電動自動車の将来予測について

相次いで出される環境自動車の将来予測

先月、アメリカの2つの有力な情報調査会社から、2020年のHV/PHV/BEV販売台数予測レポートが発表されました。その一つは、自動車関連の顧客満足度調査や製品品質、消費者行動調査で有名なJ.D. パワー社、もう一つは、経済・金融情報の通信・放送事業を手がける総合情報サービス会社ブルームバーグ社のレポートです。
Drive Green 2020:More Hope than Reality? (J.D. パワー)
PLUG‐IN‐VEHICLES MAY MAKE UP 22% OF US AUTO SALES BY 2030 (ブルームバーグ)

J. D. パワーの予測が世界各地域別に示され、かつ通常のハイブリッド(HV)と外部充電式のハイブリッド(PHV)を同じジャンルとして予測しているのに対して、ブルームバーグの予測はアメリカ市場の電気自動車(BEV)とPHVを合わせた外部充電型自動車(Plug-in-Vehicles)の将来予測で、その数値の厳密な比較はできませんが、それぞれの分野で大きな影響力を持つこの2社が、大きく違う予測を提示したことにまずは驚かされました。

J.D. パワーの予測では、2010年の全世界の乗用車(含むSUV,ミニバン)販売台数に対するHV、PHV、BEVの比率は2.2%(95万台)であったのが、これが2020年には7.3%(520万台)になるとしています。また、その内アメリカ市場では、その合計の比率は10。5%程度(約160万台)に増加するとしています。HVとPHVの比率には言及がありませんが、BEV単独としては、全体の0.6%程度のシェアで、台数としては107,000台程度と極めて低いと言える推定を提示しています。

一方、ブルームバーグは、外部充電式のPHVとBEVが合わせて、2020年には販売シェア9%、2030年では22%と大幅に増加すると予測しています。この9%には、通常のHVは含まれていませんので、ブルームバーグはJ. D. パワーの予測に対し、通常のHVが少なかったとしても、PHV/BEVの外部充電型自動車が大幅に増加するとしています。また、この2社以外にも、さまざまな情報サービス会社、エネルギーや自動車、さらには環境問題の研究機関が環境自動車についての様々な将来予測が発表しており、その予測値は極端にばらついています。

将来予測をどう解釈すればいいのか?

それぞれレポートを詳しく読むと、予測の前提となる、様々な条件が示されています。
ブルームバーグの例では、マーケット予測は、電池価格のドラスティックな低下とガソリン価格の上昇があったケースとあたりまえの説明が加えられています。

一方、J. D. パワーのレポートでは、アメリカ市場での顧客アンケート調査の結果として、一回の移動距離(One trip)が他の地域にくらべ長いというクルマの使用環境の違いに起因したBEVの走行レンジへの不安、また石炭火力中心の発電インフラによる低カーボン効果の少なさ、さらには電池交換が前提となっていることやまた電池リサイクルへの不安が大きく残るなど、ユーザのBEV/PHVに対するネガティブな意見を載せてあり、BEV/PHVのシェアが米国では日本、欧州、中国に比べ小さいレベルに留まると予測しています。そのアンケートの設問そのものはレポートでは示されてはいませんが、アンケート調査ではその設問の表現によっても結果が大きく違ってくるのもよくあることです。

過去の環境自動車の将来予測

将来環境自動車の将来予測として、過去にもさまざまな予測レポートが発表されており、私も少なからずのものに目を通してきましたが、数字だけでみればほとんどが外れていたというのが現実です。たとえば、13年前に初代プリウスを発売した時期、アメリカではガソリン価格は水よりも遙かに安いガロン1.4ドル(約リッター30円)以下で、燃費ではクルマは売れることはなく、ハイブリッドの普及は全く見込めないとの予測もありました。現地、現物ベースでの顧客アンケートも様々行われていますが、これも今までの知識、体験からの回答であることに留意する必要があります。
*1 アメリカ連邦DOE EIA局資料:ガソリン価格推移1997年12月(Regular)

初代プリウスを発売時、1997年~1998年頃の将来の環境自動車予測として、90年代初頭に主流となっていたBEV拡大シナリオは影を潜めていたものの、水素燃料電池自動車本命論が盛んとなっており、2010年にはマーケット商品として実用化が実現し、将来は水素エネルギー社会へ転換していく中、ハイブリッド車はニッチなショートリリーフに留まるとの予測が主流でした。

将来予測に踊らされず使う方法とは

このブログで言いたいことは、このどちらの予測も当たらないという予言ではありません。開発エンジニアの時には、このような予測レポートをしっかりと読み、その予測の前提を調査し、その技術課題やコスト見通し、顧客の声を聞くことなどで、予測が外れるケースのケーススタディを行っていました。特に将来予測では、社会情勢の変化、マーケットの変化をしっかりと読んでおくことこそが重要で、その状況変化に応えられるように技術開発、商品開発を行えば、予測を超える当たりを手繰り寄せられるというのが私の実感です。

