”ゼロカーボン、ゼロエミッション”は金になる
星 博彦
昨年までに欧州各国政府が2050年以降のネットゼロ宣言を行い、さらに昨年末になって、中国の習主席や、日本の菅総理も追随し、今年は、バイデン新大統領も同様な宣言をすると見られている。このような背景から、今年に入って一気に気候変動対応に関する議論がビジネス界で過熱化している(1)。ただ、“グリーン”とか、“ゼロカーボン”と関連する言葉をちりばめた、内容のない、いわゆるグリーンウオッシングも横行(2)している。
これに伴い、主要な国際金融業界も気候変動に重点を置いたESG投資の重要性を声高に主張し始め、 欧米の石油業界、自動車業界も気候変動に関して独自の目標を設定して、気候変動への対応をアピールする動きとなっている。
ただ、石油の価格は下図の様に直近で再度上昇を始め、石炭、天然ガス価格も2018年前後でピークを打ったあと、下落傾向が続いてきたものの、直近では急上昇している。
言い換えれば石油、石炭、天然ガス、など温暖化の主犯と見られている、いわゆる化石燃料のビジネスが皮肉な事に、気候変動ビジネスの議論の高まりとともに並行して好転の兆しを見せているのが2月に入ってからの動きだ。
エネルギー価格は従来から短期的に乱高下を繰り返してきたので、これが中・長期的な傾向だとはとても言えないが、少なくとも短期的な利益を求める投資家は、環境派がなんと言おうが化石燃料企業の株を買い、昨年はさんざんだった石油・ガス株も一時的とは言え復活する可能性もある。
同じ化石燃料と言っても、石油は発電でのシェアは小さく、逆に石炭、天然ガスはほとんどが発電用で、その用途は大きく異なる。
その石油に自動車はエネルギー源として大きく依存している。しかし、EU、欧州各国政府は、気候変動問題に取り組む姿勢を明確にし、昨年から厳しい自動車排出規制を実施し、その対応で自動車メーカは四苦八苦している。さらに、将来はガソリン、ディーゼル車の販売を禁止する国もある情勢だ。
最大手のフォルクスワーゲンは2020年燃費(CO2)目標を達成できず、罰金を払うはめになっている(3)。その他の自動車メーカは燃費クレジットを他社から購入するなどして何とか目標を達成したようだが、今年以降もその規制が強化され、この先も厳しい状況だ。そのため、各社とも今年以降、電気自動車のモデルを相当数増やす事で、低CO2車の販売数を確保し、企業平均燃費規制達成する計画だ(4), (5)。
自動車業界と同じ消費者を顧客としている既存の石油業界は金融、収益面でも2020年以来パンデミックの影響を強く受け、さらに長期的には各国の気候変動対応政策によって年々より厳しい状況に置かれていた。しかし、現段階では、原油価格の高騰で業績は急速に好転する見込みだ。
一方で、リニューアブル業界や、電気自動車業界はパンデミックによる収益への影響はほとんどなかった。このような新業種にとり、気候変動の政治・経済への影響拡大は既存業界とはあきらかに異なり、大きなビジネスチャンスとなっている。
現時点では、このような新興企業は既存業界に比べて収益面から言えば遠く及ばないが、資金を集め、膨大なマネーフローを生みだし、企業価値としては、既存の大手企業を大きく上回るケースも目立つ。テスラが企業価値でトヨタを大きく上回った成功事例(?)はその最たるものだが、多くの投資家が新たな気候変動対応の新興企業への投資を増やしている。
欧州政府もパンデミックからの回復資金を“グリーン復興(Green Recovery))と称して5000億ドル相当の国債を発行するとも言われ、気候変動に関する資金がパンデミックからの回復と合わせ大きな資金の流れを今年は作りそうだ。バイデン政権は今回の1兆9000億ドル政策の主体としてパンデミックからの復活を強調しているが、気候変動対応へも莫大な資金が流れる可能性がある(6)。
言い換えれば、気候変動対策の名目であれば、政府も大きな資金的支援をしやすく、その結果、景気を刺激する事ができる。正に、気候変動は政府にとっても企業にとっても”金になる一石二鳥“状態になっており、看板の温暖化防止政策で各国民にアピールしながら景気を上向かせる事ができる魔法の言葉になっている。
ただし、自動車技術の面から言えば、ガソリン、ディーゼルエンジン技術の蓄積がない中国や、ディーゼルに固執し過ぎ、低排出ガス、低燃費などの技術で遅れをとった欧州メーカ、さらにはベンチャー企業が、技術的バリヤーの低い電気自動車を大きなビジネスチャンスとしてとらえている。
その結果、ライフサイクル(Well to Wheel)でのCO2削減は期待以下であっても、電気自動車を最優先にして推進。一方、CO2削減を大幅に減らしてきた実績はあるものの、欧州メーカにとっては、コスト低減を含む技術的バリヤーが高い日本のメーカが得意とする燃費低減技術やハイブリッドを欧州では政府の排除する姿勢が強く出ている。
EU政府は欧州自動車メーカを厳しい燃費規制=気候変動対策で痛めつけているのではなく、鞭をいれて欧州自動車ビジネスの立て直しを図っているとも考えられる。
内燃機関の構造、排出ガス浄化装置など、周辺技術の複雑さに比較し、電気自動車は構造が大幅にシンプルだ。航空機の第2次世界大戦当時の主流であったガソリンエンジンが短期間でジェットエンジンへの転換が進んだのと同じで、技術面からも電気自動車への移行は必然と言える。
いくら技術開発が進んでも、ガソリンや軽油のエネルギー密度に比肩するべくもないバッテリーだが、各国政府の補助政策や、コスト低減で実用性能をある程度犠牲にしても、ユーザが受け入れ可能な性能、コストになる可能性が大きくなってきた(1)。
以上
(参照資料)
(1) ESG格付け、グリーンウォッシングに悪用懸念
Reuters ’21/01/29
EU watchdog says rules needed to avoid ‘greenwashing’ of ESG ratings
https://www.reuters.com/article/idUSKBN29Y1U7
(2) グリーンウォッシングがオンラインストアで横行
Reuters ’21/01/28
Greenwashing’ is rampant in online stores, consumer authorities find
https://www.reuters.com/article/idUSL4N2K339R
(3) 2020年EU規制未達でVWが罰金支払い
VW hit with fines for missing strict EU emissions targets
https://www.ft.com/content/22514024-554b-482b-bc4f-25557ab0571d
(4) GM、2035年にガソリン、ディーゼル車の販売を終了
Financial Times ’21/01/29
GM aims to end petrol and diesel sales by 2035
https://www.ft.com/content/ea49d8cc-0e40-4dcd-ab60-0decc7146f5a
(5) メルセデス、EV収益を内燃機関車と同等に
Financial Times ’21/02/08
Mercedes’ electric profits to match those for combustion models by end of decade
https://www.ft.com/content/6021706c-4f00-4547-9082-20e1d1d2d540
(6) バイデン巨大投資の経済への影響
Financial Times ’21/02/16
Joe Biden’s huge bet: the economic consequences of ‘acting big’
https://www.ft.com/content/49ca176d-8fa4-45a9-8c77-c837d1ad8e39