クルマと電子制御

先週は、アメリカでのトヨタ車の急加速問題について、「現時点ではトヨタ車の電子制御システムに問題は見あたらない」との発表をとりあげました。そして、電子制御システムの欠陥でない可能性が高まったことに胸をなで下ろし、電子制御システムの発展がハイブリッドを代表とした排ガスのクリーン化や低燃費、それだけではなくスリップやスピンの防止という安全性能など、クルマの進化を支えてきたと説明しました。また、人間の操作系も電子制御系の進化を前提に、より安全、安心なものに、従来の枠にとらわれず再考すべきと述べました。しかし、目指すのはあくまでもクルマとしての進化であり、電子制御はその手段の一つであることを忘れてはいけないと私は考えています。
前回は電子制御の利点を述べ、それの重要性を説明しましたが、今回は逆に電子制御へ極端に頼ってしまう事、突き詰めれば「電子制御万能主義」に至ってしまうような考え方の危険性について触れたいとおもいます。

クルマ開発の基本

さて昔も今も小型車は4つのタイヤで走り、曲がり、止まるように作られ、そして多分これからも長くその時代が続くものと思えます。その際、クルマの中身がいくら進歩してもドライバーの意思―走る、止まる、曲がるという動作を、でこぼこの路面でも、つるつるのアイスバーンでも、ドイツのアウトバーンでの180km/h越えの超高速走行でも、唯一路面と接触している箇所である4つのタイヤで行うことは変化しません。
ということは何を意味しているのでしょうか?それはつまり、クルマの企画・デザイン・設計の基本は何も変わっていないということです。
クルマの設計の基本、まずはドライバーの意思を明確に路面に伝えるための部分、タイヤ・ホイール・車軸・ブレーキ・デフ・サスペンション系の基本設計、クルマのパワーを決定する広い領域でトルク/パワーがく高エンジンと損失の少ない高効率の変速機の開発すること、またドライバーや同乗者がストレス無く座って移動できる車室パッケージデザインと十分な荷物をしっかりと搭載できる荷室スペースのデザインをおこなうこと、そしてこれらを突き詰めたうえで軽量化し4輪のタイヤにかかる重量とそのバランスなどを計算してトータルの完成度を高めていくこと。これらが重要だという所は何一つ変わることがないのです。
電子制御はこうした設計の基本を踏まえて良い基本特性をもったクルマがあってこその技術なのです。構成部品であるエンジンやモータなどパワーユニットの特性を引き出しかつ最適化し、とはいえ限界越えに陥らないようにドライバー操作をサポートするのが電子制御の役割です。

「”花魁のかんざし”と”素顔美人”」―電子制御の使い方

わたしの世代の古いエンジンシステム屋の格言として、「”花魁のかんざし”と”素顔美人”」という言葉があります。それはごてごてと後付で制御デバイス(かんざし)をつけまくって性能目標達成を図るよりも、まず基本性能(素顔)を磨くことが重要との自戒をこめた言葉です。私も初代プリウスのハイブリッド開発で、リーダーの指名を受けた直後、この言葉を胸に、ハイブリッドなるものが“花魁のかんざし”にあたるのではないかとの疑いをもち、その素性を確かめ、磨く方向を見極めるのに全力を注ぎました。それでもよく見ると、ハイブリッドの機構そのものはシンプル、エネルギーの流れ、動力の流れ、電力の流れも正確に、応答性良く検出できる構成となっており、エンジン、モータ、発電機の基本性能をきちっと引き出せば、目標に近い燃費性能が引き出せるとの見通しが得るにはそれほど時間はいりませんでした。ただし、モータと発電機が入ったハイブリッドトランスミッション、その高電圧をコントロールするパワーコントロールユニット、ハイブリッド電池、高電圧電線など、ハイブリッド化による重量増が約150kgにもなっていました。低転がりタイヤの助けも借り、公式燃費2倍の目標には達しましたが、クルマの基本性能、「走る、曲がる、止まる」の限界性能としては不十分だったと思います。つまり、自分を磨くのが不十分で、白粉を多く塗って誤魔化したという、エンジニアにとって決して満足してはいけない状態だったのです。そのようなクルマを、環境性能が高いということ、さらにトヨタが新しい技術にチャレンジした心意気をくみ取りお買いいただいたお客様にプリウスは育てていただいたと思っており、今も初代プリウスが走っているのを見かけると涙がでるほど嬉しくなります。クルマの基本特性でも世界のお客様に満足していただけるレベルをめざそうと、すぐに次の改良プロジェクトをスタートさせました。
ですので、それ以後の改良の取り組みのベクトルはクルマとしての基本性能向上でした。ハイブリッド部品の軽量、コンパクト化、その上での性能向上、2000年の改良、2003年の2代目、そして2009年の3代目とハイブリッドの軽量コンパクト化が進められ、それが環境性能の向上ばかりではなく、アメリカでも欧州でも安心して走れる車に成長させることができたと思っています。プリウスの成功は、かんざしなどのアクセサリーに頼ったものではなく、クルマの基本性能、素顔を磨いたものだったのです。

これからのクルマ作り

クルマは、安全に、安心して、快適に、その上にある状況では気持ちよく、さらに格好よく、さらにいつでも、どこへでも自由に、個人で、家族で移動するモビリティとして発展してきました。この観点からすると、クルマの基本特性として、プリウスも3代目でやっとそのスタート点にたどり着いたと感じます。
クルマとしての軽量化、魅力あるデザイン、パッケージ、基本特性の進化、さらにハイブリッド用エンジンとしての高効率、コンパクト、軽量化、モータの軽量、コンパクト、高効率化などの取り組みもまだまだ手を緩めることはできません。このクルマ、ユニットの基本特性を磨き、進化させ、その特性を理解した上での電子制御の活用、最適化が重要です。一部にEVになれば、クルマ屋のプロがいなくてもクルマが作れるとの声が聞こえますが、わたしはそのようクルマならば、クルマ屋のプロが作る車の競争相手にはならないと思っています。そのようなクルマなら、お客様の実際の様々な使い方の中で、遠からず馬脚を現すでしょう。しかし、ゲーム感覚でクルマを作らないこと、“花魁のかんざし”のクルマづくり、システム作りに走らず、クルマ屋のプロならではのクルマ全体の最適企画、設計を進化させ、環境性能の高さはあたりまえとして、多くの人がクルマとして買いたく、乗りたく、自慢したくなるクルマの出現に期待します。
その時の電子制御はそのクルマの基本性能を光らせる黒子役をしっかりと果すイメージを持っています。