IEAの「Fact vs Fiction」、将来自動車の事実とは?
先月、国際エネルギー機関(IEA)のWebサイトに、″Fact versus fiction” とのコラムが掲載されました。意訳をすると将来自動車やエネルギー、地球環境問題に対する、いくつかの筆者が気になるFact(事実)とFiction(虚構~神話)を対比させた内容です。
この国際エネルギー機関(IEA)という組織は、1973年~1974年の第1次石油危機を契機として、当時のアメリカの国務長官キシンジャーが旗振り役となって、石油輸出国機構(OPEC)の影響力増大に対抗する戦略、政策調査を目的に1974年に設立された国際機関で、本部はパリに置かれています。加盟国の石油供給危機回避―安定したエネルギー需給構造を確立する施策提案―を主な目的としており、そのエネルギー需給調査、その将来予測などは、アメリカ、欧州、日本など石油輸入国のエネルギー政策立案の基礎資料として使われています。そのIEAが、このところのEVブームの盛り上がりの中で、エネルギー問題などにまつわる誤解を解くためにとして、この″Fact versus fiction”と題されるコラム記事掲載したのです。
その主な内容は
″神話″「数年後にEVが普及すれば、石油依存を終わらせられる」
″事実″「各国政府の意欲的な普及目標を基準としても、2020年時点で、EV・PHVの年間販売台数は700万台、それまでの累計販売台数としても、20,000台。これはその時点での世界の自動車保有台数10数億台の僅か2%にすぎない」
″神話″「現在、各国政府が約束している温暖化ガス削減目標を達成すると、地球の平均気温上昇を2℃以内に抑制することができる」
″事実″「現在公表されているすべての公約(鳩山前首相がコペンハーゲンCOP15で約束した日本の温暖化ガス25%削減など)を実現できたとして、2℃抑制目標実現にはほど遠い状況にある」
″神話″「石炭は19世紀のエネルギーで、世界はその使用をやめようとしている」
″事実″「石炭の使用量は上昇を続けており、急激な政策転換がなければこの上昇は続くと予測されている」
″神話″「リチウム資源の一極集中と欠乏がEVの大規模商業普及の足かせとなる」
″事実″「少なくとも現時点でも、2030年までEVの広範な普及を支えるだけのリチウム資源は確保されており、普及が予測以上だったとしても、恐らくそれ以上のリチウム供給余力があると考えられる」
このコラムは、その直後にIEAが発行した、Technology Roadmap – Electric and plug-in hybrid electric vehicles (電気自動車とプラグインハイブリッド電気自動車についての技術ロードマップ)にもとづいて書かれたようです。
この「技術ロードマップ」を読むと、いま欧米各国が輸入石油依存度の低減、ポスト化石燃料、低カーボン化政策の目玉として推進しようとしている、電気自動車・プラグインハイブリッド電気自動車(総称してプラグイン自動車)普及政策と、各自動車メーカの生産計画との間に大きなギャップがあり、さらにこのロードマップの前提としてIPCCが提案し、政府間でも議論されている2050年までに地球の平均気温上昇を2℃以内に抑制を目標へのアプローチとして矛盾だらけであるように感じました。
それに対する、反省であり、警告からのコラム記事ではないかと推測しています。
葛藤が垣間見えるIEAのシナリオ
また、私のブログでも何度かとりあげましたが、このプラグイン自動車の電池充電に使う電力が石炭火力や石油火力など化石燃料発電が主体では、地球温暖化ガスである炭酸ガス(CO2)の削減にはほとんど寄与しないどころか、普通のハイブリッド車との比較でも増加させてしまいます。そして、このコラムにもあるように、いまでも世界全体では石炭火力が増加中であることが事実です。
