ハイブリッド技術発表から15年

はじめに

 今日、省エネルギーと地球温暖化防止に資するため、CO2排出量の削減が国際的な課題となっています。自動車にとってのCO2削減は、燃費を改善、向上することであり、排出ガス清浄化や安全性確保とも両立することが必要です。
 トヨタは、クリーンで安全な商品の提供を使命として、かねてより、環境問題への対応を最重要課題のひとつとして位置付け、住みよい地球と豊かな社会づくりに全力をあげて取りくんでまいりました。(中略)

 この度、トヨタは、乗用車用の新パワートレーン「トヨタハイブリッドシステム(以下THSと略す)」を完成させました。これはガソリンエンジンとモーターを組み合わせた動力源で、EVのような外部充電を必要としないため既存のインフラストラクチャーに適合しており、また従来のガソリンエンジンの概ね2倍の燃費達成が可能なシステムとなっています。
 1997年1月、トヨタは『トヨタ エコプロジェクト』の推進を宣言いたしました。この中で、地球温暖化防止のためCO2排出低減という課題への取り組みとして、燃費2倍をめざしたハイブリッド自動車(HV)を開発することとしており、今回のTHSの完成は、この目標に大きく寄与するものと確信したします。

これはいまから丁度15年前の1997年3月25日(火)、東京のホテルで行った、トヨタ新技術発表会で配布した解説資料(Press Information ’97)のまえがきの一部です。その年の12月に発売を予定していたプリウスに搭載するハイブリッドパワートレーン(THS)のお披露目がこの技術発表会でした。

トヨタはこの年の1月末から、プリウス発売告知の意味をもたせて「トヨタ エコプロジェクト」キャンペーンをスタートさせていました。そして、この技術発表会はそのキャンペーンの口火を切るものとして設定されました。この発表会こそが今振り返っても、トヨタが自動車のエネルギー・環境問題に真正面から取り組むとの後戻りのできない宣言だったと思います。

『広報にハシゴを外された』

トヨタがハイブリッド車の量産を目指し開発しているらしいとのニュースが流れ始めた1996年の末、当時の広報部の室長から技術部のトップに「リーク記事が出始めており、プリウスは単なる新車発表ではないので、時期は早いが新車告知を兼ねて環境をテーマにキャンペーンを打ちたい」との提案がありました。その時点では、正式デザインの試作車も出来ておらず、当時のコロナプレミオを改造したクルマに暫定試作品を組み合わせたハイブリッド機能検討用のプロト車の走行試験がやっと進み始めた段階でした。

電池を始め、まだまだ量産向けのスペックを決めきれず、肝心の燃費性能も全くの目標未達、走行試験を行っても、さまざまな部署から路上故障など不具合発生報告が目白押し、全く量産見通しもついていない最中での技術発表の決断でした。

ハイブリッドシステム

乗用車用新パワートレーン
「トヨタハイブリッドシステム」
1997年3月25日(火)
新技術発表会配布資料より

図は、その配付資料につけたメディア用写真の一枚で、エンジンとハイブリッドトランスミッションカットモデルです。まだUSBメモリーやCDロムでのデジタル資料の配付はなく、配布資料とこのような写真を何枚かつけて参加者にお渡ししたと記憶しています。

広報チームは、車両主査やハイブリッド担当の我々に話を持ってくる前に、既にトップの了解を取り付けていたようでした。私は正直言って「これはハシゴを外されたな」との印象を持ちましたが、プリウスの車両主査もやれるならやろうとの意見で、この提案を開発チームに持ち帰ってそれぞれのチーフクラスに、今の状況とこれからの見通しを詰めてもらい、彼らの本音の感触でやれるかどうか判断することにしました。

この時期、私としては、残り1年、来年の12月までに仕上げられるかどうかの確信は全くありませんでしたが、時間をかければこのハイブリッドシステムをモノにできるかもしれないと感じ始めた時期でした。やっと、システムの基本部分が固まり、ハイブリッド部品やクルマの生産準備にゴーをかけた段階、その仕様で冬の商品品質を確認できる、最初で最後の寒冷地試験準備に入っていた時期です。

この新技術発表の目玉は、燃費2倍の乗用車用新パワートレーンです。この燃費2倍というのがこのプリウスの社内開発目標であり、当初は国内の公式燃費試験10-15モード燃費としてカローラクラスの約2倍、切りの良い数字として、リッター30kmとしていました。ただし、この値は企画段階の計算値で、クルマの重量も仮、ハイブリッドとしての効率を左右するモーターや発電機の効率、電池からモーターに電力を送る放電効率、減速回生やエンジン発電での充電効率も仮定のエイヤーと決めた値でした。

