2000年マイナーチェンジでのビッグチェンジ

今日は2000年5月に発売を開始した初代プリウスのマイナーチェンジのエピソードをご紹介します。車両としてはマイナーチェンジ、外形デザインに大きな変更はなく、初代初期型についていた車両前後バンパーの防振ゴム、通称カツブシがなくなり、これで見分けることができます。いまでもこの黒いカツブシバンパーの初代初期型プリウスとマイナーモデルを見かけるとその健気さと、大切に使っていただいているお客様への感謝で胸一杯になります。

1997年12月、なんとか『21世紀に間に合いました』とのキャッチコピーで国内販売に漕ぎ着けることができましたが、正直言ってすぐに欧米導入をする自信はありませんでした。米国、欧州での販売スタートはこの2000年のマイナーチェンジからでした。初代の発売時にもトップや広報サイドから欧米導入を検討するようにとの話がありましたが、国内で経験を積み、それをフィードバックするためにマイナーまで見送ってもらいました。
しかしこの合間をついたホンダの初代インサイトに北米初の量産ハイブリッド車の座を明け渡してしまったことは今も癪の種ですが、こうした新技術一番のり競争が技術進化を加速させることも確かです。

マイナーチェンジ

実質的にはフルモデルチェンジだった2000年マイナーチェンジ

北米、北欧の氷点下40℃からアリゾナ、ネバダの50℃近い気温、コロラド州コロラドスプリングスから登っていく標高4301メートルのパイクスピークは特別としても、デンバー付近では標高2500mを超える峠道はざらで、加えて通常の小型車でも時速150キロ程度で流れているドイツアウトバーン走行で危険を感じないで走るには力不足であることは明らかでした。アウトバーンももちろん平たん路だけではありません。時速150キロで流れる3%を超える坂道もあります。それすら世界の走行環境からはほんの一部、その普及への次のマイルストーンとしたのが、北米、欧州導入を目指すこのマイナーチェンジでした。

さらに信頼性、耐久性品質の確保には万全を期したつもりですが、クルマからハイブリッド、その構成部品のエンジンまですべて新規開発、これまで作ったこともない部品のオンパレードです。17年たった後に開き直ると新技術、新システム、新部品に故障はつきもの、路上故障で走れなくなるとお客様へとんでもないご迷惑をおかけしてしまいます。国内海外を問わずお客様にご迷惑をおかけすることには変わりはありませんが、国内ならば故障時の処置をスピードアップさせ、御免なさいで乗り切ろうと覚悟を決めました。

これも以前のブログで紹介しましたが、初代発売と同時にシステム開発評価のスタッフ達が、故障修理支援、原因究明、対策の特別チームを結成し、24時間以内の処置完了、不具合再発ゼロを合言葉に国内販売店からの連絡に即応し飛び回ってくれました。初期不具合の多発で多くのお客様にご迷惑をおかけしましたが、その後のスピーディーな対応でご迷惑をおかけしたお客様からも声援の声をいただき、日本ユーザーの暖かさをしみじみ感じた二年間でした。

欧米で通用する基本性能の確保と日本での経験、信頼性品質向上への取り組みのフィードバック、欧米のクルマの使い方を想定した設計見直しが必要と判断しました。クルマはマイナーチェンジですが、モーター、発電機、インバータ、電池などハイブリッド構成部品の90%以上をすべて作り直すハイブリッドシステムとしてはほぼフルモデルチェンジ規模の大変更を行ったのがこの2000年のマイナーチェンジです。

生産販売を行っている初代プリウスの少なくはない不具合調査と修理支援、さらに不具合原因の対策とその効果の確認をやりながら、同時にシステムとしてのビッグチェンジを行う作業を同じスタッフ達にやってもらいました。初代と同様の超短期、息のつけない、これもまた誰も過去に経験したことのない苦しい開発だった筈です。多くの専門スタッフがいたわけではありません。初代プリウス開発の途中から加わった若手が戦力になり、初代をやり遂げたスタッフ達とこれまた少数精鋭、やり遂げたことが、さらにその先の二代目プリウス、ハリアーハイブリッド、エスティマへとトヨタ・ハイブリッド・システム(THS)が発展していきました。その意味でも、このマイナーチェンジがそれからのTHS拡大のエポックであったように思います。

