電池はなまもの!」からハイブリッドタクシーまで

「電池はなまもの!」

以前のブログで、「電池はなまもの!」のタイトルの初代プリウス開発にあたってのハイブリッド電池を巡るエピソードを紹介しました。

2012年 1月26日: http://www.cordia.jp/wp/?m=201201

 

開発当初、電池は高温で放置しておいても、電池が空っぽに近い状態でちょっと無理をさせてもどんどん腐ってしまう(劣化)ので、乗っている人間さまよりも大事に使う必要があると脅かされていました。ハイブリッド開発リーダーとして最初に計画した出張が電池工場の視察、二番目が電池開発センターの視察と懇談でした。当時の電池工場はいわゆる3K職場、トヨタのエンジンや駆動部品を加工する機械場と比べても決して綺麗とは言い難い工場で、ハイブリッド電池の母体となる単1サイズの電気工具用のニッケル水素電池を生産していました。その電池を240個直列に繋いで、モーターによるパワーアシスト、減速回生を行うハイブリッドのコア中のコア部品電池パックとなります。240セルのうち1セルでも故障すれば、クルマがストップ、エンジンも掛けられず、路上故障モードとなってしまう重要部品です。

その電池が「なまもの!」、当たり外れがあると聞かされていました。さらに、ハイブリッド開発が佳境に入っても、なかなか量産スペックの電池はできあがらず、やっとできてきた試作電池すら不具合の多発、テストコースでクルマが止まってしまうなどは可愛いいもの、フェールセーフ制御が未完成の状態では電池パックから火を噴くトラブルさえ経験し「電池はなまもの!」を思い知らされました。

われわれクルマ屋の感覚では、故障率0.1%でも大問題、年産10万台のクルマでは100件の故障になってしまいます。セルあたりの不良率1ppm以下が必要と電池屋さんに申し入れると、目を白黒、それが本格的にハイブリッド車用電池開発のスタートでした。さらに、その上で電池の耐久寿命をどれくらい伸ばせるかの見極めがハイブリッド量産化を本当に進めて良いかを判断する大きなポイントでした。

電池もエンジンなみの耐久寿命が普及への必要条件

エンジンやトランスミッションなど、大物ユニットの保証期間は当時で5年5万キロ、しかしこの保証期間が過ぎてもオイル交換などのメンテナンスを怠わらなければ、ほぼクルマ一生の寿命を持つのが普通のクルマの常識です。10年越え、10万キロ越えで、ユニット交換が必要な故障が発生しても、不満の声は上がります。保証期間外の故障率が大きくなると、そのクルマ、そのメーカーの評判は下がってしまいます。ハイブリッド用モーターやインバートはもちろん、ハイブリッド電池もエンジンやトランスミッション同様、同じ機能を担う大物ユニットです。5年5万キロを越えると故障率が増加してしまうようでは、普通のクルマにはなりません。クルマの一生の間での交換が必要となると、中古車価格も大きく下がり、下取り価格の下落、リース残価の下落を招き、そのクルマの評判はガタ落ちとなり、マーケットからの退場を余儀なくされるケースさえあります。

せめて、10年10万キロ以上、クルマの残価がほぼゼロになり、故障してもほぼ寿命と納得していただけることが、寿命保障の一つの目安です。

工業製品のみならず、宇宙や、地球にも寿命があるように、万物には寿命があります。さらに機械部品に比べ、寿命予測、寿命設計は非常に難しい製品です。使用過程でケミカル反応を使うケミカル製品では、その反応雰囲気、反応条件により寿命に影響するストレスは大きく変わり、その繰り返しサイクルにより寿命品質は大きく変化します。

私は電池化学の素人ですが、自動車用触媒、排ガスセンサーを使ったシステム開発に永く従事してきましたので、その寿命保証の難しさはイヤとなるほど経験してきました。ハイブリッド用電池はその経験すら越えそうな代物が、最初の印象でした。

もちろん、電池材料製造プロセス、電池部品輸送・保管プロセス、製造プロセスから検査プロセス、電池パック組み立てから検査、保管、車両工場までの輸送プロセスに至るまで、徹底的な不良撲滅、品質向上活動をやってもらいました。さらに、人間さまよりもわがままな電池を、搭載も急遽変更し、パッセンジャー後席シートの後ろと一等席に変更、電池温度が上がれば電池アシスト量と回生量を絞り、過充電防止は当たり前、満充電までの十分なマージンを取って回生量を絞り、残量が少なくなると余裕を大きくとって出力制限をし、電池がちょっとでも悲鳴をあげると電池使用を切り離すエンジンのみの走行モードへの切り替えすらやりました。

しかし、この電池入出力性制限制御も、お客様の運転中に度々起こるようでは普通のクルマとは言えません。初代ではどうしても、電池からのアシスト出力制限を大きくとる必要があり、亀マークを点灯させる「ごめんなさい」モードを設定し、追い越しなどを控えていただかざるを得ませんでした。

「なまもの」から「工業製品」へ

それでも、「電池はなまもの!」のブログで述べたように、初代初期型プリウスでは、お客様にお渡ししたクルマで電池不具合を多発させてしまい、大変ご迷惑をお掛けしてしまいました。その改良品、単1型240個のセルを直列に接続した電池を搭載した初代初期型プリウスが走っているのを見かると今でのうれしくなります。

今ではクルマが15年以上使われるのは当たり前です。しかし「なまものの電池!」と自覚して、万全を尽くしたつもりでも、最後は清水の舞台から飛び降りる覚悟で送り出した初代プリウスです。

2年半後のマイナーで、円筒型セルから電極構造自体を抜本的に変更した角形セルへと大変更を行いました。さらにそのタイミングで、ハイブリッド用電池専用工場を建設、半導体工場とまではいきませんが、クリーンルーム化をするなど、「なまもの」から「工業製品」への転換を果たしました。さらに、電池パック冷却性能の向上や電池の使い方も見直し、加えてエンジンパワーアップにより、電池入出力を絞っても走行性能低下が少なくする改良を行い、また電池充放電の精密制御など電池の使い方の面からも寿命伸張に向けた改良を続けました。

この2000年マイナーチェンジでの電池大変更の狙いの一つが、カリフォルニア州のエコカー認定でした。規制値が世界で一番厳しいばかりではなく、エコカーと認定されるにはさらに15年15万マイル(24万キロ)のクリーン度保証が要求されました。初代初期型の円筒電池からたった2年半で角形へと大転換したのもプリウスの欧米販売、エコカーを標榜するからにはカリフォルニアのエコカー認定が不可欠との判断からです。新開発電池ですから、マーケットで実際に使った状態での耐久寿命データはありません。初代円筒電池の劣化解析、故障モード解析結果から角形電池開発へのフィードバック、電池セル、電池パックでの意地悪耐久、クルマでの耐久走行だけでは確信の持てるデータはでてきません。

カリフォルニア州の環境当局CARBとの保障期間を少しまけてもらう交渉もやりました。寿命劣化の傾向として長距離走行よりも、少ない走行距離でも長期間使われた方が厳しそうだとの単品耐久結果を説明し、保証期間15年を10年まで短縮してくれました。

それでも、「なまものの電池」の10年15万マイル保証の決断は二度目の清水の舞台から飛び降りる覚悟が必要でした。初代プリウスでは、タクシー会社の宣伝用として少し使われてようですが、われわれとしては、タクシー使用は想定外、この2000年のマイナーチェンジでもほとんど考えていませんでした。意識し始めたのは2003年の二代目プリウスからでした。しかし、10年15万マイル保証がしっかりできるとすると、その先も急速に性能劣化を起こすわけではありません。結局この二代目プリウスから本格的なタクシー使用が始まりました。タクシーでは10年は使われることはありませんが、15万マイル以上の走行は当たり前です。それ以上の長距離走行なら電池途中交換もアリと考えていました。

想定外のタクシー使用、しかし想定以上の電池耐久寿命

これまで述べてきたように、タクシー使用は想定外、しかし二代目プリウスから日本のみならず、欧米、オーストラリアとプリウスタクシーが増加していきました。冷や冷やしながらも、その電池寿命に注目してきました。プリウスタクシーに乗り合わせると、ドライバーから話しを伺い、オドメータを見ながら、電池劣化の兆候である走行中にエンジン起動が頻繁に起きるようになっていないか気にしながら乗っていました。日本同様に、海外でも初期導入はタクシー会社のエコPR活動や政府、地方自治体のエコカー補助制度の後押しがあったようです。その後の増加には、これに加え、燃料費の削減、オイル交換やブレーキバッド交換頻度が少なくなるなど経済面でもメリットも大きいことも後押しとなったと言っていました。ディスカウントの押し込み販売を気にしていましたが、欧州の営業サイドからはそれはないと聞いてい安心したのもこのころです。

いまや、トヨタ&レクサスハイブリッド車の世界累計販売台数が800突破、さらに日本のみならず、世界中でプリウスタクシーが走り回っています。最近訪問した欧州の都市では、パリ、バルセロナ、ブリュッセル、ストラスブール、ストックホルム、など、プリウスタクシーの多さには驚かされます。(写真)

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タクシー用としての電池途中交換がどの程度かは不明ですが、インターネットでは、30万マイル無交換、50万キロ無交換走破のニュースも聞こえてきています。

クシー使用は想定外でしたが、劣化要因の解析を重ね、電池そのものの耐久寿命伸長への取り組み、「わがままでなまものだった電池」から「丈夫な工業製品へと育った電池」へと技術改良を積み重ねることにより、タクシー使用でも想定以上の電池寿命を確保できるまでに進化しています。

米国実施したクルマの長期間保有比率調査結果として、最初購入したオーナーで、そのクルマを10年以上愛用しているユーザー比率を調べたところ、プリウスがトップと僅差の第2位となり、28.5%のユーザーが10年以上使用し、15万マイル以上の走行を記録しているとのニュースが流れていました。

Oct 29, 2015 Green Car Report

トヨタ『プリウス』オーナーが、ある1車種を除き長期間クルマを保有

http://www.greencarreports.com/news/1100689_toyota-prius-owners-keep-cars-longer-than-any-other-model-but-one

このニュースも、タクシー使用だけではなく、個人使用としてもエンジンなど大物ユニット同様、ケミカル製品の電池を無交換と言っても良いレベルにまで進化していることの証明と、初代の開発段階から考えると隔世の感を覚えます。

しかし、電池は「工業製品」と云え、ケミカルプロダクツであることを忘れるな!

