ゼロ・エミッション考-2
梅雨明け前の35度を超える酷暑と、例年より早い梅雨明けのあとの猛暑日の連続の毎日に、地球温暖化が肌で感じられてきたといっても過言ではないのかもしれません。ただし皮肉なことに、温暖化対策の観点から言えば誰も望まなかった震災の副産物として、節電の呼びかけにより今夏は電力需要が大幅に低下し、停止する原発の補完として火力発電の再開や発電量アップを行ったとしても、日本の電力からのCO2排出総量は低減する見通しとのことです。
ただしこれはあくまで一時的な結果であり、原発の代替として石炭、LPG火力でカバーする以外に現実的な解決案は見当たらない以上、復興と経済的成長と電力需要の増大は不可分ですから、将来的には特に電力部門でのCO2の排出量は増加していく可能性が高いでしょう。
CO2削減は確かに必要なことですが、私は鳩山さんの口約束をリセットしてでも、今後の電力政策含めて真剣な総見直しが必要と考えています。また、その電力の新規需要として、低CO2の原発深夜電力を期待していたプラグイン自動車(電気自動車および外部電力充電式ハイブリッド車)普及についても、CO2削減の狙いからは見直しが必要です。
今日はもう一度、自動車の「ゼロ・エミッション」「エコ」について取り上げてみたいと思います。
走行中の「ゼロ」は無意味。意味のあるそして正確な基準で議論を。
何度も、このブログでも取り上げましたが、地球温暖化ガスのCO2削減として、プラグイン自動車の走行中の「ゼロ・エミッション」に意味はありません。これについては、多くの研究者がかなり昔よりその問題点を論議しており、環境への実行面を本当に論議する際には、発電時、電池を含め、自動車製造時、さらには廃車時のCO2など、製造、使用、廃車まで、クルマの一生で排出するCO2を問題にするライフサイクルアセスメント、いわゆるLCAでのとらえ方をするようになってきています。
図に、2004年に私が韓国で行ったプレスイベントでの講演資料で説明を行った2代目プリウスのLCAスタディ結果を示します。トヨタ社内データによる試算値ですが、走行燃費として私はいつもユーザーに実走行平均燃費に一番近い欧州公式燃費を使っていました。
ここで欧州公式燃費を使用したのは、正直に言いますと日本の当時の公式燃費10-15モードを使うと、燃費値がユーザーの実走行燃費よりも良く、走行中のCO2排出量の影響度を小さく試算してしまうため、よりユーザーの実走行燃費に近い数字が出すためでした。
もちろん、日本では自動車会社からの広告・広報では、当時唯一の試験モードである10-15モードの使用が義務付けられていましたので、多くの方の目に触れる資料ではありませんでした。ただし、ユーザーの実走行燃費調査結果や、その実走行平均燃費に近づけるために行ったアメリカ連邦環境保護局EPAの公式燃費表示法改定など、その後の平均実燃費調査結果からも、LCAとしては使用過程でのCO2排出寄与率が高いことが裏付けられ、当時公式に発表されていた10-15モード燃費を使用した試算では実情を表していいないことは明らかでした。
製造過程のCO2排出量計算条件は、当時のプリウスの生産状況に近い数字を使ったと聞いていますが、材料一つとっても、その製造場所、使用した電力量とその電力Mixによっても大きく異なり、細かい具体例をあげれば、電池に使うニッケル材の精錬や加工を中国で行うか、カナダで行うかでもその値は変化します。
余談ですが、そのころあるアメリカの研究所が「LCAスタディをしたところプリウスは兵員輸送車をベースの超大型SUVであるGMハマーよりもCO2排出量が多いと」の結果を発表し物議を醸しました。その発表を見ると、電池等を含めたハイブリッド部品製造を、CO2排出量最大の電力Mixを使い、エンジンや車両で多用したアルミ部品もその精錬を効率の悪い石炭火力から製造した新材のみを使用すると仮定するなど、プリウスを貶める意図を持った結論ありきの悪意の塊の試算結果でした。
この試算を発表した研究者が利用したプリウスのデータを提供したのはアメリカDOE傘下の国立研究所でしたが、後日になって私と面識のある国立研究所スタッフから、とその中身が実態とはかけ離れた条件で計算しているなどの言い訳が含まれた謝りのメールが届きました。あまりに現実離れしたひどい条件でしたので、こころある人達はこのからくりをしっかり見抜き、その後これが話題になることはありませんでした。
