クルマの燃費基準と環境性能について その1
いまニュースや広告でクルマが取り上げられると、必ずといっていいほど燃費と環境性能について触れられているのでこの言葉を聞いたことの無い方は非常に少ないと思います。しかしポンと数字を出して燃費や環境性能が語られるのをみると、送り手としては「もうちょっとしっかり説明してよ。」と思ってしまうのです。簡単なようで難しい燃費基準と環境性能について、もうちょっと知って頂くと、環境自動車とは何なのか、そして何よりクルマ選びの物差しがより正確になります。では、今回はさまざまな燃費表示の規定と環境性能について説明しましょう。
国や地域によって異なる燃費表示
上の図はプリウスの現行型と前モデル(2代目)の燃費を日本、アメリカ、欧州(EU)のそれぞれ公式表示燃費で比較して示したものです。また同じ年式でもグレードによって燃費値は違うため、最も燃費の良い低燃費グレードを抜き出しています。さて図にある通り現行型プリウスは日本の公式燃費とCO2排出値として、10-15モードで燃費38km/l、CO2排出量61g/km、JC08モードで32.6km/l、CO2排出量71g/kmという値で国土交通省から公表されています。アメリカでは連邦環境保護局(EPA)による2010年燃費ガイドブックの中に、レギュラーガソリンでの予想新ラベル燃費として、City(都市走行)51 mpg(mile per gallon), Hwy(ハイウエー走行)48 mpg、これを計算式によって混合したコンビ(combined)燃費として50 mpg 、日本式にキロメートルとリットル表記で換算すると約21.2 km/lの燃費と記されています。また、このEPAの燃費ガイドブックではこれに加えて、ユーザの実走行燃費の調査結果として平均値の49.5 mpg(21.0 km/l)、燃費の悪い走行をする人は35 mpg (14.8 km/l)、燃費の良い走行する人は61 mpg(25.8 km/l)という数字を表示しています。なおアメリカでは、販売店の店頭において、展示車のフロントガラスにこの新EPA予想燃費(Estimated New EPA MPG)を表示することが義務づけられています。
欧州でも公式燃費表示では、Urban(市街地)、Extra Urban(都市外部)、それを組み合わせたコンビ(combined)燃費とそれぞれのCO2排出量が公表されています。欧州の燃費は、日本やアメリカと違い、同じ走行モードで100kmを走った時の消費量リッター/100kmとして表示されます。欧州基準の新型プリウスの燃費は、コンビ燃費 3.9 l/100km (25.6 km/l)、CO2 89 g/kmが公式値として発表されています。
これら数値はいずれも先ほど書いた通り低燃費グレードの値ですが、日本、米国、欧州のそれぞれに合わせて、少しずつ諸元や試験時の装備品・タイヤが異なります。つまり厳密にはまったく同じクルマを計測したものではありませんが、あくまでそれは微細な差異にすぎませんから、この図を見ればそれぞれの公式燃費が示す数値が全く違うものであるのが一目瞭然でしょう。
アメリカの燃費表示が少ない訳
いま一番少ない(悪い)燃費表示となっているアメリカでは、数年前にEPAが公表している公式燃費と実走行燃費が違いすぎるとユーザーグループがEPAに対して訴訟をおこすという事があり、これまでの試験法に加えて、更に冬を想定した気温の低い時の燃費やエアコンを効かせた時に夏の燃費、急加速運転を模擬したアグレッシブ運転モードなど、ユーザの報告燃費のアベレージに近くなるように試験法を変更して表示するようになりました。
なお現在、燃費を測定するために使用されている試験法は、もともと排気のクリーン度を評価するために作られたもので、いずれの国や地域でも大気汚染が深刻だった大都市での走行パターンを模擬するところから決定され、石油ショックを契機とする燃費規制の導入によって、燃費も同時に計測するようになったという歴史があります。上に書いたように、アメリカではユーザの実走行燃費にできるだけ近づけようとのことで、複雑な燃費試験法を導入しましたが、オバマ政権でその強化が決定したメーカ別の新車販売平均燃費規制(CAFÉ)では従来試験法の値が使われるなど、さらに複雑なものとなっています。
燃費基準の使いかた
お客様がどれくらい燃費削減をできるか、またそれでどれくらいガソリン代が減るのかの判断には、実際の使用状況で計測される実走行燃費が重要ですが、ここまで述べてきたように千差万別、日本で新しく設定されたJC08モードもお客様の平均的な実走行燃費を実現しようとしたものではありません。公式燃費は、クルマのフェアな燃費ポテンシャルを比較する基準と考えていただくのが良いのではないでしょうか?お叱りを戴く覚悟で申しあげると物差しがばらばら、かつ複雑すぎては開発する側はたまらないと言うのがエンジニアの本音でした。試験にはトラブルや失敗もつきもの、アメリカの排気と燃費の試験法はどんどん複雑になり、同じクルマを使って月曜から金曜まで全ての試験を済ませるのに1週間フルに掛かるようになり、途中で何かのミスがあればまた次の月曜日から再スタートと、販売開始のスケジュールをにらみながらヒヤヒヤして公式試験の進行を見守っていたものです。
実際の使い方の中での実走行燃費が重要であることは論をまちません。トヨタでは、この公式試験法に基づく燃費計測の他に、様々な実走行燃費を模擬する多くの燃費試験モードを作って燃費評価を実施していました。日本、米国、欧州、それぞれの地域でのそれぞれの走り方を測定し、また真夏の日射も考慮に入れたエアコン運転の影響、冬の寒い朝のヒータ運転の影響、東京や名古屋の大渋滞時の燃費、欧州ではアウトバーン走行を模擬した超高速走行燃費など、社内基準の実走行燃費試験を行ない、燃費向上に取り組んでいました。しかし、いずれの国、地域でも、広報、宣伝活動には、公式燃費を用いるのがルール、社内試験法の実走行燃費やCO2排出値は学術論文でしか扱えません。表示できる公式燃費の向上に取り組みながら、さまざまな使い方、走り方での実走行燃費の向上も評価しながら開発に取り組んでいることをご理解いただきたいと思います。