IPCC第38回総会と自動車の低CO2

横浜でIPCC第38回総会開催中
今週の25日から横浜市パシフィコ横浜会議センターで、気候変動の現状分析と対応策を話し合う、IPCC第38回総会が開催されています。IPCCは国連環境計画(UNEP)、世界気象機関(WMO)により、1988年に世界の気象学者と環境研究者、政府機関の環境政策スタッフを集めて設立した政府間機関です。
人間活動で排出される温暖化ガスにより引き起こされていると言われる地球規模の気候変動に関する科学的な最新情報をまとめ、各国にその実情と将来予測、緩和にむけての政策提言をおこなう役割です。定期的に気候変動に関する多くの専門家の研究と分析をまとめて報告書を発行、今年は2007年の4次報告書に次ぐ第5次「評価報告書」発行を予定しています。
この活動を通じてIPCCは2007年度にアメリカのクリントン政権時代の副大統領ゴア氏とともにノーベル平和賞を受賞しています。代表として賞を受け取ったのが、現IPCC議長のパチューリ氏です。

生態系、経済社会への影響と適応策が提示される?
今回の総会では、温暖化ガスの増加がもたらす生態系、社会、経済社会への影響及び適応策について評価を行う第2作業部会の活動報告を予定しており、最終日にはこれまでの活動を纏めた評価報告書を採択し発表することになっています。
2007年の第4次評価報告書としての提言に基づき、国際社会として温暖化ガスによる地球平均気温の上昇を2℃以下に抑制するとの目標に合意していましたが、温室効果ガス排出削減への取り組み目標を決める国際条約をなかなか纏めあげることができずにいます。
(国際条約を決めるには通称COP:気候変動枠組条約締結国会合)

地球平均気温上昇2℃以内に抑制は絶望的
今回のIPCC総会を前に、パチューリ議長は2℃までの抑制は絶望的であり、このまま増加が続くと今世紀末には平均気温が最大4.8℃上昇するとして、経済損失が大きいだけでなく、人命や生態系への影響が甚大と警告しています。さらに、「何もしないことのつけは非常に大きい」と各国が早急に温室効果ガス排出削減に取り組むことを呼びかけました。
日本では福島第1原発事故の影響で原発がほぼ停止状態に追い込まれ、削減どころか1990年比でも増加する状況に追い込まれています。また、中国、インドなど発展途上国の経済急成長で石炭、石油、天然ガスの消費は急増し、温室効果ガスの代表である二酸化炭素(CO2)の大気中濃度が、産業革命前の280ppmから昨年とうとう400ppmの大台を突破してしまいました。

自動車からのCO2排出
自動車もCO2排出の主役の一つです。ハイブリッド開発に取り組んだのも画期的な低燃費自動車を普及させ、CO2排出の寄与度を下げることでした。日本ではハイブリッド車の比率が17%に達し、従来車の低燃費化も加速、日本の燃料消費総量が減少に転じています。アメリカでのハイブリッド比率はまだ3.8%台とわずかですが、低燃費の流れは強まり石油実需が減少に転じたようです。一方、三度目の正直だったはずの電気自動車は、またもやそのブームは去りかけています。電気自動車の走行中ゼロエミッションには意味はなく、温室効果ガス削減が目的なら発電時のCO2、さらに自動車製造時、電池製造時、配電ロス、充電効率、配車時のCO2を含めて評価すべきです。しかし、この議論の前にクルマとしての基本機能、性能不足で、主役としては役不足、ニッチのマーケットではCO2削減への期待も萎んでしまいそうです。その替わりか、これまた1990年代後半のデジャビュのように、水素燃料電池車(FCEV)がクローズアップしてきました。これまた、世界の自動車から排出するCO2削減の主役となるには克服できるかどうか判らない課題が山積しています。 その将来は水素燃料電池車の実用化に人生をかける気概で取り組んでいるエンジニア達にかかっていますが、簡単ではありません。