白紙で見なおしたフェールセーフ制御

この、マイナーでのビッグチェンジで今のTHSの発展につながる、ハイブリッドシステム制御系変更のトピックスをいくつか紹介したいと思います。

その一つが、システム故障時にクルマを安全に退避させ、他の部品への不具合の波及を防ぐ、フェールセーフ制御の見直しです。エンジンと電気モーターを使い分けて走らせるのがハイブリッドです。走る、止まる、曲がる、クルマの基本機能を動かすエネルギー、電力をマネージするのがハイブリッド制御系、マイナーでこれを全く白紙から作り直す作業を行いました。

この基本部分が、フェールセーフ系の再構築と故障診断判定制御です。初代の立ち上がりでは、ハイブリッドシステム故障、部品故障を検出し、それぞれのコンピューターから故障信号が送られてくると、エネルギー、駆動力、電力供給を止めるシステムシャットダウンを基本としていました。制動力、操舵力維持の最低限の電力供給を行い、惰行で回避してもらいクルマを止めるやりかたです。

走行駆動力、制動力、操舵力を保障できない故障の最後の手段がシステムダウンです。開発段階でトンネルを出た直後のシャットダウンで生きた心地がしなかったとのスタッフからの報告も受けていました。車線の多い道路の右折待機中のシャットダウンなどなど、走行中のシステムシャットダウン制御が決して安心、安全なやりかたではないことはもちろん判っていました。しかし、当初は正常、故障判定をしっかり行って残りの走行機能でできる限りの退避走行をさせるだけのシステム設計の詰めまではできず、電池が使える時のモーター走行以外はシャットダウンを基本とせざるを得ませんでした。

エンジン、電気モーターの二系統の駆動源を持つのがハイブリッドですので、故障判定さえしっかりやれれば故障していていない動力源を使って退避走行させる機能は従来車以上にやれます。しかし、故障か正常か、仮に正常と判定したとしてもどこまでそれを使って良いか、その判定は簡単ではありません。飛行機は二重系が原則、場合によっては三重系での多数決で判定することも重要部分ではやっていると聞かされました。

二重系ではどちらが正常かの判定はできません。また三重系や故障検出センサーを増やしては、部品点数を増やし複雑にした分、故障確率が増え信頼性はかえって低下してしまいかねません。さらに自動車ではそこまでのコストを掛けた設計では実用化は難しくなってしまうことも開発屋の本音です。初代は止む無く、最後の歯止めがシャットダウンでした。

ハイブリッドではサービスの見直しが必要だった

マイナーでは、このシャットダウン制御の根本からの見直しを行いました。様々な故障モードでクルマの挙動としてどうなるか、その挙動と退避走行制御への切り替えでドライバーのパニック操作を引き起こしてしまわないか、制御プログラムだけの変更と疑似信号でのシミュレーション実験やデバッギングで済ませる訳にはいきません。構成部品一点一点の故障モード解析とクルマでの挙動解析とその確認実験、エンジンやトランスミッション、モーター設計スタッフ達、それぞれの制御設計スタッフ達とのデザインレビューの繰り返し、殴り合いまではいかないまでもその故障判定条件、設計判定条件のレビューでは喧々諤々の論争と、実際のクルマを使った故障再現とその確認の繰り返し作業でした。

この作業を通し作り上げたのが、その後のTHSの基本となる、故障診断、フェールセーフ制御系です。車両、システム挙動からの故障判定、部品信号モニターからの故障判定、さらにこのシステムレビューとクルマ、システム、部品レベルまでの正常挙動、異常挙動分析と故障診断を行い、このマイナーチェンジからシステム故障時もすぐにシャットダウンではなく、駆動力を出せるかぎりは走らせる方式へと切り替えていくことができました。

このシステム挙動分析、確認試験の繰り返しにより作り上げたもう一つの機能が、故障修理、整備の時に使う故障診断、修理サービスツール、システムの構築です。初代の立ち上がりに故障修理支援の特別活動を行った理由の一つが、この新しいハイブリッドシステムの修理書、サービスツール開発まで手が回らず、さらに販売店サービスマンの故障診断、修理トレーニングも十分に行えなかったこともあります。欧米展開を見送った理由の一つもこの故障診断、サービスツールの整備をやってからとの判断がありました。

初代立ち上がりでは、販売店トップから販売店での修理、サービスが難しいとのお叱りもいただきましたが、何とか特別活動チームの頑張りと、こうした特別チームの支援により乗り切りました。マイナーでの故障現象の判定ばかりではなく、故障部位、故障部品まで特定する新しい故障診断システムを整備し、さらに日本だけではなく、欧米拠点でのサービスマントレーニングも充実させたことが、振り返るとTHS発展のもう一つのターニングポイントだったと思います。

