米国環境保護局(EPA)広報官の愚痴? 「公式燃費値が良いのは高燃費値を出せる腕をもったメーカーのドライバーのせい?」

10月初めのアメリカの自動車関連ニュースサイトに表題の記事が載っていました。たびたび問題となっている、カタログ燃費とユーザー燃費とのギャップについてのEPA広報担当官のコメントをとりあげた記事です。

EPA chides automakers’ fuel economy test drivers for being ‘too good’

「米環境保護局(EPA)の広報官がメディアに対して、技能の高いドライバーであれば燃費計測時のアクセルやブレーキをスムーズにすることによって高い燃費値を出すことが可能とし「自動車業界は非常に腕の立つドライバーを雇用しており、我々はそれに気づいている」と述べた。こうしたことが、EPA 公式燃費と実世界での燃費の乖離の原因の一つになっているとしている。」

近年アメリカでは、EPAが認可を与える公式認証燃費とユーザー燃費とのギャップ、EPAに申請値として提出する社内公式試験結果の報告ミス?とその下方修正、商品評価誌コンシューマレポート社が定めている実路燃費試験法と公式認証燃費とのギャップ問題などが相次いでいます。

今回のコメントはこのギャップが大きいことを責められているEPAの悲鳴・愚痴がこぼれたもののように思えます。このブログでも何度か取り上げたことがありますが、アメリカ・欧州・日本の公式燃費試験法・公式燃費算定方式の中ではユーザー燃費調査を行い、その算定方式をそのユーザー実燃費の平均にできるだけ近づける修正をおこなったアメリカの公式燃費が同じクルマでも一番燃費値の低い(燃費の悪い)値となっています。

悪い数字が出るようにしているアメリカの燃費試験法

訴訟の国アメリカでは、以前からも公式燃費とユーザー平均燃費のギャップを問題としてEPAが訴えられ、1980年代も実態調査を行い、試験法はそのままで「エイヤッ」と修正係数を決めその値を使って試験燃費を修正し公式燃費として公表してきました。

その修正係数を使っても、プリウスのようなハイブリッド車、従来車でもアイドルストップやCVTなどを使う燃費チャンピオン車では公式燃費値とユーザー平均燃費値のギャップがだんだん大きくなり、EPAにユーザーの苦情が集中し再びこの公式燃費算出法の修正が行われました。

当然ながらユーザー燃費は走り方、季節、地域によって大きくばらつきます。その平均に使づける方法として、EPAはそれまで燃費計測用しては使わなかった通称オフモードと呼ぶ、低温時、公式試験モード外での急加速、高速運転、エアコン運転でエミッション性能が公式試験から大きくはずれないかをチェックする試験での数値も利用して修正する方法を考え出しました。

これがユーザー平均燃費に近づく理論的根拠はありませんが、燃費悪化が多い試験結果を使うとこの悪い燃費値に引っ張られどんどん悪い側に修正されるというマジックです。この結果として、日本のJC08や欧州のEUモードにくらべて低い燃費値となってユーザー燃費に近づきめでたしめでたしだったはずですが、自動車の燃費向上によってそれでも燃費ギャップが生じ始めて再びそれが責められ始めているのが現状です。

アメリカの燃費試験で体験したこと

この公式試験は申請メーカーの社内試験結果も申請値として使われることもありますが、公式にはデトロイトの西、アナーバー市にあるEPAの排気ガス試験場で行われる試験結果が使われることになっています。しかしながら、新型車、マイナーチェンジ車など発売を前に認定・認可の受験車両が膨大になり、またオフモード試験の追加、給油時のエミッション規制、排気ガス浄化装置の故障診断装置搭載規制など、次々と新しい規制とそのコンプライアンスを判定する試験法が導入され多くの公式試験をEPA排気ガス試験場で行うことは実際には不可能です。

私が米国向けクリーンエンジン開発としてこのような認定試験にも関わっていた1980年代でもEPA排気ガス試験場に持ち込み、そこで試験を受けるのは全体の50%で、残りは社内試験結果の申請値を使うことになりこれを試験がウエーブされたと呼んでいました。実際の持ち込み試験で何が起こるかわかりませんし、今回のニュースの例ではありませんが、EPAラボへの持ち込みではどんな技量の試験ドライバーに当たるかわかりません。またEPA排気ガス試験場のシャシーダイナモによっても燃費試験結果にばらつきがあり、持ち込み試験になるとどのシャシーダイナモで試験をされるかどうかに一喜一憂することもありました。