実用燃費3倍へのチャレンジに期待
一方、このハイブリッド車、低燃費車の流れにも変化の兆候が現れてきました。エコ、エコのかけ声ばかりで、何かエコ疲れが見えてきたのではと心配しています。エコとエコは気にしない派の二極分化が進み始めているように思います。21世紀はエコカーの時代、その21世紀に間に合わせましたと言い歩いた当事者ですが、未だにカタログ燃費の数字を競い合うエコの押し売りでは、次のステップの普及拡大にはつながらない気がしています。
もちろん、燃費向上、低CO2の足踏みは許されませんし、軽量化、低空力損失などクルマとしての低燃費、エンジンの高効率化、電気駆動系の高効率化、電池の充放電効率向上もまだまだ余地は残っています。以前のブログで紹介したように、ハイブリッド開発の燃費向上目標はプリウス開発ストーリーで紹介されている燃費2倍ではなく燃費3倍でした。
カタログ燃費だけの目標ではしょうがありませんが、今なら当時のカローラ比として実走行燃費3倍は無謀なチャレンジ目標ではないように思います。

その上で、普通に走ると燃費3倍のエコ、しかし時には郊外で気持ちの良いエンジンサウンドを響かせながら伸びのある加速も両立させたクルマが目指す方向です。セダン、ステーションワゴン、クロスオーバー、ミニバン、スポーツクーペ、カテゴリーもそのデザインも好みは人それぞれ、エコだけではなく、それぞれの好みのジャンルでサプライズを感じ保有したくなるクルマが実質エコ拡大を牽引するように思います。マーケットが盛り上がり、こうしたクルマが古い燃費の悪いクルマに置き換わっていってCO2削減の実効を高めることができます。

販価の制約は大きいですが、発展途上国へもこうしたクルマを普及させていくことがグローバル自動車としてのCO2排出削減への貢献です。

COPでの国際合意に期待するより、技術イノベーション
今回のIPCC 総会での提言が次のCOPにどのように反映するかは判りません。グローバルな温室効果ガス削減への取り組みは待ったなしですが、これは国際政治で決まること、多くを期待してもしょうがないことは過去のCOPの歴史が物語っています。

それでも手を拱いているわけにはいきません。クルマだけではありませんが、研究者、エンジニアがやれることはまだまだあります。日本の環境、省エネ技術をさらに進化させ、エコと商品魅力の両立、販価効果を高めていくことがエコイノベーションです。
45年のクルマ屋の目から見て、今の世界のクルマの中でエコとクルマの魅力を両立させ、サプライズを感じ保有したくなるクルマは残念ながらありません。終の棲家ならぬ、免許証の返上前にこうした終のクルマに巡り会いたいものです。

「リオ+20」国連持続可能な開発会議

今日からブラジル・リオデジャネイロで国連持続可能な開発会議、通称リオ+20が開催されます。1992年に同じくリオで開催され、「環境と開発に関するリオ宣言」やリオ宣言を具体化するための行動計画である「アジェンダ21」が採択されたほか、その後のCOPとなる気候変動枠組み条約や生物多様化条約が署名されるなど、今日に至る地球環境保全活動の流れを決めた国連環境開発会議(地球サミット)から20年、そのフォローアップとして2009年の国連総会で開催が決まった会議です。
日本外務省の紹介ページ http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/rio_p20/gaiyo.html

この1992年のリオ地球サミットでは、カナダの日系人少女(当時12才)セヴァン・スズキが会場の大人達へ向けて環境破壊を止めることを訴えたスピーチが大きな反響を呼びました。

因みに、彼女は東日本大震災で大型バイクのハーレーが流れ着いたとして報道された島、カナダの西海岸ハイダグアイ島で4年前にこの島の先住民男性と結婚し今では二児の母となり、現在も環境保護活動を続けているようです。

