「オートモビリティーズ」その2 ダルニッシュさんとのモビリティ議論の話

広がる脱自動車の風潮

先週は、『自動車と移動の社会学』オートモビリティーズという欧州での自動車文化論、自動車社会論を扱った本の紹介をしました。この本では、これまでの自動車の歴史を振り返り、将来は、『鉄とガソリン(もちろんディーゼルを含めた石油液体燃料の内燃エンジン車)による自動車の終焉であって自動車(モビリティ)の存在しない世界ではない』と、従来の延長線ではない自動車の大変革を予言しています。

私自身は近未来に『鉄とガソリンによる自動車の終焉』がやってきそうな兆候、技術の痕跡をまだ感ずることはできませんが、だからと言って今の延長では自動車バッシング&ナッシングの動きを抑えきれないのではと心配し始めています。鉄とガソリンから、電気、燃料電池への転換もそれほど楽観的ではなく、『自律した移動体としてのオートモビリティーズ』に環境資源保全、交通事故防止に手を打ち、自動車を変革していかなければ脱個人用自動車の風潮を招いてしまうとの危惧です。

昨年もブラジルの都市の市長がアメリカで開催されたある環境フォーラムで、いずれ自動車はタバコのように『人間に害を及ぼします』といったステッカーが貼られるようになるとまで言い放ち、脱自動車論を打ち出したとの記事を見かけました。

大都市への自動車乗り入れ規制の動き、そのなかで電気自動車、プラグイン自動車だけへのインセンティブ付与、さらにはEVカーシェア、これを組み込んだスマートシティーも見方を変えると脱自動車の動きにもつながりかねません。

米国カリフォルニア州のZEV規制はその動きの一つで、本来のZEVはロス、サクラメント、サンディエゴといったカリフォルニア都市部の光化学スモッグ低減の手段であったはずが、いつのまにか加州であろうが南極であろうが地球上で排出される温暖化ガスの総量が問題の気候変動ガス削減に衣替えしてしまいました。

規制当局であるCARBのスタッフもわずかのZEVを導入しても、古い車、排気浄化装置の故障車が残っている限りはほとんど光化学スモッグ低減には寄与しないことは百も承知で、環境アピールのためのZEV規制制定でした。

公共交通機関が発達した日本、欧州の大都市ならまだしも、最も自動車を中心としてきた社会を作り上げてきた米国でもこの動きは強まってきていることが気になります。1960年代から1980年代にかけての大気汚染問題、同時期に深刻化し交通戦争と言われた交通事故死、自動車会社バッシング、自動車バッシングの論調も確かにありましたが、われわれ自動車エンジニアはこれにも真正面から向き合い克服してきました。

最初は欧米勢を追いかけながら、1980年代からは日本勢も先頭集団に立てクリーン&安全な自動車作りと同時に走りなどクルマとしての商品力競争をやり遂げここまでの発展を牽引してきたと自負しています。もちろん中国のPM2.5問題、さらにはいまだに世界で100万人/年を越え増え続ける交通事故での死者など、まだまだ克服すべき課題は残っています。だからといって豊かな社会を支えてきた『自律した移動体』に『人間に害を及ぼします』とのステッカーが貼られる時代は迎えたくありません。

ダルニッシュさんと自立したモビリティとしての自動車を守ろうと約束した

自動車開発をリタイアした今も、日本、欧州からいろいろ声をかけていただき、こうした自動車の変革として取り組んできたクリーン自動車、ハイブリッド車開発を紹介しながら、将来モビリティ、『自律した移動体としてのオートモビリティーズ』の将来について様々な方々との議論を進めています。

今日のブログではこうした議論の一つ、昨年11月にパリで再開し将来モビリティについて語りあい、意気投合したフランス人ダルニッシュさんとの会話について紹介したいと思います。

以前も紹介しましたが『ベルナール・ダルニッシュ』、私とほぼ同世代で、我々の世代でモータースポーツ、ラリーレースに興味を持っていたかたなど知る人は知る存在で、自動車ラリーの世界でならした名ラリードライバーです。

1973年~1987年の世界ラリー選手権(WRC)で7勝、ヨーロッパラリー選手権で2回の年間チャンピオンを獲得しています。なによりも名を馳せたのは1979年のモナコを起点として行うモンテカルロラリーで、ランチアワークスの協力は得ていたものの、プライベートチーム「シャルドネ」として前年モデルのランチア・ストラトスで最終日にフォード・エスコートのワルデガルドを大逆転して勝利したことが今でも語り草となっています。

現在でも、フランスの自動車関係NGO代表としてTV、ラジオのレギュラー番組を持ち、自動車の環境問題、交通事故防止など自動車の課題、未来について積極的な発信を続けておられます。
日本版Wikipedia 
ダルニッシュさんのページ

彼と知り合ったのは5年ほど前、トヨタ・パリオフィスの招待でトヨタの環境イベントや環境技術視察で来日されたときが最初で、その時もハイブリッド車など将来自動車について語りあい、『自律した移動体としてのオートモビリティーズ』としてエコだけではなく、走り、走行性の、静粛性などNVH(ノイズ、バイブレーション(振動)、ハーシュネス(津路面からの突き上げ感、ガタピシ感)などクルマとしての商品機能全般の進化を目指したいとの意見で意気投合しました。

当時はまだ電気自動車ブームがやってくる前でしたが、ZEVで強制された電気自動車にモビリティの未来を感ずることができず、その対案としてハイブリッドの開発をスタートさせたことを共感してくれました。

私達二人とも決して電気自動車否定論者ではありません。『オートモビリティーズ』の必然として、今のクルマに替わる次世代自動車の主役として電気自動車を描けなかっただけで、彼自身は当時も都市内限定、フランス内では免許なしでも乗れる超小型EVモビリティの推進者でした。

昨年11月にパリのシャンゼリゼ―通りにあるトヨタ・ショールームの一室にある会議室で3度目の再会、これからのモビリティについてたっぷりと意見交換をし、次の4回目の再会を約束してショールームのプリウスを前に記念スナップをとりお別れしました。

Bernard Darniche

以前からもハイブリッドをサポートしてもらっていましたが、昨年まではGMオペルからの依頼でプラグインハイブリッド車【GMのネーミングではレンジ・エクステンダー・電気自動車(EREV)】VOLTの姉妹車であるオペルAMPERAのモニターを行っていたとのことで、トヨタのプリウスPHVとの対比、プラグインの将来などを話題に、時間を忘れて話し込みました。

何かフランス語か英語で話しているような表現をしましたが、実は日仏語でのいつもお世話になっている頼りにしている通訳の方を介しての会話です。

ジャンルは違いますが、どちらも単なる移動手段だけではない『自律した移動体としてのオートモビリティーズ』、以前のブログでご紹介した言葉では“フリーダム・オブ・トラベル”“フリーダム・オブ・モビリティ”としてのクルマの信奉者です。

彼はプロ・ドライバーとしてのキャリアから、私はプロフェッショナル・エンジニアとしてのキャリアから、未来の自動車ナッシング、バッシングを心配しての意見交換になりました。

フランスでも某フランスメーカーCEOの影響か、政治家の一部に何が何でも電気自動車推進(選挙対策としてのエコ?)がおられ、BEV限定の補助金政策、公共充電インフラ整備への政府資金投入などの声を強め、また若者の自動車離れも心配なレベルと言っていました。

パリ一極集中が進むフランスでもこうした政治家のかたがたの多くが、都会住まいか運転手付の後席で移動される方なのは間違いなく、これは東京に集中する日本でも同様で、政治家だけではなくお役人や学者の方々も多くは首都圏にお住まいの机上中心のモビリティ論者が多く、さらには一般メディアの方々も『自律した移動体』の自律の部分を軽視したモビリティ論が増えてきていると紹介しました。

これに対しては、力を合わせて『自律した移動体』としての将来モビリティの重要性を発信しようとの意見で一致しました。

もちろん、ただ自動車ナッシング・バッシングを心配して手を拱いていていては意味がありません。自動車ナッシングとは思われない魅力あるモビリティの開発と実用化とバッシングされない環境レベル、安全レベルの達成が自動車エンジニアの役割です。

その上で、道路交通システム、社会インフラ整備としての提案も求められています。その一つ、次世代モビリティの技術論としての自動車電動化にはだれも異論はないと思いますが、その自動車電動化、自動制御の基本となるバイ・ワイヤ化に先鞭をつけたのがトヨタ・プリウスと自負しています。

自動車の電動化の未来は?

ダルニッシュさんとの次の話題は、この自動車の電動化を巡る議論でした。ダルニッシュさんは現在オペル・AMPERAを使われ、従来車との大きな違いを感じているのがエンジン停止モーター走行の快適さだったとのご意見でした。

クルマとしての内外装の設計と仕上がりは不満が多く、奥様はご自分の愛車プリウスの方が良いと言われているそうですが、長いAMPERAのEVレンジは快適、住宅地や都市内低速でのモーター走行は大きな商品力、長距離ドライブで別荘にでかけ、そこで使うにはAC充電で使えるプラグインのメリットを感ずるとのご意見でした。

これには半分同感、半分は反論させてもらいました。住宅地や都市内低速でもモーター走行の快適性、これは初代プリウスをやってみて私自身も感激した点でこの部分は全く同感です。しかしEVレンジの長さを競いあうことになると虻蜂とらず、現在のように多額の補助金があるうちは良いが大量普及期では補助金ナシで収益性の確保は今の延長では困難、結局上級車やSUVなど高価格帯のクルマに限定されてしまいかねないのが難点との反論をさせてもらいました。

メーカー側の論理と言われかねないことは承知の上ですが、数を増やしたからと言ってリチウムなどレアアースを使う電池コストが大きく下がる訳ではありません。プラグイン用電池のコストアップ分を電気代で回収するのは、平均走行距離が日本よりも長く、さらに日本よりもガソリン価格が高い欧州でも簡単ではなく、日本ではさらに厳しい状況です。

プラグインでも電池コスト、充電ラインの将来コストを睨みながら、補助金頼りではなくこれまた収益面でも自律ならぬ自立できるクルマにしていくにはこのEVレンジをどう決めていくかもこれからも大きな課題です。『鉄とガソリンによる自動車の終焉』はまだ先、停車時、低中速のEV走行を生かしながら、さらに連続高速走行、登坂走行、さらに充電電池を使ったあとのHV走行ではエンジンの良さを引き出すハイブリッドが目指す方向との主張をしました。

ダルニッシュさんには、トヨタからプリウスプラグインのモニターをお願いしていますので、今のプリウスプラグインとAMPERAとの比較から次世代モビリティとしての望ましいEVレンジなど次の機会にはもう少し掘り下げた議論をしてみたいと思っています。

