デトロイトの財政破綻

先日、「自動車の街」デトロイトが連邦破産法第9条の申請を行い、財政破綻したというニュースが報じられました。ビッグ3が本拠を置き(GM、クライスラーは市内に、フォードは近郊都市のディアボーンに本社を置いています)、過去にはまさに自動車産業の首都とされていた同市が破綻したという事は、驚きを持って迎えられたようです。

今回は八重樫尚史がデトロイトの破綻について、取り留めもなく書いていこうかとおもいます。今回のニュース、私個人としては、別段に驚きもなかったというのが本音になります。デトロイトの凋落傾向は、昨日今日の事ではなくかなり長期に渡ったものであり、都市人口の低下や治安状況の悪化などについても、数十年前から続くものだったからです。

私は1978年生まれですから、私はその黄金期は知らず、デトロイトは常に衰退を続けてきたとの印象を抱いています。

映画で描かれるデトロイト

父が自動車エンジニアということもあり、私がデトロイトという名を覚えたのはかなり幼少の頃でした。アメリカの都市としては、ニューヨークやロサンゼルスと同じく最初に覚えた地名です。名前を覚えたのは小さな時ですが、物心が付きどのような都市かが解るようになったころには、デトロイトという名には既にかなり影が指していました。

1980年代、日本でデトロイトが登場するニュースのタイトルの多くは「日本車バッシング」の話題でした。そこでは、日本車を巨大なハンマーで壊す人々の映像が繰り返され、まだ経済概念の解る年齢ではありませんでしたが、アメリカと日本が経済的な対立をしており、またそのニュースの背景に映るデトロイトが荒んでいたというのは明確に覚えています。

1980年代に公開された映画で、デトロイトを舞台にしたものに『ロボコップ』があります。『ロボコップ』の映画の設定は2010年で、デトロイトが更に荒廃した後を舞台としています。『ロボコップ』はそのタイトルや主人公のビジュアルからヒーローものに見えますが、凄惨な暴力描写と、当時SFの中で興隆していた人間と機械の融合を描いた「サイバーパンク」的な要素から、カルト的な人気を博した作品です。

2010年のデトロイトが荒廃し犯罪都市となっているというは、ほぼ現実となりました。(治安悪化の原因の一つに、税収不足による警察官の人員不足があるため、これを民営化しようというのも意外と奇想天外のアイデアでは無いのかもしれません。)この映画の設定にリアリティがあったという証左でもありますが、一方でこの映画を撮られている時点でも、こうなることは予見できていたという事でもあります。デトロイトの自動車産業の凋落は既に1970年には顕在化しており、また「ホワイト・フライト」と呼ばれる比較的富裕な白人層が都市郊外へ転出し、都市部には貧しい層が残され、都市部と郊外の隔絶やさらなる治安悪化を招くといった現象は1960年台末には始まっていたともされます。

他にも映画で言うと、私が見たデトロイトを舞台とした映画としてはエミネムを主役した『8マイル』、クリント・イーストウッド監督・主演の『グラン・トリノ』等があります。『8マイル』では白人ラッパーのエミネムの視点からデトロイトにおける富裕層と貧困層、白人と黒人の生活圏の断絶が描かれ、『グラン・トリノ』ではデトロイトの郊外でポーランド系移民の元自動車工とモン族(ベトナム系移民)の少年との交流から、古き良きアメリカ製造業の衰退と世代交代が描かれています。

アメリカの製造業の衰退の中のデトロイト

デトロイトの破綻を報じるニュースでは、日本メーカーによる侵攻によってビッグ3が凋落したことによって負の連鎖に入ったという論調が殆どでした。これは外形的にはその通りですが、デトロイト破綻を理解するにはそれだけでは足りないような気もします。

デトロイトの位置する五大湖周辺は古くよりアメリカの工業の中心地として発展してきたエリアです。五大湖の水運と鉄道路を利用し、ダルース近隣の巨大な鉄鉱山から採掘された鉱石を、ピッツバーグやバッファローといった鉄鋼の街で製鉄し、デトロイトなどで車のような商品を作る。というのが20世紀中頃までの、アメリカの製造業の本場の姿でした。