クリーン技術が表舞台に出るきっかけ

このブログでも紹介したことがありますが、このリオ地球サミットはハイブリッド自動車プリウス開発のきっかけとなった出来事の1つです。当時私自身は、富士の麓にあるトヨタの東富士研究所に勤務しており、アメリカ・カリフォルニア州で決定された1970年代に制定されたマスキー排気ガス規制のさらに10分の1レベル達成が求められたクリーンガソリンエンジン開発のリーダーを務めていました。そういった立場からも、このリオ地球サミットでの議論は良く覚えています。

昨年12月15日の当ブログでも、南ア・ダーバンでのCOP17の顛末とともに、1992年リオ地球サミットの「アジェンダ21」に触発され開発した、超軽量車にスーパーチャージャー過給器によりシリンダー内の燃焼ガスを掃気させる新方式の2サイクルガソリンエンジンを搭載した超低燃費車の紹介をしています。

また、トヨタの社内でも21世紀にむけた会社としての長期ビジョン議論が行われており、この「アジェンダ21」を意識して、自動車としての環境問題の対応が取り上げられ、21世紀に向かう自動車会社として、エネルギーと環境問題への取り組みを重点とする通称「トヨタ地球環境憲章」がその年の12月に社内に内示され、さらに1993年に公表されました。

トヨタ地球環境憲章

これの概要を免許証入れや財布にも入るカードにして、従業員全員に配り、ボトムアップとトップダウン双方向で、この具体化のためのテーマアップが全社的に展開されました。
もともとクリーンエンジンや低燃費エンジンはクルマの黒子役で、環境規制や燃費規制を高いレベルでクリアさせながらも、走行性能や走行フィーリングで世界と勝負できるエンジンの開発が我々の命題と取り組んできましたが、地球環境問題への取り組みを優先させると表現するこの「トヨタ地球環境憲章」の制定に、黒子から表部隊のテーマにできるかも知れないと胸を躍らせた記憶が残っています。

この「トヨタ地球環境憲章」の具体的なアクションプランとして、エネルギー・地球環境問題を取り組み命題とする「21世紀コンパクトカー」スタディーを技術開発部隊のテーマにすることの提案者が、2週間ほど前のブログ、「豊田佐吉翁の新型電池に対する懸賞金」のエピソードを豊田英二さんかとのインタビュアーとしてお聞きした、当時の技術担当副社長金原さんでした。そこから、そのプロジェクトのコードネームG21のGはグローバルならぬ、金原の「金」ゴールドのGとの紹介をさせてもらいました。

混迷する国際的な環境への取り組み

それから20年、プリウスハイブリッドはそのリオ地球サミットで決定した国際的な取り組み「気候変動枠組み条約」による国際合意「京都議定書」が議論されたCOP3に間に合わせて販売を開始、そのハイブリッドが4月末には400累計販売台数400万台突破まで育ってきています。しかし、国際政治のなかでの日本の政治家のクロック(反応速度)や感性がわれわれエンジニアのクロックや感性とは大きく違い、さらに最近では地球人としての感性すら持ち合わせていないのではないかと心配が増すばかりです。

2009年9月の国連総会で、首相就任直後の鳩山首相が地球温暖化ガス排出削減を目指し、日本として2020年までに温暖化ガスの1990年比25%削減を高らかに宣言し、その年末にデンマーク・コペンハーゲンで開催されたCOP15(気候変動枠組み条約締結国会議)でもこのアピールを携えて意気揚々と参加しましたが、会議そのものは「京都議定書」の存続か中国やインドを含むポスト「京都」の枠組みを巡り紛糾と対立のまま、確かな国際合意を取り付けることができず終了してしまいました。一昨年メキシコ・カンクンで開催されたCOP16も、昨年南アフリカ・ダーバンで開催されたCOP17も、ポスト『京都』に向けた具体的な地球温暖化緩和に向けた国際合意が得られないまま続けられています。

