二代目プリウス欧州カーオブザイヤー受賞

プリウス、ハイブリッド開発で様々な賞をいただき、その授賞式やフォーラム、環境イベント、広報宣伝イベントにも数えきらないほど出席しました。その中で、一番印象深いイベントは2005年1月17日スウェーデンのストックホルムで開催された“2005年欧州カーオブザイヤー受賞式”です。クルマとしての受賞式ですので、パワートレイン担当は本来は黒子、海外でのクルマ関係の受賞式にはそれまで出席はしませんでしたが、この欧州カーオブザイヤー受賞式だけは、自分で手を挙げストックホルムまで出かけて行き、受賞式に参加しました。

初代の開発エピソードは以前のブログでもお伝えしてきましたが、”21世紀に間に合いました”のキャッチフレーズで量産ハイブリッドとして脚光を浴びたスタートでした。しかし、当時の開発現場の実態としては京都COP3のタイミング1997年12月生産販売開始にやっとの思いで間に合わせたというのが正直なところです。なんとか、お客様にお渡しできるギリギリのレベル、このプリウスを初代初期型と呼んでいましたが、前後のバンパーに衝突時のダメージを防ぐ黒い防振ゴムが付いているのが特徴です。今でも、この黒い防振ゴムがついた初代初期型が走っているのを見かけると、そのけなげな走りに涙がでてくるほど嬉しくなります。

お買い上げいただき、愛用していただいたお客様には申し訳ありませんが、21世紀のグローバルスタンダードカーを目指したプリウスですが、あとで言われたように我慢のエコカーのレベルであったことは認めざるを得ません。このままでは欧米では通用しないと考えていました。生産販売開始前には、開発スタッフ達にほんの一服も与えられずに、次の改良プロジェクがスタートしていました。エンジン、ハイブリッドトランスミッション、その中に搭載する発電機、モーター、そのインバータ、さらに電池まで、普通なら2モデルは持たせなければいけないハイブリッド大物ユニットの全面変更まで決心していました。グローバル展開を図るには、ハイブリッド部品の品質もさらにレベルアップする必要がありました。これが2年半後の2000年5月のプリウスマイナーチェンジ、同時に欧米販売を開始した初代後期型プリウスのハイブリッドシステムです。この後期型プリウスでは、初期型の特徴だったバンパーの防振ゴムがなくなり、一体成形のバンパーとなりましたので一目でその違いが分かります。(写真1)写真1(初代プリウス)

この後期型プリウスも、海外でもいろいろな賞をいただきましたが、その中で残念な記憶は欧州カーオブザイヤーで次点となったことです。選考委員の採点表を見せて貰いましたが、将来のエコカーとして評価し、高い点数をつけてくれた方もおれらましたが、欧州では通用しないクルマとの酷評をいただきゼロをつけた方も複数おられ、このバラツキの大きさで次点に終わりました。私自身も、この後期型は欧州でこそ走る機会はありませんでしたが、士別のテストコース、国内の様々な道路での走行を行い、まだまだクルマ文化が根付き、ドイツアウトバーンがある欧州で評価されるレベルには達していないと思っていました。次点だったことが残念というより、シビアなコメントにも確かに納得するものがありました。次の2代目こそ、欧州の走行環境でも我慢のエコカーではなく、普通に流れにのり走れるハイブリッド車を目標とし、これまた開発スタッフ達は、休む間もなく2代目プリウス用の開発に取り組んでもらっている最中での次点の通知でした。

初代、その後期型までは、“21世紀に間に合いました”“量産世界初のハイブリッド”、“COP3に間に合わせよう””欧米でも使えるハイブリッド車”と、技術チャレンジの連続、その開発プロジェクトマネージは今思い返してもエキサイティング、無我夢中で過ぎたプロジェクトでした。車両チーフエンジニアの車両企画上のコスト目標も無視をし、とにかく世界初の商品を仕上げることに集中できました。

しかし、二代目からはそうはいきません。超トップのサポートは引き続き得られましたが、事務方からはそれまで使った巨額の開発費用や、設備投資の回収を迫られ、一方では、初期立ち上がりの品質不具合多発で従来車よりも多額の品質補償費を原価目標に積まされ、米国からはこのサブコンクラスで、当時の安いガソリン価格では売れる筈がないと酷評され、車両企画の元になる販売目標として1,000台/月を切る提示があったりと、二代目の車両企画、そしてハイブリッド企画も右往左往しました。

エンジン、ハイブリッドトランスミッションなど大物ユニットでは、コスト面からは1万台/月以上で生産ラインを計画することが最低ライン、欲を言うと2万台/月と言われていましたが、2代目プリウスでは1万台/月の企画さえあり得ないと言われ続けていました。それでは、まともな原価目標の立てようもありません。一時は、アルミボディーの限定生産燃費チャンピオン車で良いなどとの企画提案すらありました。21世紀のグローバルスタンダードどころの話しではありません。