『自動車と移動の社会学』オートモビリティーズ

『自動車と移動の社会学』とのタイトルのハードカバー本を、私の息子が見つけ出し読むように薦めてくれました。法政大学出版局発行のこの本は、よくこのような固い内容の本を日本で翻訳して出版したものだと驚かされるほど、タイトル通り自動車文化社会論といった内容の本です。

M.フェザーストン、N.スリフト、J. アーリー、三人のいずれも現役の社会学者の英国人大学教授が編者を務め、欧州を中心とする自動車社会の変遷とその社会のなかでの位置づけに関わるさまざまな論文をまとめ、解説を加えています。

そろそろ固くなった私の頭では、内容を理解して熟読するにはいささか難解な論文が多く、ざっと一通り目を通すだけでアップアップですが、欧州での自動車の歴史と自動車にまつわる様々な歴史、発展の過程、さらにこれからの自動車、その社会の議論には興味を惹かれました。日本と対比して、欧州の自動車との長く、深いかかわりを感じさせられました。原著は2005年に発刊されていますが、自動車社会の未来として今話題となっている自動運転にも触れています。

このイントロダクションで、編者のM.フェザーストン教授は「自動車が前世紀のあいだ社会的風景と文化的想像において際立った存在であったことは疑いはない。」「自動車の存在は、ある強力な社会経済的、技術的複合体の作動により支えられているのであり、一部の人びとがポスト自動車について語りはじめているとしても、彼らが示唆しているのは鉄とガソリンによる自動車の終焉であって自動車の存在しない世界ではない」と述べています。

さらに、この本の副題となっているオートモビリティーズ(=自動車移動)の定義として、オートノミー(=自律性)とモビリティ(=移動)との組み合わせと解説し、「軌道に制限されない、独立動力を持つ自律操縦による移動能力」をもつものとしています。もちろん、この本は自動車礼賛論ではなく、交通事故、環境問題、渋滞といったネガティブな部分も含めた社会システムとしての議論から将来オートモビリティーズの議論を進めています。

固い話はこれぐらいにして、今日のブログは、この本に紹介されていた、“ハイブリッド”と自動運転について取り上げてみました。ここでの“ハイブリッド”はプリウスなど自動車とのハイブリッドをさしたものではありません。自動車、オートモビリティーズーズのもう一つの定義として、「自動車と運転者とのハイブリッド」を示しています。

「自動車と運転者とのハイブリッド」と自動運転

ガソリンや軽油で動く鉄の塊である自動車の人間である運転者との混合、すなわちハイブリッド化して、自律操縦による移動能力を持つことがオートモビリティーズとの解釈です。

1990年代中ごろの論文ですので、プリウスを意識したハイブリッドの表現ではなさそうですが、自動車と運転者とのハイブリッドとの表現が目に止まりました。確かに、ハードとしてのクルマとドライバーの意思による自律操縦による移動体がオートモビリティーズと読んでいますので、この混合をハイブリッド化と呼ぶことは面白い表現です。

2000年代初めの論文では、運転車を介在させない自動運転の考え方と課題が議論されていることが新鮮でした。この筆者はこの自動運転を自動ハイブリッド化と呼び、運転者が操縦から解放され、現在の交通事故の大部分が運転者の判断ミス、他の作業に気を取られた操作ミスが多く、これを防ぐ方向としての自動ハイブリッドと述べています。

自動ハイブリッド化により、運転手を介在させないほうが、安全性を高め、環境保全に役立つとの考え方は頷けないではありません。すべてのクルマが道路、クルマ全体として自動ハイブリッドシステムのコントロール下に置かれ、そのコントロールシステムが故障しない前提なら極めて安全かもしれません。また、排気のクリーン度、燃費効率最適の運転でも、人間の運転者に操縦を委ねるよりも多分、自動ハイブリッドの方がクリーンで燃費の良い運転をさせることができると思います。

しかし、この議論でも、一人のクルマの運転者が自動ハイブリッド化をやめて自分で運転し始めたとたん、自動ハイブリッドシステムは危険に陥るのではとの議論が始まっています。この自動から離れた運転者のクルマが外乱になってしまうとの意見です。

全てのクルマが自動ハイブリッド化されるようになる時代は迎えたとしても先の先でしょう。最近話題の自動運転はややはしゃぎ過ぎの気がします。自動ハイブリッドではないクルマも一緒に走る混合交通の中で、また自動ハイブリッド運転中に運転者が介入してしまった場合の安全性などこの本でも議論が始まっています。

ここから自動運転に話を進めると、運転者による自律操縦による移動体の定義であるオートモビリティーズから外れてしまうことを示唆しています。今から、この完全自動ハイブリッドシステムの議論は必要でしょうが、その前に安全システムとしてどこまで制御を介入させるかの議論も重要な気がしています。

少なくとも私の世代では、自動車と運転者のハイブリッド化としてのオートモビリティーズの世界が変わることはなさそうです。さらに、「鉄とガソリンの(石油燃料)による自動車の終焉」を見ることもないでしょう。

そのまえにも、ここでとりあげたハイブリッドではない、ガソリンエンジン(石油燃料)と電気駆動のハイブリッドと、歩行者、二輪を含むさまざまな障害物検知と車車間、路車間通信による安全運転支援システムの実用化に期待します。

とはいえ、日本でも将来自動車、将来輸送機関を議論していくにも、自動車そのものの技術論、規制論、環境保護論からのアプローチだけではなく、『自動車と移動の社会学』オートモビリティーズでとりあげている、人間社会学、社会システム論からのアプローチが必要と感じました。

欧州も本格的なモータリゼーションは1960年代から

この本をよんでいても、欧米の永く深い自動車社会としての熟成を感じますが、しかし一般に自動車が普及していったのは第二次世界大戦後の1950年代から1960年代でした。

それ以前は、ロールスロイス、メルセデスに代表される少数のブルジョアのクルマ、一般大衆にはまだまだ手の届くものではなかったとされています。ドイツではヒットラー政権のアウトバーン建設と後のVWビートルとなる国民車構想が大衆化の始まり、実際にこうした廉価版小型車が普及していったのが1950年から1960年代とされています。

日本ではトヨタパブリカの発売が1961年、マツダファミリア1963年、日産サニー1965年、トヨタカローラ1966年と1960年代にモータリゼーションが花開いていきましたので、それでも欧州とでも10年ぐらいの差しかありません。

鉄とガソリンの自動車コンセプトは1900年の初めに塊ましたが、一般に大量普及していった小型自動車はまだ60年を少し超えたぐらいの歴史です。確かに、1960年~1980年代には欧州勢の背中を追いかけていた印象がありますが、クリーン排気、低燃費、さらに欧州では高級プレミアムエンジンのそれも一部にしか使われていなかった4弁エンジンや過給エンジンの小型量産車への採用、その電気制御化の拡大など、1980年代にはキャッチアップできたとの印象がありました。さらにハイブリッド化では一歩先に出たと思います。

しかし、日本では『自動車と移動の社会学』オートモビリティーズの議論のような、社会システムとしてのクルマ、その未来の議論はまだまだ不十分、オートモビリティーズの本質を踏まえて自動ハイブリッド化、その前の安全運転支援システムを技術論だけではなく社会システム論としてもオートモビリティーズの延長なのか別のモビリティ(移動体)をめざすことになるのか、しっかりとした議論の上で将来の自動車を語る必要性があるのではないでしょうか?

プリウスのある最初の正月 16年前の年末・年始

さすがに道で初代プリウスの初期型を見かけることは少なくなってきました。この初期型を我々は「カツブシ」と呼んでおり、前後のバンパーの黒い防振ゴムで初期型と2000年マイナー後を見分けることができます。

初期型の生産が豊田市にある高岡工場で始まったのが1997年の年の瀬の迫った12月10日、その年にお客様にお渡しできたのはわずか300台程度だったと記憶しています。発売とともにその年のカーオブザイヤーなど、自動車関係の賞を総なめにし、新聞、雑誌、TVと大きく取り上げられていましたので、街を走っていても注目の的でした。

生産を開始しディーラーで販売が開始しても、われわれ開発チームの仕事がそれで終わりではありません。ほっとするまもなく、チーフエンジニアやハイブリッド開発リーダーだった我々は様々なイベント対応や取材対応に追われ、そのころにはすでにマーケットでの不具合対策支援特別チームが動きだしていました。

通常のクルマなら、販売前にしっかりと修理書を作成し、サービスツールを用意し、新機構、新技術が使われる場合には事前に販売店のサービスマンに集まってもらい時間をとり説明と修理トレーニングを行っています。しかし今だから明かせる話ですが、プリウスではその修理書を充分吟味する時間もなく、サービスツールも開発中のハンディー版のみで、その不具合診断ソフトも十分ではありませんでした。

最初のプリウス不具合対策は聖火リレー伴走車

立ち上がりには万全を期したつもりですが、開き直った言い方とはなりますが新機構・新技術がてんこ盛りのクルマで、不具合が起こることも想定の内として覚悟していました。それに備えて、ハイブリッドシステムの品質、信頼性監査のリーダーが、自分がチーフになり販売店サービスを支援とその対策チームによる特別活動をする提案してくれました。不具合報告を受けた販売店に出向き、サービスマンを支援しその対策処置をし、次にその不具合が起こらないように設計、製造段階への早い改善フィードバックを行うことがそのチームの役割です。

チームの初動は、実は12月10日~に販売を開始したクルマではなく、その前の量産トライのクルマを白ナンバー登録したイベント対応車でした。このプリウス量産トライ車が次の年に開催された長野オリンピック聖火リレーの伴走車として使われていましたが、このクルマで起きた不具合が最初だったと記憶しています。オリンピック聖火の伴走車ですので、きわめて低速の走行が継続し、そうした走り方の中で連続走行後のあるタイミングでいわゆる“ビックリマーク”を点灯し止まってしまう不具合です。これを解決したのも彼らのチームでした。

その伴走車の走り方から不具合発生までのシーケンスをヒアリングし、その走行パターンを自分たちの試験車で何度も何度もトライをし、システム制御チームからヒアリングをしながら原因を突き止めていく作業です。この原因もこの走行パターンでしかおこらないバグ、偶然に近い確率で起きる問題がほとんどで、突き止めるまでが大変です。

そこまで突き止めれば不具合対策は簡単です。これが年末年始を迎えての特別活動のトライとなり、また品質保証部隊、サービス支援部隊との連携、さらに、設計、生産、調達チームとのコミュニケーションネットワークもこうしたトライ、その各部隊へのフィードバックで太くなっていったように思います。

プリウスの不具合報告で幕を開けた1998年

本格的な活動は、その年末休暇入り前日の26日から30日までは休日出勤で、その後の大晦日から4日までは販売店の休みに合わせお休みのつもりでしたが、すぐその初日からの出動となってしまいました。