しかし、自動車用電池は「工業製品」に進化したとは云え、金属製品と比べると、寿命設計の難しいケミカルプロダクツ、電極での電気化学反応の繰り返しにより物性変化、性能劣化を起こす製品です。過充電、過放電、衝撃による電極変形、金属微粒子混入での微短など、故障モードもいろいろあります。その材料構成、製造工程、反応メカニズム、劣化メカニズム、故障モードを知らず自動車用としてブラックボックスで使える部品ではありません。また、熱暴走抑制や発火・発煙防止として制御だけでやれるわけではありません。ここまでの寿命伸長も、電池本体の耐久信頼性の向上、電池材料特性の向上だけではなく、電池特性を理解したうえでクルマとして使う側からのシステム企画、設計、制御改良の合わせ技でした。

プラグインハイブリッド、電気自動車はハイブリッドよりも電池依存度が大きく、電池寿命保障、信頼性品質保証はハイブリッド用以上に難しい要素があります。

ニッケル水素、リチウムイオン、電池化学特性は異なりますが、寿命保障、信頼性保証の考え方には大きな違いはありません。電池をブラックボックスにし、その制御も車両駆動システムと切り離した丸投げでは、普通のクルマレベルの寿命保障、信頼性品質の確保は困難です。このところの電気自動車ブーム、プラグインハイブリッド車ブームで、杞憂に終われば幸いですが、電池寿命保障、信頼性保証面での不具合発生を心配しています。しかし、この電池寿命保障のハードルを乗り越えなければ、普通の次世代エコカーにはなれません。

ハイブリッド仕様タクシー専用車

今日のテーマ、ハイブリッドタクシーでは、いよいよトヨタからハイブリッド仕様のタクシー専用車発売の発表がありました。まずは日本向け、LPGエンジンの右ハンドル車のみのようですが、欧米でもやや車高が高く客室スペース、荷室スペースが広いこうしたハイブリッドタクシー専用車のマーケットも大きく、従来タクシーと比較して大きなCO2削減効果も期待できます。このタクシー専用車の電池寿命もまた注目です。

制御系リコール多発

プリウス、フィットハイブリッド、その姉妹車ヴェゼルハイブリッドのパワートレーン制御系リコールの発表が相次いでいます。プリウスではアクセルペダル戻り不良による暴走問題と同時期におきたブレーキ効き不良を引き起こすABS制御系のリコールがまだ記憶に新しいところですが、またの大規模リコールとなってしまいました。フィット、ヴェゼルHVでは新開発7速 DCT(Dual Clutch Transmission)のクラッチ制御系不具合とのことで、昨年9月の販売開始から、この部分だけで3度目となるリコール発表です。

ハイブリッド以外の低燃費新技術リコール問題としては、VW、AUDI車が広く採用している7速DCTのクラッチ制御の不具合として、中国、日本で大規模なリコールを発表しています。タイプこそ違いますが、多段DCTクラッチ制御系不具合はフィット、ヴェゼルHVリコールと同じくクラッチ制御系の不具合です。

低燃費新技術ではありませんが、衝突防止自動ブレーキでも制御系リコールなど制御系不具合、リコールが発表されています。

また米国の様々な事業、商品の顧客満足度調査、コンサルティング会社J.D.パワー社が発表した2014年度の経年車信頼性調査レポート(2014 Vehicle Dependability Study)の中で、全体のスコアは15年ぶりとなる低いスコアを記録、その要因として、エンジンとトランスミッションの不具合が増加していることも要因と解説しています。

その中で、低燃費のためにおこなった4気筒ダウンサイジングエンジン車のスコアが低く、もたつき、加速不良、変速不良の指摘が増加しており、自動車メーカーは低燃費のためにこうした品質との妥協をしないように注意を払うべきと述べています。

J.D.POWERニュースリリースhttp://autos.jdpower.com/ratings/2014-Vehicle-Dependability-Study-Press-Release.htm

J.D.POWER社の信頼性調査レポートが指摘している、4気筒エンジン車の不具合では、リコール対象の不具合ばかりではなく、もたつき、加速不良、変速不良などドラビリ不具合の増加が指摘されていますが、これもその大部分は制御系の適合不良、制御ソフトの不具合と推察されます。低燃費技術としては、他に直噴、可変動弁系、弁停止、CVT、多段AT、多段DCT、アイドルストップ、回生など、いずれもコンピュータ制御とその適合が不可欠、自動低燃費運転をさせるために、ハイブリッドでなくとも信号仕掛けでクルマを走らせるアクセル・バイ・ワイヤ、ブレーキ・バイ・ワイヤ、ステア・バイ・ワイヤと制御系が果たす役割が急増し、さらにその適合作業で負われるようになってきていることも間違いありません。

リコールの多発には、以前に比べリコールとしての判定基準が厳しくなり、公表件数として増加していることもあるようですが、制御系が大規模化し開発段階での不具合摘出に抜けが多くない、また販売後の不具合についてもマーケットでの原因究明が難しくなりそのため対策スピードも遅れてしまい対象台数が拡大しているのではと推測しています。

私の現役時代にも適合不良、制御プログラムバグに起因する不具合は多く、適合の標準化、制御プログラムの構造化、標準化が何度も進められ、膨大なチェックリストが作られ、さらにエンジン、トランスミッション、ハイブリッド制御、モーター制御、電池制御といった機能別サブシステムごとにこれまたきめ細かいプログラム変更情報、仕様変更情報の連絡網がつくられ品質向上、不具合撲滅に取り組んでいました。

こうした取り組みは今でも、またトヨタだけではなく、各社とも進めており、不具合摘出、デバッギング用のツールも当時よりはもっともっと進化していると思いますが、それでも制御系不具合が多発しています。システム規模の拡大、その制御系の大規模化に、制御系ハード、ソフトの専門家が不足し、その人材育成が追いついていないことが不具合多発の背景にあるとの声も聞こえてきます。この意見も一理あるとは思いますが、ちょっと違う方向から不具合多発の背景にある懸念点に触れてみたいと思います。

この制御システ系、そのソフトウエア不具合は自動車だけではなく、飛行機、家電さらには鉄道、電力から銀行の電算システムにまで及んでいます。その不具合の拡大を招いているのは、制御システム、そのソフトウエアのジャンルを見えない、解らないと、理解する努力も近づくことすら敬遠してきた役員、マネージャー層にもあるように思います。トヨタだけとは思いませんが、解らないから制御系専門部署に任せっきりにし、そこはそこで手に負えなくなってから大手部品会社やアウトソーシング会社に丸投げとなり、制御がクルマ屋にとってブラックボックスとなっているのではと気になっています。

自動車会社の商品はクルマ、トヨタでは何度かこのブログで取り上げた車両主査制度が社長の代行役として商品機能、収益性からこうした信頼性品質など不具合の未然防止にいたるまで仕切って商品としてのクルマ開発を行ってきました。さらにその主査のクルマ作りを支えてきたのがエンジン、駆動、制動、シャシーといった専門機能部隊とは別にクルマ全体の商品性、走行機能、さらには信頼性、安全性を評価してきた、車両評価、走行評価スタッフ達です。車両主査自身が制御システムは解らないとして、専門部署に任せきりになり、車両主査からの制御系評価に対するフォロー、注文もないから車両評価のスタッフ達も見えない、解らないで評価の深入できない、やらないにこの問題の根があるのではと心配しています。制御系、そのソフトウエアが大規模、複雑になってきても、クルマの基本要素である『走る』『曲がる』『止まる』の安心、安全を、使用環境こそ世界では半端ではありませんが、クルマの、もちろん制御系の専門家でもない多くの人たちに提供する自動車メーカーの役割は20世紀の初めからこの21世紀の現在まで変わりはありません。

制御系の介在が多くなったとは言えクルマの走り、ドラビリ、さらには世界中のクルマの使い方、使われ方などの経験を駆使して、なにかしらわずかの車両挙動、反応、変化から適合不良、ソフトのバグなど制御システム不具合の兆候を検出できる高い能力を持った車両評価のプロ達は残っているはずです。

プリウスのハイブリッド開発では、制御システムやそのソフトウエア設計、さらに適合のエンジニア達が見つけ出せなかった不具合を見つけ出した車両評価のプロ達が活躍してくれました。その不具合兆候を見つけ出し、その再現方法を見つけ出せれば制御システムやソフト不具合の解決は簡単です。制御系の専門家、制御系適合のスタッフ達からは思いもよらない使い方、使われ方の中で見逃していた不具合が結構ありました。『走る』『曲がる』『止まる』に関わる異常挙動不具合は制御系にかかわらず即リコールですが、初代プリウスの開発では、制御システムの専門家達の不具合評価、デバッギング作業と並行してこうした車両評価のプロ達による意地悪に意地悪を重ねた評価、限界条件での評価を行うことによりマーケットに出してから不意打ちをくらった制御系不具合はおこさないですみました。それでも、ソフトウエアバグがゼロだった訳ではありません。何万台かの販売で、たった1台、それも1回だけのバグ不具合を発生させてしまい、人間がやる作業でバグゼロはこの規模になると実現はほぼ不可能、安全が確保できているならばマーケットで起こさないバグはバグではないと開き直っていました。リコール判断が厳しくなってきている現在、このような開き直りは見習って欲しくはありませんが、クルマ評価での意地悪試験、限界試験、ばらつき試験、その評価プロ達と制御システムスタッフとのデザインレビューによる未然防止の重要性も強調しておきたいと思います。

プリウスPHV日記-4

プリウスPHV使用開始から1年

昨年4月に納車されて以来、私の足として使ってきたプリウスPHVが1年を過ぎましたので、その一年のまとめを報告します。

私はエンジニアとして、次世代車であっても安全・安心性能とそれを支える信頼性品質が何よりも重要で、その上でエコ性能を追求しようという信念でハイブリッド開発にとり組んできました。そうして送り出したプリウスですが、厳しい企業・製品評価で有名なJ. D. Power社の米国経年車品質ランキングで今年も連続でコンパクト車クラスNO1を獲得してくれました。これはハイブリッド車カテゴリーでの品質NO1ではなく、従来エンジン車を含めたNO1です。トヨタのハイブリッド車は販売台数500万台を突破しましたが、これは絶え間ない品質向上に努めてくれたスタッフ達による偉業であり、今も彼等は日夜飛び回ってくれいるのに間違いないと思います。

さて、今日のテーマから少し脱線しましたが、このプリウスPHVも品質NO1のDNAを引き継ぎ、この1年間、故障ゼロ・不具合ゼロで走り続けてくれました。自動車は工業製品であり、このような品質向上の努力を続けないとあっという間に故障率が増加し、お客様の信頼を失ってしまいます。プリウスPHVもこの品質NO1のDNAは引き継いでくれていることにほっとしました。

実用上には全く不便なことは無いプリウスPHV

上の図1は、この2012年4月20日から今年4月13日までのこの一年の走行結果を、以前にトヨタにお願いして使っていたプリウスPHVの前身で、実証テストを兼ねた限定PHVとその前に使っていたノーマル三代目プリウスの結果と比較して示したものです。

この1年の総走行距離は15,479km、平均的なユーザーの1.5倍以上ですが、それでもその前の限定PHV車18485kmに比べると大幅に減ってしまいました。二度の海外出張などクルマをおいての出張も多く、クルマを走らせた日数は259日、使わなかった日数は101日、稼働率72%です。

2月にブログで紹介した新プリウスPHV日記-3の走行ログと比較すると、その後に寒の戻りの寒い日が続いたせいか、また豊田や名古屋への何度かの出張で新東名を少しオーバースピードで気持ちよく走ったせいか、大幅に燃費・排出CO2を悪化させてしました。 

今のクルマの用途をカバーし、さらに電池エネルギーを使い切ってもノーマルハイブリッドと同様低燃費ハイブリッド走行ができるのがプリウスPHVの特徴です。 ノーマルプリウスから乗り換えて正直な所、全くサプライズは感じませんでしたが、この充電を気にせず走り回れるメリットは非常に大きいことを実感しました。充電器も屋内車庫に据え付けにしましたし、今回のPHVでは充電ポート部に照明がつけられましたので、夜間に差し込み口を探すことも、また重く扱いづらい充電ケーブルをもちあるくことも不要になり、充電操作そのものは楽になりました。

外出先での充電は、トヨタに出張したとき以外は全く無しで、ガス欠にでもならない限りはわざわざ充電ステーションをさがして出かけることはPHVでは全く不要です。また、充電電力を使い切ったあとも低燃費ハイブリッド走行ができることも特徴の一つで、こうして燃費メリットを引き出せるのはプリウスならではで、従来エンジン車をPHVに改造したようなクルマでは出来ない芸当です。

原発停止で日本の発電CO2が急増、PHV・EVの環境改善寄与は薄く
なお、2月のブログでは、発電CO2として東日本大震災前の2010年経産省エネ庁エネルギー白書データーの各電力会社がグリーン開発メカニズム(CDM)購入分を除いた真水の値の418g_CO2/kWhに原発停止分を勘案し450g_ CO2/kWhで算出しましたが、最近電事連から公表されたデーターでは原発停止の影響が大きく2011年度では510g_ CO2/kWhと20%以上も増加しており、上の表はこの値を使って計算し直した結果となります。