技術部の中もアゲンストの嵐、そのなかでやっと立ち上げたのが二代目プリウスとそのハイブリッドシステムです。これまた、部品ベースでは、初代後期型からほぼ新設計での作り直しになりました。しかし初期型THSの大きな欠点の一つだった、エンジンのトルクアップ、パワーアップに対応するトルク容量アップ余地を増やすレイアウト変更まではやれませんでした。

二代目は、そんな中で欧米でも普通に走れるハイブリッド車を目指しましたが、振り返ると初代は無我夢中の技術チャレンジであっという間に過ぎ去っていきましたが、二代目の開発はそれ以外の苦労が多かった印象です。様々な制約、費用回収の要求からのコスト低減要求、さらに様々な外乱の中で、グローバルスタンダードの志しを下ろさず、知恵を絞り抜いて取り組んだ開発でした。

それだけ、いろいろあった2代目プリウスの開発でしたので、2005年欧州カーオブザイヤーの受賞はなにより感激した出来事でした。欧州販売開始は2003年末からでしたので、選考委員もしっかり欧州で走り込んだうえでの審査だったと思います。非常に高い得点で2005年カーオブザイヤーに選ばれました。

その選考委員の採点表欄をみると、初代後期型ではゼロ、もしくは非常に低い点数を付けた選考委員の方々が、この2代目プリウスには高い点をつけ、コメント欄に前回の低い点を付けたことが間違いで、ここまでの進化を見抜けなかったとのコメントが複数ありました。このコメントを読み、欧州でも評価してもらえるクルマにすることができと嬉しさがこみ上げてきました。これが自ら受賞式出席に手をあげ、寒い冬の観光にも不向きな1月中旬、ブリュッセルから一泊二日、トンボ帰りの受賞式でしたがストックホルムの受賞式に参加した背景です。

冒頭の選考委員会委員長Mr. Rey Huttonのスピーチの中で

「トヨタは(自動車としての)厳しい道を学んできた。カーオブザイヤーの審査委員は、2000年プリウスも候補としたが、その投票は割れていた。当時では、プリウスが将来のビーコンと見なした委員と、ハイブリッドのアイデアは見当違いと片づけた委員に分かれていた。新型プリウスは2000年には無かった大部分を持つようになった。今回は、32の候補車の中で、過去最高得点の一つ139点を獲得し、58人の審査員のうち39名がトップとした。」

などとこの受賞を紹介してくれました。

その後、当時の技術担当副社長がトロフィーを受け取るのを見守り、一緒に写真撮影を行い、多くの選考委員の方々と話しをすることができました。そのディナーで味わったワインは、それまでもその後も味わうことのあった有名シャトーのワインよりも美味しかったことが忘れられない思い出です。(写真2)

写真2(2005欧州カーオブザイヤー)

このブログを書きながら、はたと思い至ったことがあります。この欧州カーオブザイヤーの受賞式は2005年1月、これがひょっとすると今大騒ぎになっているVWスキャンダルの引き金の一つになったのではとの思いです。

プリウスハイブリッドが米国で、欧州で認知度が高まり、急激に販売を伸ばし始めたのもこの頃からです。講演会、フォーラムでの欧米エンジニアの態度、目線に変化を感じ始めたのもこの時期からのような気がします。特に、欧州のエンジニア、ジャーナリストは、審査員のコメント、委員長のスピーチにあったように2000年のモデルまでは、ハイブリッドを収益無視の広告宣伝用のシステム、欧州では通用しないとの意見が主流であったのに対し、この2003年二代目でその見方が変わったように思います。

当時は、欧州でも認知されたことを喜ぶばかりでしたが、そこまでインパクトを与えたとすると、それから10年、3代目から4代目をこの世界にサプライズを与えたインパクトを引き継げているか、次の機会には振り返ってみたいと思っています。

この二代目プリウスは、このブログのように、2005年欧州カーオブザイヤー受賞の他、北米カーオブザイヤーも受賞しました。しかし、本家本元日本ではカーオブザイヤーを逃してしまいました。日本のエンジニアである私にとっても残念なことでした。

二代目のハイブリッド開発は、様々な制約はありましたが、我々には我慢のエコカーから欧州(ドイツアウトバーンを除き)で普通に心配なく走れるエコカーの実現の目標にはブレはありませんでした。しかし、今振り返ると、社内では走りの良さをアピールポイントにしたいとの声が強すぎ、走り系のモータージャーナリストから、欧州車との対比で拒否反応があったことも原因かとも思っています。