プリウスにハイブリッド部品を納入している大阪の会社が買われたクルマが納車後すぐに“ビックリマーク”点灯で動かなくなってしまったとの連絡です。Dレンジで走り始めようとしたら数センチ下がりそこで止まってしまったとの報告に、青ざめたことを覚えています。

チームメンバー3人がプリウスに乗り、すぐに大阪に出張し、販売店サービスと一緒に調査しました。サービス用ツールを使い吸い上げた故障時情報と、チームメンバーのシステム制御設計スタッフと共同で突き止めた不具合原因がモーター制御用コンピュータ不良でした。

このコンピュータを生産していたのがトヨタの広瀬工場で、すでに郷里へ帰省していた工場検査の責任者に会社に戻ってもらいました。休日出勤で検査ラインを動かし、大阪から持ち帰ったコンピュータを検査してクルマでおこした不具合が再現することを確認してもらいました。さらに、その不具合がモーター制御に使っている回転数と前後進判定をおこなっているセンサー信号を受ける海外製ICを構成しているトランジスター1個の製造不良であることまで、その日には突き止めていました。

全国の販売店サービスへの事例紹介と修理方法の連絡、連休明けにそのICの受け入れ検査の強化、コンピュータ検査ラインでの不具合落としプロセス追加など、戦略をまとめて大晦日と正月を迎えました。はらはら、ひやひやしながらの年末、年始でしたが、元旦にはプリウスのモニター車で京都の八坂神社に初詣に行き、ハイブリッドの発展を祈り、いつにない額のお賽銭をはずんだことを思い出します。

結局この不具合は、連休明けのアクションが功を奏し、このクルマとすでに配車していた数台のクルマで喰いとめることができました。

年始休暇明けには関東地区に大雪が降りました。初代プリウスでは、雪道や凍結路でタイヤがスリップすると、トランスミッションのギアが破損するモードがあるとのことで、トラクション制御に似たスリップ防止制御を入れていました。

これまた言い訳ですが、冬の確認とチューニングが不十分で、とてもトラクション制御と言える代物ではなく、場合によっては大きなショックが発生しましたが、これがまた怪我の功名、時ならぬ東京の大雪でこのトラクションもどき制御が結構スリップ防止に役立ったとのことを後で聞かされました。

この制御は、その後2000年マイナーチェンジでの改良、2003年の二代目プリウスの電動パワステ、回生協調ブレーキと連携してモーター制御を行うS-VSC(Steering-assisting vehicle stability control:横滑り防止システム)へと発展していきました。

現場が支えたプリウスの立ち上げ

この特別チームの活動は1998年秋まで続き、その後も特別との名称はなくなりましたが2000年マイナーチェンジでの欧米展開、さらにこれまでのサービス支援活動の経験を生かし2003年の二代目でさらに故障診断方式、診断ツール、修理マニュアルの大改訂へと繋がっていきました。このような活動が、昨年に累計500万台を超えたトヨタハイブリッドの発展を支えてきたと信じています。

一時、トヨタの安全品質問題での大転倒でプリウスのハイブリッド制御も疑われました。この安全・信頼性品質への初代からの取り組みが踏襲されていれば、疑いは晴れると信じていましたが、一抹の不安はぬぐえませんでした。しかし結果はご存知の通りで、米国運輸省、宇宙航空局NASAなど制御系の専門家が綿密な調査を行い、制御系には問題なしとの判定が下り、われわれのやり方は正しかったとホッとしました。

現場を見なければ良いクルマは作れない

このブログでも、現地、現物、現車の現場主義がトヨタウェイの基本と述べてきました。この現物主義は何も、トヨタ社内の開発現場、生産現場、サービス現場だけに限定したものではありません。

今日のブログで紹介した、海外製IC不具合では、このICを取り扱った商社スタッフの方々が飛び廻り、時間をおかず、試験装置を追加して輸入品の受け入れ検査を強化してくれました。海外調達部品の製造会社が倒産しかかり、その梃入れと欠品がでないように動きまわったのも、日本商社の方々とトヨタ調達スタッフです。ここも立派な現場です。

このような活動をしっかりマネージするマネージ現場、それをフォローし承認する役員そうの経営現場、このすべてを現場と呼んでいます。このさまざまな現場のコミュニケーションがとれたから、あのハイブリッド・プリウスは立ち上がれたと思っています。

最近クルマのプラットホーム統一化がエスカレートし、大規模モジュール化がブームになってきています。その対比として、ハイブリッドがその典型として擦り合わせ型の開発、現場主義は時代遅れなどと言われていますが、この扱いには大いに違和感を覚えています。

自動車メーカーの設計評価エンジニアが大規模Tier1メーカーに開発を丸投げしデスクワークエンジニアになってしまっては、ここでご紹介した活動はできません。今回ご紹介したICチップまでとは言いませんが、クルマの安全機能、商品機能にかかわる部品、構成システムを知らずして、ブラックボックス化しては良いクルマの開発はできません。

車両チーフエンジニアを中心に、各機能、各部品会社が共同でマーケット、クルマの使い方、使われ方に隅の隅まで目配りするトヨタの、また日本勢のクルマ作りはいかに大規模モジュールが避けられないにせよ、大切にしてほしいアドバンテージと思います。

「正念場」

あけましておめでとうございます。

年賀状2

我が家の道路からは北に富士山が見通せます。元旦の朝に、まず富士山を仰ぐのをその年のスタートの恒例行事としています。自宅を今の場所に選んだのも、富士山が見渡せ、また西には駿河湾を見渡せる環境が気に入ったためです。

以前勤務していたトヨタ自動車東富士研究所もまた、富士山のまさに裾野にあり、執務フロアーから途中に遮る建物もなく間近に富士山の頂上まで見渡すことができました。

今日は私がこの東富士研究所でマスキー対策クリーンエンジン開発プロジェクトを担当していた時代、1970年代初頭のいまから約40年ほど前の正月のエピソードを取り上げてみます。

正月休みあけの初日、東富士研究所では部員全員のミーティングが開かれ部長からの挨拶とその時の会社方針、部方針の説明があります。その当時、その全員集会の会場に何年か掲げられていたのが、当時の達筆な部長が墨痕あざやかに書かれた『正念場』の檄文です。

今では死語になりかかっている『正念場』という言葉ですが、語源由来辞典で調べると、意味としては、「ここぞという大切な場面」「真価を問われる大事な場面」と書かれています。

「正念」とは仏教語で、悟りにいたるまでの基本的な心得の一つで、雑念を払い仏道に思い念ずることで、字の通り「正しい心」「正気」が最も必要な場面を「正念場」というようになったと書かれています。

マスキー法は環境自動車普及への最初の「正念場」

当時はまさに世界中の自動車エンジニアは正念場を迎えていました。排気ガス中の大気汚染物質である一酸化炭素、ガソリンの燃え残り成分の未燃炭化水素、高温の燃焼で生成される窒素酸化物をエンジンから排出素濃度の十分の一以下にすることを求める、通称マスキー法、米国大気浄化法に適合するクルマの開発のまっただ中です。

私が担当していた、排ガス触媒を使う方式では、耐久試験では当時やっと使えることとなった無鉛ガソリンを使ってもあっという間に触媒劣化をおこしどんどんエミッションが悪くなり、さらに途中で点火プラグの摩耗、点火系の故障、キャブの不調などが起きると肝心のその触媒が溶けてしまう不具合の多発、実用の見通しをつけることはなかなかできない状態でした。

そんな中で、ホンダがCVCCエンジンを引っさげてアメリカ環境保護庁EPAで排ガス試験を受け、マスキー法クリアが大々的に取り上げられた年の正月全員集合での「正念場」が特に印象が深く残っています。

われわれ触媒コンバーター方式の開発チームはまさに今年こそ「正念場」との思いを強くしていたことを思い出します。触媒そのものの改良だけではなく、燃料中の微量な鉛をさらに減らすことを燃料会社にお願いし、失火がおこらないように、プラグ、点火分配器、イグナイター、燃料供給の信頼性向上に取り組み少しずつ耐久距離をのばしていきました。

いつ「正念場」の檄文が掲げられなくなったか記憶ははっきりしませんが、マスキー対策の本命として触媒方式が選ばれ、さらに触媒方式の中でも排ガス中の大気汚染三成分を同時にクリーンにする三元触媒がいわゆるデファクトとなっていきました。最初に話題となったCVCC方式はまもなくホンダのクルマからも消えていきました。

今振り返るとこの「正念場」を意識したのは、トヨタだけではなく、日本の全ての自動車メーカーエンジニアの心境であり、悟りにむかってとは言いませんが、まさに「正しい心」「正気」を研ぎすまして開発に集中していたのではないでしょうか?この「正念場」での集中が、その後の日本勢の発展に繋がるターニングポイントだったと思います。

環境と経済を両立させるための「正念場」

違う意味で今、人類、その世界、日本は「正念場」を迎えているように思います。人類の「正念場」は人類自身が作り出した環境問題、気候変動問題です。昨年秋に発表された気候変動に関する政府間パネルの5次レポートでは、このところの異常気象について、これまでのレポートよりも一段強い表現で、この原因が人為的な温暖化ガス排出によるものと断じています。

未だに削減に向けての国際合意はできていませんが、人類の未来にとって「正念場」、早急な合意形成と削減への取り組みが急務です。とはいえ、世界の経済を無視しての削減への取り組みは、現実的ではありません。今の世界の人口71億5675万8000人(1月2日13:25時点)人が生き続けるためにも、エネルギーが必要であり、それを供給している圧倒的部分は化石燃料です。製造業、サービス業どころか、漁業、水産、林産業を支えているのも化石エネルギーです。この化石燃料消費の削減と人類が生きていくための経済発展をどうやって両立させるかの「正念場」を迎えています。

日本は、東日本大震災からの復興、この大震災が日本人の「正気」を覚醒さえた次の再震災への備え、いよいよ加速する高齢化と少子化の中での経済成長と環境保全の両立です。アベノミクスで日本経済が久方ぶりに活気をとりもどしつつあります。しかし、まだまだ企業、市民の隅々まで行き渡った景気回復ではありません。ここで本格的な経済浮揚につなげないとこの世紀、少なくとも前半期での日本復活のチャンスを逃しかねません。この経済発展なしには、日本人を養う化石燃料輸入をまかなう稼ぎはできなくなります。さらに日本が存在していく基盤となる省エネ、新エネ、低カーボン技術、そのもの作り技術を磨くためにも経済発展は不可欠です。日本の復興、復活、それを牽引する経済成長と化石燃料消費削減を両立させていくための「正念場」だと思います。