2011年 CO2排出実績と見通し{電気事業連合会HP}

この資料によれば、日本全体の電力総使用量は2010年度の9,060億kWhから3.11後の計画停電や節電の徹底、生産の落ち込み、長引く経済不況から8,600億kWhと減少したにもかかわらず、発電のCO2排出量は3.74億t_ CO2から4.39億t_ CO2と、CO2排出を削減しようという流れに逆行する形の、由々しい増加を記録しています。

この発電CO2を使用した場合、限定車時代は私がAC100V充電をし充電効率が78%だったのに比べ、原稿PHVは車両充電器の効率向上とAC200V充電に変更した事によって充電効率89%にまで向上したにも係わらず、図1に示すようにEV比率36%だった場合のプリウスPHVの走行距離あたりのCO2排出量は111.9g_CO2/kmと、外部充電なしのノーマルプリウスの122.7g_ CO2/kmと比べてわずか9%の減少に留まっています。この減少率ならば、ノーマルプリウスが燃費向上でもう一がんばりすれば追いつくレベルです。

このように、発電CO2をしっかりと計算することは必要で、走行中ゼロエミッションとのキャッチフレーズはCO2削減に関してはまったく意味はないだけでなく誤解を招くもので、例えば英国ではこの広告表現は不正確として禁止されているのは当然の事に思えます。これは勿論、PHVだけの問題ではありません。

プラグイン車推進の見直しを考える時期では

一方でガソリン消費の削減をみてみると、インパネ表示の充電電力走行(EV走行)によるガソリン消費削減量は226リッターで、充電電力を使い切ったあとのハイブリッド走行燃費が三代目プリウスの日本のユーザー燃費サイトe-燃費の調査値21.5km/Lと同じ燃費で走れたとして計算した値239リッター、この中をとって230リッターレベルがプラグインによるガソリン消費削減量でした。

日本の最近のガソリン価格リッター150円では年間約35,000円の削減となりますがこれに充電電力の電力料金を差し引くと、安い夜間電力料金での充電をメインに行ってもその経済メリットはそれほど多くはないのが現状です。

長距離ドライブの頻度が大きく、年100日以上もクルマを使わない私のカースタイルでも、年間5,680kmもガソリンを使わず充電電力で走った勘定になり、急速充電器の整備は不要ですが、勤務先、出張先、宿泊するホテル、ショッピングセンターにAC普通充電器が用意されるようになると充電頻度を高めることは容易だと思います。

しかし、ピークオイル論が遠のいた今、また電力CO2が増加してしまった日本でプラグインハイブリッドだけではなく、電気自動車を使う意味はかなり薄くなったというのが正直な所です。これは中国では更に問題で、発電によるCO2排出が多くまた大気汚染の多い石炭発電を多く行う中国では、ノーマルハイブリッドと比較すると電気自動車の方がCO2排出を増加させるばかりか、PM2.5の大気汚染まで悪化させて、日本への広域汚染にもつながるものとなるというのが現状です。

ピークオイルの心配と、地球温暖化緩和のためのCO2削減として現役ハイブリッド開発リーダーとしてプラグインハイブリッド開発をスタートさせ、トヨタから離れたあともプラグインハイブリッド普及のサポートをしてきましたが、ピークオイルの心配が遠いた今、フランス、カナダ、スウェーデンなど水力発電や原発比率が大きく発電CO2が低い一部の国を除くと外部電力によるEV走行でCO2削減メリットが出せなくなってしまいました。今、自動車業界は果たして何のために外部充電EV走行をするのかという根本の疑問に立ち戻り、プラグイン自動車の目的をもう一度問い直す時期に差し掛かっていると個人的には考えています。

もちろん超長期的には、この発電CO2は削減するというよりも削減させねばならず、低CO2電力が使用出来るようになれば、急速充電ネット整備も不要で既存液体燃料インフラと一般電力インフラが使えるプラグインハイブリッドが有望であるという意見は変わりませんが、こうした低CO2電力供給に見通しがつくまでは、全てがプリウスタイプのフルハイブリッドとは云いませんが、エコラン+αの「マイクロ」「マイルド」から「フルハイブリッド」まで、初代プリウスの時から言い続けたハイブリッド技術をコアにするシナリオがいよいよ本命になったと確信を深めています。

しかし現状では補助金を貰いながら自動車諸税の減免を受けたとしても、経済メリットもほとんどない状況で、これではプラグイン車の売れ行きは日米欧とも芳しくないのは至極当然で、今後プラグイン車が本当に市場に受け入れてもらうためには、さらなる販価ダウンと単なるエコだけはない新鮮さ、サプライズを感じるPHVならではの商品力アップが必要と感じています。

ボーイング787 運航再開とバッテリー発火・発煙対策

787の商業フライトが再開されました

先日、今年1月に日本航空機・全日空機で立て続けに発生した機内電力供給用リチウムイオン電池の発煙、焼損事故によって飛行停止となっていたボーイング社の新型旅客機787機の商業フライトが、北米で4ヶ月ぶりに再開し、日本でも近いうちに再開される見通しとなりました。特に日本で発生した宇部発羽田行ANA692便の事故は、ボストン空港の駐機中に発生した事故とは異なり、飛行中に発生した事故でありまかり間違えば重大事故に繋がりかねないシビア・インシデントで、世界一斉に全機の運航停止になっていました。

この事故については、米国国家運輸安全委員会(NTSB)、日本政府運輸安全委員会が原因の究明に取り組み、どちらも事故原因の中間報告は行われたものの直接事故原因の特定には至ってはいません。専門家の声としては、リチウム電池から従来のニカド電池に戻す必要があるのでは、もし戻すとすると改善対策の確認と型式認定取得と運航許可までに1年以上かかるのではとの記事も流れていましたが、異例の早さでの改善策の確認と認可による飛行再開との印象です。

一部には、長期間にわたる運航停止や、多くの受注をかかえる787機の生産停止が、ボーイングのみならず、飛行機会社、部品会社などに極めて深刻な影響を及ぼしていることからボーイング社主導の改善策を連邦航空局(FAA)が丸呑みし再認可を早めたとの観測もされています。この観測は、連邦航空局を管轄する連邦運輸省(DOT)のラフィード長官が「今回のボーイング社の80項目にもわたる改善対応は評価できる」とこの問題が長引くと経営問題に発展しかねないボーイング社の苦境を救うために人肌ぬいだとの論評もあります。(なおこの運輸省のラフィード長官は、以前のトヨタ車の暴走問題がアメリカで大きな問題となった際、トヨタバッシング発言をしたその人で、今回も監督官庁の長とはいえども、専門家では無いのにかかわらずこのようなコメントをすることには批判の声も上がっています。)

ただ一方では、ボーイング社のこの問題に対する改善策の検討体制やその情報公開のやりかた、情報公開とともに行っているトップみずからの安全第一をPRするIR活動には見習うべきところが多いとも感じました。

この対策で作り手の顔が見えるようになった

この発煙事故を取り上げた1月のブログで、作り手の顔がみえないものづくりの怖さとして、ボーイングのチーフエンジニアの顔が見えてこないこと、行き過ぎたモジュール化、アウトソーシング化によるブラックボックス化に陥っていたことも原因ではと述べました。「あれだけの大規模、新技術テンコ盛りの開発でもプロジェクトマネージメントの抑えどころはあるはず、当初のボーイングのコメントにもその深刻さ、当事者意識を感じなかったのは私だけでしょうか?」のコメントは行き過ぎた機能細分化と分業化、さらに機能単位でのモジュール化と丸投げ、さらに開発そのもののアウトソーシング化とそのためのツールとして使われるマニュアル万能主義に対するアラームのつもりでした。

ボーイング社の発表を全て鵜呑みにするわけではありませんが、今回の改善検討ではボーイング社の民間機部門トップがリーダとなり、これも部門副社長クラスのチーフエンジニアがタスクフォースチームを結成し、大学・国立研究所の電池専門家、自動車エンジニアなども集め、また具体策はこのシステム部品を担当する会社が加わり緊急プロジェクトとして検討が進められたことが覗われる内容となっています。

787のこの問題を扱ったボーイング社のHP(http://787updates.newairplane.com/24-7-Customer-Support/Supporting-Customers-24-7)には「Ensuring Safety」というタイトルの安全技術への取り組みの紹介と、「Live Chat」としてチーフエンジニアが動画で直接解説するUstream放送へのリンク等が設置されています。

連邦運輸省ラフィード長官が述べた「80項目にも亘る改善対応」と紹介された内容は、電池セルやそれを構成するパックのセル構造・モジュール構造・絶縁防止・延焼防止策・充電制御の見直し、電池製造での品質向上からチェック・メンテナンスに渉る広範なもので、これも3月15日にチーフエンジニアが行った技術説明において、図、写真付きでその対策内容の概要が説明されています。

Source: Boing.com
Source: Boing.com

http://787updates.newairplane.com/Boeing787Updates/media/Boeing787Updates/Certification/Webcast/Boeing-787-solution-presentation-English.pdf

当然のことですが、この発火不具合対策の総責任はボーイング社であり、改善策の認可やそのさまざまな試験・試験飛行・デザインレビューを重ねての改善策実施内容の申請も全て飛行機会社のボーイング社が担っています。認可当局も専門家、有識者が審査を進めていますが、ここまで大規模で新技術テンコ盛りの新型飛行機のケースでは対策内容の技術細部にわたるチェックはほぼ不可能です。監督官庁が行うのは、その作業プロセス、デザインレビュープロセス、実施組織、メンバー等について、マネージメント面からチェックすることになる形となったはずです。

前のブログでも述べましたが、もちろんチーフエンジニアが電池技術の細部、制御技術の細部までわかるとは思いません。しかしこのような際の技術的な責任はこのチーフエンジニアが負い、全体責任は航空機会社が担うことは常識です。「細部で判らない部分があれば、自分で咀嚼できるレベルまで徹底的に学び、その上で自分に替わって信頼できる専門家を見つけ出してその作業を委ね、最終責任は自分でとる」これがチーフエンジニアの役割だと思います。これは自動車開発も同様で、これをまとめ上げるのが車両チーフエンジニアで、それは社長代行としての役割と以前のブログにも紹介したトヨタ車両主査制度の精神もここでも共通して通用すると思っています。

今回のケースでは、シビア・インシデントを発生させてやっと本来のチーフエンジニアの顔が見える大規模プロジェクト実行、安全品質保証の姿に戻ったとの印象を持ちました。以前のブログで信頼性品質確立のやりかたとして“トヨタ式未然防止手法 GD3”を紹介しました。安全性、信頼性に関わる不具合の未然防止活動として、専門家チームによるデザインレビューと現地現物での確認作業の繰り返しが重要であり、抜けのない未然防止をやりきれるかどうかの根本はその未然防止に取り組む「人」とその「ネットワーク」と述べました。

787の開発、その審査プロセスでも当然で膨大なマニュアルに沿った徹底的なデザインレビューが行われていたこと間違いありません。当然、関係する「専門家」チームによるデザインレビューだった筈です。このブログでは、「開発組織の規模も拡大、組織の細分化も加速してきました。その専門化、細分化下中での設計作業の中で、GD3の形骸化が気がかりです。」と述べていますが、未然防止活動が形骸し、このリチウムイオン電池を使う上では当たり前の電池熱暴走モードによる不具合拡大を未然に防止するGD3、デザインレビューが機能せず抜けが発生し重大インシデントに繋がってしまったことは明かでしょう。

トヨタ式かどうかは判りませんが、今回はボーイング社のチーフエンジニアのもと、徹底したデザインレビューとその結果の確認作業を繰り返すGD3 プロセスを緊急に広範囲で行ったものと思います。さらにその活動状況をオープンにし、安全PRを行い、地に落ちかかった企業および新型機のイメージアップを図るところなどはなかなか日本人には真似の出来ない所ではないかと感じました。