今回の騒ぎで思い出したことが、あたりか、外れは判りませんが、時代を切り拓くつもりでやったことは確かです。フェアな土俵で、その次の時代にも安全・安心、自由に快適に移動そのものも楽しめるFuture Mobilityを巡る、世界自動車エンジニアのチャレンジを期待します。

排気浄化システムのデフィート・デバイス

VWスキャンダルのポイントは、排気浄化システムへのデフィート・デバイス(Defeat Device)の搭載です。デフィート・デバイス:「無効化装置」と訳して良いでしょう。文字通り、排気ガス浄化システムの正常な作動を無効化する装置です。今回VWがデフィート・デバイスの搭載で侵害したとされる、米国連邦大気浄化法(Clean Air Act)には、デフィート・デバイスの禁止をうたう法文が定められています。

40 CFR 86.1809-10 – Prohibition of defeat devices

http://www.gpo.gov/fdsys/granule/CFR-2014-title40-vol19/CFR-2014-title40-vol19-sec86-1809-10

自動車排気ガス規制の中身、その認可をうけるための申請手続き、試験法、試験車の要件からこのデフィート・デバイスの禁止にいたるまで、法律として定められています。また、時代に合わせた改訂も行われ、その都度、Advisory circularという改訂通知がEPAの公式ページに掲載されます。

米国向けエンジン開発の担当エンジニアが、この条文すべてを理解しながら開発作業をやっているわけではありませんが、試験法、判定基準などの基本部分は頭に入れ、また改訂条項をフォローしながら開発作業を進めています。この基本部分の一つがデフィート・デバイスの禁止で、その定義、事例には常に気を配っていました。細部の法律解釈、ループホール探しをする訳ではありません。先週のブログで述べているように、一番基本の判断基準は、規制の本来の狙いに沿った、fairnessとgood faithです。その上で、ルール変更の狙い知り、それを遵守するために最新のルールを知ることは欠かせない作業です。

その最初の条項にデフィート・デバイスの禁止を謳っています

  • No new light-duty vehicle, light-duty truck, medium-duty passenger vehicle, or complete heavy-duty vehicle shall be equipped with a defeat device.

そして、規制当局は、デフィート・デバイスの疑いのあるクルマについて、そのテストを行うか、テスト実施を要求する権限を有していることを明文化しています。

排気ガス浄化システムのデフィート・デバイス問題は、新しい話しではありません。調べた限りの一番古い事例は、1973年に遡ります。EPAは当時のBig3とトヨタが、エンジンルーム内に温度センサーを設置、それによりエンジン暖機過程で排気浄化デバイスの作動を止めるシステムをデフィートと判定したと記録されています。ただし、システムの改良は命じられましたが、このケースでは既に販売したクルマのリコールは命じられませんでした。また、トヨタがこの時、デフィート・デバイスと疑われた排気浄化システムは、今も使われているEGR(排気ガス再循環)システムで、低温時、冷間時にEGRバルブをカットするもので、寒冷地の暖機運転などで、水分を多量に含む排気ガスを再循環させることによるスロットル弁の氷結や、暖機中にまでシステムを機能させることによるドラビリ不良、また失火によるエミッション悪化を防ぐ手段であると理由とそのデータを示し、デフィート・デバイスではないとの判定をもらったと、当時EPAと交渉にあたった友人から聞いた覚えがあります。

続く1974年、これと違うデフィート・デバイス事件が発生しています。前回に似た案件のようですが、2種類の温度センサーを用い、エミッション性能に影響する制御を行ったとの事例です。この案件の当事者VWは12万ドルの罰金を払い決着しています。

http://autoweek.com/article/car-news/vw-emissions-defeat-device-isnt-first

この学習効果が働いていないのが今回のVW事件です。

1990年代にもいくつかのEPAと自動車メーカーの間で、デフィート・デバイスと判定された事例がEPAの記録として残されています。VWケースのように、判断するまでもない違法事件だったかは不明ですが、意図的に排気浄化システムの機能を停止するか弱めるデフィート・デバイスとの判定を受け、罰金を払ったケースはそれほど少なくはありません。この中に、1990年代後半の日本メーカーも含まれています。また日本でも、2011年6月、東京都環境科学研究所の調査で、最新に最新ディーゼル・トラック車に、排出ガス低減性能の「無効化機能:デフィート・デバイス」を使っていることを発見したとして、国交省に届出、改善命令がでているケースがあり、それも2011年まだ新しい事件です。

http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/06/20l63600.htm

先日の、東京モーターショウ開催についての自工会記者発表で、池会長は、このVWスキャンダルについて、私見と断りながらも「一企業の行為が自動車業界全体に対する信頼感を揺るがしていることに困惑し、失望している」「日本メーカーでは、そんなことはあり得ないと思っている」と述べています。ここで紹介したように、ここまで悪質なケースはなかったかもしれませんが、法規違反とされるデフィート・デバイス事件が、米国だけではなく、日本でも発生しています。また、日本のケースではなく、日本メーカーが米国でデフィート・デバイスを使ったとして、罰則を受けているケースもあることは公知の事実です。この問題への勉強不足、対岸の火事視している感度の低さには正直失望させられました。