このブログを書いている最中に三代目プリウスのモーター制御系リコールのニュースが飛び込んできました。非常に残念なことですが、初代、マイナー、二代目、三代目とここで取り上げたシステム制御の信頼性、品質向上に取り組んだ蓄積がまだまだ有る筈、190万台ものお客様にご迷惑をおかけしてしまったことを肝に銘じ、迅速、確実な対応を進めてくれるものと信じています。

二代目プリウスで達成しようとしたもの

新型クラウンに付けられた「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」バッジ

街を走っていても、新型クラウンを結構見かけるようになりました。前面グリルのデザインは好き嫌いがあるようですが、以前のおとなしい印象から強いインパクトを与えるチェンジを意識したことは伝わってくるように思います。このフロントデザインは別として、私は走りながらリアにも注目しています。リアはフロントほどの個性的なデザインをしているわけではありませんが、先月のブログで紹介したリアにある「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」のバッジをどうしても目で追ってしまうのです。

ハイブリッド・シナジー・ドライブ
ハイブリッド・シナジー・ドライブ

レクサスのハイブリッドにはこのバッジがついていませんので、リアの車名バッジに『‘XXX’h』とハイブリッドのしるしである『h』がついているかどうかで見分ける必要があります。これはアメリカのレクサス販売が、「「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」バッジを付けると、トヨタと同じハイブリッドだとのイメージがつくので嫌だ」と言って、われわれ開発側の提案を跳ね除けたからという裏話があります。とはいえその後、レクサスの販売店で「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」バッジのついたクルマが欲しいと言われるお客様が結構おられると聞いて「さもありなん」とにんまりしたことを思い出します。

街を走る新型クラウンの多くにこの「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」バッジがついており、前モデルに比べてハイブリッド車比率が格段に増加し、ハイブリッドが当たり前にクルマに成長してきたことを実感します。

号試白ナンバーでの一般道での試験・開発

3月の2代目プリウスから採用した「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」バッジ採用の経緯でご紹介したように、二代目ハイブリッドプリウス開発の狙いは、グローバルコンパクトカーとして、我慢のエコカーから普通のファミリーカーへの進化でした。

新型車の発売に向けて、その本格的な生産開始を前に、クルマの最終組み立てを行うアセンブリーラインが完成後、その生産ラインを使って工程調整や作業員のトレーニングなど、クルマとしての最終的な不具合出しとその対策をおこなう量産トライを行います。トヨタ用語でこれを号口試作、略して号試と呼んでいます。殆どの場合。この号試時期に車両の最終認可が下り、この号試で作った車も新車届出をして正規の白ナンバーをつけ、一般道路を走り回ることができるようになります。

開発の最終段階のこの時期は、この白ナンバーが付けられた号試車を使い試作車の評価で見過ごしてしまった不具合や、最終量産部品であらたな不具合がないかの最終チェックに忙殺されます。開発担当、設計スタッフにとって、最後の忙しい時期がこの号試段階です。担当するシステムや部品に不具合があると、この改善作業を予め決められている量産開始日程までに間に合わせ、その対策確認作業を仮に徹夜をしてでもやり遂げることが求められます。

初代プリウスも、このハイブリッドシステムのビッグチェンジを行った二代目も、いろいろこの段階でのトラブルはありましたが、なんとか量産開始日程に間に合わせ、遅れなく新車発表イベント、販売店での新車販売イベント、新車デリバリーに漕ぎ着けることがでました。

なおこの号試前の開発段階では、前モデルや既販車を改造した試作車の改造申請をおこなった白ナンバー試作車か、試作車に仮ナンバーをつけてこっそりと夜中に走りにいく程度で、大っぴらに一般道を走り回るのは、この号試白ナンバー車からになります。私自身、初代も、二代目もこの号試白ナンバー車を借り出し、いろいろなところを走り回りました。

もちろん、様々な分野のクルマ評価のプロ達が、この段階でも日夜一般道、テストコースを走り回り、最終不具合チェックと、対策が必要な箇所を調べ回っていますので、評価のプロでもない私の出る幕は少ないのですが、開発リーダーとして手がけたクルマですので、評価のプロ達からの報告を自分でも確認したくなり出張の合間を見て、また週末になると時間がとれる限りはこうした白ナンバー車で走り回ること心がけ、またそれが楽しみでもありました。

二代目プリウスでは、新型車の発表を量産開始予定の2003年9月の半年近い前、4月のニューヨークモーターショーで行い、このタイミングで外形デザインも公表しましたので、通常のケースよりは早くこの正式モデルでの仮ナンバー運行試験を行っていましたが、白ナンバーでの運行はこの号試車からでした。