低燃費、低CO2を目指す次世代自動車も、そのコアの電動化、ハイブリッドとそれをリードする日本勢にとっても「正念場」、マスキー対策と同様、今年をターニングポイントになり次の飛躍向かって欲しいものです。

直噴ガソリンエンジンのPM2.5問題について

直噴ガソリンのPM2.5が従来車の10倍との報道

先週16日の日経新聞に、『直噴ガソリン車のPM2.5排出、従来車の10倍以上』との記事が掲載されました。この記事は、国立環境研究所がニュースリリースとして発表した『最近の直噴ガソリンエンジン乗用車からの微粒子排出状況』の紹介記事です。

自動車関連のWebニュースサイトにも、このニュースリリース記事が配信され話題をよんでいます。私のように自動車用ガソリンエンジンの研究開発、その中でも燃焼や噴射系の研究開発に携わったエンジニアからすると、このPM削減への配慮を怠って直噴をやると当然こうなると予想ができ、またそれを懸念していた通りの結果です。

しかし、ここで従来ポート噴射エンジンの10倍以上と書かれているのは、日本の規制にはないまた欧州でも最近まったばかりの試験基準による結果で、この十分な説明をしないで数値だけを一人歩きさせることには疑問を感じますが、過剰なまでの低燃費競争への警告として受け止めることも必要です。

大きな問題視をすべき結果では無いが…

下に公表資料にあった10倍多いと説明した図を示します。

図 粒子重量の排出係数(㎎/㎞)vs 粒子個数の排出係数(個/㎞)
図 粒子重量の排出係数(㎎/㎞)vs 粒子個数の排出係数(個/㎞)

出展:国立環境研究所ニュースリリースhttps://www.nies.go.jp/whatsnew/2013/20131216/20131216.html

横軸がこれまで規制として使われてきた尺度の走行距離あたりの粒子重量(㎎/㎞)、縦軸が欧州の決めた新しい試験基準による走行距離あたりの粒子個数(個/㎞)です。

PMは自動車排ガススモークの他、山火事、火山の噴煙、土埃、砂嵐で巻き上がる粉塵、さらにスギ花粉など植物の花粉からも粒子状物質が発生します。重く粒径が大きいものは自然に地上に落ち、軽く粒径が小さく大気中の浮遊している粒子をSPM(Suspended Particulate matter)と呼んでいます。

大気環境にけるPMは、ディーゼルスモークがまず問題となり、当初は粒径10μm以下をSPMと定義し、その走行距離当たりの重量を規制値としていましたが、その後の研究でこのSPMの中でも粒径が2.5μm以下が呼吸器の奥まで吸われ健康影響がより大きいことが確認されました。

このため2.5μm以下の粒子を補修する試験法を開発し、2009年からこの試験法にもとづきディーゼル車の規制強化が実施されています。この規制値が図に横軸に示される粒子重量の排出係数です。今の法規制ではこの日本規制値と書かれた垂直線の右側に入っていればOKとされています。

この意味では、今回の試験されたガソリン直噴エンジンは全てこの規制をクリアしています。健康影響としては、同じ排出量なら粒子個数が多い方が大きいとの議論となり、粒子個数を計測する試験法が開発されました。欧州では排出重量とともにこの新試験法で計測される粒子個数も合わせて規制として定めることが決まり、2017年から実施されます。

図が示すように、排出重量と粒子個数には相関があって排出重量の規制強化で対応できるのではとの意見もあり、日本、米国ではまだこの粒子個数をカウントする規制実施は決定されていません。これをもって、従来の10倍以上だから問題と叫ぶのはフライングと思います。

エンジニアにはこの結果は解っていたはずだ

また、たった三車種三台のデータでここまで言い切れるかは燃焼エンジニアとしては疑問です。しかしながら、燃焼方式から直噴ガソリンのPM多くなることは燃焼屋の常識です。低燃費の手段として圧縮比を高め、アクセルを踏み込み高パワーを使う領域でノックが厳しくなるため、この領域でのノック抑制の効果がある直噴エンジンが増えています。

昨今、過給ダウンサイジングが持てはやされ、これこそ小排気量エンジンでも過給器によって吸入空気の圧力を高めシリンダーに押し込みますので圧縮で温度があがり過給なしくらべてもノックがより厳しくなりその対策として直噴を採用と、これまた教科書どおりのメニューになり、燃焼系のエンジニアにとってこの結果は完全に予測の範囲内でしょう。

排気のクリーン化と低燃費、高出力を両立させる手段として、吸気ポート噴射で空気とガソリンをしっかり混合し均一燃焼をさせようとするポート噴射エンジンが発展してきました。しかしながら、圧縮比を高めて燃費をかせぐ手段として直噴ブームとなってきたように思います。

直噴の採用を決めたなかで、エンジン担当エンジニアがPM悪化を想定していなかったはずはありません。率直に言って、これをどう考えていたのか聞きたいところです。自動車技術、燃焼技術をし、クリーン技術を推進してきたと自負するベテランエンジニアとしては、こうした問題が取り上げられたこと自体が残念で仕方ありません。

排気のクリーン度、低燃費、さらにエンジン出力はマクロにみてトレードオフ関係にあります。燃費向上にウエートを置き過ぎると、どうしても排気のクリーン度か、出力性能が犠牲になってしまいます。

また最近の低燃費競争が、ともするとJC08、欧州EUモードといった公式試験のカタログ燃費競争に終始しているように感じるのも危惧する所です。燃費でもカタログ燃費と実走行燃費のギャップが問題となっていますが、排気のクリーン度は燃費以上にリアルワールド走行とのギャップが問題となります。

触媒が100%近いエミッション転換率を持つ公式試験モードから、少し外れて急加速をしただけで100倍、1000倍のエミッションを出してしまうクルマも直接車種を上げるのは避けますが、決して無いわけではありません。エンジンでのPM生成パターンから考えても、今回試験された車種についても、PMの排出はオフモード域でより厳しくなり、さらにノン過給(NA)よりも過給エンジンがさらに厳しくなるはずです。

グッドフェース設計をしっかりと

1990年代のカリフォルニア州ZEV/LEV規制議論の中で標準の試験法でクリーン度を判定するだけでなく、リアルワールドでのクリーン度が大切との議論が、米国、日本の自動車エンジニアの間や規制スタッフの間で盛り上がりました。

リアルワールドの隅から隅までの評価ができるわけではありません。その議論のなかで、最終的にはグッドフェースとの考え方がでてきました。試験法でさだめられていなくとも、試験モードから外れたところ(オフモード)急激なクリーン度悪化を招くような技術やチューニングはやめようとの考え方です。

今回のレポートは燃費や通常の排気クリーン度を計測する日本の標準試験法JC08モードに準ずる試験と書いてありましたが、オフモードのPM排出がどうなっているのか非常に気になっています。グッドフェースとしてクリーン性能の設計をしているかどうかの疑問です。

燃費も走行条件、環境条件により変わりユーザー平均としてのリアルワールド燃費を求めることは以前のこのブログでとりあげたように困難です。しかしギャップがあることは間違いなく問題で、プリウスで電動コンプレッサー、排熱回収器を採用したのもJC08や欧州EU試験法では評価されない夏のエアコン燃費、冬のヒータ燃費改善のためにある種のグッドフェースの考え方だと思います。排気のクリーン度でも現役リーダーのときは、このリアルワールドでのグッドフェースとしてオフモードのクリーン度には気を配ってきたつもりです。

このところのモード中心の低燃費競争の過熱が気になってきた矢先に、この話題がでてきました。ここで取り上げられた直噴車はどうも国産車A、輸入車Bとも今話題の数多くの賞を獲得しているクルマのようです。

クリーン度は燃費とは異なり、黒煙を出してはしっている整備不良車や故障車を別にすれば、通常はユーザーには判別できるものではありません。このようなケースでは、グッドフェースでやったことを誓約し、公式試験をもって認可、認証を受けるやりかたもあります。意図した不正や、グッドフェースでなかったことが発覚すると、ペナルティーを科するような制度も必要かもしれません。

中国のPM問題を見ると、単なる規制強化だけではダメで、こうしたリアルワールドでの悪化、さらに長期間使用の悪化まで防ぐ、リアルワールド、リアルライフでのグッドフェース設計が求められるようになるように感じました。

フランスの自動車の今

「これまでの自動車は、イギリスを祖父、ドイツを父、フランスを母、アメリカを里親として育てられてきた。」

これは、1997年3月のトヨタ・ハイブリッドシステムの技術発表会以来、おつきあいいただきご指導いただいているジャーナリストで(株)日本自動車経営開発研究所代表である吉田信美氏の著作からの引用です。

吉田信美氏から頂いた写真家、富岡畦草氏の記録写真集『車が輝いていた時代』の巻末に吉田信美氏が書かれた「世界自動車産業の栄枯盛衰」にあった文章の一説になります。

戦前から戦後の1970年代初めまでに日本で走っていた様々なクルマの写真を取り上げたこの写真集には、私の愛車第1号でもあったいすず・ベレット1500も載っており、またクルマ屋になるきっかけとなった当時のなつかしいアメ車、ヨーロッパ車が数多く収められています。

また吉田信美氏がまとめられた「栄枯盛衰」ではスチュードベーカー、ナッシュ、ヒルマン・ミンクス、オースティンといったすでに存在しなくなった車名、自動車会社、そこから現在に至るそれこそ世界の自動車会社の栄枯盛衰のすさまじさを伺いしることができます。

今日のブログのテーマは、ここで自動車の育ての母と表現されているフランスの自動車事情について取り上げてみます。

フランスはプラグイン車の実験に適した国

何度か、このブログでも取り上げてきましたが、プリウス・プラグイン車の欧州実証試験の拠点としてトヨタはフランス電力公社(EDF)と組んでフランス・ストラスブールを選びました。トヨタのパリ事務所に「プラグインハイブリッドのやる気はないか」とEDFからの最初の打診あり、私がその相談を受けたことがこのプロジェクトに係るきっかけでした。

外部電力で電池を充電するプラグイン自動車が次世代環境自動車としてCO2低減の実効を上げていくためには、その充電電力が低CO2であることが必要条件です。現在も自動車マーケットの規模が大きい欧州諸国の中で、また世界的にみてもフランスが群を抜いて低CO2電力を供給しています。

電力ミックスでは原子力と水力比率で90%以上となっており、この電力で充電すれば、2050年に電力の低CO2排出を達成した場合の想定として、世界が目指すべき低CO2電力を使ったプラグイン自動車のCO2削減ポテンシャル実証試験を今やることができます。さらに、フランスは「自動車の育ての母」といわれる自動車文化の先進国であり、自動車が社会生活の中に深く根差すなかで、今のクルマの延長線ではないかもしれない将来モビリティを研究するには最適な国との判断がありました。