「その代替として風力や太陽光などリニューアブル電力があるのでは?」という意見もあります。しかしこれも、以前のブログで述べたように、古くからリニューアブル電力の買い取り制を実施し、今年になって脱原発政策を発表したドイツですら、リニューアブル電力の発電シェアは水力を含めて16.5%、石炭火力が日本よりもはるかに多い42.1%と、現在20%強の原子力発電分を含めても日本よりも発電時CO2の排出が多いことが実態です。脱原発分をリユーアブル電力拡大で置き換えようとしていますが、石炭発電主力の構造は変わらず、CO2低減をどのように行っていくのか注目しています。
さらに、中国はまだまだ石炭火力を増強中、アメリカも主力は石炭火力、その発生CO2の低減が大きな課題、IEAのこのコラムは、この発電事情の中でプラグイン自動車普及による低カーボン効果への過度な期待に警告を発しているように感じました。日本でも同様、プラグイン化は確かに石油消費削減には寄与しますが、低カーボン・エコの観点では発電電力のCO2にも注目する必要があります。現時点では、中国、インドの電力Mixではプラグイン自動車のほうが、通常のハイブリッド車よりも発電電力分を含めるとCO2排出が多くなることは事実です。
地球温暖化緩和目標も、このコメントが実態、現在地球温暖化ガスを多量に排出している、中国、アメリカが石炭火力に依存し、中国ではさらにその増強を計画中です。
日本の25%削減目標も、具体的なアクションプランがなく、いまや鳩山さんの放言扱いにしたいところですが、日本が国際社会に約束したことになっています。さらに、この原発事故で、石炭火力、石油火力依存度が高まり、景気低迷を脱出するとエネルギー需要増でこの実現は極めて困難な状況にあることは事実です。
リチウム資源問題についても、この事実の通り、それほど心配をする必要はありませんが、プラグイン自動車の大量普及を進めるためには、リチウム以上に、レアアース、レアメタルの資源問題が浮上してくると思います。自動車搭載のコンパクト・ハイパワーのモータに欠かせないのが、ネオジムとジスプロシウム、その他にもセリウム、ランタン、イットリウムのレアアース、さらにここで話題のリチウムやマンガン、コバルト、ニッケル、白金など数多くのレアメタルが使われており、供給源の多様化、材料代替、使用量の削減、リサイクルなどの取り組みの緊急性が高まってきています。
「技術ロードマップ」をまとめたのは、IEA加盟各国のエネルギー関連官学スタッフ、電力会社スタッフ、自動車メーカスタッフから構成されており、各国、各分野での意見集約がうまくまとまらず、各国政府ベースの積極普及の予測でもIEAの総合的なエネルギー&温暖化緩和シナリオ(図IEA WEO2010 大気中のCO2 450ppmをターゲットとする地球温暖化緩和目標達成BLUE Mapシナリオの次世代自動車予測)と整合性がとれず、内部矛盾を抱えた内容になっていることから、今のプラグイン自動車ブームにアラームを発する意図があったのではと勘ぐっています。
1997年から14年が経過、二代目インサイト、三代目プリウスが普通のクルマとしてその販売台数を競いあうようになりましが、ハイブリッド車全体としも全世界の保有台数からはまだ%台にすら届いていません。その状態で、かつ今のプラグイン自動車の現状実力、充電インフラの現状、さらに多額のインセンティブを頂いても、ガソリンのセーブ額ではまだまだ価格アップ分の埋め合わせもできない状況にあります。
脱石油シナリオ、2050年地球温暖化を2℃上昇以内に抑制しようとの目標を、自動車分野にもそのまま適用すると、このIEA Blue Mapシナリオのように、従来ガソリン車・ディーゼル車、さらに加えてそのハイブリッド車からこのようらドラスティックな電気自動車、プラグインハイブリッド自動車、水素燃料電池自動車へのチェンジが必要との結論になってしまいます。しかし、このコラムの筆者は目前に迫る2020年ですら、シナリオと現実とのギャップは大きく、このBlue Mapシナリオ達成の困難さを示そうとしてのかも知れません。
「タラ」「レバ」の期待で足踏みをせず、着実な歩みを