日本も昨年の3.11福島原発事故の影響もあり、電力の化石燃料発電シフトにより、発電CO2排出が大幅に増加し、2020年に25%どころか、2012年に期限が切れる「京都議定書」の目標達成も怪しい状態に陥っています。何の裏付けもなかった25%削減達成は論外としても、ハイブリッド車を始め、日本が取り組んできた省エネ技術、環境技術は世界の環境保全に、地球温暖化緩和に既に貢献してきましたし、さらにその技術進化と社会改革で世界をリードできるはずです。

日本のクリーン技術をもっと世界へ

今夜開会する「リオ+21」はこれまでほどの話題とはなっておらず、また最終日に議決される「グリーン経済」を提案する成果議決書も、すでにEUサイドからその中身を疑う発言が伝わり、日本が提案しようとしたGDPに替わる「グリーン経済」指標の「幸福度」も経済成長抑制を求めるものとして発展途上国の反対により削除されてしまったようです。

しかし、ハイブリッド車や電気自動車の実用化と普及、高効率なヒートポンプ技術、世界最高効率を実現している火力発電、エネルギー消費とCO2排出削減で世界をリードする製鉄技術など、日本は省エネ技術、環境技術で世界に貢献してきました。これからも、エネルギーのほぼ全てを輸入に頼る日本では、その輸入エネルギーをさらに知恵を絞った省エネ技術で効率的に使い、いわゆるサステーナブル・エネルギーも国際マーケットでの競争に打ち勝てる技術を創出し、世界に貢献する「グリーン経済」のリーダーの役割を担うことが生きる道と信じます。

1992年は日本のバブル景気が崩壊し、永い不況に落ち込み始めた時期にあたります。そのなかで、われわれはリオ地球環境サミットの「アジェンダ21」に自動車メーカーのエンジニアとして将来の進むべき道を見いだすことができました。それから20年経過しますが、まだ最初の一歩を踏み出した段階に留まっています。もう一度「アジェンダ21」合意に人類の将来の光明を見、日本のもの作り、クルマ作りへと知恵を結集させた日本人パワーを復活させ、「持続可能な開発=サステーナブルデベロプメント」の担い手として、日本再生、地球資源、環境の保全をリードして行きたいものです。政治、行政は、せめて民間ベースの「グリーン技術開発、グリーン経済」の足だけは引っ張らないようお願いします。

COP3・COP17とプリウス

COP17が閉幕

南アフリカダーバンを会場に行われていた、地球温暖化問題緩和に対する、国際的な取り組みの枠組みを取り決める国際会議、COP17が、難産に難産を重ね、将来の取り組み方向を決める共同声明発表にこぎ着け、閉幕しました。
このCOP会議とは、国際連合加盟国が締結した条約「気候変動に関する国際連合枠組条約:英語名:United Nations Framework Convention on Climate Change(UNEFCCC)、いわゆる地球温暖化防止条約ともいわれ、その条約締結国があつまりその実施方向を決める最高意思決定機関である気候変動枠組条約締結国会議(Conference of the Parties)の名前をとってCOPと呼んでおり、COP17とはその17回目の会議です。

この条約は、1992年6月、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた、環境と開発に関する国際連合会議、通称地球サミットで採択され、155カ国が署名し、1994年3月に発行しました。
この会議では、セバン・スズキという当時12才の日系カナダ人の少女が「もうこれ以上この地球という星を壊さないで」というスピーチを行い、大きな反響を呼びました。このときのスピーチは伝説のスピーチとして今も語り次がれています。
NHKエコ・チャンネルhttp://cgi4.nhk.or.jp/eco-channel/jp/movie/play.cgi?movie=j_future_20101011_0650

このリオ地球サミット、21世紀にむけ「持続可能な開発」を実現するために、各国および関係国際機関が実行すべき行動計画「アジェンダ21」を採択し、これがきっかけとなり「気候変動に関する国際連合枠組条約が締結され、その条約締結国会議として発足したのがCOP会議で、第1回は1995年ドイツ/ベルリンで開催され、年に1回、加盟国持ち回りで開催されています。