このところ大きな品質問題の多発、その中ではそれが原因で死者がでているにも拘わらず自動車メーカーとしてのアクションが遅れてしまった問題、これも明かな違法行為であった米国での燃費詐称事件と、自動車企業のガバナンスが問われる事件が多発しています。対岸の火事では全くありません。

これまで、2回のブログで、自動車産業界として襟をただし、法規制の趣旨であるリアルの環境保全のため、fairにgood faithでbest practiceでクリーン&グリーン自動車の開発に取り組んで欲しいと申し上げたのは、日本メーカーを含む世界全体の自動車メーカーに対してのコメントです。

クリーンならぬ、ダーティ-・ディーゼル:その2

先週のブログで取り上げた、VWディーゼル車の米国での不正認定(認可)取得事件は、その後も大きくその波紋を広げています。。さすがに、この影響の広がりに経営責任は免れないとして、ヴィンターコルンCEOが辞任を表明しました。しかし、この辞任発表会見で、自分はこの中身を全く知らなかったこと、会社ぐるみではなく、ほんの数人が関与した問題と釈明しました。先週のブログで述べているように、ここまでの明かな’Defeat Device: 無効化装置を動かすソフトを仕込んであることを、内部で6年間も隠蔽し続けることは極めて困難と思います。もしできたとすると、VWのガバナンス、コンプライアンスマネージ体制とその組織に大きな欠陥があり、それを永年許してきた、企業風土、文化にまで遡る問題として、対応策を迫られるでしょう。

このような不法ソフトを仕込むことは、今のソフト技術では極めて簡単です。それを使うことを許可し続けてきた、企業としてのコンプライアンスマネージが厳しく問われるべきと思います。欧州でもこのソフトを使っていたことは明か、欧州の’Defeat Device’判断基準は、アメリカに比べ緩いので、欧州は関係ないと言い募るかと危惧しましたが、欧州であろうが、これは明らかに不正ソフト、VWもさすがにごり押しはやれず、欧州車含め対象1,100万台の大規模リコールを余儀なくされました。

この問題は、あくまで悪質な法律違反の事件、米国連邦議会での公聴会が開催されますが、この公聴会にトップ役員として誰が出席するかに注目しています。企業のガバナンスまで問うとすると、辞任したヴィンターコルンCEO、ピエヒ会長を引っ張りださないと会社としてのガバナンス体制、コンプライアンスマネージ体制までの全容は解明できないと思います。ほんの数人の担当者の責任としてのトカゲのしっぽ切りでの決着は許されないでしょう。

この問題の発端となった、欧米の環境NPO ICCTからの委託によるWest Virginia大からのレポートが発行されたのは、昨年の5月です。そこから、この結果がEPA、CARBに伝えられ、(多分EPAも独自の追試をしたのでしょうが)Defeat Device使用の疑いでその後の処置(リコール)についてVWの交渉に入っていたようです。この段階まで、この問題が会社トップに入っていないことは考えにくいと思います。ヴィンターコルンCEOの今回の釈明会見での、「私は最近まで知らなかった」は全く通用する話しではありません。VWからの対応策が、不十分、かつ曖昧、レスポンスが遅れたため、今回のEPAの発表となったことは間違いないと思います。

しかし、この問題を時々話題となるカタログ燃費と「ユーザー実走行平均燃費」いわゆるリアルワールドとのギャップ問題を混同してはなりません。今回のケースは、米国Certification、欧州Homologation、日本型式認定と呼ばれる、法律に定められている、法規制に適合していることを証明し、確認試験をおこなう認可手続きのルールを破った不法行為、法律違反です。公式の定められた試験法、試験走行モード、審査基準で算定する燃費とリアルワールド燃費のユーザーの実感にギャップがあるのは事実です。