確かにこのシャシーダイナモ試験を行う超ベテランのドライバーの運転ではばらつきが少なく、なれないドライバーの試験に比べると良い燃費結果となります。このため、ウエーブされるとこの超ベテランドライバーが行って試験結果が採用されますので、ほっとしたものです。

公式試験の走行状態は逐一トレースされ、ある車速範囲を超えるとその試験自体が「ボイド」すなわち試験無効という結果が出て、試験のやり直しとなってしまいます。走りだしの微妙なアクセル操作、加速からクルーズ移行へのスムーズなアクセル操作、もちろん急ブレーキは禁物、アクセルからブレーキの踏みかえでのチョン踏みですらちょっと強すぎるだけで指示車速から逸脱してしまいボイドです。

試験ボイドにさせない範囲での微妙なアクセルとブレーキ操作は当時も超ベテランの試験員の神業のような運転技能には驚かされたものです。

しかし、毎年各社持ちまわりでクルマを提供し、EPA排気ガス試験場、各社公式排気ガス試験場のシャシーダイナモ、排気ガス分析設備のクロスチェックを行い、その相関チェック、その相関を維持するメンテナンスを行います。当時の記憶では、EPAのドライバーもわれわれ超ベテランドライバーとほぼ同等のスキルを持っていたように記憶しています。

今回の話のような、このスキルの差が公式試験燃費で差が広がる原因というコメントは、EPAドライバーの質が大きく落ちたのでなければ、真に受けることはできません。ギャップ問題が騒がれることへの言い訳に感じます。

燃費表記はそろそろ頭を切り替える時では

昨年の現代自動車の燃費ギャップ問題は、社内申請値の記載ミスとして下方修正されましたが、コンプライアンス試験の量が膨大になり、EPA排気ガス試験場の試験能力をはるかにオーバー、さらに燃費修正試験に使われる低温から日射ありの高温まで試験のできるシャシーダイナモ設備が必要になるなど、試験設備能力からもウエーブされる試験数が増え、社内申請データが多く使われることとなり、そこに申請値記載ミスと称する間違い、不正が入り込んできていることが最大の問題と思います。

一つの試験法で大きくばらつくユーザー燃費の平均を求めることはしょせん不可能で、アメリカ方式では、どんどん試験が複雑になり、設備費用も開発工数も、さらに開発期間すら長くなってしまいます。以前の10モードや10-15モードのようなギャップ大では、車両購入時の指針にすらなりませんが、ユーザー平均に近づけるやりかたは程々にして、試験ばらつきが少なく、短時間でクルマの燃費ポテンシャルを公平に評価するための物差しと割り切ってもよいのではないでしょうか? 

今こうした国際統一基準としての物差しを決めようとする国際連合傘下の活動として、自動車国際基準調和(WP29)の中で自動車排ガス、燃費試験法の制定が進められています。
この試験法は近いうちに登場予定で、国際統一試験法として期待していますが、日本と欧州はこの統一試験法にまとまりそうですが、中国はすでに独自試験法制定を宣言し、またアメリカもユーザー平均燃費に近づけることにこだわっておりこの試験法を採用する可能性は少ないようです。

発売前の認可・認定時に、ただでさえ走行条件・環境条件、さらには車両・エンジン・パワートレーンの種類、採用低燃費技術によっても変化するユーザー燃費の平均値を近似する公式燃費を求めることは、そもそも不可能です。それならば、公平に同一条件で比較する物差しとしてこの国際統一試験法を販売時には説明付きで使用し、販売後に実使用のそれぞれのクルマの実走行燃費を集め、いわゆるビッグデータの解析からそのクルマの実走行燃費ポテンシャルを求めこれを公式燃費として認可・認定時の燃費ギャップとともに公表するのも一つの考え方かもしれません。 

今のクルマでは、精密な燃費計測、走行状態計測、その診断は車両の制御情報を使うとそれほど難しいことでありません。個別車両では、燃費診断からクルマの故障診断、ビッグデー解析によるユーザー平均燃費とのギャップ分析、エコ運転診断、エコ運転指南などゲーム感覚で実走行での低燃費につなげることも期待ができそうです。

しかし、なにもかにもエコ運転ばかりをお勧めするつもりはありません。安全が第一ですが、時には空いて見通しの良いカントリー路でアグレッシブな運転を楽しむのもクルマの楽しみ、ただしこの時に多量の燃料を消費してしまったことを確認し、反省することもお忘れなく。