2代目プリウスでのTHS性能強化メニュー

以前も紹介したように、二代目プリウスはハイブリッドが次世代自動車のコアに成長させるためのホップ、ステップ、ジャンプのステップの飛躍をめざしたものでした。クルマの企画段階において、主なマーケットとして期待していたアメリカからの販売計画台数の提示は開発サイドとしてはがっくりするほど少なく、アメリカからも欧州からも我慢のエコカーでは勝負ができないとの声高の要求ばかりでした。スポーツカーを目指す訳ではありませんが、世界中の様々な走行環境を考慮に入れると初代のパワー不足は明か、グローバルカーとしてのステップジャンプを成功させるためにも、環境性能の進化と走行性能の進化は必要不可欠でした。

図1

計画初期段階ではエンジン排気量アップも候補にあげましたが、これにはトランスミッション幅を大幅に縮める必要があり、3代目プリウスで採用したモーター回転数を高回転化するリダクション方式が不可欠で、これにはTHSトランスミッションも1からの新設になってしまいます。コスト低減も大きな開発課題であり、提示された企画台数では設備投資もかさみ、役員からも生産サイドからも賛同が得られませんでした。

この中で行える出来る限りの出力アップをしようとして、エンジン燃費を悪化させない範囲でギリギリ高回転化を行い、さらに発電機の許容最高回転数を高め、フルパワーが使える実走行の車速域をできるかぎり低速域まで拡げるとのやり方で進めたのが二代目プリウスのハイブリッド開発でした。

図に示すように、初代(2000年マイナーチェンジ後)では、時速100キロ以上でなければ使えなかったエンジンと電池出力の合算のシステム最高出力が使える車速を約時速80キロまで低めに設定し、さらにモーター制御やインバータの改良で低中速出力を大幅に高めることができました。

加速で電池アシストパワーを使ってしまうと、再び電池のアシストパワーを使うにはエンジン充電を行う必要があります。この電池充電はエンジン発電で行うので、アシストパワーを使った状態での高速登坂など走行パワーが大きな状態での電池充電ではエンジンパワーにも余裕が必要です。このギリギリのレベルアップをめざしたのが2代目プリウスのハイブリッド開発でした。

アメリカと日本では「エコと走りの両立」を達成したと自負

白ナンバー号試車が使えるようになって、一般道路で早速確認したかったのがこのパワーでの走りです。丁度、号試後半のクルマに白ナンバー登録をして、それを最初の広報宣伝イベントのジャーナリスト試乗会に使うことになりました。そのクルマの事前チェックとすり合わせ運転を開発スタッフ有志が引き受けることになり、私は既に開発スタッフとしては一番の年寄りでしたが、早速手をあげてその一台を引き受けました。

うろ覚えですが8月の最終週に土日の二日を費やし、初代、二代目プリウスの夜間試乗コースだった奥三河山間部を走り回り、さらに名神・北陸道、その年に運用を開始した舞鶴若狭道路、中国自動車道路、さらに1号線の鈴鹿越えなど、日当たり500km、二日で約1,000kmのドライブでした。図1に示す、システムフルパワーを目一杯使う走りをやってみて、この様々な走行条件での試乗で、日本、アメリカの速度域・走り方なら、なんとか我慢のエコカーから言われないレベルと確認することができました。

しかしこれでも、速度無制限アウトバーンでの高速登坂で非力さを感ずるレベルであることは図1のシステム出力からも明かでした。アウトバーン走行でも、時速200キロ以上の連続走行はポルシェ、BMWといえども普通ではありません。しかし、最低限時速150キロから180キロへの追い越しを安心してやれるレベルは必要です。三代目プリウスでエンジン排気量を1.8リッタとし、前述のモーターリダクションタイプのハイブリッドトランスミッションを新設し、グローバルな次世代ファミリーカーを実現してくれました。

もちろん、このアウトバーンも、走行車速が高い欧州のカントリー路でも安全、安心してコーナリングトレースができるシャシー、タイヤ、ステアリング性能がこの走りを支えてくれるレベルに到達していることは言うまでもありません。今年は、欧州での欧州チューニング、欧州工場生産のTHSハイブリッド車を走らせ、そのレベルを確認することを現在計画中です。

ちなみに、この二代目白ナンバー号試車のすり合わせ走行での燃費も23キロ/台を記録し、「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」のキャッチフレーズ、「エコと走りの高度な両立」を確認することができたことも、記憶に残る想い出です。