加えて、電力料金も欧州では安い国の一つで、リニューアル電力固定価格買い取り制度のためぐんぐん電力料金が上がっているドイツと比較してもプラグイン自動車普及の可能性と課題を調査するには格好の国です。

フランスでも一筋縄でいかないプラグイン車の普及

EDFからストラスブールでの実証プロジェクトが提案され、それから何度もストラスブールを訪問しました。夜のパーティーで楽しむワインや世界遺産である旧市街の運河クルーズ、大聖堂観光の楽しみは別としても、世界環境都市にも選ばれその中核として使われているスタイリュッな低床トラム、そのトラムの駅を拠点としるパークアンドライドなど将来モビリティ構想が進められているなど、ストラスブールが実証試験としても最適と感じました。このあたりのエピソードは以前に日経TechOnの連載でも紹介していますので、興味のあるかたはそれをお読みいただきたいと思います。

また、世界一の電気自動車宣伝マンであるゴーンさんのお膝元であり、ルノーから超小型コミュータEVの「Twizy」のほか、小型デリバリーバン「KangooZ.E.」、小型乗用EV「ZOE」、さらにバッテリー交換方式の「Fluence」の4車種も販売をスタートさせ、「ZOE」が5,233台、「KangooZ.E.」が3,884台、全体で昨年比45.5%増の12,867台と苦戦が続く日本と比較して好調に推移しています。

とはいえ、「Twizy」は今年に入り売れ行きが止まり、バッテリー交換方式の「Fluence」はサービス提供者であったBettr Place社の破綻もあり生産を中止しており、この9月、11月に欧州で自動車、電力、石油業界の人たちと会話をしましたがこのまま電気自動車販売が拡大していくことはないとの意見が支配的でした。

一方で、パリ市内ではレンタル自転車「Verib」の自動車版、ボロレー社のピニンファリナデザインの電気自動車「BlueCar」をつかったEVカーシェア「Autolib」が4000箇所以上もの充電貸出ステーションを整備してスタートさせ、市民の足として使われています。まだ2年目ですが、電池火災の発生のほか、事故、故障の多発、メンテ不良なども伝えられており、こちらも決して楽観的な状況では内容ですが、この方式がどこまで定着するのか注目しています。

一方ハイブリッド車では、フランス工場で生産している「ヤリスHV」(日本名ビッツのHV、アクアと同じハイブリッドシステム)と英国生産の「オーリスHV」、プリウスがトップ3を占め、全体で昨年比66%増の41,430 台と、主流の地位を確立した日本のようにとはいきませんが、ハイブリッドの普及拡大が進み始めています。

パリの市内では、プリウス・タクシーが増加し、また走行中や路上駐車中のプリウス、ヤリスHV、レクサスRX HVを良く見かけるようになりました。贔屓目ではありますが欧州の走行環境の中で、普通以上のクルマとして評価されるようになっていると実感しています。

走りや走行フィーリングでも普通以上を目指せば日本よりもガソリン価格が高く、また平均年間走行距離の長い欧州で次世代自動車としての地位を築けるのではと期待しながら見守っています。また、現地生産拠点があるのもポイントです。今はHV部品のほとんどは日本から運んでいますが、いずれハイブリッド部品の現地化拠点として、CO2が低く、安い電力供給が期待できるフランスが有望だと思います。

「自動車の母」、フランスも変化へ

これまでフランスでは、安価で、またマニュアルセレクトのダイレクト感が良いとして、マニュアル変速機が好まれてきました。ここに、ハイブリッド普及の影響とまではまだ言えませんが、低燃費、低CO2車への関心が高まったせいもあってか、また安全運転の観点か、自動変速車のシェアが年々増加しています。

燃費のための多段化、CVT化、ハイブリッド化としての自動変速は必然、さらに事故防止のためにも、運転に集中できる自動変速は避けられない方向だと思います。さらに、排気のクリーン化でも、変速操作ごとにエンジン負荷変動が大きくなるマニュアル・トランスミッションから、この負荷変化もコントロールする自動変速は有効な手段です。低CO2とともに排気のクリーン化も進める必要がある新興国のクルマもマニュアルはスキップして自動変速に移行することは不可欠です。この動きもフランスから欧州全体へ、さらにアジア、アフリカとモータリゼーション進行中の新興国に波及していくと思います。

また、仏自動車工業会(CCFA)発表として、フランスの新車販売でディーゼル車シェアが昨年比大幅に低下しているとのニュースが流れました。新車販売でのディーゼル車シェアが1-11月で67.5%と、2012年の72.9%から大きく減少、2003年以来の最低を記録しました。

この理由としては、ディーゼル車奨励金の見直しと課税強化、ディーゼル燃料のガソリン並み課税など、ディーゼル恩典を減らしたことがあげられ、CCFAとして2020年にはシェア50%まで後退するとの予測を発表しています。これ以外にも、2014年から実施される排気ガス規制Euro6対応でガソリン車並みのNOx規制が決まり、この対応でのコスト上昇も販売に影響するものと言われています。乗用車のディーゼル化でも経済性とクルマにうるさいフランスがリードしてきました。この状況にも変化がみられそうです。

都市内への車両の乗り入れ規制も欧州が世界で先行しています。トラムの活用やパークアンドライド、大規模なレンタル自転車はパリをスタートに主要都市に展開されています。電気自動車カーシェア、レンタルプロジェクトも、パリの「Autolib」のように一気に4,000台規模のプロジェクトからのスタート、いまさら数十台からスタートするちまちました、また用途限定の日本のBEV/PHEV実証で何を訴求するのか疑問がわいてきます。

この新しい環境都市づくり、その中での将来輸送機関ネットワークの構築、個人用将来モビリティの探索もすでに実証段階から、実用段階に入りかけています。もちろん、これはフランスだけではなく、ドイツや北欧諸国など様々な都市でその具体化が進められてきました。プリウスPHVの実証試験を行ったストラスブールから、ライン川の橋を渡ると対岸はドイツ、すぐに速度無制限のアウトバーンがあり1時間で世界環境都市フライブルグ、カールスルーエを訪れることができます。

欧州不況が長引くなかで、ルノー、プジョー・シトロエンの経営環境が悪化、フランス工場の縮小、閉鎖が話題となり、その「自動車の母」フランスの自動車産業が転機を迎えようとしています。ドイツ勢にくらべ、海外進出に遅れたこと、過度なディーゼルシフト、環境自動車への対応遅れなど、要因は様々、日産が支えるルノーも、これまたBEVシフトが重荷になっているようです。PSAは中国メーカーの支援を得て経営立て直しに取り組むことが決まりました。現地生産のトヨタ・ハイブリッド拡大が雇用拡大に貢献し、フランスが欧州での次世代自動車普及、将来モビリティ発進の拠点となってくれることを期待しています。

GM再建にまつわるGMとの思い出

米政府のGM株売却で再建に一区切り

12月9日に米政府は、リーマンショック後に経営破綻したGMを救済する為の政府資金投入の担保として取得した株式を、その再建が軌道に乗ったため全て売却したと発表しました。

しかしながら株式売却をしても、再生GMの株価低迷のため回収できなかった政府資金は1兆円となるとの報道も紙面を彩っていました。一方でミシガン州のNPO自動車研究センターは同日、このGM救済などの自動車産業救済により、大規模な連鎖倒産を防ぎ263万人もの雇用維持ができ、この所得税税収を考慮にいれるとこの損失分を大きく上回る効果をあげ、米国経済史上最も効果の高かった政府介入だったとのレポートを発表しています。
http://www.cargroup.org/?module=Publications&event=View&pubID=102

確かに、当時GMやクライスラーが消滅したとすると、このレポートにあるように、裾野の広い自動車産業としてはその影響は図り知れず、米国だけではなく世界の経済にもっと深刻な影響を及ぼした可能性は高いように感じます。

またこのタイミングで発表されたメアリー・バーラ氏のCEO就任も、自動車会社大手としては世界初の女性CEO誕生として話題になっています。彼女は生え抜きのGMプロパーで、GM中堅幹部には多い社内の技術者養成学校GM Instituteの出身、電気工学専攻のエンジニアがキャリアの出発点だったようです。

その後GM内でキャリアを重ね、スタンフォード大でMBAを取得、CEO就任前はグローバル本社の人事担当上級副社長として再生GMトップのアカーソンCEOの片腕として組織改革に腕を振るったようです。この女性GMが再生なったGMをどのような方向に導いていくのか、その中でも私がライフワークとして注目する『次世代自動車』への変革をどのように進めていくのか非常に注目しています。

ビッグ3が牽引したクリーン自動車技術

私の自動車エンジニア人生を通して、今では死語になりかかっていますが米国ビッグ3の動きには注目を払ってきました。入社してほどなく、通称マスキー法、米国の大気浄化法対応の排ガス対策プロジェクト担当になり、自動車の排ガス処理として排気ガス浄化触媒を使いこなすことが与えられた私のテーマでした。

この時からビッグ3、そのなかでもGM、Fordのアプローチが我々のお手本でした。この排ガス対策からエンジン電子制御が導入されるようになり、今では現代の自動車には欠かせないマイクロコンピュータ制御もまたGM、Fordが先鞭を切っています。1975年当時、燃料噴射エンジンの研究開発担当の新米係長だった私はGM、Fordのエンジンデジタル制御開発中との新聞記事を見かけ、スタッフたちにこれを紹介し、その可能性を議論したことがマイコン制御に手を染めるスタートでした。

秋葉原にマイコンキットを買いに出張してもらい、そのマイコンキットの勉強会を開き、そこから自作で燃料噴射と点火時期制御用コンピューターを作りクルマを走らせたのがトヨタとしてのエンジンマイコン制御の始まりです。その後、日本勢は排ガス対策にもまた低燃費や出力向上にもメリットがある燃料噴射エンジンとその制御系のデジタル化(マイコン化)を急速に進めました。

一方ビッグ3は当初のコスト高を嫌って従来型の燃料供給装置であったキャブレターにこだわり、また燃料噴射も日本勢のシリンダー毎に噴射弁を設ける気筒噴射方式に対し、キャブの替わりに一本の噴射弁で燃料を供給するシングルポイント方式に主力を置く時期が続きました。これが、技術面としては日本勢がビッグ3をキャッチアップした切掛けになったように思います。一気筒4バルブエンジン、過給エンジンなど出力競争もまたこの噴射エンジンとマイコン化が支えました。

とはいえ、1990年代に入ってもビッグ3、特にGM、Fordはわれわれから見ると強大で、世界の自動車をリードする盟主でした。1980年代後半から強まった米国カリフォルニア州の排ガス規制強化の動きに対しても、その背景、規制動向、試験法などの技術面の動きは米国自動車技術会活動などを通し知り合ったGM、Fordのスタッフとの意見交換が絶好の情報収集機会でした。さらに、その委員会活動を通じて、試験法づくりのデータ収集や共同実験、さらには規制当局への提案書づくりなどルールメーキング活動へも積極的に参加するようになりました。

