドを採用していますので、他社のパラレルハイブリッドに比べると、搭載電池のエネルギー量も多く、さらに回生受け入れパワーも高いものを使っており、一般走行でのエネルギー回収率をできるだけ高めるように設計していますが、レーシングエンジンの高速からの急減速回生必要パワーに比べると遙かに小さな回生パワーの設計になっています。

このことからも、市販車をそのままサーキットに持ち込んでも、全開走行頻度が高く、減速度も電池回生パワーの上限を超えるブレーキングを多用する走行では、一般走行に比べ燃費向上率はそれほど高まりません。また、レーシングカーはレギュレーションの範囲でクルマの徹底的な軽量化を行い、パワー/ウエートレシオを如何に高めるかが勝負、ここでも鉄板と導線の固まりで構成される重いモーター、比重の大きな金属を使う重い電池を搭載するそのままのハイブリッドとは目指す方向が違います。

ハイブリッド開発中に、モータースポート担当と、そのままレーシングカーの世界にハイブリッドを持ち込むことは当分はなさそうと話をしたことを覚えています。

エコランで知ったプロドライバーのテクニック

2代目プリウスでは、レース仕様のカラーリングをし、広報イベントのアトラクションとしてサーキット走行もやってみましたが、燃費は余り延びなかったように記憶しています。

レーシングカラーの2代目プリウス(2003年11月福島にて)

レーシングカラーの2代目プリウス
(2003年11月福島にて)

これはレーシングカラーを施した2代目プリウスは、2003年2代目発売時のメディアイベントのアトラクション用に用意したクルマです。

このイベントで、このサーキットを拠点にして、一般路、磐越自動車路をコースに、試乗会を兼ねてエコランラリーを行いました。2日間にわたり、ジャーナリストに集まっていただき開催したイベントですが、2日ともエコランの優勝ドライバーは、特別参加のトヨタチームの若手レーシングドライバーで、カタログ燃費を遙かに上回るリッター50km越えを記録していました。

出発前には、トヨタのハイブリッド開発スタッフから、ハイブリッド車での燃費向上テクニックの説明をした上で走ってもらいましが、その燃費向上のテクニックを忠実に守り、アクセルの微妙なコントロール、回生をたっぷり余さずとるブレーキコントロール、タイヤのグリップ、車両のトラクション限界での走行ではありませんが、この限界の低燃費運転を集中して行うことができる、プロのレーシングドライバーの運転スキルの高さに驚かされました。

このコース設定では、過剰なエコ運転をして一般のクルマに迷惑を掛けないよう、また当然法規巡視、一旦停止も確実に止まっていただくように監視員を置き、さらに車速を落としすぎないように目標時間を設定する条件でしたので、このリッター50km越えは我々としても想定外でした。この試乗会終了後、この優勝したドライバーは、足がつるぐらい疲れ、もう二度とこのようなドライブはしたくないと言っていました。

レーシングカーの世界も、その時代により、社会要請によりその規則、レギュレーションが新しく見直されていきます。F1でもアイルトン・セナの死亡事故で、安全規則が厳しくなり、エンジンのパワー制限が行われ、車両トラクション制御が取り入れられたりしてきました。エネルギー保全、環境保全が社会要請となってきた現在、モーターレーシングの世界も変わりつつあるようです。今回のハイブリッドレーシングでどのようにレギュレーションが変わってきたのかは知りませんが、新しいレギュレーションの中で、どうこのTS030が戦い、モータースポーツの新しい時代を切りひらいていくのか今から楽しみです。