TS030トヨタハイブリッドの活躍
WEC世界耐久選手権
今年、自動車の国際自動車連盟(FIA)主催の耐久選手権(WEC)で、アウディ・ハイブリッド・レーシングプロト“R18 e-tron Quattro”とトヨタハイブリッド・レーシングプロト“TS030 Hybrid”が激戦を繰り広げています。WECはフランス・ルマンで開催される伝統のルマン24時間耐久レース含めた年間全8戦のシリーズで、先日10月28日に行われた第8戦上海6時間レースで本年の幕が下ろされたところです。
FIA WEC公式HP: http://www.fiawec.com
TS030 HybridのWEC参戦については、今年3月にもここで、レーシングカーと公道を走るプリウスなどのハイブリッドとしての設計思想の違いを取り上げました。今日はその後日談となります。以前は、このハイブリッドレーシングTS030の活躍が楽しみと書きましたが、期待を遙かに超えるハイブリッド車同士のエキサイティングなバトルを演じてくれました。
シリーズの緒戦と第2戦はディーゼルエンジン車のアウディ R18が勝ちましたが、アウディは第2戦から、トヨタは第3戦からそれぞれハイブリッド・レーシング・プロトタイプカーを参戦させ、以後6戦はハイブリッド車同士の正面衝突となりました。
トヨタTS030が初参戦した第3戦ルマン24時間レースではアウディR18 e-tron Quattroが勝利を飾り、トヨタは一時トップに立つ場面もあったものの残念ながら2台とも途中リタイアでしたが、戦闘力としてはひけを取らず、今後の期待がもてる戦い振りでした。
第4戦もアウディe-tron Quattroが連続で勝利しましたが、第5戦ブラジル・サンパウロ6時間耐久でTS030 Hybridが初勝利を飾り、今月14日の富士スピードウェーでの第7戦富士6時間でTS030 Hybridが地元凱旋勝利を飾り、最終戦8戦目の今週28日に開催された上海6時間耐久もTS030 Hybridが連続優勝、第3戦ルマン以降は全てハイブリッド車が勝ち、アウディR18 e-tron Quattro 3勝、トヨタTS030 Hybrid 3勝の結果でした。年間トライバーチャンピオン、コンストラクターチャンピオンともアウディ勢が獲得しましたが、来年以降のハイブリッド車バトルがまた楽しみです。
レーシング・ハイブリッドでの蓄電方式
3月のブログでも書きましたが、WECのレギュレーションもハイブリッドの参戦を考慮して改訂され、ハイブリッドの特徴の減速回生エネルギーを次ぎの立ち上がりのブーストパワーにどれくらい使えるようにするか、またこのよう回生エネルギー活用などで稼いだ低燃費を耐久レースの綾である給油時のどのように生かすかなど、それまでディーゼル有利になっていたレギュレーションをハイブリッド参戦で盛り上がるように改定されたようです。
もちろん、サーキットレースではアイドルエンジンストップやエンジン停止モーター走行機能はでの燃費改善などは期待ができませんが、減速回生エネルギーを使ったモーター加速ブーストを行うF1 KERS(Kinetic Energy Recovery System)のバトル、このFIA WECでのハイブリッド車同士のバトルを見ていると、自動車電動化の大きな流れがサーキットレースにまで及ぶ、時代の大きな流れを感じさせられました。
さて、このアウディ R18 e-tron QuattroとトヨタTS030 Hybridが採用しているハイブリッドシステムを比較すると、サーキットレーサーにおけるハイブリッド化の方向が見えてきます。
ハイブリッド化の第一のポイントが回生エネルギーの貯蔵源で、どちらも市販ハイブリッド車が採用している二次電池ではなく、R18 e-tron Quattroは減速回生電力でフライホイールを高速回転させて機械回転エネルギーとして貯蔵する方式、トヨタTS030は高性能キャパシター(日清紡製の電気2重層コンデンサ-)に電気エネルギーとして貯蔵しています。フライホイール方式ではその回転エネルギーを発電機で電力に変換し、キャパシターではその貯蔵電力をいずれもパワーコントローラを介し、駆動モーターに送り、立ち上がり加速の駆動力ブーストとして使っています。
R18 e-tron Quattroは名のように、前輪にもモーターを搭載電気駆動四駆として使い、TS030では写真のレイアウトにあるようにミッドシップ構成の後輪駆動との違いがあります。トランスミッションは、どちらも6速シーケンシャルセミオートを使っています。