リッター30kmの目標は、そのすべての仮定が達成したときに出るかも知れない程度の楽観的な値です。96年末に行った、暫定試作車での測定値は惨憺たるありさま、リッター20kmを少し越えるレベル、チューニングを進めると少しずつ向上するもの、30kmは遙かに高い目標、エコ・キャンペーンとして、新技術を発表するとなると、いわゆる会社としてのコミットメント、その公表する燃費の値はチャレンジ目標では済みません。

チャレンジに挑んだスタッフ達

役員のお墨付きを貰った広報の提案を開発チームに持ち帰り、開発部隊の実務リーダー達に話をし、意見を求めました。開発スタッフが夜昼もなく、開発現場を飛び回り、開発作業をやっている最中です。このようなとんでもない話を持ち帰ってきたことに、総スカン、袋だたきを覚悟しましたが、これは杞憂に終わりました。

チャレンジ精神にあふれた開発スタッフに恵まれました。その多くは、“ここまで来たなら、やるしかない”、“これがやれたら世の中を変えられる”、“これをやり切ると、話題になるどころか事件になる”と、逆に背中を押されてしまいました。

その開発チームと車両チームが合同で、車両軽量化、エンジン、モーター効率、トランスミッション伝達効率、回生効率、タイヤの転がり損失低減など、さまざまな燃費向上メニューを詰め、設計チームと実現性の確認を試合、これから先の燃費改良メニューを詰めに詰めて、燃費2倍、10-15モード28kmの達成は可能との結論を出してくれました。

こうして、新技術発表会にむけた準備がスタートしていきました。その後も最後の最後まで、この28km達成にはヒヤヒヤ、どきどきがありましたが、結果としてはこれ公式燃費試験としても達成し、12月の販売開始を迎えることができました。

3月25日の新技術発表会が、冒頭の配付資料にもあるように、ハイブリッド技術による燃費2倍へのチャレンジ公表と、量産化宣言は、われわれ開発陣にとっても重い重いコミットメント宣言でした。

ここでの表現の燃費2倍、リッター28kmは、日本の公式燃費の算定試験法、10-15モードでの燃費です。これが、カタログで表示できる唯一の公式燃費値であり、これの達成を第1の目標としました。ただし、この配布資料に書き上げたように、目的は省エネ、地球温暖化に資するためですから、カタログ燃費だけではなく、実マーケット、実路で使われる様々な実際の走行での燃費低減が重要であることは、この時も肝に銘じていました。

後戻りのできない瞬間、さまざまな走行条件の中で燃費2倍を目指す開発の原点はここにあったと思います。その後の取り組みも、この公表出来る値としてカタログ燃費向上へのチャレンジとともに、冬のヒータ作動、梅雨時のデフォッガー、夏のエアコン運転、高速巡行など実際の様々な走行燃費の向上に費やし、3代目プリウス、アクアへの発展してきたことが、この時のトヨタのコミットメントへの回答と言えるのではと、当事者OBとして喜んでいます。

「販価50万アップではお客様に受け入れられない」

しかし、まえがきに記述した、「省エネルギーと地球温暖化防止」に資するために、自動車に課せられた課題はいよいよ大きくなってきています。もはや、その頃に比べての燃費2倍で留まっていることは許されません。さらに、ハイブリッドはリリーフ、先は電気自動車、水素燃料電池自動車と言いつのり、今できる実用低燃費自動車普及の先送りをしていては、自動車の未来は暗くなります。エンジン技術、車両技術の進化の余地もまだまだあり、もちろん、ハイブリッドもまだまだ発展途上、それらを組み合わせると、まだまだ燃費向上、CO2削減の余地は大きいとお思います。

新技術発表会に戻ると、当日の発表会のスピーチは、このハイブリッド・プリウスプロジェクトの大ボス、技術部門統括の和田副社長(当時)が行い、その後に技術紹介として、私がプレゼンテーションを行いました。この時のプレゼンテーション内容、質疑応答は今ではほとんど覚えていません。その後の総合Q&Aで、車両販売価格に対する誘導質問に対し、和田さんから販価アップ50万もつけたらお客様には受け入れてもらえないと回答され、それが大きく取り上げられたことだけを鮮明に記憶しています。エコ性能と物珍しさだけでは、普及拡大が果たせないことは事実ですが、この時点でお客様に受け入れていただく販価となるとまだまだ高いチャレンジ目標、燃費2倍へのチャレンジ同様、休む間もなく原価低減へのチャレンジが命じられるとの恐れを抱きました。まさに予感通り、それから15年が経過しました。

初代プリウスをスタートとする、トヨタハイブリッドシステム搭載車の累積販売台数はまもなく400万台を突破しようとしています。それでも世界自動車保有台数10億台の0.5%、「省エネルギーと地球温暖化防止」に資するためのスタートの一歩に過ぎないことを、日本の自動車のエンジニア、経営者には肝に銘じていただきたいと思います。