ハイブリッド競争時代が始まった

このブログを書いている最中に、トヨタハイブリッド車の累計販売台数500万台達成のニュースが飛びこんできました。16年目での大台突破です。感慨深いものがありますが、これでも世界の自動車保有台数のまだ1%にも到達していません。石油燃料消費の削減、自動車からのCO2排出削減に貢献していくには、次ぎの1,000万台、2,000万台突破を早める必要があります。このためには、エコ性能はもちろん、環境性能、走行性能、クルマとしての魅力を高めていく努力をさらに積み重ねていくことが必要です。

そろそろハイブリッド=トヨタの独壇場に強力なライバルも登場してきそうです。強力なライバル達と競い合い、お客様にクルマの魅力としてサプライズ感じていただける、次ぎのTHS/THSII、「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」の進化を期待しています。

プリウス開発秘話「二代目プリウスとハイブリッド・シナジー・ドライブ」

「ステップ」の二代目

2003年発売の二台目プリウスから、現在のトヨタのハイブリッド車にはリアとサイドにハHybrid Synergy Driveと書かれたバッジが取り付けられています。今日はこの「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」バッジ誕生の経緯について述べたいと思います。

ハイブリッド・シナジー・ドライブ
ハイブリッド・シナジー・ドライブ

プリウスの初のフルモデルチェンジとして2003年9月に発売を開始した二代目プリウスですが、この年の4月にニューヨークで開催されたニューヨーク・モーターショーが最初のお披露目となりました。以前のブログで紹介した、「アメリカのプリウスの父」、2006年に趣味のスタント飛行機を操縦中に墜落死したアメリカでのハイブリッド技術のスポークスマンであったデーブ・ハマンス氏がお披露目の技術説明を行いました。私もその会場におりましたが、その反響の大きさにグローバルカーへの発展に強い手応えを感じたことを思い出します。

「アメリカのプリウスの父」との思い出 

繰り返し述べていることですが、ショーモデルとしてのエコカー、限定モデルのエコカーではリアル・ワールドでの環境保全、エネルギー保全には貢献できません。グローバルカーとして普及拡大してこその次世代エコカーのけん引役になれます。グローバルカーへのホップ・ステップ・ジャンプとして、初代がホップだとすると、二代目はステップをめざすプロジェクトでした。

ハイブリッド関連部品は初代、マイナー・モデルチェンジを経て、ここでほぼ作り直しの新規開発となりました。SUV・ミニバンなど車重の重く、排気量の大きなエンジンのハイブリッドへの技術見通しもついてきたので、「我慢のエコカー」というイメージ、また同時に「広報・宣伝のエコカー」という競争相手の逆宣伝イメージの払拭とハイブリッド車普及促進のシンボルと狙いを定めて設定したのが「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」キャンペーンでした。

初代の発売後、風当たりは強かった

二代目プリウスの企画やそのハイブリッド開発が決して順調に進んだ訳ではありません。初代を何とか世に送り出しましたが「出る杭は打たれる」の例えの通り、私自身も社内外で強いアゲンストの風が受けることを予想し、その予想は見事的中しました。トップ役員からのサポートは得られましたが、我慢のエコカーと言われ、THSは「特殊解で品質不安」「高コストでニッチ」との声が囁かれ、さらに社内の一部からも収益面からも「少量限定企画」「それなら次ぎは燃料電池自動車もしくはオールアルミボデー燃費チャンピオンになるのか?」「広報・宣伝用車だ」等の言葉が寄せられました。

ホップ、ステップフェーズとしての主要マーケットであるアメリカでは、販売サイドからの提示台数もわずかで、現地トップからも当時のガソリン価格でこのサイズのクルマでは売れる訳がないと冷たいあしらいも受けました。アメリカに出張する度に、プリウスを乗り、デーブと一緒に販売サイドと話をし、またEPAやCARB、DOEといったアメリカの環境・エネルギー規制当局への働き掛けなど、ハイブリッドへの理解活動を続けました。

2000年マイナーチェンジ後、月を追って販売台数が増え、強力なサポーターも現れてきました。その強力なサポーターの象徴だったのがディカプリオ、キャメロン・ディアスといった有名俳優で、彼らがプリウスを愛車としアカデミー賞受賞式にプリウスで乗り付けるなど(この仕掛け人もデーブと販売サイドの仲間達だったようです)、話題性の後押しもあり少しずつ開発を取り巻く環境も変化してきました。欧州でも欧州カー・オブ・ザ・イヤーで僅差の2位になるなどハイブリッドに対する理解度が進み始めました。

