ハイブリッド自動車、電気自動車とレアアース(希土類元素)問題

次世代自動車を語るとき、無数の要因や思惑が錯綜しているため、単に純技術的な側面だけでその将来を予測するのは困難なものとなります。そもそも、次世代自動車への要求は、一時期の大暴落を経ても着実に高騰を続ける原油価格に象徴される石油資源枯渇への懸念、また着実に浸透しつつある地球温暖化問題など、年を追うごとに強まる自動車の脱石油、低カーボン化の社会的要求を背景としています。

また地球温暖化抑制のためには、これからの世界自動車保有台数の増加を考慮に入れると、2050年では今のクルマが排出しているCO2の80%削減ぐらいを目標にする必要があると言われ、その点については各国のコンセンサスが確立されています。CO2排出削減80%、すなわちガソリン/軽油を使っている今のクルマで考えれば、すなわちそれは燃料消費80%削減を意味し、現行の自動車の燃費を5倍にするという途方もない目標となります。つまりガソリン/ディーゼルを問わず、従来技術の改良では対応できないことは明かです。

低カーボンの次世代自動車として、ハイブリッド(HV)、その外部電力充電式HVである通称プラグイン・ハイブリッド(PHEV)、電池のみで走る電気自動車(BEV)、さらには水素燃料電池自動車(FCEV)など、電気を使用した電動化したクルマが脚光を浴びるのはこのような理由によるものです。

この自動車の電動化にいち早く本気で取り組んできたのが、トヨタやホンダなどの日本勢です。トヨタ、ホンダがHV車の普及を目指し、技術進化とコスト低減を競い合う一方、欧米自動車メーカーは、「環境ではクルマは売れない」、「収益性が確保できるわけがない」、「FCEVまでのショート・リリーフ」などといって、本気でHV実用化には取り組んできませんでした。しかし上に書いた通りの次世代車に対する社会的な要求は、おそらく彼らが予想したよりも遥かに深刻で切実なものであり、言葉だけで実際にアクションを起こさないメーカーには政府や消費者から強い圧力がかけられました。

このような情勢にさらされ、欧米自動車メーカーもようやく重い腰を上げてHVの商品化に取り組み、発売を開始しました。さらにHV開発での「失った10年」を一気に取り戻そうとするように、HVをスキップしてBEVが即座に実用化するよう様々な仕掛けを行っています。その中、BEV実用化の鍵を握るリチウムイオン電池の開発競争、電動化に不可欠なレアメタル資源の囲い込み、電池や電動部品、充電機器の規格・基準づくりでの主導権争い、環境規制によるマーケット誘導、さらにインセンティブ付与や電池R&Dや生産への財政投融資など、なりふりかまわず、各国政府を巻き込んでの競争力確保にやっきになっているのが、今の次世代自動車開発の現状です。

レアアースと自動車

さて少し前書きが長くなってしまいましたが、今日は最近急に目にする機会が増えたレアアース(希土類元素)と次世代自動車についてお話しします。報道などでも触れられている通りHV/PHVやBEVなど、電動化自動車である次世代車にとってレアアースは不可欠な材料となっています。高性能モータや発電機の磁石には、永久磁石としては最強力とされるネオジム磁石を使用し、その高い磁束密度と強い磁力を生かして、モータ/発電機の高出力化と軽量、コンパクト化を計っています。なお、ネオジム磁石というのは1982年に日本人が発明したネオジム、鉄、ホウ素を主成分とする磁石です。(詳細はWikipediaを参照してください。)

また通常のネオジム磁石は180℃以上の高温となると磁力が低下する現象の熱減磁を生じやすいため、耐熱性向上としてこれも希土類元素である、ジスプロシウムをこれに添加して使用しています。