リオ地球サミットから環境自動車開発への流れ

トヨタプリウス開発のきっかけの一つが、このリオ地球サミットでの「アジェンダ21」でした。当時、私は静岡にある研究所でエンジンの研究開発に従事していました。この研究所のエンジングループはそもそも1970年代のアメリカマスキー法に代表される自動車排気ガス対策の研究開発を役割として発足、その後も排気のクリーン化、アルコール、天然ガス、LPGエンジンなど石油代替エンジンの研究開発、低燃費エンジンの研究開発、など将来エンジンの研究開発を担ってきました。
自動車の将来エネルギー・環境問題への対応シナリオを提案していくのも、この部隊の役割で、リオ地球環境サミット開催のきっかけとなった、国際連合環境計画(UNEP)と国際連合世界気象機関(WMO)が共同で設立した地球温暖化に関する科学的知見の集約と評価を目的とする、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が最初のレポートとして持続可能な社会発展を阻害する因子として地球温暖化を取り上げた1990年には、このレポートを巡り「サステーナブル自動車」をテーマとする研究がスタートし、その第1弾として当時研究開発を行っていたS2エンジンと呼ぶガソリン直噴2ストローク・スーパーチャージ・エンジンを搭載した車重450kgの超軽量小型車を試作し、翌年の東京モーターショーにこれからの時代目指すべき超低燃費自動車「トヨタAXV-IV」として参考出品しました。このクルマは今もトヨタ博物館に保管されています。

トヨタAXV-IV
トヨタAXV-IV

ハイブリッドエンジンの研究開発もこの研究所からスタートしました。その後、トヨタ社内では、このリオ地球サミットと「アジェンダ21」に触発され、地球環境問題、エネルギー問題、そして21世紀ビジョンを考える機運が高まり、企業としての行動指針「トヨタ基本理念」が制定され、それを踏まえ、地球環境に対する自動車メーカーとしての対応方針として「トヨタ地球環境憲章」と呼ぶようになった活動基本方針と行動指針が策定され社内各部隊に、具体的なアクションプランを作り行動に移すようにとのトップ指示が下りました。技術開発部隊として1993年春にスタートさせた21世紀のクルマを目指すスタディープロジェクトがその後1997年12月発売のプリウスとなる、社内コードG21プロジェクトでした。
このスタディーの途中経過としてまとめ上げたのが、1995年東京モーターショーでの参考出品車です。スタイルは1997年に発売した初代プリウスと似ていますが、搭載したハイブリッドシステムは全く別物、機械式CVTと直噴ガソリンエンジンを組み合わせ、二次電池ではなく、キャパシターを使ったものでした。この方式ではなく、グローバルモデルにも適用できる、燃費2倍をめざすハイブリッド開発のプロジェクトは、このモーターショー展示の最中に最初のプロト車ができあがってきた時期でした。

1995年東京モーターショー参考出品プリウス
1995年東京モーターショー参考出品プリウス

丁度この時期、私は、アメリカ・カリフォルニア州で決まったゼロエミッション車(ZEV)・ローエミッション車(LEV)規制に対応するクリーンエンジン開発のリーダをやっていましたが、このLEV開発に見通しをつけたら次ぎは、エンジン自動車でのサステーナブルへの挑戦と考えていました。
ひょんなことから、このLEV開発に見通しが付き、アメリカ向け車両への量産エンジン開発がスタートさせた1996年2月、プリウス搭載のハイブリッドシステム開発のリーダ指名を受け、それ以来のハイブリッドどっぷりの生活を続けています。トヨタをリタイアしたのちも、このエネルギー・地球環境問題に対し、自動車を“チェンジ”させていく面白い時期にリタイアしてなるものかと、現役には煙たく思われながら活動を続けています。