問題には顔の言える対応を

この「80項目もの改善策」で、99.9%以上安全が確保されたものと思いますが、採用したリチウムイオン電池セルが熱暴走を起こし、モジュールに延焼し、パック全体が焼損を起こした第一原因はまだ突き止められてはいません。全方位の改善策に見えますが、最終的にはセル内短絡があっても、また仮に制御で止めきれない過充電が起っても「火を出さないこと」「発煙しても機内に漏らさないこと」「この電池不具合が起っても飛行に影響を及ぼさないこと」といった対処を最優先の対策に見えます。工業製品として電池のゼロデフェクト保証は不可能であると判断し、内部短絡が起っても発火・発煙に至らないような設計に注力したように思います。

「80項目もの改善策」はとても自動車ではこの全ての採用はとても不可能なもので、専門家が整備し専門家が飛ばす飛行機と、技術知識をもたない一般ドライバーが使う自動車の違いを感じるものですが、それでもこの改善の考え方は参考になると思います。

787の後におきた三菱アウトランダーPHV、iMiEVのリチウム電池の熱暴走溶損不具合の対策も長引いているようです。検査工程での「過度な衝撃」が原因と発表していますが、これも787同様、もういちどしっかりと未然防止手法GD3を行い、ボーイングと同様その活動プロセスの公表と対策内容の公表、公開を行っていただきたいと思います。

将来の自動車電動化には、安心、安全に使え、クルマの大物ユニットレベルの寿命をもつリチウムイオン電池の実現が鍵を握ります。自動車用リチウムイオン電池の熱暴走、溶損問題は三菱アウトランダーPHVだけの問題ではなく、リチウムイオン電池を搭載する全てのEV・PHVへの信頼度を左右しかねない重要な問題です。専門家の叡智をあつめた徹底的なGD3から、再発させない改善策が提案されることを期待しています。

Boeing787電池火災事故 航空機と自動車の安全設計思想の違いについて

アメリカ、日本と立て続けに発生したボーイング787機のリチウムイオン電池火災事故の調査が、アメリカ連邦国家運輸安全委員会(National Transportation Safety Board: NTSB)と日本運輸安全委員会(JTSB)それぞれで事故調査が進められています。

現在のところ、電池火災を引き起こした真因までは突き止められておらず、各航空会社に引き渡された全ての787機に対し、飛行停止命令が出され、その対策と再開にはかなりの期間が必要との観測が多数を占めている状況です。

電池発火原因はNTSB、JTSBが電池の専門家も加え進めており、その結果を待ちたいと思いますが、この発火不具合という重大不具合を見過ごしたプロジェクト組織、その運営、認定プロセスについて、自動車の開発と対比させて考えてみたいと思います。自動車もリチウムイオン電池を量産車で使い出した端緒で、この空の問題は決して対岸の火事ではないのです。

なぜボーイング787はリチウムイオン電池を大量採用したのか?

ボーイング社では、この787機の事故についてボーイング社HPに特別サイトを新設し、787開発責任者であるマイク・シネット氏による説明ビデオにて電気系・電池の両システムの紹介と787機でリチウムイオン電池を採用した理由を解説しています。
http://787updates.newairplane.com/787-Electrical-Systems/Batteries-and-Advanced-Airplanes

もちろん、今現在は事故調査が進行中ですので、事故原因についての言及はありませんが、787機でなぜ、リチウムイオン電池を採用したのかの理由を、その前の777機でのNi-Cd電池スペックと比較して説明しています。

図1

この諸元を比較すると、大幅な軽量化を図ったうえに12.5倍の電池電力量を実現し、先端フライバイワイヤーを装備する軽量・低燃費最新鋭機にとっては飛びつきなるような魅力的な技術であったことがうかがえます。

複雑で厳密な『はず』の航空機の開発・認定プロセス

しかし、旅客機の開発プロセスでは安全性が最優先で、新機種開発スタートから完成・量産機の生産、商用フライトまでさまざまなプロセスがあり、安全性についてはありとありうる厳しい試験、評価、確認が行われます。

最終的にはアメリカ連邦航空局(FAA)、欧州航空安全局(EASA)から、厳しい規則、規定・基準の審査を受け、長時間の単体試験、地上試験、テストフライト行い、型式証明・耐久証明を取得し、FAA、EASAの審査、承認を経てようやく商用フライトにこぎつけることができます。もちろん、自動車の認可にも日本なら道路運送法による規定と、認可申請手続きはありますが、この航空機ほどの厳密な保安規定はありません。

今回なぜこの様な多種多様な設計プロセス、試験プロセス、認可プロセスをすり抜けてコマーシャルフライトでの事故に至ったのかを考えると、このプロセスのどこかで「このような電池火災はおこらない『はず』」と、「電池の熱暴走が起ってもセル内で食い止められる『はず』」などといった、半ば思考停止に陥った状態にあったのかとも思います。

少なくとも、ボーイング社の開発責任者にとっても、FAAの型式証明、耐久証明発行の安全審査を行う担当官も「想定外」の事故だったことは明かです。しかし、なぜ思考停止、想定外になってしまったか、少し航空機の開発プロセス、認可プロセスをかじった私としては不思議でなりません。この問題の究明については、単に電池の問題に留めるだけではなく、開発プロセス、認可プロセスの技術だけではなく、これを見過ごしたヒューマンエラーの真因まで掘り下げて欲しいと願っています

ハイブリッドには取り入れなかった航空機開発プロセス

さきほど「航空機の開発プロセス、認可プロセスを少しかじった」とか来ましたが、それは初代プリウスのハイブリッドシステム開発に取り組んでいる最中でした。そのハイブリッドという名のとおり、このシステムは二つの動力源をその特徴を生かして使い分けて時には混合して使うものです。そのため「走る」「曲がる」「止る」の基本機能全てをドライバーの操作を信号に置換え電子制御で行うバイ・ワイヤー化が必須でした。

その安全性、信頼性保証を進める上で、当時の役員から、航空機の開発、設計、評価、監査プロセルを参考にするようにとの指示があり、当時小型飛行機用エンジン開発を進めていた社内チームのリーダーから航空機の開発プロセスについてレクチャーを受けました。

ただしかし、最終的にはハイブリッドの開発には、この航空機の開発プロセスを踏襲することはしませんでした。航空機の安全チェックを踏襲するとなると必要な人員が、それもその分野での専門技術者が当時のチームの2~3倍必要で、開発期間もチェックプロセスだけでも3倍は必要と判断されたからです。

それぐらい航空機には、作業プロセス、チェックプロセス、その実施体制まで厳しい規定があり、ハイブリッド開発ではとてもじゃないが踏襲しようにもできなかったというのが正直なところでした。

もちろん、航空機のケースとは別に、一般のお客様に安全に使っていただくクルマの開発が自動車にとっても最優先課題です。航空機と同様までの開発プロセスは踏襲できませんでしたが、安全性・信頼性最優先は同じで、また自動車は航空機とは違い、開発初期段階から「実際のクルマ」での安全確認チェックを行うことができ、それを徹底する手法を取りました。

試験では、電池を強制ショートさせ、強制過充電で電池パックから煙を出すまで、どうすればダメになるか、どうすれば致命的な故障に陥るか、徹底的なデザインレビューと、その指摘リスクをクルマで確認しまくりました。さらに機能設計、部品設計、製造プロセスに渉るデザインレビュー、未然防止活動の連続の中でなんとか量産に漕ぎ着けました。

初期不具合を多発させお客様にご迷惑をお掛けしましたが、幸いにも「想定外」「不意打ち」のシビア・インシデントに入る不具合を起こすことはありませんでした。

巨大な国際分業の航空機

超大規模で長期にわたる787開発と、短期間で一気呵成に行われたハイブリッド開発プロセスを単純に比較することは不適当と思いますが、なぜ787でこのようなシビア・インシデント要因がすり抜けてしまったのか、なぜ「思考停止」「想定外」に陥ってしまったのか、航空機と自動車の違いはありますがパワートレーン・プロジェクト・マネージャーとして考えてみたいと思います。

787機は機体の70%近くが海外メーカーを含めた約70社をTier1として製造・設計された国際共同開発事業です。参加企業は下請けを含めると世界で900社、日本企業の担当比率35%を筆頭にイタリア、イギリス、フランス、カナダなど多くの国の企業が分担生産に参加しています。

またそれに加えて、リチウムイオン電池、炭素繊維複合材など、低燃費化のための世界中の最高技術を結集した機体と云われています。ここに、なにかすり抜けに繋がった要因があるように感じます。ボーイング社はこの世界に広がる900社もの会社と、どのようにコミュニケーションをとり、どのようにデザインレビューを行い、どのようにリスク確認、その評価をおこなったのでしょうか?正直言うと、あまりにもスパンが広すぎます。

この電池システムのケースでも、外部電力供給系APU全体は米国プラットアンドホイットニー社の担当、電池向け充電装置を米国セキュラプレーン・テクノロジー社、その電気系統システムインテグレートを仏タレス社、電池管理ユニットを日本関東航空計器、電池セルがGS-ユアサの国際分業です。

これにボーイングが加わり、そのような作業分担、チェック体制、評価分担、デザインレビューを行ったのか、この構成を考えるだけでもそのマネージメント、コントロール、信頼性、品質チェックの大変さは想像できます。さらにそれぞれにその分野の専門エンジニアを加えて行うことは極めて至難であり、実際にはほぼ不可能です。

現地・現物が喪失した開発の怖さ

アウトソーシングを頭から否定するつもりはありませんが、専門ではないエンジニアが多く加わった仕事をどのようにやってまとめ上げていくのかを考えると、心配というか正直「抜けなく、想定外まで想定した作業はとてもやれないのでは?」という印象を抱いています。この中で、当然「想定すべき」不具合モードを「起こりえない不具合モード」としてすり抜けさせてしまったのではないのかというのが、私の予想です。

航空機でも自動車でもモジュール化が大流行して居る中で、そのモジュール規模を拡大しTier1に集め、アッセンブリーメーカーのエンジニアが、このTier1に仕様書を投げ込むためにCADとシミュレーションだけに精通したデスクトップエンジニアになってきているのではと心配です。

開発・評価もTier1に丸投げで、またTier1もチェック項目の多さ、作業量、報告量の多さからアウトソーシングを多用し、どこで経験エンジニアが育ち、技術蓄積ができるのかもう一度考え直し踏みとどまって欲しいと思います。

モジュール化、機能分散は時代の流れであり、自動車でも必然の流れかもしれません。しかし、クルマの安全、信頼性、品質は譲ることの出来ないトッププライオリティです。現地、現物、現実のクルマ、マーケットの経験で芯を通すことが大切です。また「全体最適」「想定外」を想定する目配りや、個人主義ではなく組織の壁を越えての取り組みは日本人の得意なところですので、その人材力を生かして欲しいものです。

プリウスとインターネット

12/11に最終の「Go」が出たプリウス

トヨタのTVコマーシャルでも取り上げられているように、この12月に、プリウス生産・販売開始15年を迎えました。最初のクルマが豊田市にある高岡工場から、トレーラーに積まれ販売店に向かって出荷されていった日が、1997年12月11日(木)です。その日の午後に技術、生産、調達、品質保証の責任者が集まり工場からの出荷可否を決める出荷品質確認会議で品質保証担当から合格の判定が出されたあと、出発していきました。

この12月11日の丁度1週間前の12月4日(木)の業務メモに、市場品質向上タスクフォース特別活動チームのキックオフミィーティングがありました。技術部門内での開発から量産ライン試作、最終量産品質確認試作まで、数々の改良、不具合対策を行い、さまざまな品質、信頼性確認のハードルを乗り越え、このように“出荷”を迎えます。

