VVT-iによるプリウスのエンジン起動・停止ショック対策

エンジン起動・停止ショック対策の切り札だったVVT-i
初代プリウスの1.5リッターエンジン、1NZ-FEからハイブリッドエンジンの定番として採用されている可変機構の一つがVVT-i(Variable Valve Timing Intelligent)と呼ぶ、吸気弁のカムタイミング連続可変機構です。VVT-i機構は今では、トヨタのガソリンエンジンのほとんど全てに使われる標準品となっていますが、初代プリウス当時は高級エンジンの一部に採用されている程度でそれほどポピュラーではありませんでした。また、初代プリウスでも最初の計画段階からこのVVT-iの採用を決めていたわけではありません。

初代プリウスの新型車解説書には、VVT-i採用の狙いとして
① 低速トルク向上
② 燃費向上
③ エミッション性能向上
④ 始動時の振動低減
と書かれていますが、急遽採用を検討した決め手は④のエンジン始動時の振動低減でした。
1995年12月にハイブリッド専用車として2年後の1997年12月に販売開始をめざし量産プロジェクトの号令がかかり、エンジン、駆動、制動、シャシーなど様々な設計部隊、また車両性能、機能の評価部署に評価検討用の試作車が配られ始めたのが次の年の4月頃からでした。そうなると、さまざまな大問題が至るところから報告されるようになりお先真っ暗になったのがこの時期です。その大問題の一つが、走行中のエンジン起動、停止の度に大きなショックが発生し、そのつどクルマがゆさゆさと揺れ、とても商品のクルマには程遠い状況でした。さらに、エンジン起動のタイミングが悪い場合には、エンジントルクを遊星ギアに伝えるインプットシャフトがボキッと折れたり、ハイブリッド・トランスミッションを支えているマウント固定部のケーシングの破損まで引き起こす状態でした。この救世主の一つがVVT-iの採用でした。

初代プリウスの最初の広報資料にはVVT-iの項として
『吸気タイミングを、VVT-I (Variable Valve Timing-intelligent)により運転条件に応じて
きめ細かく呼応させることで、常に最大の効率確保を図りました』の記述しかありませんが、決め手はエンジン起動停止のショック対策でした。しかし、当初はタイミング固定の従来方式での高膨張比アトキンソンサイクルエンジンの企画でしたが、その固定タイミングの高膨張比エンジンでは両立が難しかった低温時のエンジン安定性確保やその後のエンジン出力向上にも効果を発揮しました。このVVT-iの採用は、エンジンチームの発想です。ショックの要因解析を行い、さまざまな対策を検討しまくった上ででてきたアイデアでした。その効果が確認されると時を移さず量産設計に入り、このクラスのエンジンでは初、さらにハイブリッド専用の機構を加えて量産化に漕ぎ着けることができました。もちろん、このVVT-iの適合だけで全て解決した訳ではありません。エンジンを回し、止める発電機の制御、トランスミッションの捩りタンパー設計、過大トルクを防ぐストッパー、エンジン、トランスミッションを支えるマウント位置の見直しなど、クルマ全体での対策の集大成でした。

140612Blog図
この中で、項目2番目のエンジン始動時および停止時と1項目と同じ運転状態を示す部分が通常運転時のEV走行からのエンジン起動、エンジン運転中からの停止時のVVT-i制御の説明です。吸気弁を最進角側、図の下にあるバルブタイミングのイメージ図にあるように、排気弁ばまだ開いている状態で吸気弁が開着始めるように、吸排気弁がどちらも開いている状態、所謂バルブオーバーラップ状態が長くなるように制御しています。この状態では、シリンダー内の燃焼ガス圧力はまだ高く、この状態で吸気弁を開くと圧力の高い燃焼ガスは吸気バルブから吸気ポート側に逆流してきます。次にその逆流した燃焼ガスをまたシリンダーに吸い込み、吸気弁をオーバーラップが大きくなるように進角したことにより、吸気弁を閉じるタイミングを早め、新しい空気の吸い込み量を少なくしています。この燃焼ガスを再吸入させ、また新しい吸入空気を減らすことにより、次の圧縮抵抗を小さく抑えることができます。これで圧縮抵抗によるショックを押さえ、ショックが大きくなるエンジン低回転にある共振域を素早く通過させてショックをこの共振によってショックが大きくなることを防ぐことができました。燃料を噴射し、点火させるのはその共振域を通過させてから行います。これ以外にも、冬の低温時の冷間始動性を向上させるタイミング制御、スロットル弁全開条件でエンジン出力を高めるタイミング制御など、当初のショック対策だけではなく、ハイブリッド実用化には欠かせないエンジンデバイスとなってくれました。

10代目クラウンに最初に採用されたVVT-iがプリウスへ
手前味噌ですが、このプリウスハイブリッドの救世主になったVVT-iですが、私のエンジンR&D担当時代に開発をマネージしたテーマの一つです。トヨタは可変動弁系の最後発、トヨタが採用していたエンジンの動弁機構では、三菱自のMIVECやホンダのVTECのようなカムの切り替え方式の採用は非常に困難でした。そこから、いろいろあって1995年にフルモデルチェンジした10代目クラウンの3リッタ直列6気筒エンジンに採用したのが量産のスタートでした。これもまたプリウスハイブリッドを世に送り出すことができたラッキーな巡り合わせであったように思います。現在では、排気バルブもタイミング制御を行う吸排VVT-i、電動VVT-I、さらにVTECなどバルブ機構切り替え方式とタイミング切り替え方式の併用、バルブ作動休止機構との組み合わせなどが実用化され、可変動弁機構は現代エンジンとして欠かせない標準デバイスとなっています。

MIVEC、VTEC、VVT-iなど可変動弁機構は出力競争、低燃費、排気のクリーン化の現代ガソリンエンジン進化を競い合った中でコア分野の一つでしたので、可変動弁機構では当時やや他社に遅れをとったトヨタでどのような議論があり、どのような検討をおこないVVT-iに収斂していったのかなども次の機会にはお話していきたいと思います。

その議論の先、この可変動弁機構の発展に、次のガソリンエンジンの進化も見えてくるように感じています。