ガソリンが高騰したケースの想定や、電池、モータ、インバータなどの将来コスト低減シナリオとその実現性の検討、さらには走行性能の向上や燃費性能の向上に加え、ハイブリッドVSCの標準化、EVボタンの設定、パーキングアシストなど、少しでもハイブリッド車としての商品価値を高める努力を続け、コスト低減や、商品力向上、ユーザが不安に感ずる電池を始めとするハイブリッド新規部品の耐久信頼性の向上にチャレンジし、世の中の予測を外していく方向を探ってきました。

上では初代プリウス発売時のガソリン価格を書きましたが、その開発段階では、アメリカのガソリン価格は水よりも遙かに安い、ガロン1.2ドル(リッター30円弱)のレベルでした。2代目プリウスの企画段階でも少し上昇したといえど1.4ドル、アメリカ販売サイドのトップからは、この小型車で販売価格が高くなるハイブリッド車は売れる筈がないと、非常に少ない販売予測を提示され、その少ない台数ではコスト目標の達成にも大きく影響するため、ハイブリッドのコスト目標設定に苦慮したのもこの頃です。
*2 アメリカ連邦DOE EIA局資料:ガソリン価格推移2000年2月(Regular)

そして、実際に想定を超える、ガソリンの高騰がおき、これまた予測を超える、中国やインドなどBRICS諸国のモータリゼーションの発展、さらに環境問題が予想に近い深刻化の兆しを示し、予測を超えるハイブリッド自動車普及へとつながったと思っています。

プリウスの発売後、私もアメリカ石油メジャーやBig3とのミーティングにも何度も参加しました。その時は、会話の中ではあるものの「石油資源はまだまだあり、あと100年は大丈夫、バイオ燃料ですら本気ではない」という話が普通に飛び出していました。そのような産業界の希望的楽観情報や、その時の安いガソリン価格が将来も続くとした予測の中では、低燃費自動車の開発に力が入らなかったのも無理はありません。
*3:FFV (flexible fuel vehicle) 通常のガソリン燃料からエタノール85%(残りはガソリン)のE85燃料まで、燃料中のエタノール濃度を検出して、どんな燃料でも正常に走ることができるようにしたクルマ。
*4:CAFÉ(Corporate average fuel economy)アメリカ連邦燃費規制の基準となる、自動車メーカ毎の販売車両総平均燃費 FFV車はE85 燃料を使ったことにして、販売台数に応じた、CAFÉクレジットが与えられている。

このような予測が、あの9.11、そして大型ハリケーンのカタリーナなどよって打ち砕かれたことは、皆さんご存知の通りです。

予測が当たったとしても……

今回のJ.D. パワーの予測レポートでは、2020年の全世界乗用車台数として、2010年の約9億台から、2020年には約12億台に増加すると予想しています。中国をはじめ、BRICS諸国の増加傾向からみると、この予測は先進国自動車マーケットの大きな縮小が起らない限り外れることはないように思います。この保有台数の急拡大を前提とし、J. D. パワーの予測通りにすすむと考えると、莫大に増えたクルマとしての燃料をまかなうだけで、いかに従来型ガソリン車の燃費向上と小型車シフトを進めたとしても、原油の供給不足と価格の暴騰は避けられないでしょう。

またこの予想のように、エネルギー問題、または環境問題に対しての、アメリカのユーザの考え、そしてマーケットが変わることがないとすると、人類の将来にとって由々しき事態が招かれることとなります。アメリカが変わらず、さらに中国のモータリゼーションが欧米や日本が過去に辿ってきた道を辿るとすると原油の価格暴騰どころか、資源枯渇すらもが目前に迫ってくることとなります。

一方のブルームバーグの予測に近いラインを通ったとしても、このPHV/BEV販売シェアですらその石油消費量の削減効果はほんの僅かです。また、何度かこのブログに書いてきた通り、今のクルマを置き換える機能と実用可能な価格を満たす電池が近い将来に実現するとは、私には到底思えません。

しかし私は悲観論にも与したくはありません。
勿論、楽観論に逃げることはなおさらです。

しかし、自動車保有台数の増加は現実であり、原油枯渇、地球温暖化問題は外れる可能性のある予測としても放置しておくことは出来ません。
そうすると、自動車のエンジニアとしては、ここで取り上げたHV/PHV/BEVの台数予測を大幅に上方修正するか、この予測を超える石油消費の削減を実現するシナリオ、すなわち予測を外す技術や商品を作り出すことが責務になります。

つまり、予測を外すシナリオへのチャレンジであり、それこそが開発屋冥利につきる取り組みになるはずです。おそらく、自動車の電動化を加速させることは不可欠となりますが、PHVやBEVさらにはFCEVの実用化が目的ではなく、実用化は達成のための手段の一つに過ぎません。真の目的は自動車の石油消費の削減、脱石油、低カーボン化への取り組みであり、それに進むことこそが日本が環境自動車開発の世界をリードする為の道です、現役のエンジニア達がこの困難なチャレンジに真正面に向かっていくことを私は期待しています。