このブログで何度も、このギャップ問題をとりあげていますが、長ったらしく「ユーザー実走行平均燃費」との表現を使うのも、認可のために定められた一定基準の試験法、試験モードで全てのユーザーの、それも寒冷地の冬から酷暑の夏、山間地のユーザー、高速道路使用の多いユーザー、ショートトリップしかしないユーザー全ての実燃費をカバーする試験法は不可能です。その大きくばらつくユーザー燃費の感覚的平均を求めることも、発売前の認可段階では困難だからです。カタログ燃費をユーザーの実感に近づける努力は進められていますが、それにも限界があることはご理解していただけるのではないでしょうか。まだ燃費ギャップは、ユーザーの給油量として把握できますが、排気エミッションのギャップはユーザーには把握できませんし、また場合によっては燃費の比ではなくギャップ量が拡大すします。そのため、公式モード外でのエミッション急増を抑制する要求は特に厳しい排気規制を導入してきた米国で強く、また自動車メーカの認可取得の申請には今回のような不法行為はしていないことを前提に試験をし認可を与えます。

それでも、各国、各地域の公式試験法でも、どんな走り方をしても、基準として決めた規制値を満たすことまでは求めていません。クルマの排気ガス性能は、新車の時だけ守れば良い話しではありません。そのクルマが使われる一生の中で、クリーン性能を保証することが求められています。その追跡調査であるin-use emission test(使用過程車のエミッションテスト)も行われます。このin-use性能を保証するために、この公式試験法での走行モードを越えた条件での触媒高温劣化を防ぐプロテクション燃料増量や、世界にまだまだ存在する粗悪燃料使用時などでのノッキング、プレイグニッションによるエンジン破損を防ぐための燃料増量は認められています。世界で一番厳しい、in-useエミッション保証の規定はカリフォルニア州の定めたLEVII規制で、15年-15万マイル(24万キロ)保証です。個人ユーザーならほぼくるまの寿命までクリーン度保証を求める極めて厳しい保証です。このカリフォルニア州の長期in-use保証も日本メーカーが率先して取り組み、その努力によってやれることが確認されbest practiceとして定められました。このように、米国ではいち早く、リアルワールド(実走行)での環境保全重視に力点を置くことになりました。ディーゼル車には詳しくありませんが、システム保護のための何らかのプロテクション制御とディーゼル固有のパティキュレート、NOxをそれぞれを排気にそのまま流さず一度トラップして、あるタイミングでトラップした排気エミッション成分をバッチ浄化モードで処理する方法は公式モード外で認められています。

この自動車環境性能のリアルワールドの話はCordiaブログで過去に取り上げていますので、ご興味のあるかたはご一読願います。

『リアルワールド』と自動車の環境性能(2011年2月24日)

http://www.cordia.jp/wp/?m=201102

今回の事件は、前に述べたようにICCTがディーゼル車のリアルワールドでの実態調査研究による異常値の計測がきっかけでした。ICCTは欧州と米国を二大拠点とする、クリーン自動車の普及啓蒙活動、さらにクリーン自動車のリアルの実力に目を光らせているNPOです。残念ながら、日本にはこのような第三者評価を行う組織はありません。

このICCTのBoard Chairpersonは、このクリーン自動車に携わってきた人間なら知らない人はいない元CARB議長 Dr. Alan Lloydです。Board Directorにも元EPA自動車局長 Ms. Margo Oge、Participant Councilに現在のCARB議長Ms. Mary Nichols、 元CARB長官 Ms. Catherine Witherspoon、永らくCARB副長官を務めたMr. Tomas Cacketteなど、現役時代には何度もお目にかかり、クリーンエンジンの開発状況、ハイブリッドの説明などをさせていただいた方々です。まこの方々が、米国、カリフォルニア州の自動車環境規制制定をリードしてこられました。

そのICCTが以前から注目していたのが、リアルワールドでのディーゼル車エミッションの実態です。欧州では、米国、日本に比べ遅れていた(遅らせていた?)ディーゼル車の排気規制強化を2007年からEuro IV、2010年からEuro V、さらに2014年からEuro VIへと強化しました。このEuro IVからVへの規制強化でのエミッション削減効果を実路での効果を検証していたのがICCTのメンバーです。私も、リアルワールドの重要性を訴えていましたので、このICCTの活動をフォローしていました。昨年11月にベルリンのICCTのオフィスを訪ね、燃費とエミッションのリアルワールドと公式試験値のギャップ問題について議論をしてきました。下のグラフはその時に貰った資料の中にあったグラフです。この時は、今回の米国でのVW Defeat Device事件までは明るみにはでていませんでしたが、この欧州での実態調査とWest Virginia大調査の時期は一致しており、ICCTでは米国、欧州ともにこの実態は掴んでいたと思います。

環境保全に熱心で気持ちの良い、優秀なスタッフ達で、日本の状況、中国への進出など様々な話しをしました。彼らは不正なDefeat Deviceを使ったことはまでは明言しませんでしたが、今回の事件に発展しかねない情報はすでに持っていたと思います。かれらとの議論は主に、リアルの実燃費ギャップの議論でしたが、このディーゼルNOx問題も立て続けの強制強化をおこなってきたのに、リアルが改善されていない現状を説明してくれました。図1は、その時説明してくれたデータの代表例、欧州での排ガス規制強化の経緯と、スイス/チューリッヒで実施した路側帯でのNOxエミッション計測値をガソリン車、ディーゼル車で比較したものです。その違いは明かです。

