ピークオイル論と将来原油価格予測

昨日(11/17)の朝日新聞に、「廉価な石油の時代終わった」との見出しで、国際エネルギー機関(IEA)の事務局長をされている田中伸男氏のインタビュー記事が掲載されていました。それによれば、世界はピークオイルの時代を迎えており、安価に石油を採掘できる既存油田からの供給量が減り、高度な採掘技術を要する割高な油田への依存が高まり、さらに将来の需要増大を考慮に入れれば石油価格が2009年平均のバーレル(約160ℓ)$60から2035年には$113へと上昇すると観測されているようです。

進む原油高騰、迫るピークオイル

2008年の世界金融不況の余波によって2009年にバーレル$40台で底を打った原油価格は、日本にいると同時に進んだ円高の影響でガソリン小売価格が上昇していない為に実感として感じられはしませんが、すでにアメリカの不況対策としての金融緩和の影響でドル資金が再び石油市場に流れ始めており、直近ではバーレル$80.44(11/17終値)にまで上昇してきています。石油需要の推移を見ても、先進国の中で、着実に消費量を減らしてきているのは、軽自動車など小型車シフトとハイブリッド車を代表とする低燃費自動車の普及による低減等もある日本だけとなっています。

しかし世界全体で見ると、経済の成長とともに石油消費を増大させている中国やインドに加え、景気が回復すれば先進国においても石油消費が更に増加することは確実で、この予測以上に原油の高騰することすらあり、国際的に大きな懸念となっています。
アメリカのオバマ政権は、この原油価格の暴騰と、またまだ既存石油埋蔵量が大きなOPEC(石油輸出国機構)諸国からの輸入石油の依存度が高まることを懸念し、自動車分野では燃費規制強化とガソリン自動車から、水素や電気をエネルギーとする自動車への転換を進める、グリーンニューデール政策を打ち出してきています。
このピークオイル、脱石油への動きは、アメリカに留まらず、欧州、日本と強まってきています。

自動車業界が取り組まねばならないこととは

この動きの中で、一時期の水素化社会、水素燃料自動車ブームに替わって、いま世界中で一気に電気自動車ブーム、フィーバーが到来し、これが脱石油の切り札のように取り上げられてきていることに私は危惧を抱いています。これはエンジン屋出身のハイブリッド開発者として、またハイブリッドは電気自動車へのショートリリーフと言われていることに反発するなどといった狭量な考えで危惧しているわけではありません。

それは、『まだまだ普及へのほんの一歩を踏み出したに過ぎない』ハイブリッドを一飛びに飛び越えて『電気自動車を普及させるべき』という論が強まったものの、結局それがうまくいかずに石油の暴騰を迎えたときには、最終的な極論であるはずの『脱自動車論、自動車悪者論』が台頭し力を持ってくるのではないかと恐れるからです。

今現在、技術的に見ても石油消費を減らすウルトラCの特効薬などありません。最も確実で重要な方法は、旧来の自動車からより低燃費自動車へ、さらに現実に実用・量産化されてきたハイブリッド自動車へのシフトを、更に加速して拡大させていくという極めて当たり前の方法しか無いはずです。もし、ピークオイルや温暖化を『真剣』に考えるのであれば、実用・量産化のフェイズにすら入っていない未来のクルマを論じるよりも、いま出来ることに注力すべきです。

ハイブリッドですらようやく一般化フェイズに入ったに過ぎない

エンジン、ミッション、シャシー、車両技術の改良に着実に取り組むこと、やっと育ってきたハイブリッド技術の進化、電池、モーター、その電力制御系とクルマ全体としてのエネルギーマネージ技術の進化に手を休めず取り組むことにより、まだまだ実用車としての燃費削減余地は大きいと思います。

現状では、低燃費自動車やハイブリッド自動車のラインアップおよびその価格帯も普及拡大を加速させるには不十分です。世界中の自動車メーカによる健全な低燃費自動車開発競争によって、これが拡充されることがまず自動車会社に期待すべきことでしょう。また、この低燃費自動車開発競争に勝ち抜き、中国、インド、東南アジア諸国へと普及加速を後押しすることが日本自動車産業としての生きる道ではないでしょうか?そこでは、先週ここに書いた、今でも日本の設計現場、工場現場に蓄積されているもの作り技術が開発競争を勝ち抜き、普及加速に貢献する大きな武器になる筈です。

こうした地に足が着いた行動こそが石油消費総量の増加に歯止めをかけ、ひいては暴騰期待の投機熱を冷まし、ポスト石油までの石油価格安定化に繋がる着実な一歩だと私は考えています。

追記(水素燃料自動車と電気自動車について)

上でもハイブリッド開発者だから言っているのでは無いと書きましたが、私は決してその立場から水素燃料電池自動車や電気自動車を批判しているのでも、このような自動車技術の未来が無いと言っているのでもありません。ただし、これらの技術が今の自動車機能の代替を果たし、実際に石油消費を削減し脱石油へと資するためには、まだまだ量産商品技術として大きなブレークスルーや新しい発想のモビリティコンセプトが必要であると述べているにすぎません。

なお、技術のブレークスルーは、人、もの、金と時間をかければ生み出せるものではありません。水素燃料電池自動車では、燃料電池セルや水素貯蔵技術が実用化に必要なブレークスルー技術にあたります。しかし私には各技術において、先ほど言った通りの現行の自動車の代替を満たすための解は、今の技術の延長線上ではおそらく存在しないのではないかと考えています。

電気自動車も今の自動車に代替しその用途をカバーし石油消費削減に実効をあげる為に必要とされている容量や耐久性が、今のLiイオン電池技術の延長線上にあるかといえば、それはかなり疑問と言わざるをえません。

環境自動車の開発に永年携わってきた私の経験から言えば、このような材料技術、要素技術でのブレークスルーには、大学や公的研究機関の基礎研究から熱意と経験に基づく研ぎ澄ました感性をもつ目利きの研究者の着眼と偶然からから生み出されることが多いように思います。人、モノ、金と時間をかければ生み出せるものではありませんが、人、モノ、金をかけずに生み出されるものでないことも心に刻む必要があります。