このリオ地球サミットから、19年、セバン・スズキさんも成人になり、母として今も環境保護活動に取り組んでおられるようです。来年6月には、このリオ地球サミット開催20周年を記念して、またリオに世界各国首脳を集め、「リオ+20」という環境サミットを開催することが決まっています。

京都でのCOP3に間に合わせたプリウス

COPでは、1997年12月に、国立京都国際会館を会場にCOP3が開催されました。その最終日、12月11日に締結されたのが、気候変動に関する国際連合枠組み条約の京都議定書です。
今回のダーバンCOP17同様、最後の最後まで調整に手間取り、最終的に1990年を基準年とし、先進国が2008年から2012年までの各国毎に数値削減目標を定めその目標達成に向かい削減活動を実施すること、未達成の場合はペナルティを課すことなどで合意しました。これが京都議定書です。これをそれぞれの国に持ち帰り、条約締結国の55カ国以上が国内で批准すると発効することになっていました。

COP3では、アメリカ代表としてクリントン政権のゴア副大統領が参加し、当時として世界最大の温暖化ガス排出国であるアメリカとして積極的にその削減に取り組むことを約束していましたが、ブッシュ政権に代り、温暖化ガス削減目標の達成は経済成長の妨げになるとして条約批准を否決、またロシア連邦も批准を見送り、その発効が遅れていました。当時は発展途上国も自発的参加を表明していましたが、その後アメリカを抜き世界最大の排出国になった中国を筆頭に経済成長の妨げとなるとして自発的参加すら見送る状況になっています。

最終的には2004年ロシア連邦が批准することにより発効しましたが、排出量の圧倒的シェアを占める国が参加せず、一部の国だけがペナルティを課せられる、今となっては片手落ちの内容だと思います。しかし、このCOP3 は温室効果ガスの削減について国際的な達成目標とその遵守条項を定め、地球温暖化緩和を目指す最初の画期的一歩であったことは間違いないと思います。

初代プリウスの発売時期1997年12月は、どうも当時のトップがこの京都で開催されたCOP3を意識して決めたようです。マスキープロジェクト以外にも、何度か特急プロジェクトを経験していますが、その特急プロジェクトでも、いくつかの候補システムを絞り込む試作評価サイクルを少なくとも2回は回し、さらに実用化スタディーとマーケットスタディーを行い、その上で、品質とコスト目標の達成可能性を確認したうえで量産目標時期を定めるのが普通です。

G21では開発部隊は最速98年末を仮の発売目標として提案していました。これでも、新エンジンや新トランスミッションの開発サイクルよりも早いぐらい、まったく走らせたこともない新システムとしては異例のスケジュールでした。この提案に対し、いろいろな議論があったようですが、トップダウンで97年12月発売開始の目標が定められ大騒ぎとなったことを記憶しています。21世紀の環境自動車を目指すとするなら、日本で開催されるCOP3にプロトではなく登録車としてアピールしたいとの想いがその決定の背景にあったようです。

まだ、走行評価のできるプロト車もない1995年12月に量産化プロジェクトスタートの号令が掛かり、量産チームを結成して本格的に開発をスタートさせたのが、1996年3月です。このCOP3の開催に間に合わせ、正規のナンバー登録をしたクルマを用意するには、1997年9月末までには届出申請の審査と認定試験を終え、それに合格して認可書を戴く必要がありました。

量産開発を本格的にスタートさせてから1年半、なんとか日にちまでは忘れましたが、97年の9月中旬には認可をいただき、量産車を生産する生産ラインの生産トライ車両(トヨタ用語でこれを号試車と言います)から、社内最終試験や発表イベントのためにナンバー登録をスタートさせることができました。このクルマを京都に運び、展示や連絡用デモ走行用として,当初の目標どおり展示用や連絡車用として間に合わせることができました。正式に生産を開始し、組み立てラインの最終検査ラインから完成車として出て行ったラインオフは、COP3で京都議定書が採択された最終日の前日12月10日(水)でした。これが、リオ地球サミット、COP3と初代プリウスの裏話です。