このネオジム、ジスプロシウムなど希土類元素の産地としては、世界の産出量の97%以上を中国(チベット)が占めており、中国の経済成長によって輸出削減の動きや、直近の尖閣列島問題での対日禁輸措置の発動など、資源ナショナリズムの武器としても使われるようになってきています。このほか、自動車には、イットリウム、ランタン、セリウムなどのレアアース元素や白金、パラジウム、チタン、ホウ素、コバルト、ニッケル、ジルコニウム、チタンなど様々なレアメタルが環境性能向上、性能向上、耐熱性向上に欠くことのできない触媒や微量添加材として使われています。また、これから主流となると目されているLiイオン電池について、その材料となるリチウムもレアメタルに分類されます。

直近の中国の輸出制限、禁輸措置発動は一時的な緊張から生まれた極端な反応だとしても、そもそも次世代自動車への期待が、石油資源枯渇や地球温暖化問題に対して国際的に強調して対策する為のものであるのに、レアアースやレアメタルの利用が政治問題化したり、一部材料のオーバーユースなどが発生したりしては、本末転倒な事態となります。これを回避するために供給先の多様化、代替材料の探索、使用量の削減、リサイクルの仕組み作りなどの取り組みを急ぐ必要があります。

レアアース問題を克服する為には

しかし短期的にはそうであっても、私はこの問題に関しては長期的にはあまりあたふたする必要はないと思っています。その根拠は、1970年代のマスキー規制対応から現在に至るクリーン・エンジンの主役となった排気浄化触媒の白金使用量低減の取り組みと、その成果です。

触媒そのものの改良、白金のパラジウムへの置き換えに加え、エンジンの排気ガス温度や排ガスの質のコントロール、さらに燃料の無鉛化や低硫黄化などクリーン燃料採用により、マスキー法のさらに10分の1程度のクリーン度と、15年15万マイル(26万キロ)の排気クリーン度維持を求める90年代のアメリカの排気規制強化に対しても、マスキー規制当時の20%レベルの白金使用量で対応できています。さらに、世界全体での触媒貴金属のリサイクル・システムの確立もあり、世界中のガソリン車のほとんどが排気触媒を採用するなかで、この技術については日本勢がそれをリードしてその問題を克服してきました。

PriusのNi-MH水素電池についても、自動車メーカーと電池メーカーの密な連携作業により、電池本体の進化とHVシステムとしての利用技術の進化に取り組み、結果として、Ni、コバルト、ミシュメタルの使用量を減らしながら、品質、耐久寿命を高め、さらに大幅なコスト低減も実現してきました。リサイクルの仕組み作りも整備されてきています。さらに、触媒用貴金属材料、またハイブリッド車の電池や電動部品用材料の安定供給を計るため、世界中を飛び回ってくれた日本商社の活動も支えとなり、日本がリードしてきました。

これからのレアメタル、レアアース資源問題についても、持続可能なかたちへの変革が必要、使用量の削減、代替材料開発、供給先の多様化、リサイクルの仕組みづくりと高効率なリサイクル技術など、日本人の得意分野が数多くあると思います。日本の自動車、部品、材料メーカーの強い連携と現場ベースの知恵をしぼりまくった共同作業で、資源問題を克服し、品質を高め、さらに画期的なコスト低減を実現し、世界の低カーボン自動車普及をリードすることができるのではないでしょうか。さらには世界中に張り巡らされた日本商社の広いネットワークも日本の強みと思います。

日本勢の「本当」の強みとは

様々な場所で繰り返し言っている事ですが、一時的流れや反応に焦ることなく、着実に、地道に、しかしスピードをあげて取り組むことにより、この資源問題克服を日本がリードし、自動車の電動化を加速していくことを業界の先人として期待しています。

また、この面について環境技術・もの作り技術とそれを支えてきた人材は、天然資源が不十分な日本の大切な無形戦略資源ではないかと思います。残念なことですが、これから更に増えることが予想される資源ナショナリズムに対抗していくには、日本の人材とそのネットワークが生み出す国際貢献が戦略的武器ではないかと私には思えます。

また、これを生かすためにも、政治が少しは期待を掛けられるものであってほしいですね。