しかし、開き直るつもりはありませんが、品質、信頼性に万全を期したつもりですが、新技術、新部品、新制御がてんこ盛りのハイブリッド車ですから、お客様のクルマでの不具合発生は避けられません。さらに、超短期開発を言い訳にはできませんが、販売店サービスマニュアル作りも遅れ、トレーニングにも充分な時間を割くことが出来ませんでした。

発売後発生する不具合が多発したり、その処置に手間取ったり、またその改善に遅れをとってしまっては、トヨタのイメージ低下どころか、次世代自動車イメージそのものにも傷をつけ、お客様に不安を植え付け兼ねません。

市場品質向上タスクフォース

この出荷した後の市場不具合対応の支援と品質向上活動として、スタートしたのが、市場品質向上タスクフォース活動です。経験豊富な車両評価のプロが、ハイブリッドシステム全体の品質、信頼性保証活動をリードしてくれていましたが、そのリーダーの提案でスタートさせた活動です。

彼をリーダーに、品質保証スタッフ、ハイブリッドシステム制御設計リーダーと修理作業を支援する現場スタッフの常勤わずか4名の少数精鋭チームの活動です。ただでさえ、不具合を起こしてしまえば、それだけでお客様には大きなご迷惑とご不便をお掛けしてしまします。全国を飛び回り、その迅速な不具合処置、再発防止を、販売店サービスを支援して実施し、さらに同じ不具合を持つクルマが流出しないように、真因を掴み、設計変更、生産工程の改善、検査工程での流出防止処置を行うことがこのチームのミッションでした。

この特別活動は1年強続けられました。

インターネットとほとんど同期生だったプリウス

前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本日の本論、プリウスとインターネットの話です。丁度、ハイブリッド車プリウスの開発から生産開始時期が、日本でインターネットが普及していった時期と一致します。昨年10月のアップル社スティーブ・ジョブス氏についてのブログでも紹介しましたが、プリウス開発ではマックが活躍をし、開発スタッフには優先的にPCが配られ、まず社内LANに繋げたイントラネットを活用し、電子メールによる開発情報共有化のトライが行われ、開発期間短縮に大活躍しました。

まだ社外ネットとつながるインターネット活用とまでは行われていませんでしたが、このインターネットが普及すると、クルマの市場品質情報の収集や、販売店サービス支援活動などに活用できるかもしれないとの議論が起こり始めたのもこの時期です。

特別タスクフォース活動で、各地の販売店からトヨタのサービス部、品質保証部を結ぶ情報は従来通りファクスと電話の世界でしたが、携帯電話が普及した時期ですので、もっぱら現地不具合調査のやりとりは携帯電話での連絡でした。日本で個人向けインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)の営業開始が1994年、1995年Windows95の発売で個人のインターネット使用が急激に拡大、私自身も個人としてISPに加入したのが1996年1月、ハイブリッド開発リーダーを仰せつかり、自宅のある三島市から豊田市に1年弱単身赴任をしていましたので、自宅と単身赴任寮とのやりとりに電子メールを使い出した記憶があります。

当時インターネットが普及していくと、お客様の不具合情報がネットを通じあっという間に飛び交い、こちらの原因調査、対応作業が追いつかなくなると心配していました。今だから白状しますが、インターネットの時代には隠し事はできなくなる、その不具合処置の対応スピードももっと速める必要があると話あった覚えがあります。メーカーもこのインターネットを活用し、情報収集とその対応アクションを早める必要を感じました。

開発者も隠れた愛読者だった“プリウス・マニア”

1998年3月、このプリウスとインターネットの関わりでエポックメーキングな出来事がありました。ある、プリウスユーザーが自分のホームページに、プリウス購入を紹介されたことを切掛けに、プリウス関連のユーザーサイト“プリウス・マニア”が開設され、不具合から、燃費情報、活用Tipsなど様々な情報交換が行われるようになっていきました。

いつのタイミングだったかは判りませんが、開発スタッフの誰かがこのサイトを見つけ出し、私もタスクフォーススタッフ達も毎日このサイトをチェックするようになりました。プリウス開発に携わったほとんどのスタッフは、隠れた愛読者だったように思います。

特に、不具合については、逐一販売店サービスから受けていた情報と対比させ、その大部分は掴んでいましたが、その調査、対策や他の販売店サービスへの横展などに活用させてもらいました。特別タスクフォース活動中は、私自身、この“プリウス・マニア”で取り上げられた情報と特別活動チームからの不具合報告、その処置の進行をほとんど対比できるまでになりました。

この特別活動と“プリウス・マニア”の不具合情報を巡ってはさまざまな思い出がありますが、一つだけとりあげると、開発からこの特別活動で多くの開発スタッフ、タスクフォースメンバーに無理難題を云い、その実行を求めてきたことが報われたと思うエピソードを紹介したいと思います。

特別活動を進め、様々な不具合対策、品質向上活動を続け、まだまだ初期不具合が次から次と報告される中での出来事です。7月末か、8月か、記憶は怪しくなっていますが、“プリウス・マニア”に旅先で発生した不具合に対する強いお叱りが載っていました。関東地区のお客様でしたが、購入されたプリウスでご家族と帰省のための長距離ドライブの途中、コーションランプがつきクルマが動かなくなったとの内容でした。

品質のトヨタを信じ、初物のハイブリッドも大丈夫と思い買ったが裏切られた、家族の楽しい帰省ドライブがめちゃくちゃになったとのきついお叱りでした。

しかし、翌日か翌々日、同じお客様から、今度はその迅速な不具合対応にお褒め頂いた投稿が載りました。持ち込んだ販売店ですぐに原因を突き止め、しっかりと修理をし、その内容を説明し、親切な対応をしてくれたとの内容でした。

この不具合は当時散発していたモーターを制御するパワーコントロールユニットの部品製造不具合によるもので、原因を突き止め、製造工程での対策は済ませていましたが、既にお売りしたクルマでの発生が懸念されていました。

そこで、夏の長期連休、帰省時期を前に、この特別活動リーダーが、この不具合対策を済ませた部品を各地の修理部品デポに重点的に配っておくようにとアクションを取り、さらに各地の販売店サービス支援活動状況を販売店サービス網に流し、プリウス不具合の迅速な対応とその連絡をお願いしました。
この2番目の投稿を読み、特別活動、それを踏まえた事前アクションが実を結び、これで初代プリウス開発の山場を乗り切れたと感じたことを鮮明に覚えています。

故障不具合だけではなく、クルマに対する様々な感想、不満点なども、この“プリウス・マニア”でのご意見も参考に、現地、現物、クルマで確認をし、次ぎの改良にも反映させました。私自身、何度かこの“プリウス・マニア”から発信される、故障不具合情報や、さまざまなご提案に返信をさしあげようかと思ってこともありましたが、ハイブリッド開発担当は黒子、また品質向上活動とは称していてもお客様にご迷惑をお掛けしている当事者ですから、直接の返信は控えてきました。インターネット時代、プリウスの発展を支え、ハイブリッド普及の背景に、このインターネットサイトが大きな役割を果たしたことをお伝えしたく、このブログで取り上げました。

様々な問題にも時代にあった早さを

今週、米運輸省道路安全局NHTSAからレクサスハイブリッドRX450hで、重大不具に対する報告が遅れたことから、制裁金を課せられ、それをトヨタが受け入れたとの記事がありました。このところの品質不具合多発の一つですが、非常に残念です。2010年の予期せぬ暴走問題も、トヨタの対応遅れが問題とされました。

今や、当時から遙かに進んだインターネット時代です。現地でなくとも、時間遅れがなく不具合情報は世界各地から送られてきます。その不具合が深刻な現象かどうかは、エンジニアが感度を高くしてみていれば、判断できるはずです。この特別活動をやり遂げた原点に戻り、さらに今の時代のインターネット網と情報技術を活用し、さらにプロエンジニアの感性を磨き、ハイブリッド自動車など次世代自動車の安心、安全品質を高めて欲しいものです。

自動車と品質、もの作り

プリウスがドイツで2年連続品質NO1を獲得

昨年の12月に、嬉しいニュースが飛びこんできました。
ドイツの自動車の安全・燃費・排ガス性能試験を行う公的認定機関であり、車検統計調査機関であるTUV・SUD(テュフ・ズード)が、毎年その3年後の車検結果から発表している既販車品質調査レポートで、故障率が一番少ないクルマとしてプリウスが選ばれたとの記事です。この数年、トヨタ車のリコール問題、品質問題で、プリウスを含め、世の中を騒がせてきただけにホットし、また品質のトヨタの名をはずかしめないようにと取り組んだ初代プリウスハイブリッドの品質向上活動が、今もしっかり根付いている証のニュースとしてうれしくなり祝杯を挙げました。

しかし、もちろん故障率ゼロではありませんし、この2年間にもブレーキABS制御系のリコール、初代プリウスの電気パワステリコール、電動ウオーターポンプのサービスキャンペーンと、不具合でお客様にご迷惑をお掛けしています。品質改善、その未然防止活動には限りがないことを肝に銘じて、さらにレベルアップを続けて欲しいと願っています。
  
この何年か、石油ストーブの一酸化炭素中毒事故、火災事故リコールとその回収修理キャンペーンがテレビ、新聞を賑わせていました。10年以上も前の製品でも、重大不具合故障が発生すると、さかのぼって緊急の回収修理が必要になることを痛感しました。また一連の自動車の不具合隠しが取り上げられたのも初代プリウス発売後で、それがどこまで波及していくのかヒヤヒヤしながら、やってきた開発プロセスにコンプライアンス上の問題がなかったかなど振り返りも行ってきました。

自動車のリコール制度

日本での自動車リコール制度は、私がトヨタ自動車に入社した1969年に制定され、その実施第1号がトヨペット・コロナのブレーキ油圧配管の腐食によりブレーキ油圧が抜け、ブレーキが効かなくなる問題でした。当時、入社し最初の集合教育と工場実習が終わると、7月頃から販売店に派遣され、販売店現場でのサービス・販売実習がありました。
1ヶ月間のサービス実習では、このブレーキチューブリコール実施を発表した直後で、毎日、毎日街の中を歩き回り、駐車中のコロナの床下を除き、年式を確認しリコール対象かどうか判別し、リコール回収修理の案内ビラを付けてあるくことが仕事でした。さらに、その実習から戻り、配属先が決まるとそれがそのリコール問題の設計担当職場でした。当時の課長がTVコマーシャルに出てリコール不具合の技術説明と緊急回収修理の呼びかけを行っており、この一連の出来毎が、製造会社のエンジニアとして信頼性品質確保の重要性、設計責任、製造責任の重要性を思い知らされ、学生気分が一基に抜けたきっかけだと記憶しています。

このリコール制度は何度か改定され、リコール隠し問題などが何度か取り上げられ、またインターネットが普及し、情報公開と迅速な回収修理が求められる時代となり、主管部署の国土交通省に「自動車のリコール・不具合情報」サイトが作られ、リコール情報の公開、不具合情報のホットラインなどが開設され、だれでもその情報にアクセスできるようになっています。

その後、マスキー排ガス対策プロジェクトに加わり、クリーンエンジン開発に携わってきましたので、排ガス浄化システムの排ガス性能リコール問題は開発陣にとって最大の関心時でした。排ガス性能保証は当時でも5年、5万マイル(8万キロ)、無鉛化されたとはいえまだまだガソリンスタンドや輸送過程で混入する鉛が残るガソリンを使い、オイルも純正オイルは殆ど使われず、触媒や排ガスセンサーの性能に影響を及ぼす成分が多いオイルも出回っていました。この中で、5年、5万マイルのクリーン度保証を開発段階で行うには、市場燃料やオイルの素性を調べ、走り方を調べ、ユーザーからクルマをお借りして排気性能を調べ、触媒や排ガスセンサーを回収し、劣化状況の調査をおこない、設計へのフィードバック、耐久試験用燃料、オイルを劣化しやすいものに変え、耐久試験条件もシビアなものに見直しを続けることの繰り返しでした。アメリカの規制当局は、既販車の排ガスチェックを厳しく実施し、規制レベルを超える車種には厳しくリコール命令を出し、BIG3は軒並み大規模なリコールを連発することになり、品質イメージの低下とともに巨額のリコール費用を費やすことになっていました。日本勢はこの排ガス性能の経年品質向上に、愚直に取り組み、これが日本車の品質全体を高め、大飛躍の要因となっていったと自負しています。コストダウンも厳しく求められましたが、その前に品質、品質とコストのトレードは御法度がトヨタの暗黙知でした。

