自動車の故障診断システムとハイブリッド・プリウス

排ガス規制のフロントランナーの退任

先日、トヨタの知人から、カリフォルニア州の世界で一番厳しい排気ガス規制LEV/ZEVをリードしてきた大気資源局(California Air Resource Board: CARB)のカケット副長官とそのグループで自動車排気規制のルールメーキングを担当し業界仲間ではMr. OBD(オービーディー:車載故障診断システム)と呼び合っていたスティーブ・アルブ氏のお二方が今年末で退任されるとのメールを受け取りました。

カケット副長官、アルブ氏には、1990年頃から規制審議のパブリックヒアリングやトヨタの代表として参加したCARB幹部との意見交換ミーティングにはじまり、そののちにもクリーン技術視察での来日、日本でのフォーラム参加、アメリカ自動車技術会(SAE)のフォーラムなど何度もお目に掛かる機会がありました。アルブ氏が担当しその渾名のMr. OBDを戴くこととなった排気ガス装置の故障を車両制御用コンピュータで診断し、修理・点検を促すためランプ(Check Engine Lamp)を点灯する車両故障診断システム搭載義務付け規制強化(On Board Diagnosis System II)は、今でもエポックメーキングな規制としてその強化が図られ、また世界各国での規制に取り入れられています。

LEV/ZEVからOBD、そして心の中ではZEV対抗を意識したハイブリッドでしたが、彼らはこのプリウスハイブリッド車の実用性を認め新しいカテゴリのATPZEV(先進技術パーシャルZEV)を作り、ZEV見直しに動いてくれたことなど感慨深く思い出します。

このOBDII規制の一環として、さまざまな故障モードや故障コード、その記録アドレスを定義し、故障信号や判定コードを外部チェッカーに出力させるコネクターの端子数、その配置、コネクター形状(通称ダイアグコネクター)までが規定され、標準チェッカー(通称スキャンツール)を使って、小さな修理工場でも確実に修理を行えるように要請されました。

提案当初は、われわれ自動車エンジニアはあまりにも厳しく、かつ技術的にも判定方法が固まっておらず、こぞってこの規制に反対をしていましたが、結局は標準化含めてOBD検出技術の確立では最終的に彼らに協力する形となってしまいました。

今やこのOBDII信号コネクターに接続し、故障診断コード、制御情報を出力させる標準チェッカーが、普通のDIYショップで廉価に販売されており、一般の方でも購入することができるようになっています。まさにMr. OBDがその豪腕で導入したOBDIIが正真正銘の国際標準を作り上げる切掛けとなったと言っても言い過ぎではありません。

ここで生まれたが標準チェッカーが自動車整備の標準ツールともなり、いまではどこの整備工場、デーラーサービスでも欠かすことのできない整備ツールとして使われています。

プリウスの故障診断システム

しかし、OBDIIはあくまでも排気規制で定められた故障診断システムです。自動車の全ての故障診断機能、その信号定義、アドレス定義が決められているわけではありません。標準として故障コード、信号アドレスが定められこのスキャンツールで読み出せる信号は、エンジンと排気関連デバイスや安全関係故障コード、その信号など一部だけです。それ以外は、それぞれの自動車メーカー毎の専用ツールでしかし、読み取れず、そのツールからクルマの制御系に信号を送りまた高度な故障診断のためのアクティブテストなどの機能も充実してきているようですがこれは、非公開の専用ツール、専用ソフトが必要なようです。

クルマ動かす動力源とその伝達系はほぼこのOBDII規制で決められた国際スタンダードに沿って故障診断システムを組んでいます。ハイブリッドでは、ハイブリッド用電池も排気のクリーン度に影響する排気関連部品にカウントされ、その故障診断が規制として義務づけられています。この排気規制としてのOBDII対応以外にも、この制御コンピュータによる故障診断機能をハイブリッド制御の中心に据え、始動操作から走行中、キーオフまで、さらにはキーオフ後の駐車中もOBDシステムは時々目を覚ましてシステムの故障、異常チェックを行っています。従来のエンジン制御でもそこまではやらないぐらいの、全ての部品、全ての信号ラインを監視し、その故障、異常チェックを行い、安全に走行できることを確認してからReady ランプを点灯させ、同時にReady 音を出しドライバーのシフト操作やアクセル操作を受け付け、走り出せるようにしています。

ここで、故障、異常を検出した場合には、故障&異常コードをメモリーに記憶、その上でハイブリッドシステム異常ランプを点灯させます。その検出した故障、異常が安全な走行を保証できない異常と判定すると、始動時にはシステム異常としてReadyを立てず、走行できないようにしています。走行中では、異常ランプを点灯し、極力待避走行を許可し、作動を続けては危険と判定するモードだけはシステムシャットダウンを行い惰力による待避としています。このように故障、異常の診断と判定をハイブリッド制御の基本中の基本に据えていますので、モーター、発電機、そのコントローラ、ハイブリッド電池などハイブリッド部品と電圧、電流、回転数、温度、アクセルペダル操作量、シフト位置、ブレーキ操作量、さらにOBDII規制で義務づけられているエンジン回転数、燃料噴射量、回転角度、点火信号などハイブリッド制御に関わるありとあらゆる制御情報は、クルマの制御信号が送られる車両制御ネットワークCANなどを介してハイブリッド制御コンピュータに取り込んでいます。