この話をしたのは、環境負荷を測る基準となるLCAの数値ですら、その計算条件によって、その結果が容易に大きく変わってしまうことの怖さをお伝えする為です。ですので、ニュースや、ニュースリリースの数字には要注意、鵜呑みにするのは危険です。
必要なものは実効性のある対策
また環境負荷ということ考えるのであれば、CO2排出量だけではなく、光化学スモッグや浮遊粉塵(パティキュレート)の原因となる自動車のエミッションを議論するときにも走行中の「ゼロ・エミッション」だけではく、プラグイン自動車では、発電所からのエミッション、さらには実際にユーザー使用する状態でのエミッション、新車からのエミッション、公式試験モードのエミッションだけではなく、使用過程車、故障車、様々な走行条件でのエミッションと、LCAとして、実際の使用条件でのエミッションとして、その環境への影響、そのクリーン化に取り組むことが重要です。
日本の火力発電所では、脱硝、脱硫が進み、排気粉塵も極めて少なく、世界一のクリーン度と言われていますので、「ゼロ・エミッション」ではなくとも、環境へのインパクトを気にする必要はないレベルと聞いていますが、最近九州や裏日本の都市部で光化学オゾンレベルが悪化してきたとの報道があります。これは中国の火力発電の影響との観測もあり、中国の電気自動車普及による電力からのCO2排出ばかりか、日本にとっては中国の発電エミッションも問題です。環境の分野には国境はありませんので、いくら隣国のこととはいえ、日本としてもなんとか対応策を講じる必要があるのは間違いありません。
1970年アメリカで成立した大気浄化法改定、通称マスキー法以来、自動車排気ガス規制とその運用をリードしてきたのはアメリカでした。排気ガス規制の目的はもちろん、大都市住人の健康にまで影響を及ぼすようになってしまった大気環境保全の実効をあげることであり、排気ガスクリーン度の判定も、あくまでも実際の汚染度の抑制にあります。
規制レベルに販売するクルマの排気ガス性能が制定した合格していることを公式試験で確認し、認定書ないしは認証書など許可が下りてから、クルマの生産、販売を開始することができます。アメリカでは、その公式認証試験でのチェックだけではなく、その公式モード以外で排気浄化システムの作動を意図的に停止したり、弱めたりする設計を“デフィート・デバイス”いわゆる排気ガス浄化機能の「無効化機能」として禁止し、メーカーにこの規定を守って設計していることの誓約(グッド・フェース)を求め、それに反する行為には厳しい罰金を科してきました。
また、排気浄化システムの性能低下を招くような改造、通称“タンパリング”「不正改造」が実施できないように、設計配慮まで求めていました。さらに、新車だけではなく、経年使用車のクリーン度チェック、“リコールチェック”も厳しく行い、規制レベルそのものの強化とともに、メーカーとしてのクリーン性能保証も、マスキー時代の5年5万マイル(8万キロ)保障から、1990年代に入り制定されたカリフォルニア州LEV/ZEV規制での15年15万マイル(24万キロ)保障にまで延長されています。
この排気ガス規制強化を通じても、日本勢はこのリアル・ワールドでのクリーン品質の高さを誇ってきましたが、肝心の日本で、今になって排気ガス規制対応の初歩の初歩「デフィート・デバイス」を疑われる問題が発生したことは、まだまだ「護送船団方式」の「ガラパゴス化」のあらわれであり、残念です。
(排気「デフィート・デバイス」禁止条項の明文化と、罰則規定制定についての東京都知事から国土交通大臣に対する要請書)
いずれにしても、地球環境問題、都市環境問題ともに人間にとってリアルで深刻な問題であり、その取り組みには実効をあげることが求められています。次の環境自動車には走行中「ゼロ・エミッション」「エコのため…」の広報宣伝フェーズから脱皮して、実際のマーケットで、またリアル・ワールドとして、WTWとして、LCAとして、また実際の石油消費量総量の削減とし、さらにCO2削減として、またオゾン、窒素酸化物や浮遊粉塵濃度など都市大気環境基準に対し、どのように効果を上げられるかにも注目したいと思います。