想定外を想定する未然防止手法GD3
今回のタイトルは最近出版された本の書名です。著者は吉村達彦さん、トヨタOBで私の尊敬する先輩です。信頼性工学の専門家で、ながらく車体や自動車部品の強度設計評価、設計品質、信頼性品質向上に尽力され、トヨタ退社後は九大教授、その後請われてGMの品質担当役員を務められ、グローバルに活躍されておられます。
一ヶ月ほど前に、呑み助の私の何時ものパターンですが、三島に立ち寄られる機会に呑み会にお付き合いいただき、この本のタイトル、想定外を想定する話に花を咲かせました。今年の流行語大賞候補にもノミネートされている想定外のフレーズをうまく使った新著で、もう昔の話にもなったトヨタの品質問題の顛末、そしてもちろん3.11“Fukushima”を意識され、日本のアドバンテージと信じていた、もの作りだけに限らない日本社会の安全、安心に関わる“品質”のアドバンテージに陰りがみえることに警笛を発し、その慢心をいさめ、もう一度“品質”をカルチャーにする手法を解説しています。
呑み会の場でも、原発事故だけではなく、日本全体の“品質”“安全”に対する慢心、感度低下がいくつかの具体例とともに話題になりました。もしかすると、われわれの若い頃も、諸先輩はわれわれに同じ思いをいただいていたのではと感じない訳でもありませんが、それでもやはり何かにつけて、今の日本社会全体の品質低下に危機感を感ずることで意見が一致しました。
3つのGDが品質・安全を作る
初代プリウス開発での品質、信頼性確立のプロセス、そのスタッフの取り組み、さらに発売後のマーケットでの不具合対応と品質向上活動の話を紹介し、この著書にある未然防止活動との対比についてご意見をいただきました。初代プリウス開発の当時は、トヨタ社内でもこの著書にある“未然防止手法GD3”が一般化されてはいませんでしたが、品質、信頼性重視、未然防止、そのためのデザインレビュー、テストコースに開発車両をあつめ、その課題をクルマとして確認し、その状態を共有化しあう“車両集中検討会”などほとんどの開発プロセスが“未然防止手法GD3”に沿ったものであったことが確認できました。
順序が逆になりますが、GD3は、三つのGDを表しており、
最初のGDは ・① Good Design (良い設計)
次ぎのGDは ・② Good Discussion (良い議論)
三番目のGDは ・③ Good Dissection (良い観察) です。
我々が若いエンジニア時代をすごした1970年代、1980年代から、自動車に排気規制、燃費規制、安全規制といった様々な法規制が導入されるようになり、その規制遵守のため試験法、基準、規定類が決められ、自動車の開発段階ではそれに沿う数多くのマニュアル類も整備されてきました。さらに、この様々な法規制を満たしながら、走行性能、運転のスムースさなどのドライバビリティ、操安性能、静粛性能など商品性能を高めていくために、電子制御システムが取り入れられ、そのシステム規模がどんどん大きくなっていっています。その過程で、われわれは失敗経験をたっぷり積み、先輩、上司から怒られ、しごかれ、現地現物でこのGD3の重要性を皮膚感覚でたたき込まれてきたように思います。
その失敗経験、議論、観察経験をもとにして、社内基準、規格、試験法を整備していったのも我々の世代でした。この、社内基準、規格、試験法の前提となる現地、現物の経験、条件があり、社内マニュアル類どころか法規制、国際規格、標準ですら万能ではないことを理解していた世代だったように思います。
根本は「人」と「ネットワーク」
システム規模が大きくなると同時に、激烈な開発競争に勝ち抜くために開発期間が短くなり、さらに同時並行で競争力維持の最大ポイントである原価低減活動を行っていく必要があります。その中で、若いエンジニアに現地、現物の広い経験、その中でも失敗経験を積ませる余裕が企業になくなってきていることが心配です。また、コンピュータでの設計作業が主体になり、システム規模と同様、開発組織の規模も拡大、組織の細分化も加速してきました。その専門化、細分化下中での設計作業の中で、GD3の形骸化が気がかりです。
今も未然防止活動は従来通りやられているのでしょうが、それが上司への報告会議が主体となり、見える化、情報共有化の場ではなく、上司にどう問題がないことを見せるのか、その見せる化の場になってくる危険性を感じていました。私も、見せられる上司の一員でしたが、こちらに合わせて見せられていることを感ずることもあり、これを見抜ける経験をもったマネージャ、役員が減ってきていることが心配でした。
過去の失敗経験を知り、知恵を絞り、自分の設計機能をクルマとしての機能からレビューをし(①Good Design)、その設計をそこに関わる前後、左右工程、先輩、上司とのデザインレビューでの議論(②Good Discussion)、それを繰り返し弛まぬ改善に取り組む現地、現物(③Good Dissection)はやはり今も品質、信頼性向上の原点だということを再確認しました。
こうした活動は社内だけに留まるものではありません。部品メーカーさんも加わり、そこに発注責任の社内設計部署だけではなく、車両主査チーム、関連設計、評価チーム、製造チームなどが加わり、このGD3のサイクルを回す作業も日本の品質、信頼性の高いもの作りの原点です。そのプロセスで、不具合改善、品質向上だけではなく、原価低減の多くのヒントも得られてきました。このGD3未然防止活動サイクル、改善活動サイクルが、それを回す人を育て、その「ネットワーク」を拡げていきます。
いかに、システムが大規模化し、複雑化したとは言えども、その品質、信頼性確保の原点は「人」とその「ネットワーク」、人間が計算条件を決めたシミュレーションの繰り返しでは、発想外を発想する未然防止は果たせないことは明かです。現地、現物での「人」での確認、その経験にもとづく専門知識集団による判断プロセスが重要で、いまでも十分に通用する部分と思います。
「人間がモノをつくるのだから、人をつくらねば仕事も始まらない」。
この言葉は、トヨタの5代目社長であり、HV Prius開発の最大の支援者であった豊田英二氏の言葉です。この技術イノベーションと自動車ビジネスの構造変革をリードしていくにも、想定外を想定し未然防止のサイクルを回せる「人材」とその「ネットワーク」が最重要であることはいうまでもありません。
この「想定外を想定する未然防止手法GD3」を読みながら、初代プリウスの開発の最終段階でのトップデザインレビューでのできごとを思い出しました。
当時の技術担当副社長は、Good Designには人一倍の感度をお持ちでうるさい方、デザインレビューの場でも厳しい指摘で有名でした。最後の最後まで、品質、信頼性に心配をされ、発売時の生産台数も絞り、万全を期すように指示をいただきましたが、開発報告やデザインレビューの場でも気持ちが悪いぐらいに厳しい指摘はありませんでした。しかし、生産に最終的なゴーがかかった直後の報告会で、ハイブリッド部品に対しいつものように厳しい、担当設計マネージャが震え上がるような指摘をされ、わたし自身は「これでやっと開発、すなわち不具合未然防止活動の一段落」を感じたものです。
もちろん、出したあとの「マーケットでの未然防止活動、弛まぬ品質改善のスタート」であり、マーケットでの想定外不具合で不意打ちをくらわないように、想定に想定を重ねたうえでの想定したマーケット不具合発生に備えた活動は、そこからのスタートでした。このようなチャレンジプロジェクトは想定外の不具合を起すことが少ないと言われており、不具合も想定内というとお叱りをいただくかもしれませんが、不意打ちをくらう想定外は起すことがなかったのには、未然防止活動を続けてくれた「人材」「ネットワーク」によるものに間違いありません。