しかしビッグ3の凋落よりも早く、五大湖周辺の鉄鋼産業は衰退を迎えます。鉄鉱山の枯渇ではなく、鉄鋼需要の衰退と質の低下などによるものとされています。こうした中で、ピッツバーグ等の鉄鋼の街もデトロイトと同じく、雇用の現象と治安悪化に見舞われます。

産業規模としては自動車と比較しても急速な衰退を迎えたと言え、またピッツバーグの都市人口もデトロイトと同じく1950年台をピークに半分以下となっています。デトロイトは1950年台の人口は約180万人だったのが現在約70万人となったのと同じく、ピックバーグは約67万人が30万人となっています。

デトロイトの凋落はこのように視点を少し離して見ると、自動車産業やデトロイトという特殊な要因によってではなく、五大湖周辺の製造業の没落の中で位置づけられると思います。ご存知のようにアメリカではその後、興隆した情報産業や金融業などが経済の牽引役となっているのが続いています。

しかしながら、再び視点を近づけてみると今度は五大湖周辺都市の中でのデトロイトの立ち位置と、本当の問題点が見えてくるように思えます。鉄鋼の街ピッツバーグは同じように衰退し苦しんでいるのかというと、決してそうではありません。ピッツバーグは鉄鋼産業の衰退を受けて、他のサービス業やハイテク産業等に産業構造を変革し、アメリカの中でも有数の経済安定性を持った街とされています。2009年にG20サミットがピッツバーグで開催されたのも、製造業の復活の街であるピッツバーグで開催しようと、オバマ政権が急遽予定を変更したからでした。

五大湖周辺の工業都市の間でも、このように施策の違いによって都市間の格差が生まれています。デトロイトの破綻はこうして見るとデトロイト市が、この地域での自動車産業の衰退を予見しながらも、産業構造変換を出来ずにまた社会問題に抜本的な解決策を見出すことが出来なかった為に起きたことと言えると思います。大きな流れとして自動車産業の衰退は主要因ではありますが、破綻までに至ったのは市を代表とした公共団体の施策の誤りの積み重ねと言えるでしょう。

ただし、ピッツバーグと比較してもデトロイトは大都市であり、また自動車産業が曲がりなりとも経済の中心にあり続けていたという状況、またビッグ3の破綻の大きな要因であった莫大な年金や社会保障費の問題など困難な課題が多かったのも事実で、今回の破綻申請もビッグ3と同じくそうした足枷を外したいとして申請したものなのも見逃してはならないと思います。

製造業の再生に向けて

さて、地方公共団体の破綻というと、日本では夕張市の破綻が記憶に新しい所です。こちらは炭鉱の衰退によって破綻に導かれて行きました。大都市のデトロイトと違い、人口の少ない地方都市でしたので顕著な治安の悪化が起きてはいませんが、産業の喪失による人口流出というのは同じ現象です。また夕張等に代表される衰退した日本の都市とデトロイトの共通点としては、箱物に頼った再生プランというというのも共通しています。成功例であるピッツバーグには、有数の大学であるカーネギー・メロン大学が存在し、箱物ではない人材の供給源があったというのは示唆的かもしれません。

デトロイトの破綻は50年にも渡る衰退の末のことでした、サービス業等と比較しても製造業はその裾野が大きいだけに大きなトレンドが一度起こると、その影響は長く大きな影響を持ち、容易にはその流れを替えることが難しいものとなります。

先日の参院選では争点があまりにも散漫なものとなりましたが、勝利した自民党へは「アベノミクス」の経済政策への支持、また議席を伸ばした共産党へは雇用の安定への支持があったとされています。

これは日本特有の現象ではなく、多くの主要国で最も重要な政策は経済政策と雇用の安定となっています。今年第2期に入ったオバマ政権が年頭の一般教書演説で訴えたのは、アメリカの製造業の復活でした。方策としては次世代技術への研究投資資金を投入し、新しい製造業をアメリカで復活させようとするものです。日本では「アベノミクス」の第3の矢である成長戦略がそれを相当するのでしょう。

どちらとも成功するのかどうかは解りません。しかしながらデトロイトが辿ったような衰退を起こしてはいけないというのは、皆に共通するのは間違いありません。デトロイトが長期的な衰退を食い止められなかったように、製造業においては一時的で近視的な政策ではその大きな流れを食い止めることはできません。長期的な視野に立った政策の実行を期待しています。