(TS030 Hybridの詳細はhttp://ms.toyota.co.jp/jp/wec/racing-hybrid-01.html参照)
このどちらともが、市販ハイブリッドで最新とされるリチウムイオン電池ではなく、フライホイール方式、キャパシターを使ったところに、市販ハイブリッドとサーキットレーサーハイブリッドのクルマの走らせ方の大きな違いが現れています。
3月のブログで説明した繰り返しとなりますが、一般公道を走る市販ハイブリッドは都市内低中速ではできるだけエンジン停止EV走行、エンジン運転中もほとんどアクセル半開以下(パーシャルパワー)で走らせ、減速Gの大きなブレーキングも危険回避以外では使いません。エネルギー貯蔵源の電池も、急ブレーキでの回生まではカバーしていません。
むしろ、EV走行に使うエネルギーの取り込みと通常加速のアシストが目的で、軽量コンパクトの要求はレーシングカーに近いものがありますが、加えて非常に重要なのが、寿命とご推察どおりコストです。この要求からNi-MH電池が使われ、いまリチウムイオン電池が使われるようになってきています。
これに対し、サーキットレースでの走行は、コーナリング以外はほぼ全開走行で、ブレーキングもタイヤグリップを維持し、車両挙動がコントロールできる範囲のギリギリの強い減速、この減速回生エネルギーを使うのもコーナー立ち上がりの加速のどこかで使い切る、その繰り返しになります。サーキットレースでは回生の稼ぎどころはコーナーしかなく、その時間は非常に短いもので、ここで回生エネルギーを蓄えるためには急減速のビッグパワー回生電力を受け入れる必要があります。
このようなビッグパワーの出し入れを行うと、僅かな損失分でも多量の熱が発生し、その冷却も大変なものとなり、更にレーシングカーとして当然ながら小型軽量化が求められます。こうした使い方や要求性能の違いから、二次電池ではなく、高速回転のフライホイール、パワー密度が最新のリチウムイオン電池に比べても遙かに大きいキャパシターを採用しているのも当然の選択です。
トヨタのキャパシター方式なら、大パワー電力での充電でも、コーナリング毎の回生充電/加速放電の繰り返しでも発熱量を抑えることができ、また写真1に示したように、軽量コンパクトに構成できることが特徴と思います。アウディのハイブリッドはF1のKERS用で実績のあるウイリアムズ製システムを採用したもので、フライホイールの最高回転数45,000rpm, 最高出力150kWと発表しています。どちらも回生エネルギー貯蔵源として軽量コンパクト、さらに熱発生の少ないこと、現在のレギュレーションでは回生エネルギー量に制限がかけられていることから、電池方式ではない、この二つの方式を採用したようです。
僅かな違いが大きい差を生むレーシングカーでの制御
市販ハイブリッドは一般公道のパーシャルパワー走行時の低燃費が狙いのエンジン最高効率運転を行うためのトヨタ方式のシリーズ・パラレルe-CVTや、ホンダや日産のようなパラレルCVT方式がポピュラーです。
一方、サーキットレースでは、パーシャル走行はシフトチェンジ時を除くとほとんどなく、ドライバー自身が車速に応じて最適なエンジンパワーバンドがセレクトでき、伝達ロスが少ない手動トランスミッションベースの多段シーケンシャルギアボックスが使われてきました。今回の両社も、ほぼ同じ6速セミオート、シーケンシャルギアボックスを使っています。
プロレベルのサーキットレースでは、ダウンシフトさせながら、ブレーキングGとトラクションをコントロールし、スピン限界ギリギリのスピードでコーナリングを行っていますから、そこに大パワーの回生発電をドライバーの操作に干渉しないようにうまくやるには、結構大変な回生協調ブレーキの適合が必要になったものと推測します。
回生発電によるちょっとした減速Gの変化も、高度な集中力で繊細な旋回走行を行なっているレーシングドライバーにとってはスピンのトリガーとなるトラクションの許容できない外乱となり、多分ハイブリッドのチューニングエンジニアはテスト走行ではドライバーに怒鳴られ、大変な苦労をしながらチューニング作業を詰めてきたのではと推測しています。
このレーシングチームの責任者も、私の現役時代のチームにいた一員ですので、また会う機会があったら、TS030 Hybrid活躍をお祝いし、その苦労話と、ここで書いたようなハイブリッド屋としての私の推測を確認してみたいと思います。