スライド1

図2は、そのさまざまなリアルワールド計測値と規制値の比較をしたデータです。一目瞭然です、規制を強化したにも拘わらず、リアルがほとんど良くなっていないとの実態がつかまれています。この時の議論で示してくれたレポートを読んでも、メーカー、車種は特定されていないものの、高い技術力を売に簡素なシステムで厳しい規制に対応できたとするVWの今回の話しは裏付けられると思います。

スライド2

この夜は、ICCTの若いリサ-チャー3人と、ベルリンの彼らが選んでくれた庶民的なレストランで、ワインとオーストリアの肉料理を堪能し、将来のリアルワールドクリーン自動車の話題で、エキサイティング、楽しい時間を過ごしました。

ドイツ誌”Auto Bild”がこのICCT調査を取り上げてVW以外のエミッション対応にも問題の声を上げていますが、この不正が他へと拡散していかないことを願っています。日本勢有利との記事もありますが、それどころかまだまだ主役の座を続けなければいけない内燃エンジン車全体のバッシングに繋がってくことを一番心配しています。

日本の一部報道、またモータージャーナリストのコメントに、今回の事件に関連し、不正はいけないけれど、影響はそれほど多くない、人が死んでいるわけではないとの論評を読みました。これは、理解不足、ミスリードです。もちろん、ディーゼル排気だけの問題ではありませんが、大気中の放出されるNOx、PMが影響すると見られる死者数は汚染度の酷い中国では、年間160万人に達するとの調査レポートが出されています。(1)この数字は世界保健機関(WHO)の公式数字、中国の年間自動車事故死者数20万人を遙かに上回る数字です。 もちろん、中国で今回のVW車はまだほんの僅かしか売られていませんので、この問題と直接結びつく話しではありませんが、企業スタンスとして問われる問題でしょう。

さらに先々週には、ドイツMax Plank Instituteのレポートとして、このままの状態が続くと、大気汚染による死者数は今の2倍660万人に上るとのレポートがだされています。このところ大きな問題となっている、春先のロンドン、パリの大気汚染警報の発令も、このディーゼル車のエミッションも一因と言われ、都市への乗り入れ禁止など脱内燃自動車の動きが加速しています。

  • バークレー大地球研究所の研究で、中国での大気汚染は年間160万人の死亡者を生み出すことを計算 (UC-Berkely Earth: Journal PLOS ONE)

August 14, 2015 Green Car Congress

http://www.greencarcongress.com/2015/08/20150814-be.html

  • Air pollution could claim 6.6 million lives per year by 2050, double current rate; small domestic fires and ag the worst offenders
  • 大気汚染は2050年までに660万人の命を奪う可能性、現在の2倍の数値(ドイツMax Plank Institute report)

Sep 17, 2015 Green Car Congress

http://www.greencarcongress.com/2015/09/20150917-mpi.html

何度も申し上げますが、VWの今回の件は、あってはならない事件です。どこもこんなことをやっているとは思わないでいただきたいと願っています。しかし、日本でも数年前に大型トラックディーゼルで’Defeat Device’事件が発生しています。日本勢すべてが公明正大とは思いません。そんな背景があり、先週のブログで襟をただして欲しいと書かせてもらいました。また透明性と書いたのも、日本にもICCTのようなNPOの活動余地ができるようなオープンな活動が必要で、こうした第三者機関の公正な情報発信によるユーザへの理解活動も欠かせないと思い筆をとりました。

自動車メーカーも、環境規制など法規制対応の基本、good faith、 fairness、best practiceが原点と他山の石として振り返ってほしいからです。企業風土、文化を守るのは大変です、一度踏み外すと転落はあっと言う間です。全ての自動車メーカー経営者、エンジニアがこの部分では襟を正し、口幅ったいですがこれを守り抜いてきたつもりのOBエンジニアの提言に耳を傾けて欲しいと願います。

公明正大、透明に、米国で法規作りとCertification作成の前提となっている思想のベースは、good faith 、fairness、その規制の趣旨(リアルの大気改善、低カーボン)に対しbest practiceが求められていることを強調しておきます。このfairな土俵での競争にもまれることにより、日本自動車産業は発展をとげることができたと信じています。

今回は私の人生にとっても大きな事件、自動車文化発祥地、欧州でそれもこの自動車文化を牽引してきた、我々にとても尊敬の念を抱いていたVWの不祥事です。厳しい糾弾になってしまいました。