評価を頂いた二代目プリウス

このタイミングでもう一押しと日、米、欧の次世代車ハイブリッド普及を支持してくれる同志たちと仕掛けたのが、世界共通の新しいハイブリッド名称を前面に押し出した二代目プリウスのブランド構築作戦でした。この活動にもデーブがアメリカサイドのリーダ役として加わってくれたように記憶しています。米国のグループから提案されたハイブリッド・システム名称が「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」でした。内燃エンジンと電気モーターの「いいとこ取り」、相乗効果、すなわちシナジー効果を高めるのがハイブリッドで、その相乗効果をとりいれたネーミングです。

2002年秋に開催された東京モーターショーのタイミングに合わせ、日、米、欧の関係者だけではなく、豪、アジアの広報担当者にも集まってもらい二代目プリウスプロトタイプの試乗会、技術説明会、懇親会、「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」二代目プリウスのステップアップ決起集会とベクトル合わせを行ったことも良い思い出です。

二代目は確実なステップアップをしたという評価を頂き、発売開始後、月を経るごとに販売台数が増加し、当初の計画生産台数ではまったく追いつかず、2009年三代目プリウス発売までの5年間で5回以上もの生産能力アップを行うことになる嬉しい誤算となりました。

この二代目では、北米、欧州とその地区のカー・オブ・ザ・イヤーを受賞しましたが、日本だけは残念ながら頂けませんでした。今振り返ると、我慢のエコカー払拭の思いが強く出すぎたため、エンジンと電気モーターのシナジーを強調するあまり走りのパフォーマンスを強調し過ぎ、次世代グローバル・スタンダードの訴求が弱かったのではと感じています。もちろん、スポーツハイブリッドを目指した訳でもなく、初代と同じ1.5リッターエンジン、電池出力も同じなかで、欧米でストレスなく走れるハイブリッドが目標でした。

欧州カー・オブ・ザ・イヤーの審査では、2000年プリウスの審査ではこのクルマは欧州では通用しないと低い点をつけた複数の審査委員から自分のその時の判断が間違っていたとのコメントと高い点をもらったことを知り、そのストックホルムで開催された受賞式にはハイブリッド開発スタッフ達の代表として自分で手をあげて出席させてもらいました。
審査員の方々と呑んだその夜のワインは銘柄の記憶はありませんが、ことのほか美味しく感じことだけは鮮明に覚えています。

写真2

次の「ホップ」は何になるのか?

初代から15年、二代目から10年、2009年の三代目も、さらにプリウスの弟分アクアもこの「ハイブリッド・シナジー・ドライブ」バッジをつけ、まもなく累計500万台、最初に目指した普及・拡大第1ステージの三段飛びはやり遂げられたのではないかと感じています。しかし、まだ第1ステージ、これからの第2ステージのホップ・ステップ・ジャンプをリードすることも「G21」プリウスの役割と期待しています。

初代プリウス発売直後も、ハイブリッドは水素燃料電池自動車までのショートリリーフと言われ、2010年にも水素燃料自動車時代到来と言われました。また、その水素燃料電池自動車ブームが去ると次ぎは3度目となる電気自動車ブームが到来、この時もハイブリッドはショートリリーフ、すり合わせ型開発の代表ハイブリッドに拘っていると次世代自動車で遅れを取る、ハイブリッドはガラパゴスカー?などの言われ方もしました。その第3次電気自動車ブームも去ろうとしています。

もちろん、イノベーション技術へのチャレンジは大切です。しかし、走り、航続距離、使い勝手、品質、販価、どの部分であっても「我慢を強いるエコカー」では、また「独りよがりのエコの押しつけ」では、さらに税金、補助金、インフラ整備前提の「エコカー」では普及、拡大がおぼつかないことは、このプリウスの15年を見ていても明らかではないでしょうか?

新たな第2ステージの三段飛びの一歩目、ホップとなる第4世代プリウスのハイブリッドがどのように進化し、どんなバッジがつけられているのか、今から楽しみです。

ハイブリッド技術発表から15年

はじめに

 今日、省エネルギーと地球温暖化防止に資するため、CO2排出量の削減が国際的な課題となっています。自動車にとってのCO2削減は、燃費を改善、向上することであり、排出ガス清浄化や安全性確保とも両立することが必要です。
 トヨタは、クリーンで安全な商品の提供を使命として、かねてより、環境問題への対応を最重要課題のひとつとして位置付け、住みよい地球と豊かな社会づくりに全力をあげて取りくんでまいりました。(中略)