私は幸いにも、開発を担当した排ガス浄化システムのリコール問題には遭遇しませんでしたが、市場調査データではヒヤヒヤすることは何度も経験しました。ある新技術チャレンジをした時には、市場チェックではグレーのデータがでて、当時の上司から、夜もおちおち眠れないと叱責をうけたことも記憶しています。実際の担当としても、夜も眠れなくなる心境になるのは確かです。僅かなコストダウンなど一端排ガスリコールを起すと一瞬で吹っ飛ぶどころか、その車種の収益全体も大幅に悪化させてしまいます。

アメリカでは、1990年代に入ってもBIG3の排ガスリコールが続き、また様々な既販車の排ガスチェックでも、保証期間を超えた古いクルマや、排ガスシステム故障車から排出される大気汚染影響が大きいことが分かり、このブログでも何度かとりあげたカリフォルニア州のローエミッション車規制では、排気ガス性能としての保証が15年15万マイル(24万キロ)保証と自家用車としてはほぼクルマの一生のクリーン度を求められることになりました。この、保証期間延長の理由として、トヨタ、日産、ホンダなど日本勢の経年車のエミッションチェックで、保証期間後もそのクリーン度が高く、故障も少ないとのデータを集め、保証期間延長の根拠とされてしまいました。トヨタ社内の一部からは、コストの掛け過ぎ、過剰品質ではとの声を上がりましたが、品質最優先を貫いてくれたトップ方針が揺らぐことはありませんでした。

ハイブリッドと品質

プリウスの品質問題に話を戻しますが、確かにハイブリッド車は従来車に比べハイブリッド電池、電気駆動系、さらに回生ブレーキなど部品点数が大幅に増加します。構成部品点数が多いことは、従来車と同じ品質レベルなら統計的には故障率が上がってしまうのは必然です。さらに、制御系が大規模になり、人間の操作を電気信号にかえ、その信号とクルマの走行状態、様々なシステムの作動状態信号からコンピュータで駆動力、制動力などを制御する、バイ・ワイヤシステムの固まりとなり、一つの不具合がお互いに影響しあうことも心配されました。加えて、初代では新システム、新部品の固まり、トヨタ車として恥ずかしくない品質、トヨタ車品質への信頼感から初物のハイブリッド車をお買い上げいただいたお客様に不具合多発でその信頼を裏切ってはとのプレッシャーは担当スタッフ一同、押しつぶされそうになるほど強いものがありました。確かに、立ち上がりの故障率は高く、トヨタ車だかと信頼して買っていただいたお客様に多大のご迷惑をお掛けしました。

何度か、発売後の品質向上活動についてはこのブログで触れましたが、部品点数が圧倒的に多いハイブリッド車を従来車レベル以上の信頼性品質にしていくには、それだけの活動をしたスタッフの存在があり、その活動の中で、部品工場の中にまで入り混んで不具合の真因究明と対策を共同で行って来た仲間達と、それを理解して取り組んでくれた多くの工場現場、部品会社、材料会社の方々の活動の賜です。

一連のトヨタリコール問題で、大規模になってきた電子制御系がやり玉にあがり、いろいろ取り上げられました。プリウスのブレーキリコールもその代表例の扱いでした。もちろん、プリウスのブレーキ不具合は、ブレーキ性能に影響を及ぼす適合不良の不具合ですが、いわゆるプログラムバグではありません。トヨタ品質の観点からすると、結果論ですが、トヨタお設計、評価基準が甘いと云わざるを得ないと思います。

フロアーマットとアクセルレバーの干渉、アクセルペダルの戻り不良の問題以外として、電子制御系も疑われた一連の“予期せぬ加速”問題では、昨年アメリカの運輸省から連邦航空宇宙局NASAを含めた大々的な調査結果として“電子制御系”は白との判断が下され、ほっとしました。しかし、ハイブリッドの品質向上活動で力を入れたのは電子制御系だけではありません。初代プリウス発売当時の業務メモを見ながら、私の怪しい記憶を絞ってみても、不具合の三分の二は部品故障、それも水漏れ、油漏れ、部品欠品、異物混入といった従来車でもよくある不具合が占めていました。ハイブリッド制御系でも、半田付け不良、IC素子の不良など、これまた故障モードとしてはよくある不具合、これを一つ一つ原因を究明し、流失防止、再発防止を図る地道な活動が続けられたことが、従来車を越える品質レベルを達成した理由です。結局はこの品質向上活動の「ヒューマンネットワーク」を維持し、改善を続けてきた「人」がいたから、ここまで発展できたと断言できます。

個人的な経験ですが、つい最近、夜中に突然停電があり、びっくりしました。原因はエアコン室外機コンプレッサー駆動モーター内の短絡でした。修理に来られたサービスマンと話をしましたが、コスト削減のため海外製部品に切り替えてからこのような不具合が多くなったと言っておられました。初代プリウスでも海外部品の不具合には泣かされました。2代目プリウス以降では、厳しいコスト低減活動を続ける中で、海外部品の採用がどんどん増えてきました。もちろん、品質とコストのトレードは許されませんが、環境自動車普及のためには、品質レベルを維持した上でさらなるコスト低減が厳しく求められています。海外調達を増やしても、その部品メーカーがその現地の会社と一緒にハイブリッド品質を確保した結果であり、品質NO1はこれを克服した第一歩だと思います。

日本のもの作りと品質

年始のテレビ番組を見ていると、ビジネス系チャンネルで「日本のもの作り」が話題となっていました。その論点は「日本のもの作り」の重要性が叫ばれ始めたのはここ10年ほどで、1990年以前にはあまり話題にもなっておらず、「日本のもの作り」が怪しくなってきたから叫ばれるようになったとの主張を巡る議論でした。40年以上もクルマという「もの作り」現場で過ごし、現地、現物、市場の厳しさをたたき込まれてきた私としては、その経験の少ないコメンテーター達の、“以前はそれほど「もの作り」が重要との意識はなかった”との論点には賛成できませんが、最近怪しくなってきているとの意見には同感です。

その議論ではそれではどうするとの議論はありませんでしたが、尽きるところは人、人から人への伝承、ヒューマンネットワーク、人材育成が鍵、この点で今回のドイツでの品質NO1は、その人から人への伝承、自動車組み立て工場から部品現場、それも海外調達先に至るまでのヒューマンネットワークと、トヨタ・ハイブリッドの「もの作り」スピリット伝承の成果と嬉しくなったわけです。

グローバル化、調達の多様化が叫ばれ続けています。この異常な円高の中で、日本での量産商品としての「もの作り」を続けることは厳しくなってきています。しかし、調達の多様化、海外部品の採用と言っても、「設計仕様書」「試験法・評価基準書」など書類のやり取りと「契約書」では、品質確保はできません。また、アセンブリーメーカーやティア1/2といった部品メーカーもまた、その全ての構成部品一点一点の品質チェックを行い、製造工程、検査工程の全てを掴んでいるわけではありません。尽きるところは、人から人への伝承、フィロソフィーの伝承、ヒューマンネットワークでやって行かざるを得ないとと思います。様々なメンバー、会社の品質向上活動を通じて、その構成部品とシステムのデザインレビュー、工程観察、機能チェックを続けることにより数多くのコスト低減の知恵も生み出されたと思います。

いよいよ、ハイブリッド車の本格的なグローバル競争時代突入の様相、トヨタ、そして日本勢もうかうかしておられない状況です。燃費性能で、ヒュンダイ・ソナタハイブリッド、フォードフュージョンハイブリッドと、トヨタのカムリ・ハイブリッドを上回るハイブリッド車も続々登場してきています。環境性能で負けては洒落になりませんので、その巻き返しを急ぎ、「もの作り」「ヒューマンネットワーク」を生かした安心・安全品質NO1維持が日本の生きる道です。
己を知り、敵を知り、驕ることない日本自動車エンジニアのチャレンジを期待します。

想定外を想定する未然防止手法GD3

今回のタイトルは最近出版された本の書名です。著者は吉村達彦さん、トヨタOBで私の尊敬する先輩です。信頼性工学の専門家で、ながらく車体や自動車部品の強度設計評価、設計品質、信頼性品質向上に尽力され、トヨタ退社後は九大教授、その後請われてGMの品質担当役員を務められ、グローバルに活躍されておられます。

一ヶ月ほど前に、呑み助の私の何時ものパターンですが、三島に立ち寄られる機会に呑み会にお付き合いいただき、この本のタイトル、想定外を想定する話に花を咲かせました。今年の流行語大賞候補にもノミネートされている想定外のフレーズをうまく使った新著で、もう昔の話にもなったトヨタの品質問題の顛末、そしてもちろん3.11“Fukushima”を意識され、日本のアドバンテージと信じていた、もの作りだけに限らない日本社会の安全、安心に関わる“品質”のアドバンテージに陰りがみえることに警笛を発し、その慢心をいさめ、もう一度“品質”をカルチャーにする手法を解説しています。

呑み会の場でも、原発事故だけではなく、日本全体の“品質”“安全”に対する慢心、感度低下がいくつかの具体例とともに話題になりました。もしかすると、われわれの若い頃も、諸先輩はわれわれに同じ思いをいただいていたのではと感じない訳でもありませんが、それでもやはり何かにつけて、今の日本社会全体の品質低下に危機感を感ずることで意見が一致しました。

3つのGDが品質・安全を作る

初代プリウス開発での品質、信頼性確立のプロセス、そのスタッフの取り組み、さらに発売後のマーケットでの不具合対応と品質向上活動の話を紹介し、この著書にある未然防止活動との対比についてご意見をいただきました。初代プリウス開発の当時は、トヨタ社内でもこの著書にある“未然防止手法GD3”が一般化されてはいませんでしたが、品質、信頼性重視、未然防止、そのためのデザインレビュー、テストコースに開発車両をあつめ、その課題をクルマとして確認し、その状態を共有化しあう“車両集中検討会”などほとんどの開発プロセスが“未然防止手法GD3”に沿ったものであったことが確認できました。

順序が逆になりますが、GD3は、三つのGDを表しており、

最初のGDは  ・① Good Design (良い設計)
次ぎのGDは  ・② Good Discussion (良い議論)
三番目のGDは ・③ Good Dissection (良い観察) です。

我々が若いエンジニア時代をすごした1970年代、1980年代から、自動車に排気規制、燃費規制、安全規制といった様々な法規制が導入されるようになり、その規制遵守のため試験法、基準、規定類が決められ、自動車の開発段階ではそれに沿う数多くのマニュアル類も整備されてきました。さらに、この様々な法規制を満たしながら、走行性能、運転のスムースさなどのドライバビリティ、操安性能、静粛性能など商品性能を高めていくために、電子制御システムが取り入れられ、そのシステム規模がどんどん大きくなっていっています。その過程で、われわれは失敗経験をたっぷり積み、先輩、上司から怒られ、しごかれ、現地現物でこのGD3の重要性を皮膚感覚でたたき込まれてきたように思います。

その失敗経験、議論、観察経験をもとにして、社内基準、規格、試験法を整備していったのも我々の世代でした。この、社内基準、規格、試験法の前提となる現地、現物の経験、条件があり、社内マニュアル類どころか法規制、国際規格、標準ですら万能ではないことを理解していた世代だったように思います。