今日のTBSの”ひるおび”でも、私のコメントがとりあげられるかも知れません。あってはならない事件にショックを受けたこうした経験、意見をもっているエンジニアOBのコメントとお受け取りいただければ幸いです。

そんなショックの大きさから長文のブログになってしまったことにもご容赦願います。

これまでも、Cordiaブログに様々なコメントを頂いていますが、基本的に個別のご回答、コメントは差し上げていません。今回も複数のお問い合わせ、コメントをいただきましたが、今回も返事を差し上げませんでした。この場をお借りしてお詫び申し上げます。

クリーンならぬ、ダーティ-・ディーゼル:VWディーゼル、米国で大気浄化法違反

昨日、長年の自動車エンジン屋にとって、驚愕し、ガッカリし、さらに怒り心頭のニュースが飛び込んできました。OBとして同業他社の直接の批判は控えてきましたが、今回はそれを破り、まじめにやってきた多くの自動車メーカー、エンジン屋のために厳しく糾弾していきたいと思います。手当たり次第にニュースを拾い読みしてみましたが、東芝の比ではなく、企業姿勢、風土そのものが問われる悪質極まりない環境規制違反と言っても良い事件です。

 

関連記事 

  1. 米国のエコカー関連サイト、Green Car Reportの見出し記事

「VW, Audi TDI Diesel Cars Had ‘Defeat Device’ That Violated EPA Rules, 500K Cars Recalled: BREAKING: VWとAudiのTDIディーゼルは、EPAルール(排ガス規制)を侵害する’Defeat Device:無効化装置’をつけているとして、50万台のリコール、

http://www.greencarreports.com/news/1100101_vw-audi-tdi-diesel-cars-had-defeat-device-that-violated-epa-rules-500k-cars-recalled-breaking

概要

連邦環境保護庁(EPA)は、今週金曜、大手自動車メーカーに関するメディア会見を開催すると通知した。それには、VWとAudiが販売した2009年~2015年までの4気筒TDIディーゼル車約50万台についてのリコール命令についてである。それらのTDI車は、排気テストサイクル走行を検出し、その状況下だけで排気ガスを大幅に減らすようにしていたことが明らかになったとして、EPAはその行動を起こした。EPA担当官の電話会議での発言によると、そのクルマが、通常走行か排気テスト走行かを判別し、通常走行では排気制御をオフにするソフトを持っていることが疑われた。

 

  1. Reutersの報道記事

「Volkswagen could face $18 billion penalties from EPA: VW、米EPAから180億ドルの罰金に直面する可能性」

http://www.reuters.com/article/2015/09/18/us-usa-volkswagen-idUSKCN0RI1VK20150918

概要

金曜日、米EPAは、VWは有害エミッション計測の法規を欺くディーゼル車のソフトを使ったことで告訴された場合、180億ドルの罰金の可能性があると発表した。米大気浄化法不適合の罰則により、罰金は台当たり37,500ドル、総額180億ドルとなることを、担当官は電話会議で確認した。米国VWのスポークスマンは「調査には協力しており、現時点ではコメントはできない」と述べている。VWは、米国で’クリーン・ディーゼル’として強力なマーケッティングを行っており、TVコマーシャルでは「米国でのディーゼルNO1ブランドで、自慢は’クリーン・ディーゼル’」と放映している。

 

この記事は、共同通信が配信し日経、朝日ほか多くの日本紙が掲載しています。目次にある’Defeat Device: 無効化装置’の言葉は、自動車マル排屋にとってはやってはいけないタブーの装置を指す言葉で、すでに死語と思っていました。

今から30年以上も前、タイマー、車速スイッチなど試験モードの特徴に合わせてそれ以外では排気浄化システムや低燃費デバイスの作動を無効化する装置を採用するメーカーが現れ、大きな問題となりました。規制当局と自動車メーカなど関係者で、その定義、判定基準などが規定され、それに該当する場合は大気浄化法違反とされ、罰則規定が制定されました。しかし、基本的には試験モードだけに特定して、排気、燃費デバイスを無効にすること自体が、法規制の目的に反しておりアンフェアな行為であり、’Defeat Device’と疑われることもやってはいけないとのコンセンサスができあがりました。その死語になったはずの’Defeat Device’という言葉が、幽霊のように復活したというのが最初の印象です。