もちろん、故障、異常診断を行うコンピュータ自体が故障、異常を起こしていてはこの故障、異常判定はできませんので、他のコンピュータで相互監視を行い、どちらかが故障、異常と判定した場合も異常ランプを点灯させ、システム停止を行い、Ready offとさせています。異常判定時に点灯させるのがシステム異常、通称ビックリマーク点灯です。初代ではこのビックリマーク点灯の不具合を多発させてしまい、お客様にご迷惑をお掛けしましたが、その不具合の徹底的なフォローを行い、ほとんどこのビックリマーク点灯を体験できないレベルにまでなってきていると思っています。私が使って来た歴代のプリウスの累計20万キロの走行で、このビックリマークにお目にかかったのは1回だけです。

このように、故障、異常診断をハイブリッド制御の基本に据え、制御情報を取り込んでいますので、クルマの点検や故障、異常時の点検、修理作業も、このスキャンツールをダイアグコネクターに繋ぎ、故障、異常のダイアグコードを読み出し、またマニュアルに沿った制御信号の計測、スキャンツールから制御信号を制御コンピュータに送りシステムチェックであるアクティブテストを行い、販売店サービスで確実、的確な修理を行うサービスツールとして使われています。故障、異常のチェック、修理が終了した場合には、このスキャンツールから検出し記憶していた故障、異常コードのメモリーを消去し、お客様にクルマをお返しすることになります。

ハイブリッドでは、初代プリウスからこの故障、異常診断をシステム制御の基本とし、OBDIIに規定されている以上のさまざまな故障、異常診断モードとその記憶を行ってきましたので、スキャンツールを使った故障、異常診断の高度化にも取り組んできました。実はドライバーの異常操作と思われるものも、この故障、異常診断と判定では記憶させています。アメリカで問題となったハイブリッド電子制御の暴走問題も、この記憶機能も使って濡れ衣が晴れたのではと推測しています。

また、車速、エンジン/モーター回転数、電流、電圧、アクセル開度、シフト位置など重要な信号は数秒間のデータを記録しており、故障、異常と判定した場合にはその判定信号によりデータ記録をストップさせ、修理、点検時にこのデータ(通称フリーズフレームデータ)をスキャンツールで読み出して修理作業に使っています。このような、高度な故障、異常診断を行うようになったのは、ハイブリッド・プリウスからだと思います。

遅れた日本でのOBD義務化

日本ではやっと2008年からOBD対応が全車両に義務づけられました。また、昨年4月には自動車の安全・環境性能の向上のため、ハイブリッドなど自動車制御の高度化に対応し、適切な点検整備を行うことを狙いに、国交省が企画し、自動車工業会、自動車整備振興会などからなる審議会から「汎用スキャンツール普及検討会報告書」が発行され、各国の動向調査、標準化の進め方などが提案されています。
http://www.mlit.go.jp/common/000141490.pdf

この調査報告書での提案も、基本は排気規制として定められたOBDIIでの規定、規格が基本となっており、ハイブリッドの時代になってもそこから大きく踏み出してはいない印象を受けました。ハイブリッドは日本勢がいち早く量産化を果たし、技術としてもリードしてきた分野です。このブログでも述べたようにハイブリッドならではの高度な故障、異常判定制御を行いその安全品質、信頼性品質を高め、故障時もこの制御情報、診断情報をつかった的確、確実な修理支援を行っています。また、燃費情報、CO2情報も、プラグイン自動車なら充電情報も電費情報もすべてCANに流れている信号処理で表示も簡単に行うことができる状態になっています。プラグイン自動車では、駐車中、充電中に電池や充電ポイントの故障診断も行うことができるでしょう。欧州の一部では、燃費情報、CO2情報の表示義務付けの議論も始まっているようです。

1990年代のOBDIIは、Mr. OBD、CARBのアルブ氏が漕ぎ、技術部分は日本勢がサポートし、その規制案が作り上げら、国際標準となっていきました。しかし、日本でのOBD採用は結局15年遅れ、米国では当たり前の汎用スキャンツールもやっとその議論がまとまったところで、それもOBDIIの枠を超えてはいません。

ハイブリッドなど、電動化の方向に進む次世代自動車では、電池、充電系の故障診断に加え、燃費、電費、CO2の見える化なども取り込まれ、またスマホやPCとの接続、さらにはスマートメータを介し、これから普及が進むHEMS(家庭用エネルギーマネージシステム)との接続も標準になっていくと思います。クルマの電動化ではトップを走りながら、故障診断、スマホ接続などクルマのICT化、HEMS化など社会EMS化では、OBDのように周回遅れとならないように、自動車勢も官も自覚して進める必要があると思います。このあたりは日本勢の苦手なところ、すでに遅れを取り始めているのではと心配になっています。