根本は「人」と「ネットワーク」

システム規模が大きくなると同時に、激烈な開発競争に勝ち抜くために開発期間が短くなり、さらに同時並行で競争力維持の最大ポイントである原価低減活動を行っていく必要があります。その中で、若いエンジニアに現地、現物の広い経験、その中でも失敗経験を積ませる余裕が企業になくなってきていることが心配です。また、コンピュータでの設計作業が主体になり、システム規模と同様、開発組織の規模も拡大、組織の細分化も加速してきました。その専門化、細分化下中での設計作業の中で、GD3の形骸化が気がかりです。

今も未然防止活動は従来通りやられているのでしょうが、それが上司への報告会議が主体となり、見える化、情報共有化の場ではなく、上司にどう問題がないことを見せるのか、その見せる化の場になってくる危険性を感じていました。私も、見せられる上司の一員でしたが、こちらに合わせて見せられていることを感ずることもあり、これを見抜ける経験をもったマネージャ、役員が減ってきていることが心配でした。

過去の失敗経験を知り、知恵を絞り、自分の設計機能をクルマとしての機能からレビューをし(①Good Design)、その設計をそこに関わる前後、左右工程、先輩、上司とのデザインレビューでの議論(②Good Discussion)、それを繰り返し弛まぬ改善に取り組む現地、現物(③Good Dissection)はやはり今も品質、信頼性向上の原点だということを再確認しました。

こうした活動は社内だけに留まるものではありません。部品メーカーさんも加わり、そこに発注責任の社内設計部署だけではなく、車両主査チーム、関連設計、評価チーム、製造チームなどが加わり、このGD3のサイクルを回す作業も日本の品質、信頼性の高いもの作りの原点です。そのプロセスで、不具合改善、品質向上だけではなく、原価低減の多くのヒントも得られてきました。このGD3未然防止活動サイクル、改善活動サイクルが、それを回す人を育て、その「ネットワーク」を拡げていきます。

いかに、システムが大規模化し、複雑化したとは言えども、その品質、信頼性確保の原点は「人」とその「ネットワーク」、人間が計算条件を決めたシミュレーションの繰り返しでは、発想外を発想する未然防止は果たせないことは明かです。現地、現物での「人」での確認、その経験にもとづく専門知識集団による判断プロセスが重要で、いまでも十分に通用する部分と思います。

「人間がモノをつくるのだから、人をつくらねば仕事も始まらない」。

この言葉は、トヨタの5代目社長であり、HV Prius開発の最大の支援者であった豊田英二氏の言葉です。この技術イノベーションと自動車ビジネスの構造変革をリードしていくにも、想定外を想定し未然防止のサイクルを回せる「人材」とその「ネットワーク」が最重要であることはいうまでもありません。

この「想定外を想定する未然防止手法GD3」を読みながら、初代プリウスの開発の最終段階でのトップデザインレビューでのできごとを思い出しました。
当時の技術担当副社長は、Good Designには人一倍の感度をお持ちでうるさい方、デザインレビューの場でも厳しい指摘で有名でした。最後の最後まで、品質、信頼性に心配をされ、発売時の生産台数も絞り、万全を期すように指示をいただきましたが、開発報告やデザインレビューの場でも気持ちが悪いぐらいに厳しい指摘はありませんでした。しかし、生産に最終的なゴーがかかった直後の報告会で、ハイブリッド部品に対しいつものように厳しい、担当設計マネージャが震え上がるような指摘をされ、わたし自身は「これでやっと開発、すなわち不具合未然防止活動の一段落」を感じたものです。

もちろん、出したあとの「マーケットでの未然防止活動、弛まぬ品質改善のスタート」であり、マーケットでの想定外不具合で不意打ちをくらわないように、想定に想定を重ねたうえでの想定したマーケット不具合発生に備えた活動は、そこからのスタートでした。このようなチャレンジプロジェクトは想定外の不具合を起すことが少ないと言われており、不具合も想定内というとお叱りをいただくかもしれませんが、不意打ちをくらう想定外は起すことがなかったのには、未然防止活動を続けてくれた「人材」「ネットワーク」によるものに間違いありません。

14年間のハイブリッドの歩み

プリウス累計販売台数200万台突破

10月7日にトヨタ自動車からプリウスの累計販売台数が、本年9月末までに約201万2千台と、200万台を突破したと発表がありました。初代プリウスの発売を発表したのが今から14年前、1997年10月14日です。東京モーターショー開催を前に、東京赤坂の全日空ホテル(現ANA インターコンチネンタルホテル東京)の大宴会場を会場として新型車発売会が行われました。11月末から生産を開始し、12月1日(月)~京都国際会議場で開催される地球温暖化防止京都会議(COP3)の京都でデモ走行を行い、12月10日(水)に発売を開始するスケジュールでした。

当時のスケジュールノートを見ると、立ち上がり品質の最終確認、設計変更項目の折り込み日程調整、生産工場での品質レビュー会議、発売後すぐにスタートさせるサービス対応タスクフォース活動のチーム編成と作戦会議、全国のサービス拠点に送るプリウスの手配、その合間にカーオブザイヤー審査対応など広報宣伝スケジュールの調整と分刻み、休日は全くない状態でした。その間もクルマを生産する高岡工場にも何度も出向き、ハイブリッドトランスミッションを作る本社工場、インバータやコントローラを作る、広瀬工場、さらに品質として一番の心配の種であったハイブリッド電池パックを作る、PEVE湖西工場にも出向き、生産を開始したラインを見て回る、出荷品質などの話を聞いていたように記憶しています。

さて、発表後1997年末までに400台弱の登録が行われ、当年の量産化が条件であった当年のカーオブザイヤー受賞の条件を何とかクリアさせ、年末休みを迎えることができました。ただし年末休暇と同時にスタートさせたサービス支援タスクフォース活動は、大阪で発生した路上故障不具合の原因調査と修理作業支援によって新年の元日から本格出動開始、仕事始めとなりました。私も、本社の小さな会議室に設置した事務局に顔を出し、大阪に出張したタスクフォーススタッフからの連絡を受け、その後の不具合原因調査活動の打ち合わせなどで明け暮れた印象です。

それから14年、トヨタのハイブリッド車全体の累計販売台数は300万台を突破、その中核をしめるプリウスも200万台を突破するに至りました。まずは、日本、さらに世界各国のトヨタハイブリッド車、さらに初代プリウスのよちよち歩きの状態からご愛用いただいき、その成長を見守って下さった多くのユーザーの皆様に御礼を申しあげたいと思います。

1997年はやっと400台弱、前評判は上々、実用的なエコカーと様々な賞をいただきましたが、初期受注を配車したあとは電池など品質への心配などで中々伸びず、1998年は約17.7千台、1990年は15.2千台に留まっていました。初代の立ち上がりは国内販売に限定、われわれ開発陣としては、国内のお客様にしっかり使い込んでいただき、その声をフィードバック、品質も高め、欧米の走り方にも適用できるように走行性能も向上させた上で欧米に導入したいと提案していました。国内のお客様を実験台代わりに使ったわけでは決してありませんが、品質に万全を期したと言っても、新規部品のてんこ盛りのハイブリッド、従来車に比べ不具合比率が高くなることは覚悟していました。当時も、トヨタのマークが付いているから、品質の心配はしないでプリウスを購入したとのお客様の声をよく耳にしました。しかし、路上故障を起しがっかりしたとのお叱りの声も多く戴きました。少しでもお客様に迷惑をお掛けしないように、不具合の再発をしないようにと、開発スタッフの発案でサービス支援タスクフォース活動チームを結成し、手こずりそうな不具合の報告が入ると、夜に日を徹してそこまでプリウスで走り、即断即決、95%以上もの再発防止率を達成してくれました。ここまで成長できたのも、いくつかの不具合がありながらも、暖かく見守り、支援していただいた初期型ユーザーの方々のお陰だと感謝申しあげます。

プリウス・ハイブリッドの信頼性・安全性品質確保として想定したこと

1995年12月のトップ会議で、まだまともに走る試作車もないのに、新規開発の本格ハイブリッドを搭載したプリウスの量産開発にゴーサインがだされ、技術陣の提案では1998年末目標の生産開始時期が、1997年12月に1年も早められ、私がその量産ハイブリッド開発のリーダに指名されたと当時の担当役員から知らされたのが1996年2月でした。
 
その担当役員から、そのプロジェクトを止めるディシジョンが一番難しいので、止めざるを得ないケースの全てをおまえが想定し、ディシジョンのタイミングを失しないように、そのケースになりそうな情報は逐一、ハイブリッド、車両開発担当の役員と情報の共有化を図り、トップに持っていけるようにするようにとのアドアイスを貰いました。
その後、仲間の部長達からも、あんたが他のプロジェクトに悪影響を及ぼすようになる前に止める決断してくれと言われ、そのアドバイスも技術開発マネージャーの多くの意見として、無謀なプロジェクトだから何とか傷口が大きくなる前に止めるようにとのご意見だったのではと勘ぐっています。

もちろん、私も止めるタイミング、ケースについて様々な想定とケーススタディーを行いました。クルマの基本性能は、“走る”“止まる”“曲がる”であり、部品故障やシステム不具合で、ドライバーの意図通りにこの基本性能が発揮できなくなる故障、不具合のうち、さらに深刻な車両火災(FH)、暴走(OR)、高圧感電を誘発する可能性のある故障、不具合はどんな状況であろうが許されません。1つでもその起因となる可能性がある不具合が残ったら、その不具合をシロにしなければプロジェクトを止めることが求められます。この不具合はグレーの場合でも同様で、シロであることが確認できるまでは、生産、販売にゴーは掛けられません。

想定される限りのケースの確認を行い、さらにその想定を越える現象が起きたケースでも、最短の時間で、最短の動きで止めるフェールセーフ設計の確認も繰り返し、コンピュータだけではなくクルマの動作としての不具合再現とそのフェールセーフ動作の確認をギリギリまでやり尽くしました。やり尽くしたはずでも、開発段階で突き止めきれない想定外の不具合発生も想定する必要があります。そこは、それが販売したクルマでおこり、それが他のクルマでも起こる可能性がありそうならば、販売を止め、生産を止め、場合によっては既にお客様の手に渡ったクルマでも走行を止めていただき、回収をする決断まで想定すべきです。幸いにも、その様々な想定を越える、また止めると想定していたケースに遭遇することはありませんでした。

今でも、当時、もし止めると想定していたケースに遭遇したら本当に止める提案をし、止めることができたか、その責任を全うできたかと自問自答しています。担当役員との情報共有化、トップ役員にタイムリーな決断をいただくパイプを作っていただき、多くの役員からの全面的なサポートがあってやれたプロジェクトだと思っています。

ただしこうした致命的な不具合は無かったものの、いくつかの不具合でお客様にご迷惑をお掛けしました。お叱りを覚悟で申しあげるとそれも想定内、その対策のスピードアップとその再発防止が想定したアクションプラン、不意打ちを食らうことはありませんでした。この想定を私一人はやったわけではありません。人間としても専門能力としても信頼できる、何人かのスタッフが大部分の想定スタディーをやってくれ、分野ごとの設計部隊との間の想定を、抜けがないように繋ぎ、発売後のサービス支援、故障、不具合対応タスクフォースグループの結成までやってくれました。いずれも、開発現場、クルマの評価現場、製造現場、販売現場を繋いだ現場ベースの活動と、その活動を信頼し激励し、責任をとるマネージがあってやり遂げられたと思っています。