この’Defeat Device’の判断基準と罰則が規定された後も、リアルの大気改善はなかなか進みませんでした。このため、1990年の始め、米国ではそのクリーン度を判定する試験モード以外でエミッション悪化による影響が大きいとして、規制当局の呼びかけにより自動車メーカー各社がクルマを出し合い、米国のアトランタやスポケーンなど何カ所かの都市で走行実態調査を行いました。トヨタもこの調査活動に参加し、試験用のクルマを提供、データ分析にも米国スタッフが付き合いました。その調査結果に基づきリアルワールド走行をカバーするマル排屋にとっては厳しい判定走行モード、オフモード(公式試験モード外:オフ)試験基準を作りあげ、現在も公式試験に追加する判定試験法として使われています。 今回のケースは、このように’Defeat Device’はアンフェアとの判断基準があり、リアルワールドでのエミッション悪化防止を厳しくチェックする米国で明るみにでた不正です。

一部にはアメリカだけの問題で、欧州や日本は関係なく、あってもオフモードの悪化は少ないのではとの意見もあるようですが、そうではないと思います。欧州と日本では、このアメリカのようなオフモード試験法はなく、’Defeat Device’基準も緩いのが現状ですが、EPAが摘発したこのような’Defeat Device’が使われているなら、オフモードでのエミッション悪化は今回のアメリカのケースよりもさらに大きくなる可能性大です。もちろん、基準が緩いとしてもこのような’Defeat Device‘は企業姿勢、環境保全からも許されません。

VWは現時点でコメントを避けていますし、判定ソフトの詳細も判りませんので、この問題の解析は、今後もフォローを続け、もっと情報が集まってから技術判断などお伝えしたいと思います。

ディーゼル車のマル排性能については、以前からオフモードとのギャップ大が問題とされていました。欧州の最新規制ユーロ6規制対応車が、実走行では以前ユーロ4やユーロ5よりも悪いケースがあるとの環境NGOから指摘もされています。また、規制強化にも関わらず大都市のNOxが環境基準を大きく越え、改善に向かわないのはこのリアルワールドでの急増との関連が疑われていました。

現時点で欧州、日本の試験法、判定基準で、このソフトが入っていたとして、米国の’Defeat Device’判定のように不正と判断されるかは判りませんが、規制の主旨を逸脱したアンフェアなやりかたであることは確かでしょう。

リアルワールドでの自動車燃費、クリーン度については、欧米には環境当局OB、技術者、専門家による環境NGOがあり第三者調査が行われています。今回もその環境NGOと大学研究者の合同調査データが摘発のきっかけだったとの報道もあります。クリーン度の調査には計測装置やシャシーダイナモなど高価な設備が必要であり、残念ながら日本にこのような第三者調査機関はありません。公的機関のリアルワールド調査結果や、経年車の追跡調査も公開されておらず、透明性に欠けていることは否めないと思います。

欧州と日本では、実走行に近づける新試験法WLTPの採用が決まり、また欧州ではとうとう、 ‘portable emissions measurement system:車載ポータブル計測システム’を搭載した “real world:実路走行” 排気エミッション試験が義務づけられるようになってしまいました。しかし、クルマの使用条件は千差万別、この新しい“real world:実路走行” 排気エミッション試験でもリアルワールドの一部だけを評価しているに過ぎません。それから先は、フェアネスが問われることになり、不正と判断された場合には厳しいペナルティーを課すことも当然でしょう。今回のケースでは、場合によっては刑事罰の対象にもなる可能性があります。

このような’Defeat Device’に何故、VWは手を染めたのでしようか?排気性能、燃費性能、走行性能はトレードオフ関係、こちらを立てればこちらが立たず強い関係があります。試験モード走行域外でNOx排出を垂れ流し状態にできれば、この排気浄化システムを簡素化し、コストを下げることができます。他社のシステムに比べるとVWのシステムは簡素で、これをEPAが疑ったことが今回の発端との観測記事もありました。また、米国のオフモード走行モードはかなり高負荷、高速域まで走ることになりますので、安いシステムのままで対応すると、燃費悪化、出力低下を招く可能性も強く、排気クリーンの意味、アンフェアかどうかのエンジニアとしての常識に目をつぶれば、やりたくなる誘惑に駆られることは理解できます。しかし、この明らかな不正に歯止めが掛けられなかった会社マネージは厳しく問われることになることは確実でしょう。

以前から、私は欧州勢受け売りの’クリーン・ディーゼル’との表現に違和感を覚えていました。もちろん、アンチ・ディーゼル派としてではなく、中大型トラック、大型バス、重機ではディーゼル以外の実用的な選択肢はないことは十分に理解しています。しかし、これを小型車まで適用し、ガソリンよりも緩い規制を続け、そんな状況で’クリーン・ディーゼル’とキャンペーンを張ってきた一部ドイツ勢のやりかたにもこの不正を招く温床があったように感じます。

このような不正の再発防止はもちろんのこと、この問題を他山の石として、米国だけではなく、世界全体で襟を正しリアルでの’クリーン・ディーゼル’ 、リアルでのクリーン&グリーンカーを目指して欲しいものです。