もちろん、この活動をリードしたのはビッグ3のスタッフたちでした。私は、低エミッション車開発リーダーとして、日本でこのビッグ3との交流、ルールメーキング活動を支援、年に何回かは情報交換とルールメーキング活動の相談のため米国に出張し、GM、Ford本社に担当スタッフを訪ねたものです。ハイブリッド開発担当になってからも、この繋がりは続き、新聞でも報道されたGMやFordとのハイブリッドや水素燃料電池自動車技術アライアンスの協議にも加わったこともあり、その交流は続きました。今日はその交流の経験から、ビッグ3、その中でもGMとのエピソードの一部をご紹介したいと思います。

自動車界の中心だったGM本社

私が最初にGM本社を訪ねたのは、確か1991年だったと思います。その前年に、カリフォルニア州からそれまでのマスキー規制よりはるかに厳しい低エミッション車規制、LEV(Low Emission Vehicle:低エミッション車)と触媒や排気ガスセンサーなど、排気浄化装置の故障を車載の制御用コンピューターで診断し故障時にはアラームを点灯する車載故障診断システム規制強化(OBD:On Board Diagnosis)が決まり、その規制方法、試験法についての意見交換を行うためでした。

当時のGM本社は、デトロイトのダウンタウンにあり、1980年代のベストセラー『晴れた日にはGMが見える』で表現された14階建ての同じ格好のビル4棟で構成されていました。日本勢の現地生産拡大の影響もあり、デトロイト地区の乗用車工場が閉鎖に追い込まれ、またダウンタウン地区からホワイトカラー従業員が郊外に脱出、今のデトロイト市の破綻に結びつく治安悪化が進行していた時期です。綺麗なのはGM本社の一角だけ、それを抜けると昼間から怪しげな人達が屯する治安の悪いゴーストタウンのような街を急いで通りぬけた記憶があります。

GM本社ビル内は別世界で、中心部が吹き抜け構造となっており、その周りにガラス張りの回廊があり各階の人の動きが見渡せ、その外側に会議室や執務室、幹部の個室が配置されていました。最上階14階がトップの執務スペースで、そこには入れませんでしたが、面会相手の背の高いすらっとした女性秘書の案内で面会相手の個室まで案内され、役員ですら大部屋が当たり前のトヨタとの大きな違いを感じました。

かつては「GMに良いことはアメリカにとって良いこと」と言われた時期もありましたが、当時のGMのエンジニアにも自分たちが自動車をリードしてきたとの強い自負をもった人たちが多く、GMよりも自動車の将来、環境保全の将来が大切と切り出すシニアエンジニアとの出会いに啓発されたのもこの時期でした。こうしたGM、Fordスタッフのコミュニケーションを通じ、遠い存在であったビッグ3の背中が正直確実に近づいてきたことを感じ始めたのもこの時期の印象です。

その後1996年に、1923年に建設されたその本社ビルから、少し南にあるデトロイトリバー沿いの再開発地区にたてられた高層ビルに本社を移転させました。GMが資本参加していた、ホテルのマリオットチェーンが経営するルネッサンスホテルもその一角を占めることから、ルネッサンスセンターともいわれるビルです。

このルネッサンスセンターの本社は、北米オートショー(デトロイトモーターショー)や米国SAE(自動車技術会)年次総会が開かれるコンベンションセンター、通称コボホールの建物の中も通る再開発時に作られたピープルムーバ―と名付けられたモノレールで結ばれており、SAE会場からピープルムーバ―を使ってGM本社を訪ねた記憶もあります。この時も、役員会議室の豪華さに驚かされたものです。

経済の世界では高層の本社ビルを建てた会社は傾くとよく言われますが、まさに言葉のとおり破産に至ってしまいました。いまは、この本社機能をGMの主力研究開発拠点を持つデトロイト北部のワーレン市(Warren)に移そうとの構想がるようです。またそうなると、財政破綻をおこし最悪の状況にあるデトロイト市にとっては大きな痛手との報道もあります。

GMに技術はあった

GMの破産は、短期の収益を重視するあまり、将来技術開発、特に環境技術開発を軽視したつけと言われています。1990年から2005年トヨタを退職するまで25年のデトロイトGM通いとその付き合いの経験からは、決して将来技術開発、環境技術開発を軽視したとの印象は受けませんでした。まだマイコンなるものが生まれてまもない時期にすでにエンジンマイコン制御の開発をスタートさせていたことに驚かされたのは大昔としても、1990年代初めの量産型電気自動車『EV1』の開発からプラグインハイブリッド車『VOLT』、さらに燃料自動車開発まで、こちらがうらやましくなるような豊富な研究開発陣容と設備、それぞれ課長クラスでも広い個室をもつオフィスが与えられ、さまざまな分野で手広く技術開発を続けていました。

『VOLT』の母体となったレンジエクステンダー型ハイブリッドも1990年初めには加州ZEV規制提案時にはすでに開発に着手していました。プリウスの発売後にGMとハイブリッド共同開発の話が出て、デトロイト本社の少し北、ワーレン市にある技術センターなどでGM開発スタッフとなんども意見交換と技術レビューをしましたが、すでに様々なハイブリッドシステムの開発を手掛けており、モーター、インバーター、電池、その制御と専門能力の高いエンジニアが我々のハイブリッドチーム以上に多いことに驚かされました。

トヨタハイブリッド方式に近い遊星ギアを使ったいわゆる動力分割方式のハイブリッドもいくつか検討しており、この時紹介されたものが後に量産化された大型SUV用ハイブリッドや『VOLT』のシステムに繋がったように思います。しかし、かみ合わなかったのは、次世代自動車への取り組みと車種選択の考え方、さらに開発の方法論、体制論でした。

またハイブリッド開発が『EV1』開発をリードしたスタッフが中心だったためか、先に電気自動車、自動車の電動化ありき、将来自動車の開発よりも自動車の電動化そのものを目的化していることに違和感を覚えたことを思い出します。この時に付き合っていたエンジニアが『VOLT』開発段階のリーダーを務めたようですが、そのハイブリッド機構として遊星ギアを使った動力分割機構を使いながら、EV走行に拘るあまり、その機構をハイブリッド走行の効率向上に生かせず、燃費向上を疎かにしてしまったように思います。

このEVへの拘りは、実務エンジニアの拘りというよりも、技術開発マネージ陣(その殆どが『EV1』開発メンバー)のTHSハイブリッドに対する敵愾心と、経営トップのトヨタに対する拘りにあったように感じました。

言うまでもないことですが、技術に対する拘り、さらにライバルに対する敵愾心と競争心はあって当たり前で、そのフェアな競争の中で技術進化は進み、またイノベーションの引き金ともなります。しかし、その商品対象としてのクルマの商品機能向上、さらに将来のクルマに求められる社会的要求にこたえていくことがR&Dの目的で、ハイブリッドも電動化も、その電池開発、燃料電池開発もその達成手段に過ぎません。

これからの自動車をどう描くかに注目

GMだけではなく、ビッグ3が傾いたのも、研究開発はしっかりやっていたものの、分野別専門家集団のR&Dに留まり、クルマとしての商品技術開発につなげられなかったこと、またこれはメディア報道どおりですが、社会要請として自動車のクリーン化、低燃費化が強まるなか、収益源の大型SUV、大型ピック偏重の軸足を変えられなかったことによるように思います。

これはビッグ3だけの話ではありません。トヨタも、環境自動車への変革をリードしながら、米国ではビッグ3追従の大型SUV、大型ピックアップの増産にシフトさせたことがリーマン後の落ち込みのきっかけを作ったようにも思います。また、業務の細分化、専門分化の弊害もやや気になっています。

ここまで短期にGMを再生させた背景には、景気の回復とともに戻ってきた大型SUV、大型ピックアップのマーケット拡大と中国での販売増があるようです。GM破産の寸前に当時のリック・ワゴナーCEOが発表したプラグインハイブリッド車『VOLT』は、破産後の2010年に量産化され、再生のシンボルとして環境重視の広告塔的役割を果たしていますが、毎月2,000台程度の販売規模で収益には寄与してはいないでしょう。

乗用車の低燃費ハイブリッド車では、トヨタどころか直接のライバルのFordに大きく後れをとる状況です。『EV1』で先鞭を切った電気自動車も、今の第3次BEVブームには乗り遅れ、今年6月に発売を開始した『Spark EV』も11月までの累計販売台数が500台を切る状況で、環境自動車への舵切はうまくいっていないように思います。

しかし、『晴れた日にはGMが見える』ではありませんが、まだまだ日本勢、欧州勢では自動車の将来を引っ張るには力不足で、アメリカの自動車を変えるためにはGMが変化する必要があります。もはや大型SUV、大型ピックアップ一点張りではダメなことは自明で、しかしエコの押し売りではマーケットからソッポを向かれ、自動車バッシング、脱自動車を加速させかねません。

メアリー・バーラCEOが新生GMの舵をどのように切っていくのか、間違いなく環境自動車の方向に切り替えていかざるをえないと思いますが、これと自動車のエモーショナルな部分(走り、音色、走り心地)両立が求められる自動車変革をどのようなやり方でやっていくのか、アメリカの自動車マーケットも好調なだけに、その舵さばきに注目しています。

短期的には間違いなく売れ筋でお客様が求めている大型SUV、大型ピックアップトラックの環境性能をどのように上げていくのか、マーケットの低燃費、低CO2志向がどのようになっていくのか、これからもメアリー・バーバラCEO率いるGMの動きを見守っていきたいと思います。

20世紀の車より3倍の燃費の車へ

これまでに出版されたプリウスの本の多くでは、燃費2倍をめざしハイブリッドシステムの探索を行い、ハイブリッドシステムがプリウスに搭載したと書かれています。しかし、8月のブログでは、ハイブリッドスタディーチームが当時の技術部門トップであった和田明広副社長のところに、燃費向上目標2倍を提案したところ3倍を目標にしろと指示され、目を白黒させながら探索作業をスタートしたことを紹介しました。

そこでは、どのようなハイブリッドシステムを持ってきても、また車両諸元をいじっても3倍達成のメニューは見つけ出すことができず、ガソリンエンジンベースでは2倍強が限界との結論となり、その結果を恐る恐る和田副社長のところに報告に行ったところ、あっさりとその燃費2倍目標で進めようと言われ、拍子抜けしたと当時のスタッフの話を紹介しました。