 この度、トヨタは、乗用車用の新パワートレーン「トヨタハイブリッドシステム(以下THSと略す)」を完成させました。これはガソリンエンジンとモーターを組み合わせた動力源で、EVのような外部充電を必要としないため既存のインフラストラクチャーに適合しており、また従来のガソリンエンジンの概ね2倍の燃費達成が可能なシステムとなっています。
 1997年1月、トヨタは『トヨタ エコプロジェクト』の推進を宣言いたしました。この中で、地球温暖化防止のためCO2排出低減という課題への取り組みとして、燃費2倍をめざしたハイブリッド自動車(HV)を開発することとしており、今回のTHSの完成は、この目標に大きく寄与するものと確信したします。

これはいまから丁度15年前の1997年3月25日(火)、東京のホテルで行った、トヨタ新技術発表会で配布した解説資料(Press Information ’97)のまえがきの一部です。その年の12月に発売を予定していたプリウスに搭載するハイブリッドパワートレーン(THS)のお披露目がこの技術発表会でした。

トヨタはこの年の1月末から、プリウス発売告知の意味をもたせて「トヨタ エコプロジェクト」キャンペーンをスタートさせていました。そして、この技術発表会はそのキャンペーンの口火を切るものとして設定されました。この発表会こそが今振り返っても、トヨタが自動車のエネルギー・環境問題に真正面から取り組むとの後戻りのできない宣言だったと思います。

『広報にハシゴを外された』

トヨタがハイブリッド車の量産を目指し開発しているらしいとのニュースが流れ始めた1996年の末、当時の広報部の室長から技術部のトップに「リーク記事が出始めており、プリウスは単なる新車発表ではないので、時期は早いが新車告知を兼ねて環境をテーマにキャンペーンを打ちたい」との提案がありました。その時点では、正式デザインの試作車も出来ておらず、当時のコロナプレミオを改造したクルマに暫定試作品を組み合わせたハイブリッド機能検討用のプロト車の走行試験がやっと進み始めた段階でした。

電池を始め、まだまだ量産向けのスペックを決めきれず、肝心の燃費性能も全くの目標未達、走行試験を行っても、さまざまな部署から路上故障など不具合発生報告が目白押し、全く量産見通しもついていない最中での技術発表の決断でした。

ハイブリッドシステム
乗用車用新パワートレーン
「トヨタハイブリッドシステム」
1997年3月25日(火)
新技術発表会配布資料より

図は、その配付資料につけたメディア用写真の一枚で、エンジンとハイブリッドトランスミッションカットモデルです。まだUSBメモリーやCDロムでのデジタル資料の配付はなく、配布資料とこのような写真を何枚かつけて参加者にお渡ししたと記憶しています。

広報チームは、車両主査やハイブリッド担当の我々に話を持ってくる前に、既にトップの了解を取り付けていたようでした。私は正直言って「これはハシゴを外されたな」との印象を持ちましたが、プリウスの車両主査もやれるならやろうとの意見で、この提案を開発チームに持ち帰ってそれぞれのチーフクラスに、今の状況とこれからの見通しを詰めてもらい、彼らの本音の感触でやれるかどうか判断することにしました。

この時期、私としては、残り1年、来年の12月までに仕上げられるかどうかの確信は全くありませんでしたが、時間をかければこのハイブリッドシステムをモノにできるかもしれないと感じ始めた時期でした。やっと、システムの基本部分が固まり、ハイブリッド部品やクルマの生産準備にゴーをかけた段階、その仕様で冬の商品品質を確認できる、最初で最後の寒冷地試験準備に入っていた時期です。

この新技術発表の目玉は、燃費2倍の乗用車用新パワートレーンです。この燃費2倍というのがこのプリウスの社内開発目標であり、当初は国内の公式燃費試験10-15モード燃費としてカローラクラスの約2倍、切りの良い数字として、リッター30kmとしていました。ただし、この値は企画段階の計算値で、クルマの重量も仮、ハイブリッドとしての効率を左右するモーターや発電機の効率、電池からモーターに電力を送る放電効率、減速回生やエンジン発電での充電効率も仮定のエイヤーと決めた値でした。

リッター30kmの目標は、そのすべての仮定が達成したときに出るかも知れない程度の楽観的な値です。96年末に行った、暫定試作車での測定値は惨憺たるありさま、リッター20kmを少し越えるレベル、チューニングを進めると少しずつ向上するもの、30kmは遙かに高い目標、エコ・キャンペーンとして、新技術を発表するとなると、いわゆる会社としてのコミットメント、その公表する燃費の値はチャレンジ目標では済みません。

