ドイツの脱原発政策とEモビリティ政策
欧州で進む脱原発の潮流
福島原発事故の影響がじわじわと世界のエネルギー政策、原発政策見直しへと波及しています。まず、いち早く動いたのがドイツ、メルケル政権で、6月6日の政府閣議で2022年までに全ての原発の運転を止め、脱原発を国策として再決定することを決定しました。
この動きに大きく影響を及ぼしたのが、3月27日にダイムラーやポルシェ、ボッシュなどドイツ自動車産業の拠点であるスツットガルトを州都とする南部バーデン・ビュルテンベルク州の州議会選挙で、環境保全、反原発を旗印とする「緑の党」が第2党に大躍進し、第3党となった社会民主党と連立を組み、1980年の「緑の党」結党以来、初めてとなる州首相の座を手にしました。ライン側沿いにある、この州には現在4基の原発があり、またフライブルグ、カールスルーエと欧州環境首都にも選ばれている環境保全活動に力を入れている都市も多く、反原発を旗印とする、「緑の党」の強い地域です。しかし、連邦与党のキリスト教民主同盟が長らく州政権を維持していた「保守王国」だっただけに、この衝撃は大きく、連邦メルケル政権としての原発廃止の決定に大きな影響を及ぼしたものと思われます。
ドイツでは2002年に社会民主党を中核とするシュレーダー連立政権が2022年までに原発を全て廃止する脱原発法を制定しました。 しかし2009年に成立したメルケル政権では、地球温暖化緩和政策として脱原発政策の実施を先送りし、昨年には古い原発の運転延長を決めた矢先の、大きな政策転換です。
ドイツは、これまでも風力発電や太陽光発電など、リニューアブル発電の拡大政策をとっており、他国に先駆けてそのリニューアブル電力全量を高額で買い取る「フィード・イン・タリフ(FIE)制度」を導入、太陽光発電の普及を加速させてきました。この買い取り分を一般電力価格に転嫁するため、欧州の他国に比べると日本並みの割高な電力料金の水準になっています。ドイツの電力Mix(発電のエネルギー源別の比率)では、FIT制度などにより、リニューアブル発電は16.5%をしめるまでに拡大し、現在の原発シェア22.5%と合わせ、39%がゼロカーボン発電になっていましたが、まだ42.1%が石炭火力です。このため、単位発電量あたりのCO2排出量は、アメリカよりも少ないものの、日本よりもかなり多い水準にあります。
さらに、現在も原発主体のフランスから電力を輸入しており、国策としての脱原発との整合性、さらなるリニューアブル電力比率の拡大と発電電力の低カーボン化には、電力料金の値上げが必至、さらに安定供給にたいする懸念の声が上がっています。リニューアブル発電拡大では、現在の16.5%から、2020年に40%へ引き上げる方針を打ち出しています。
市民の思想の変化を早く吸い上げるドイツ
この脱原発政策決定までのプロセスを見ると、大震災後の3月14日に、メルケル首相は1980年以前に建設され、今も稼働中の原発8基の運転停止を決め、その上で原発安全性についての徹底的な検討を指示し、3ヶ月後にはその後の原子力政策を決めると発表している。その発表を受けて、「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」を設置し、広く意見聴取を行い、4月中旬には連邦を構成する16州の首相を招聘したドイツ・エネルギーサミットを開催し、その場で原子力からの撤退を正式に発表している。この間の委員会での意見聴取、議論も公開されています。この発表の後になりますが、4月28日には、倫理委員会の公聴会が開催され、さまざまな議論が闘わされ、原発からの撤退をナショナルコンセンサスとしようとするまとめが行われています。速いペースで公開議論もしっかり行われています。
日本は、震災復興への取り組みが最大の政策課題ではありますが、この時期に政局騒動まで起き、迷走を極めています。喫緊の課題である運転中である原発の安全性見直しとその見直し対策の安全性議論も不十分、政治決断とはいうものの、停止後のその後すら何も方向が示されないままの中電浜岡原発の運転停止要請、さらにはその政治決断からの当然の帰結として、定期点検などで停止中の原発運転再開に対して、地方自治体からの安全担保要求とその保証ナシでの運転再開拒否などにより、代替策議論も全くないまま、来年の年初には原発の全面運転停止に入りそうな雲行きです。
ドイツの動きとの対比として、政も官も機能不全を引き起こしている今の日本の行く末がさらに心配になってきています。原発の将来、リニューアブルエネルギー拡大、脱石油、将来低カーボン石炭発電など、国としての将来エネルギー戦略、環境戦略のナショナルコンセンサスなくしては、日本が得意とするエネルギー技術、環境技術の方向が定まりません。激烈な国際競争を勝ち抜いていくには大きなハンデとなってしまうことは、太陽光発電セルにおける日本メークの急激なシェア低下、風力発電機開発での立ち後れで明らかでしょう。
政策の変化を確認する術に乏しい日本
次世代自動車も、脱石油、低カーボン化の動きの中で、外部電力利用プラグイン化、もしくは水素化、バイオ燃料へのシフトを急ぐことが求められています。従来以上に国のエネルギー・環境戦略の中で、産業、民生、電力など他セクターと整合するシナリオが求められ、実現に向けての総合的な技術開発戦略がより重要になってくるように思います。