今回はこの後日談をご紹介したいと思います。

開発中は「燃費の先祖返り」を繰り返したプリウス

この時提出された燃費2倍強の検討結果の中身も、エンジンの燃費マップは実測値ではあったものの、モーター・発電機の効率やそれを動かすパワーユニットの効率は、鉛筆をなめたとても実用では実現できそうもない高い効率をベースとしていました。量産開発目標として少しマージンを持って燃費2倍とするはずが、実のところはそのマージンを吐き出しても燃費2倍の目標にはほど遠い状態からの開発スタートです。

最初のプロトの試験では当時の公式燃費試験モードの10-15モードでリッター20キロを切るレベルで、その結果に愕然として車両チーフエンジニアの内山田さんをリーダー、私がサブリーダーとして燃費2倍特別タスクフォースチームを結成し、車両、エンジン、ハイブリッドシステム、回生ブレーキなどいたるところの燃費向上メニューを洗い出し、それぞれの目標達成と新たない燃費向上メニューを発掘する業務をスタートさせました。

開発の段階では少しずつの改良でやっとリッター24キロ…25キロ…と積み上げた燃費が、開発が進みあらたな試作車ができるたびに、一気にまた20キロ台まで低下し「燃費の先祖返り」とタスクフォースチームスタッフが恨めしそうに言っていたことを思い出します。

その後も紆余曲折があり、やっとたどり着いた認定試験結果がリッター28キロ、これがカタログ燃費となり、当初はカローラAT車の燃費15キロの倍、30キロが社内目標でしたが、比較車をカリーナに変更し燃費2倍と発表したのが初代プリウスの燃費2倍の顛末になります。

初代はこうして今だから告白できますが自分たちでも「苦しい」と言わざるを得ない言い訳が必要でしたが、二代目では車体をカリーナ相当にサイズアップしながらも10-15モード燃費35.5キロ、三代目ではさらにグローバルコンパクトとしてサイズアップしたうえで10-15モード燃費38.0キロと、初代から36%の燃費向上を果たし、燃費2倍は胸を張って言えるようになりました。

見えてきた燃費3倍

さてここからは、18年前を振り返って初代プリウスの車両企画と今の技術で燃費3倍の達成が可能か、考えてみたいと思います。初代プリウスと三代目プリウスの車両サイズを比較すると、見た目でもお分かりのようにグローバルコンパクトサイズとしてかなり大きくなっています。

初代プリウスでは「アウトサイドミニマム、インサイドマキシマム」をコンセプトとし、室内空間の広さを訴求点としました。とはいえ、インサイドミニマムの初代プリウスに比べて実はアクアのほうが、少し車室内スペースが大きくなっています。(初代プリウス [車室長]1850㎜*[車室幅]1400㎜*[車室高]1250㎜ [車室容積]3.24立法メートル、アクア [車室長]2015㎜*[車室幅]1395㎜*[車室高]1175㎜ 車室[車室容積]3.30立法メートル)

車両全長は、初代プリウス 4275㎜に対しアクア3995㎜と少し短くなっていますが、ホイルベースはどちらも2550㎜。当初の計画をベースに、このサイズのクルマで燃費3倍の可能性を検証してみたいと思います。

なお、アクアの10-15モード燃費はリッター40キロ、1997年時点のカローラAT比較でもカリーナ比較でもまだ3倍には届いていませんが、かなり接近してきています。

この燃費向上の経緯は、エンジン熱効率の向上、モーター・発電機とそれを動かすパワーユニットの効率向上、さらに回生協調ブレーキによる回生効率の向上、電池の内部抵抗低減など充放電効率の向上、様々な回転引き摺り損失の低減、さらに車両重量も初代プリウスの1240㎏に対し、アクアの1050kgとその軽量化などありとあらゆる部分の地道な効率向上と損失の低減です。

初代プリウスではハイブリッド化による重量増が150㎏程度ありましたが、その後のモーター・発電機の高回転化と高電圧駆動、パワーユニットやハイブリッド電池のコンパクト化、軽量化などによりハイブリッドとしても80㎏程度の軽量化を実現していますので、これと車両軽量化で1050㎏に抑えたと言えると思います。これらが、燃費リッター40キロ実現の道のりです。

1990年台半ばからみて燃費3倍はあと一歩のところに来ています。トヨタOBとして、新型アコードや新型フィットにハイブリッドの効率・燃費で抜かれたのはやはり苦い思いが去来しますが、それでも一自動車エンジニア、一自動車ファンとしてはライバルの登場の歓びの方が大きくあります。

アコード、フィットの燃費向上メニューを見ても、しっかりとプリウス、アクアをベンチマークし、抜くための技術メニューを積み上げてきたというのが伝わってきます。知財権やコストなどを含め「やれるやれない」は別として、このホンダの高効率のエンジンおよびハイブリッド技術をトヨタの持つハイブリッド技術を融合させた「いいとこ取り」をやるとさらに燃費を向上させることが出来るのは間違いありません。

内部抵抗が小さく充放電効率の高い軽量コンパクトなリチウムイオン電池の採用や、最高効率39%と抜かれてしまったエンジン最高熱効率を抜き返し、ガソリン初の40%以上を目指すこと、トランスミッション内の引き摺り損失を減らし回生効率を高めること、車両軽量化もBMW i3のような車両骨格にカーボンファイバー採用までいかなくともまだ余地があり、このメニューを加えていくと初代プリウス以上の車室スペース、ラゲージスペースのクルマで燃費3倍達成が視野に入ってくるように思います。

低燃費技術を拡げることが大事

エンジン最高熱効率の推移

図はガソリンエンジンの最高熱効率の年代での推移になります。初代プリウス用ハイブリッドの探索スタディーを行った時の、量産ガソリンエンジンの最高熱効率は32%程度で、アトキンソン高膨張比サイクルと低フリクション技術を手一杯織り込んだ初代プリウス用エンジンで35.2%、三代目プリウス用エンジンが38.5%、今年の新型フィットのエンジンがホンダの公表値として39%強となり、いよいよ40%越えが次のターゲットとなってきています。こうして40%を超えて42~43%が見えてくると、エンジンの教科書では熱効率が高い特徴を持つ説明されている自動車用小型ディーゼルエンジンの最高効率に肩を並べることになります。

因みに私が燃費3倍の実現が気になり始めたのは最近のことです。電気自動車が今のクルマに代替していける見通しがつかず、さらに日本では3.11以降の電力の火力発電シフトによりプラグイン自動車CO2削減は期待が出来なくなりました。さらに、中国を筆頭に新興国のモータリゼーションが急激に進み、この国々ではさらに石炭火力の比率が高く、電気自動車へのシフトはCO2削減も、大気汚染防止でも逆効果、ハイブリッドを筆頭とする低燃費車の普及を急ぐことがCO2排出削減の切り札となります。

この日本の低燃費技術をできるだけ早く現地化し、グローバルなCO2削減に貢献していくことが日本の自動車エンジニアの責務と考えるからです。もちろん、コスト低減も新興国マーケットでは欠かせません。

自動車CO2削減の実効をあげるには、燃費2倍どころか燃費3倍、次は4倍(4倍のメニューは私の頭には描けず、次の世代に委ねますが)へと技術進化へチャレンジし、それを世界に広めていくことです。

これこそ、日本の自動車エンジニアに期待したいところです。少し前に触れましたが、ゴーンさんは何を勘違いしたのか、中国での電気自動車普及を叫び、日本、欧州では電気自動車が普及していかないのは充電インフラ不足と責任転嫁をしています。地球環境保全、大気汚染改善が自動車変革の目的であり、電気で走行させることが目的ではありません。中国を初めアジアの新興国では今後も電力のCO2量は高いままという予測もあり、そうした国々では電気自動車は必ずしも環境に優しくはありません。ただし、国・地域によっては大きく環境負荷を低減出来る所もあり、そうした中で最適なモビリティを、健全な競争の中で提供されるようにしていくことが理想なのは間違いないでしょう。

確実なCO2削減を進めていこう

先月23日まで、ポーランドの首都ワルシャワで開催されていた気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19、ワルシャワ会議)のメインテーマは、2020年をスタートとする、全世界としての温暖化ガス排出削減への取り組み枠組について合意の方向を探ることでした。2015年までに、先進国、途上国すべてが参加し温暖化ガス削減に取り組むとの合意で閉幕しましたが、合意内容としては国際条約としての強制力のある『約束』『義務』という言葉のない、自主的な『貢献』というあいまいな合意となってしまいました。

日本は温暖化ガス削減目標として、このCOP19で鳩山政権時代の2009年COP15で掲げた2020年までに1990年比25%削減の大胆な目標を撤回し、2005年比3.8%削減、1990年比では3.1%増の提案を行い、途上国だけではなく、先進国の一部や参加していたNGOからの袋叩きにあってしまいました。これが、脱原発としたときの今の日本の不都合な真実で、一部の環境NGOが叫んでいる「脱原発の上で25%削減死守」などどうすれば実現できるのか私には想像することも不可能な未来です。

日本のハイブリッド車は、まだまだ自世界の自動車保有台数の1%にも届いていませんが、確実にクルマのCO2削減に貢献しています。このハイブリッドが牽引する低燃費車の普及により、日本、アメリカとガソリン消費量そのものもピークを打ち減少に向かい始めています。日本の技術で、新興国への低燃費車普及を加速させることも、日本国内だけでのCO2削減量を補いグローバルなCO2削減に貢献できます。これで、国内削減目標をまけてくれとは言えませんが、日本として責務の一端は負えると思います。

もちろん、8月のブログでも述べたように、グローバルCO2の削減で実効を上げるには実走行燃費の向上が必要です。公平に同一条件で燃費ポテンシャルを比較する試験法が公式燃費モード、その公式試験モードの結果がカタログ燃費です。このカタログ燃費で評価できない、低温時ヒーター運転、高温多湿時のエアコン運転、高速、登降坂など実走行の様々な走行での燃費向上にも目配りしていくことにより実走行燃費もカタログ燃費の向上率に近づいていきます。

どこまで迫っていくのか、これからのハイブリッド車燃費競争激化を楽しみにしています。

ゴーン氏の言葉、EVと“Freedom of Mobility”

11/23日の一般公開を控えた東京モーターショーですが、昨日と今日が報道公開日とされ、各社の展示車、トップスピーチが様々なニュースとしてメディアに取り上げられています。

過去、一時は海外勢の撤退もあり海外メディアの東京パッシングの動きなどもありましたが、日本の自動車メーカーが、アベノミクス効果かどうかはさておき、円安の後押しもあって大幅な収益回復を果たし、また日本マーケットそのものも次世代環境技術、安全技術など自動車の先行きを占うイベントとして海外メディアからも再注目されてきていることはご同慶の至りです。今日のTVにも報道公開日にも関わらず大混雑しているシーンが流れていました。

インフラ未整備は本当にEV普及の最大の阻害要因?