プリウス開発秘話5 非常事態宣言

先日のトヨタの株主総会の報道を聞き、今から15年前の株主総会直後の出来事を思い起こしました。1996年7月、私は株主総会後を見計らって社内への「非常事態宣言アピール」を企てていました、社内に「このままではプリウスハイブリッド開発が立ち行かない。」とのプロジェクトの実情と今後の立て直しアクションの必要性を伝えようとしたのです。

クレイジー・プロジェクト

1997年12月初めを生産開始とする初代プリウスの開発にトップディシジョンが下りたのが1995年12月中旬でした。21世紀のスタンダードを目指すグローバルカーのスタディとしてスタートした社内コードG21プロジェクト、そのリーダー内山田(現技術担当副社長)の提案に対し、生産開始目標時期を1年以上も早める条件を付けた異例の決定でした。

そして、そのクルマはハイブリッド車とすることも同時に決定しました。ハイブリッド車の研究開発はそれまでもやっていましたが、G21用として選び出し、クルマの走りや燃費ポテンシャルを確かめるための最初の味見用として試作したハイブリッドシステムを載せた試作車がやっとよちよちと動きだした状態でした。また、その選び出したハイブリッドは、量産用どころか、試験研究用としてもトヨタでもまったくやったこともない機構のハイブリッドシステム、当時の同僚部長連の一部からは、成功するはずがない無謀なプロジェクト『クレイジー・プロジェクト』と言われていました。結果としては、その時に選んだシステムが、今のプリウスからレクサスにまで発展した、トヨタ・ハイブリッド・システムです。

車両主査はG21プロジェクトのリーダー内山田がそのまま担当することになり、1996年1月にはG21企画スタッフを増強して量産向けの車両開発がスタートしていきました。

その時点では、トップ方針として、G21の商品化はハイブリッドシステムだけを搭載するハイブリッド専用車にすることは決められていましたが、技術的はもちろん、経営的にも成立するかどうかは不明な状況、量産商品としてのフィージビリティスタディーも、マーケットスタディーもこれからでした。

年が明け1996年1月に入り、車両に搭載されるハイブリシステムの開発体制、組織、陣容をどうするかが、技術担当役員、部長連で喧々諤々、喧嘩腰の議論が戦わされました。決定を下したのは、当時の技術担当副社長からの鶴の一声、「このプロジェクトより優先のプロジェクトがあるなら言ってみろ!」の一言でした。何人かの技術担当役員、さらに設計担当の部長達の多くは成功する見込みは少ないと主張しており、同僚の部長達の間では開発責任者として貧乏籤を誰が引くかとの噂が流れるなか、カリフォルニア州向けのクリーンエンジン開発のリーダーをやっていた私に白羽の矢が立ち、電話で有無をいわせず担当役員から通告されたのが2月中旬のことでした。すぐ、それまでの勤務地である静岡の研究所から豊田市にある本社に出張し、状況のヒアリングを始め、2月29日(木)には単身赴任寮に引っ越しし3月1日(金)にはリーダーとしての勤務に入りました。

プリウスハイブリッド開発プロジェクトチームの直轄スタッフは4名、ここで選んだハイブリッドはこのブログでも何度か紹介した、エンジン発電機とクルマを走らせる電気モーターを独立にもち、エンジン停止させたまま、電気モーター単独でクルマを走らせることができるフル機能をもったハイブリッドでした。このフルハイブリッドでは、発電機やモーターによる電池の充放電やクルマのすべての電気系に電力を供給することになりますので、クルマの走行中はもちろん、停車中も電気で動くすべての部品に電気供給を行うなどエネルギー全体のマネージメントの設計とその取りまとめ役が直轄グループの役割でした。

エンジン、トランスミッション、制御コンピュータとその制御ソフト、ブレーキ、シャシー、ボデー、さらにはハイブリッドトランスミッションに組み込まれるモーター、発電機、それを動かす電気パワーコントロールユニット、さらにハイブリッド電池、ブレーキ、電動パワステなどなど、クルマの走る、曲がる、止るにかかわる構成システムとその部品、さらには電気で動くすべてのシステムと部品の設計スペックを確認し、各設計担当と決めていくこともこのグループの重要な機能です。従来設計組織の中にはないシステム設計企画と調整が役割の臨時チームが実態です。

車両主査とそのスタッフが決めた車両企画にもとづき、共同で性能目標を達成するハイブリッドのスペックを決めていくことが最初のスタッフの作業で、最初の試作車用としてはカローラクラス、1.5lエンジン搭載のハイブリッドスペックが机上計算で求められ、そのスペックで試作が進められていました。その評価を皮切りに、量産用として品質、信頼性も確保し、そのうえで生産することのできるスペックを決めていく作業のまとめ役です。まとめ役と言えば聞こえは良いのですが、スタート時は私を入れてもたった5人、既存の設計部隊の担当外、定義に入れられない項目は担当組織が確定するまでこのグループの担当、さらにドライバーが車に乗り込み、起動スイッチを入れるところから、走り、曲がり、止まり、さらに起動スイッチをオフするところまでの、アプリと称するハイブリッドシステムの起動、故障診断、停止、バックアップ、フェールセーフといった基本制御系、さらに走行制御系の設計まで、共同作業も含まれますが、プログラムのコーディング、デバッギング、さらには車両で発生した原因がわからない不具合の調査もこのスタッフの役割でした。

1996年の2月、3月の段階ではそのスタッフはオフイスの机に席を温める暇は全くなく、テストコース、実験現場、コンピュータールームと飛び回っており、リーダーに指名されたといえども、試作車の試乗や状況報告を求めたり、技術レクチャーを求めることもはばかられる状態でした。ハイブリッドシステムの企画書、説明書など参考資料を手渡され、自分でこのハイブリッドの中身を理解しようと悪戦苦闘する毎日を過ごしました。

5月に入ると、最初とほぼ同じ仕様での試作車の数が増え、さまざまな設計チーム、機能評価チーム、車両評価チームにクルマが配車されるようになり、開発が本格化していきました。この評価車両の増加と同期して、一気にさまざまな不具合が矢継ぎ早に報告されるようになってきました。これも、当然と言えば当然、まだまだ通常の車両開発に入れるフェーズではありませんから、山のような不具合報告がでるのは想定内でした。しかし想定内とはいえ、エンジン軸から発電機やモーター、車輪にトルクを伝えるインプットシャフトがぼきぼきと折れ、電池が煙をだし、テストコースや技術部構内道路のいたるところで試作車が故障停止、走行中にエンジンを止めたり、かけたりするたびに大きなショックを発生し、さらに燃費は従来車の2倍の目標にはほど遠い状況と、致命的とも思える深刻な不具合の報告の連続には、やはり無謀な『クレイジー・プロジェクト』との部長達の言葉が身に染みる状況に思え、このプロジェクトの幕の引き時とそのディシジョンプロセスを頭に浮かべるようになってきました。

このようなこれまでにはないハイブリッド車といえども車両主査が実務の最終責任者であることが、先人が築き上げたトヨタのクルマづくりの根幹をなす車両主査制度です。ハイブリッドリーダーはそのサポート役です。

共有された「危機」

幕の引き時は頭に浮かべ、さらに影響の小さい順番に、やめ時のマイルストーンを置いた裏の開発日程計画は作っておきましたが、車両主査、そのスタッフと多発する不具合の整理を行い、その対策検討体制、組織を作り上げ、右往左往の開発から、緊急事態をお互いに理解しあい、不具合現象ごとに関連部署のスタッフを集め、リーダーを明確にした組織横断のタスクフォース活動を中心に有事の体制で開発を乗り切っていこうと舵をきったのが、冒頭で述べた7月上旬、新役員のハイブリッド担当が公表された株主総会が終わったあとのタイミングでした。そのときに、私が作った緊急事態宣言のアピール文をばらまき、体制変更と、増員にと走り回りました。

大きな不具合の多発にもオタオタとせず、車両からの手も的確にうち、遅れ遅れのスケジュール調整をやってくれる車両主査のディシジョンとリーダシップに何度も助けられる思いをしました。

私はトヨタのエンジニアとして39年、そのすべてを開発設計現場で過ごしました。その間、トヨタにとって有事と感じたのは、60年代後半から70年前半にやってきたアメリカの大気浄化法、通称マスキー規制に対応するクリーンエンジン開発と、それが引き金になり矢次早にやってきた日本の50年、51年、53年排気ガス規制に対応するクリーンエンジン開発だったと思います。このマスキー法対応プロジェクトの開発要員としてエンジン屋のキャリアをスタートさせた私にとっても、トヨタの有事として、技術分野、専門分野を超えたプロジェクト体制を引いた最初がこのマスキー法対応プロジェクトでした。当時のトップからもこの対応に後れをとっては、自動車企業として成長できないとの危機感が伝えられ、臨戦態勢をとり開発に取り組み、大きな技術課題を克服していったことが今の成長に繋がったものと確信しています。ハイブリッド開発にもその経験が生かせたと思っています。
図は、その時に作成して配布した、緊急事態宣言の一部です。

緊急事態宣言
緊急事態宣言

プリウスハイブリッド開発は、このマスキープロジェクトに比べると、公表前ならば止めるとの選択肢もあっただけに、このときほど有事とは言えませんが、トップ・プロジェクト、チャレンジプロジェクトです。やり遂げることができれば、そのインパクトは大きく、また技術開発陣にとっても大きな自信になります。しかし、逆に量産商品として大きな不具合をマーケットで起こせば、トヨタのイメージダウンどころか、21世紀にやり遂げなければいけない環境自動車としてのメニュー「ハイブリッド」に傷をつけることになってしまいます。この1996年7月の状況で、こうならないようにやめ時も意識し、有事として開発を進めるプロジェクトに切り替え、紆余曲折、量産化にたどり着くことができました。

幸いにも、やめる提案は結局しないで済み、マーケットでの不具合でお客様にご迷惑をおかけしましたが、不意打ちの大きな不具合は起こさず、速い品質向上活動で乗り切ることができました。さらに、その後、弛まず続けてきた品質向上、性能向上、原価改善努力もあり、ここまで成長してきたとの感慨を深めています。

常に有事の想定を

もちろん、有事の体制が連続して続けられるわけではありませんが、このような緊急事態、企業としての勝負の時、有事を意識した組織、体制、人材活用、そのマネージ、危機管理は非常に重要です。

一昨年からの、意図せぬ急加速問題は、マットの問題、シャフトの問題の範囲に帰結し、制御系での疑いは晴れましたが、その兆候をキャッチした後の、有事との判断遅れが、ここまでの拡大につながったと銘記すべきと感じました。それでも、その後の以前のトヨタWayに戻る、真摯なアクションが事態の速い沈静化をもたらしたものと思います。

トヨタだけではありませんが、日本の自動車エンジニアの中でも、マスキー対応など、本当の有事の体験者が少なくなり、さらにプリウスハイブリッドのような21世紀の自動車パラダイムチェンジを意識した『クレイジー・プロジェクト』のマネージメント体験者も少なくなり、平時のやり方としてのマニュアル・エンジニアが増加しているように感じられます。

大震災以後、さらに原発事故にたいする政官の動きをみるにつけ、日本には基本的には有事の議論すら置き去りにし、想定外におしとどめてきたように思え、この有事にこそリーダシップを発揮する人材がいなくなっていることに愕然としています。

この災害に一番機能したのが、有事を想定した組織である、自衛隊、警察、消防の方々であったことは明らかで、政官が有事、緊急事態のもとで機能不全を露呈させました。
有事に活躍できる、人材の発掘、長期的にはその育成が急務です。

これは、政官だけではなく、企業も同じ、グローバル競争、そのうえでの資源、環境、技術ナショナリズム勃興など今が有事、企業内でも戦略・ビジョンと現場の知恵を結集できる有事の人材発掘と育成に取り組むことが時代の要請ではないでしょうか?

緊急事態宣言後、どのようにこの事態を乗り切っていったかは、また機会がありましたら、開発秘話としてお伝えしていきたと思っています。