初代プリウス初期型
初代プリウス初期型

日本から新たな環境への提言を

地球サミットから19年、21世紀に間に合いましたとのキャッチフレーズの初代プリウス発売とCOP3から14年、COPも3+14と17回を迎えました。21世紀に間に合わせたハイブリッド車はトヨタだけで350万台、それでも世界全体では500万台には到達できてはいませんが、温室効果ガスの削減にその効果をカウント出来るレベルに育ってきたように思います。

しかし、いつのまにか、世界の4輪自動車の数は、当時の6億台レベルから10億台を超えたようで、500万台といってもまだ1%にも届かないのが現実です。世界の人口も本年10月には70億人を突破、中国、インドなど当時の発展途上国の著しい経済成長により、石油など化石燃料消費量は急増し、その燃焼による温室効果ガスの発生量はそれにつれ増加しています。もちろん自動車だけではありませんが、化石燃料消費の削減をはかり、温室効果ガスの増加を食い止めていくことが待ったなしです。もっともっと、この自動車のチェンジを加速させていくことが必要です。

COP17では、京都議定書の延長と、2020年発効を目標に、京都議定書には加わらなかった世界の温室効果ガス排出量の半分を占めるアメリカ、中国、インドなどを加えて新しい枠組みをつくることを盛り込んだ「ダーバン合意」が採択されました。

日本は、延長が決まった京都議定書の2012年以降の数値削減目標の設定には加わらず、カナダは京都議定書からの脱退を宣言しました。日本は延長期間の削減義務を負う継続に応じませんでした。3.11東日本大災害の復興活動を進めるためのエネルギー需要、福島原発事故での脱原発、縮原発の動きと原発稼働率低下による温室効果ガスの増加からやむを得ない決断だったと思いますが、2009年のコペンハーゲンCOP15で、当時の鳩山首相が2020年25%の削減をぶち上げ喝采を浴びたのは何だったのだろうと思うばかりです。

京都議定書からの脱退ではないにせよ、京都の延長での削減義務づけ設定に加わらないという決定の国際理解を得るためにも、COP17で合意した新枠組みの合意をめざし、さらにその実効を高めるための温室効果ガス削減技術の普及支援活動とさらなるイノベーション技術へチャレンジによって世界全体としての削減活動に貢献していくことが果たすべき役割ではないでしょか?

ハイブリッド車、電気自動車やその電池など構成部品の現地生産も、日本の削減数値にはカウントされませんが日本の貢献です。鉄鋼もセメントも、生産量当たりの温室効果ガス排出量は世界最小です。ヒートポンプも日本の誇るべき省エネ技術であり、このような技術を更に進化させ続けることが日本の生きる道だと信じています。

物質万能主義とは言いませんが、我慢、節約のけちけち省エネだけでは、人の気持ちもシュリンクし、デフレスパイラルを加速させる一方です。今年の東京MSでは、前回2009年に比べ、開催日数が減ったにも関わらず、4割以上も入場者が増えたそうです。先週のブログでもその様子を述べましたが、これまで我慢をし、購入を見送っていた方々が、新しい自動車を見、そしてそろそろ購入を考えようと動きだしているのではと期待を高めました。

スタンドプレイで、2020年25%の削減などとぶち上げ、挙げ句の果てに我慢、節約、また産業活動に省エネ制約をかけ続けては、イノベーション技術へのチャレンジする人材すらシュリンクさせてしまいます。どちらにしても、日本の政治・外交は世界からの信頼を失っていますので、この際、口から出任せの国際公約はリセットし、現場ベース、もの作りベース、それを支える人間ベースの元気がでるエネルギー・環境技術へのチャレンジを進め、その世界展開で信頼回復と実質としての温室効果ガス削減へ実用技術の提供と普及活動として貢献していきたいものです。