もちろん、このIEA Webページのこのコラムに示された“神話”に対する“事実”や、メディア報道、政府発表、メーカ発表の背後に隠された今の“事実”に目をそらしてはいけません。かといってそのギャップにオタオタするばかりでは、また例えば航続距離500㎞の電気自動車ができ“タラ”、販価200万を切る水素燃料電池カローラができ“タラ”、プラグイン自動車の電池などエネルギー貯蔵源をネットワークに取り込み、電力需給のインテリジェント制御をおこなうスマートグリッドの実現によりリニューアブル電力でほとんどの電力需要を賄うことができ“タラ”、食料や飼料と食い合わない石油燃料並みの価格で大量に生産できるバイオ燃料が開発され“タラ”と、“タラ”への期待で、今やれること、今チャレンジすれば届くかもしらないことに手をつかなければ、課題の先送りです。
高い目標へのチャレンジ、イノベーション技術へのチャレンジは必要、しかりそれにだけのギャンブルは危険です。現在のクルマの主役、ガソリン車もディーゼル車も、またそのクルマ本体としても、まだまだ高効率、低燃費の余地はあり、やりつくしたとは思えません。さらにガソリン、ディーゼルの効率を高める手段がハイブリッド、これもまだまだ幼児期を脱した段階、さらに改良した高効率エンジンを組み合わせると、まだまだ高効率が期待できます。もちろん、電気自動車が本命に躍り出るまでの電池の出現には、技術のブレークスルーが必要ですが、ハイブリッドやプラグインハイブリッド用途ならば、回生効率のアップやEV走行範囲の拡大などはまだまだ改良の余地があり、システムもプリウス方式だけがハイブリッドではなく、どんどん対抗馬がでてくることを期待しています。
そのうえで、”タラ”の対象となった、電池、水素燃料電池、スマートグリッド、バイオ燃料など、従来技術の進化では到達できない、″神話″を″事実″に近づけるイノベーション創出へチャレンジできる環境を整えることではないでしょうか?このジャンルは、熱意ある専門人材が叡智を絞り取り組むことが必要、それでも単に頭数、物、金、時間をかければ成果がでてくるたぐいの話ではないことを銘記すべきです。
表面だけのプラグイン自動車ブームにうつつを抜かしている時間はありません。さらに各国政府の積極的なプラグイン自動車普及策でも、Blue Mapシナリオ達成の第1ステップにすぎません。政府が多額の補助金を出そうが、カリフォルニア州ZEVのように、法規制で販売、購入を義務付けしようが、お客様が受け入れ購入して頂けなければ、普及を果たすことはできません。ハイブリッドプリウスはZEVをターゲットから外したところからスタートさせました。補助金ありきの開発をしたわけでもありません。多額の補助金も、結局は国民の税金、補助金をあてにしなくても、お客様にメリットを感じていただける価格で、さらにサプライズを感じていただけるクルマがめざすべきターゲットです。
先週のブログで息子が述べたLEAFの試乗ですが、基本的には私も同じ感想を抱きました。電気自動車実用化にかけた開発エンジニアの志を感じ、その努力による完成度の高さを感じたが故に、皮肉なことに石油消費削減、低カーボン化のメニューとしての電気自動車の限界を感じてしまいました。その限界と感じた最大のポイントは、航続距離と充電インフラですが、その限界を決して超えない用途だけで使うならば、このクルマに不満を感ずるユーザーはほとんどいないと思います。しかし、その限界を左脳で感じてしまうと、滑らかで、静かで、力強く、さまざまな表示でも電気自動車をうまく使いこなすための、また充電切れにならないための様々な工夫が織り込まれ、その志の高さをそのクルマに感じても、右脳でのサプライズを感ずることはありませんでした。
エコは必要条件、エンジン車が電気自動車や水素燃料電池車に当分はその主役の座を譲ることはなさそうですが、低燃費、低カーボンへのチャレンジに手を抜かず、さらにエンジニアのクルマへの思い入れと将来の夢をこめて、魅力あるクルマとしての十分条件を探り、神話/事実のギャップを飛び越える次のクルマへのチャレンジとその実現を日本の若いエンジニアに期待しています。もちろん、だれか熱意ある専門人材の叡智で、ブレークスルー技術を創出し、エンジンがいらない、究極のエコ&走る魅力のある次世代車が生み出されたら万々歳ではないでしょうか?