チャレンジに挑んだスタッフ達

役員のお墨付きを貰った広報の提案を開発チームに持ち帰り、開発部隊の実務リーダー達に話をし、意見を求めました。開発スタッフが夜昼もなく、開発現場を飛び回り、開発作業をやっている最中です。このようなとんでもない話を持ち帰ってきたことに、総スカン、袋だたきを覚悟しましたが、これは杞憂に終わりました。

チャレンジ精神にあふれた開発スタッフに恵まれました。その多くは、“ここまで来たなら、やるしかない”、“これがやれたら世の中を変えられる”、“これをやり切ると、話題になるどころか事件になる”と、逆に背中を押されてしまいました。

その開発チームと車両チームが合同で、車両軽量化、エンジン、モーター効率、トランスミッション伝達効率、回生効率、タイヤの転がり損失低減など、さまざまな燃費向上メニューを詰め、設計チームと実現性の確認を試合、これから先の燃費改良メニューを詰めに詰めて、燃費2倍、10-15モード28kmの達成は可能との結論を出してくれました。

こうして、新技術発表会にむけた準備がスタートしていきました。その後も最後の最後まで、この28km達成にはヒヤヒヤ、どきどきがありましたが、結果としてはこれ公式燃費試験としても達成し、12月の販売開始を迎えることができました。

3月25日の新技術発表会が、冒頭の配付資料にもあるように、ハイブリッド技術による燃費2倍へのチャレンジ公表と、量産化宣言は、われわれ開発陣にとっても重い重いコミットメント宣言でした。

ここでの表現の燃費2倍、リッター28kmは、日本の公式燃費の算定試験法、10-15モードでの燃費です。これが、カタログで表示できる唯一の公式燃費値であり、これの達成を第1の目標としました。ただし、この配布資料に書き上げたように、目的は省エネ、地球温暖化に資するためですから、カタログ燃費だけではなく、実マーケット、実路で使われる様々な実際の走行での燃費低減が重要であることは、この時も肝に銘じていました。

後戻りのできない瞬間、さまざまな走行条件の中で燃費2倍を目指す開発の原点はここにあったと思います。その後の取り組みも、この公表出来る値としてカタログ燃費向上へのチャレンジとともに、冬のヒータ作動、梅雨時のデフォッガー、夏のエアコン運転、高速巡行など実際の様々な走行燃費の向上に費やし、3代目プリウス、アクアへの発展してきたことが、この時のトヨタのコミットメントへの回答と言えるのではと、当事者OBとして喜んでいます。

「販価50万アップではお客様に受け入れられない」

しかし、まえがきに記述した、「省エネルギーと地球温暖化防止」に資するために、自動車に課せられた課題はいよいよ大きくなってきています。もはや、その頃に比べての燃費2倍で留まっていることは許されません。さらに、ハイブリッドはリリーフ、先は電気自動車、水素燃料電池自動車と言いつのり、今できる実用低燃費自動車普及の先送りをしていては、自動車の未来は暗くなります。エンジン技術、車両技術の進化の余地もまだまだあり、もちろん、ハイブリッドもまだまだ発展途上、それらを組み合わせると、まだまだ燃費向上、CO2削減の余地は大きいとお思います。

新技術発表会に戻ると、当日の発表会のスピーチは、このハイブリッド・プリウスプロジェクトの大ボス、技術部門統括の和田副社長(当時)が行い、その後に技術紹介として、私がプレゼンテーションを行いました。この時のプレゼンテーション内容、質疑応答は今ではほとんど覚えていません。その後の総合Q&Aで、車両販売価格に対する誘導質問に対し、和田さんから販価アップ50万もつけたらお客様には受け入れてもらえないと回答され、それが大きく取り上げられたことだけを鮮明に記憶しています。エコ性能と物珍しさだけでは、普及拡大が果たせないことは事実ですが、この時点でお客様に受け入れていただく販価となるとまだまだ高いチャレンジ目標、燃費2倍へのチャレンジ同様、休む間もなく原価低減へのチャレンジが命じられるとの恐れを抱きました。まさに予感通り、それから15年が経過しました。

初代プリウスをスタートとする、トヨタハイブリッドシステム搭載車の累積販売台数はまもなく400万台を突破しようとしています。それでも世界自動車保有台数10億台の0.5%、「省エネルギーと地球温暖化防止」に資するためのスタートの一歩に過ぎないことを、日本の自動車のエンジニア、経営者には肝に銘じていただきたいと思います。