ドイツでは、この脱原発の動きとリンクするように、エネルギー・環境政策の重点政策として電動自動車普及推進を目指す、Eモビリティ政策が閣議決定され、その答申レポートが先月発表されました。これまでも、風力と太陽光に加え、バイオマスなど、リニューアブルエネルギー拡大政策の中で、自動車の電動化と水素を燃料とする燃料電池自動車シナリオが将来自動車のナショナルシナリオとして決定されていましたが、脱原発政策とリンクした国家エネルギー戦略の中核として提案されています。
負荷変動の大きな風力発電や太陽光発電比率を拡大していくためには、その変動抑制のためにも、エネルギー貯蔵源が必要になってきます。そのため、そのエネルギー貯蔵源として、北東部地区での揚力発電所の増設とともに、定置型電池と自動車用電池をエネルギー貯蔵源とする、スマートグリッド構想の実現でカバーしていきましょうとの構想です。
このコア技術として、エネルギー貯蔵用次世代電池、電気自動車用電池、そして情報ネットシステムを活用したスマートグリッド技術を重点分野とし、またそのスマート電力網に繋がる充電ステーションと充電方式を国際標準推進分野と定め、世界をリードすることを目標とするナショナルプロジェクトとしてのスタートを謳っています。
このEモビリティプログラムでは、2020年までに100万台の電気自動車を走行させることを目標に掲げ、そのクルマおよびバッテリについては、外国メークからの独立が不可欠と述べています。この定置用電池及び自動車用電池については、まだキャッチアップが可能として、この分野の基礎R&Dに今年度だけで3800万ユーロの資金助成を決定しています。
日本でも、昨年6月に経産省がおこなった「次世代自動車戦略研究会」での検討結果をとりまとめ『次世代自動車戦略2010』 レポートを発表、ドイツEモビリティシナリオと同様に、自動車電動化と、そのコア技術である電池、さらに充電インフラ、スマートグリッドにも言及していますので、ほぼ同じ方向のシナリオには見えます。しかし、研究会での議論は非公開、レポートだけの判断では、関係業界の思惑をまとめた総花的シナリオに思えます。自動車の電動化を巡る、激烈な国際競争時代への突入と、自動車もエネルギー・環境ナショナリズムの激突の嵐に巻き込まれてきているとの認識が足りないように思います。
ドイツはEモビリティプロジェクトで述べたように、次世代のクルマおよび電池を外国メーカーからの独立が不可欠としています。ここで意識している外国メーカーは間違いなく日本メーカーです。外国メーカーからの独立と述べながら、ドイツ勢が技術提携相手として韓国電池メーカーと結んでいることにも注目する必要があります。
自らを知り、更にそれをうまく用いてこそ
エネルギーや環境政策だけではありませんが、福島原発事故後の各国政府の動きをみても、ドイツ、フランス、アメリカの迅速な対応、安全見直しのアクション、脱原発に踏み切ったドイツの透明な議論と素早いディシジョン、原発政策継続を表明しているフランス、アメリカも安全性の総点検とともに、福島原発事故沈静化にむけ、日本に対する強力な国を挙げての支援表明など国としての速いディシジョンと行動が印象的です。うらやましがってもしょうがありませんが、すばやい動きを示しています。
しかし、このような動きをしっかりみていくと、まだまだ日本の自動車電動化技術のアドバンテージを意識し、その裏返しとしての外国技術からの独立、国際標準化をリードと政治的に言っている節も感じられます。ドイツの電力会社はリニューアブル電力拡大政策への対応として、Eモビリティ政策には大賛成で、またボッシュやシーメンスなど部品会社大手やデグサなどの材料メーカーもこの機会にビジネス拡大を目指しています。しかし、自動車メーカーのハイブリッドや電気自動車への本気度にはまだ?がついて回り、さらに電力供給面でも脱原発と古い石炭火力の廃止を進め、原発主体である輸入電力を減らしながら、新たな新規需要である自動車走行用エネルギーとしての電力をどのようなシナリオで行うのか不透明感が拭えません。
Eモビリティプロジェクトの議論でも、日本やフランス同様、電気自動車は都市内のコミューターへの棲み分け論が力を得てきたようです。しかし、アウトバーン網が整備されたドイツで自動車の電動化は絵に描いた餅、Eモビリティプロジェクトの実現にはハイブリッドとそのPHVは不可欠、その取り組みではまだまだ本気度を感じられるものはない印象です。
しかし、技術進化の歩みを止めては、さらに将来を見据えた上でのお客様目線を外しては、また将来マーケッティングセンスと速いディシジョンがなくては、この激烈な競争には勝てません。
国際標準リードも、技術屋、EV屋、電力屋、環境屋の自己満足ではなく、ユーザ-のアクセプタンスとその上での将来マーケットをしっかり考え、安全で、安価なものを、逸速く知恵を絞り来て創り出していくことが基本です。いまの日本政界/官界を真似ず、ヒラメのように上だけを見ず、人間主義、現場主義、現地現物、その人間と取り組みを見切り、さらに「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」情報に溺れず、本物の情報を掴み、速いディシジョンを行うことが、日本のアドバンテージを生かすことと信じます。日本の自動車頑張れ。