「死の淵を見た男」 吉田昌郎と福島第一原発の500日を読んで
福島第一原発事故の現場で何がおこり、その状況の中で関係者がどう判断し、どう動いたのか大変興味がありましたので、書店でこのタイトルを見つけ、久しぶりに寝る間も惜しんで一気読みしてしまいました。それぐらい、あの時、あの現場に遭遇された吉田所長以下、発電所現場の様々な人たちの行動、それを支えた使命感、その背景にあった考え、家族のことなど、臨場感あふれて迫ってき大変感銘を受けました。脱原発、卒原発、縮原発の意見とは別に是非、これからの日本を考えるうえで一読をお勧めしたいと思います。
門田隆将著 株式会社 PHP研究所発行
緊急時は現場に一任すべき
吉田所長の行動、実名で上げられた現場責任者の方々の行動は、全く別分野とはいえ、自動車の開発現場で次元は違いますが修羅場を何度かくぐった私には良く理解ができ、また強い共感を覚えました。現場責任者は緊急時の自分たちの作業動作については、いつも最悪ケース発生を想定しながら、そのアクションプラント、ディシジョン内容を頭の中で、また実際の演習としてやりまくっているものです。様々な経験の反芻、想定外を想定したケーススタディの繰り返しをやっていると、実際の想定外に遭遇したとしても、本当の専門家、本当の経験技術者、本当の責任者ならすっと出てくることがあります。本で表現されているように、緊急事態の修羅場では、脳の中のアドレナリンが増え、頭の中がブンブンと音を立ててまわり通常の何倍ものサイクルで次ぎ次ぎと先の手が浮かんだことは良く理解ができます。しかし、その状況でこと、後方部隊の支援、冷静なアドバイスが支えになることは明かです。
現場監督者の役割は、修羅場のまっただ中で必死に取り組む強い使命感をもった現場責任者、スタッフの支援です。中途半端に現場作業に口を出すことではありません。責任を持って任せられるかどうかは、緊急事態発生前に見極めておくべきことです。この、国の存亡にも関わる修羅場であっても、最後の最後は、信頼してきた現場責任者にそのオペレーションは全て任せ、その使命達成のための全面的なバックアップを行い、判断を仰がれたときの助言、加えて外部からの現場作業に対する邪魔を排除するのが役割です。本の内容からも、政府筋、本店筋からの様々なコメント、視察、報告要請・指令などオペレーションに関わる余分な介入、支援どころか邪魔が多かったとの印象を持ちました。この情報化社会で、国家の緊急事態でコントロールセンターであるべき官邸、現地本部、東電本社、福島第一発電所間の情報ネットワーク網の脆弱さには驚くばかりです。
後方の役割は支援とアドバイス
この本で表現された現場の活動と、政府、東電本社と発電所とのやりとりを読み、さらに東電から公開されているTV会議のビデオを聞くとこの緊急事態の状況が私なりに理解でき、いろいろな報道や事故調査報告などでの疑問がほとんど解消できたように感じました。全電源喪失の非常事態の中で、被害拡大を食い止め原子炉をコントロールしようとする作業は、現場でしかできません。また緊急応援部隊も現場での作業になることは明白で、その支援、的確なアドバイスこそ後方部隊の役割であり、オペレーションの邪魔をしてはいけないことは修羅場の現場実務経験者なら当然の判断です。
新聞やTVではほとんど報道されていませんが、メルトダウンがさらに拡大し、使用済み燃料プールまで底が抜け冷却ができなくなると、首都圏を含む日本の三分の一近くがゴーストタウンになりかねない状況が起こりえたことは事実だったようです。エネルギー関連の仕事をしている私の元にも、海外関係者などからの情報が入り、確かにある国々では、本国政府経由で東京からの避難命令、子供達の海外避難勧告、大使館の西日本移転を真剣に検討していたとの話は当時もよく耳にしていました。アメリカ政府、フランス政府では事故発生後に政府機関、軍隊が特別体制をとり、事故拡大についてのシミュレーション・スタディーを開始し、最悪ケースとしてメルトダウンの拡大と、多量の放射能汚染物質放出まで想定していたことは確かでしょう。
もちろん、住民の安全避難はなによりも政府・地方自治体としては何よりも優先、しかし現場の緊急オペレーションへの自衛隊、消防庁の緊急支援体制は機能したようですが、これはやはり緊急時対応組織として、に高い使命感を持っていた現場部隊の存在と現場ベースの権限委譲体制が大きかったと思います。修羅場を経験したこともない、政治屋からの口先介入、邪魔が多かったことは東京都ハイパーレスキュー隊のインタビューでの現場隊長の涙やこのピー音が多い東電の公開ビデオからも明かでしょう。
技術屋の端くれとしての疑問として、アメリカ、フランスがやった程度のシミュレーションは日本でもやったはず、それが官邸、東電本社に上がってきていた様子がうかがわれない点です。アメリカ、フランスと同等以上、さらには実際の原子炉運転データを入れたさまざまなシミュレーレーターがそれぞれの原発毎に用意されていた筈です。それが、組織として動いた様子がないこと、それによる現場支援、避難・誘導に生かされなかったことが非常に疑問ですし、残念です。アメリカ、フランスがすぐ動き出した程度のことが、災害発生現場の日本でやられていないか、生かせていないとすれば、国の緊急事態対応組織能力に大きな欠陥があったと言わざるを得ません。
この教訓を生かして欲しい
この本にもあるように、吉田所長以下、発電所操作員、従業員の方々、自衛隊、消防庁などさまざまな緊急出動隊の方々の文字通り死を賭した献身的な活動により、あのレベルで被害が留まったとも言える未曾有の緊急事態だったことがよく判ります。死を賭した献身的な活動で、あのレベルで食い止めたと言っても、それでも今も自分の家から避難されておられる方々が16万人もおられることは重く受け止める必要があります。
それでもこの教訓を重く受け止め、安全を担保する新しい基準、さらに現場重視、本当の意味での専門家重視、本当の意味での技術重視の安全な原発利用の道を作り上げることは可能と考えています。もちろん、これとともに、国の緊急事態に対する組織、能力もまたしっかり振り返り作り直す必要があることは明かです。
先週のブログでも書きましたが、私はエネルギーと地球環境問題へ対応から、安心、安全であることが担保され、使用済み燃料のバックエンド処理技術、処理方法への一層取り組みを前提に、原発利用が必要と考えています。
エネルギー需要の2倍を超え拡大している世界の電力需要を考えても、今期待されているリニューアブル・エネルギー拡大でまかなうことは極めて困難です。先週のブログでも紹介しましたが、IEA WEO2012にもあるように、ドイツ、日本の脱/卒原発の動きの中で、原発比率拡大スピードは落ちるとしていますが、お隣の中国、韓国、さらにインド、ロシアと原発増設が進んでいます。この世界の原発の安全確保、四度目となる原発大事故はおこさないためにも、日本がこの福島事故の教訓を世界に発信し、さらにこの体験を踏まえた安全策、安全技術、後処理技術の開発で世界に貢献していく義務もあると思っています。日本の科学技術は大きく失墜してしまいましたが、この現場力、修羅場で発揮する志あるスタッフがいるかぎり、その義務を果たしていけると信じます。
地震後の点検中に殉職されたお二人の若いスタッフのご冥福をお祈りするとともに、ご療養中の吉田氏のご本復をお祈り申しあげます。