この2013年東京モーターショー報道公開日の会場で、ルノー日産のカルロス・ゴーンCEOが電気自動車販売目標について以前のコミットメントであった2016年までに累計150万台を、2~3年達成期限を遅らせるとの発言し、またその理由として最大のEV普及の阻害要因としてあげた充電設備の未整備にあると述べました。

『電気自動車への投資、後悔していない=ゴーン日産自CEO』との見出しで、ロイター通信は伝えています。もちろん、電気自動車普及をギブアップしたわけではなく、目標達成時期が2~3年遅れるとしたうえで、充電設備の未整備が普及の障害となっており、さらに燃料電池車の普及にも水素インフラ不足という問題があると語っています。

カルロス・ゴーン氏は世界の自動車メーカートップの中でも際立つプレゼンスを示している人物であることを否定する人はいないでしょう。我々も次世代自動車関連トピックスの調査を継続して行っていますが、そのトピックスに登場する自動車メーカートップとして内容、件数ともにNO1のプレゼンスを示しています。EVについて長らくその旗振り役を振り続けたゴーン氏の発言は注目を集め、大きな影響力を持っています。

そういった立場にある方の発言として考えると、この発言には大きな疑問を抱かざるをえないものです。それはEV普及がうまくいない原因をインフラの未整備にすることで、EVが苦戦している最大の理由である航続距離の短さというまさに商品としてそして車として極めて重要な所から、意図的か意図的でないのかはわかりませんが、目を逸そうとしているように思えるからです。またこの論旨では、EV販売については最も充電インフラが進みかつ今後も投資が予定されている日本で急速に販売が鈍化しているにも関わらず、人口比・面積比ではインフラがまだまだなアメリカや欧州ではそこまでの落ち込みは見せていないことなどが説明できていません。

またインフラ整備が進んでいないというと、EV普及を政府等が支援するのが当然のように思えますが、発電時のCO2等を含めた議論では、必ずしもそれが好ましいという結論を出すことはできません。政府等がインフラ整備を含めてEV普及を後押しする際には、温暖化防止、大気環境保全等に大きく貢献し、またその財源をもたらす市民にとって利便性をもたらす必要があります。

“Freedom of Mobility”である車を守らなければ

先週のブログでご紹介した、フランスの自動車ラリー伝説の名ドライバー、ダルニッシュさんとの懇談でも、この電気自動車の今後、その中でゴーンさんの発言、その影響力が話題となりました。ダルニッシュさん自身は、反EV派ではありません。都市内での未成年者、お年寄りのモビリティ・ディバイド(公共交通機関が寂れ、移動する自由度が奪われ、差別化されてしまうこと)の対応として、日本でも話題になっている一人~二人乗りの超小型コミュータEVを使った新しい都市内モビリティの提唱者です。

そこでの議論も、先週のブログでも取り上げて“個人の自由な移動手段”としてのモビリティ、“Freedom of Mobility”の重要性です。しかし、最近フランスでも、環境命の政治家が増え、この“Freedom of Mobility”に聞く耳もたなくなってきていることへの心配をしていました。このような政治家にゴーンさんが影響を与えているのではとの話題です。

もちろん、地球温暖化、大気環境保全は、社会的要請です。次世代自動車として、この変革に取り組むことは必要条件です。しかし、人類の発展を支えた要素として、自動車が生まれる前からも“旅の自由=Freedom of Travel”があり、その手段として発達した二輪、三輪、四輪自動車による“Freedom of Mobility”が重要と信じています。この要素を発展させる前提として、自動車の持つネガティブインパクト低減に取り組んできました。ダルニッシュさんと、この意見で一致したのが、先週のブログですが、自動車会社トップがそれとは反対の方向で政治的働きかけを続けているとすると?どころではありません。

 私自身、トヨタ現役時代もトヨタ内の電気自動車開発担当に“何が目的のEV?”の議論をふっかけ、米国加州環境当局CARB ZEV規制立案スタッフとも議論してきました。またクリーンガソリンエンジン開発の社内プロジェクトリーダとしても、大気環境アセス研究にも首を突っ込み、またLEV/ULEV/SULEVといった略号だらけのゼロエミッションレベルにどんどん近づくクリーン車開発を続け、この後に担当することになったのがハイブリッドプリウスの開発です。

当時の無理やりZEV規制に対応するEVではこの“Freedom of Mobility”から逸脱してしまう、この“Freedom of Mobility”を維持する次世代自動車としてハイブリッド開発に注力しました。当時のトヨタ社内でも、ZEV当局者、こうしたブログや他の方面での私の発言を聞いた方からも、私はアンチEV派と見られているかもしれません。しかし決してアンチEV派でも、ハイブリッドと内燃エンジンにしがみついている旧守派ではないつもりです。

環境という化粧を落として、商品として勝負しなければ発展はない

RAV4EV、e-Com、Subaru eVステラ、三菱自アイミーブ、日産リーフ、Smart EV、MiniEV、BMW ActiveEなど様々なEVにも試乗してきました。その中では、クルマとして群を抜いていたのが日産リーフです。この量産化に取り組んだ開発エンジニアのハートを感じ、また量産自動車としての厳しい評価をパスして作り上げた自動車商品として評価できたのはこのリーフだけです。

そのクルマとしての完成度が高く、さらに都市内走行でのモーター駆動のポテンシャルの高さを感ずるだけに、急速充電までトライし、今のハイブリッドを含む内燃エンジン車を代替する次世代自動車としての限界をより強く感じました。もちろん、この航続距離の範囲内でコミューターとして使える用途としては十分満足できるクルマであることは間違いありません。

ただし、満足されて使われているユーザーに私の意見を押し付けるつもりはありませんが、こうしたコミューター用途は石油枯渇問題、大気環境問題、気候変動CO2問題とは別の、公共交通機関を含む輸送機関全体の問題として議論をすべきと思います。コミューター使用だけでは、間走行距離も少なく、今のクルマの代替としてのCO2削減効果は期待できません。これを混同すると方向を誤るように思います。その意味で、普及の障害を充電設備の未整備と責任転嫁することは大経営者として?に感じました。

このコミューター用途であれば、電動アシスト自転車、電動スクーター、超小型コミューター、シニアカーなどいろいろ候補あると思います。この用途ならば、排気がクリーンであることは前提ですが、なにもEVに限定する必要はないと思います。

いずれにせよ、事業採算性が問われ、これをクリアしなければ将来マーケット拡大はなく、これまた補助金をあてにしたプロジェクトでは先の発展はないことは、今の内燃エンジン車代替の次世代自動車と同じであることを銘記すべきです。

充電設備網の整備もまた政府資金頼り、補助金便りでは先はありませんし、そのつけは税金、電力料金として国民が負担することになります。エンジニアとして、その厳しいハードルにチャレンジし、乗り越えてこそ、世界をリードできる次世代自動車技術を創出することができると思います。

再びパリ、こちらでのあれこれ

フランス技術アカデミーでの講演に呼ばれました

 今パリに滞在しています。今回はフランス技術アカデミー(National Academy of Technologies of France:NATF)例会での講演が主な目的で、未だにいろいろな所から声をかけていただけるハイブリッドプリウスの開発ストーリーとこれからの自動車がテーマで話をしました。

プリウスPHVのフランス実証試験を通じて知り合いになった、フランス高等教育機関グランゼコールの一つ、エコール・ド・ミン((ecole de mime)鉱山学校)の先生から依頼されての講演です。NATFでは、昨年10月に将来自動車の提言レポートを纏まとめて発行していますので、そのまとめをそのエコール・ド・ミンの先生が、そのあと私の講演と質疑応答含めると2時間たっぷり、質問攻めにあいました。

プリウス開発ストーリーはこのブログでも紹介していますがフランスでは新鮮だったようです。(自画自賛でしょうか?)明日の自動車の議論として今週日経BP社の技術サイトTechOnに寄稿したフランス・ストラスブールでのプリウスPHVの実証試験結果を紹介でも述べたようにEcoと“自由な移動手段:Freedom of Mobility”の両立として、ハイブリッド、その応用としてのプラグインに将来のポテンシャルを感じた話を強調しましたが、これには異論は全く出ませんでした。冒頭のプレゼン資料と日本語のオーラル原稿を紹介します。

図1

「日本語オーラル原稿」
20世紀は自動車の世紀、その幕を開けたのはこのT型FORDだと思います。
私は何度もMulhouse(ミュルーズ)のフランス自動車博物館*1を訪問しています。

あのブガッティコレクションに圧倒され、また欧州の自動車文化の幅の広さと深さに感銘を受け、何度行っても飽きることはありません。
あの自動車博物館を見学していると、自動車の発展が単に、人、モノを運ぶ移動手段としてだけではなく、人類の進化をけん引してきた“自由な移動手段、Freedom of Mobility” 追求の歴史だったように感じます。

プリウスは、環境、交通事故といった自動車のネガティブな影響がクローズアップするなかで、それに対処するための自動車の変革を探るプロジェクトからスタートしました。

自動車会社としては後追いだったトヨタですが、このエコと”Freedom of Mobility”を両立させる自動車の進化に貢献していきたいとの想いがしゃにむにプリウスの量産に突き進んだ決断の原点です。
*1 フランス東部、アルザス地方のミュルーズにあるフランス国立自動車博物館

これからの自動車屋の仕事は?

このような話をいろいろなところで紹介しています。エコだけではなく、自由な移動手段との両立をめざすこと、自動車バッシング、脱自動車に向かわない解決策を見いだすことが、クルマにのめり込んだ自動車屋のやるべきこととしてやってきたつもりです。

すべての方に賛同していただけると思ってはいません。さらに賛同いただいたかたにも、まだ今のプリウス、トヨタのハイブリッドではそこまで到達していないとのお叱りを受けることも承知です。私自身もそう感じています。さらに言うと、今年嬉しい驚きを与えてくれた好敵手、ホンダ・アコードHV、フィトHVもまだ私のめざしたい理想の”Freedom of Mobility”にはまだまだと感じています。

以前のブログでも述べたと思いますが、開発マネージャーには理想と現実の狭間で決断を迫られます。発売寸前に、改良したい部分、手を打っておきたい部分を残しながら生産スタートの決断を迫られます。また、当然営利企業ですから、赤字の垂れ流しは許されません。収益面からの決断も迫られ、もう少しお金をかけられればとの思いを抱きながら生産移行の決断が必要になります。やり残しを感じない開発マネージャーが存在するとすれば、お目にかかりたいものです。

フランスでの“Freedom of Mobility”の仲間

さて、今日の午前中には、もう一つ盛り上がるミーティングがありました。自動車関連で知る人ぞ知る、ベルナール・ダルニッシュさん*2と何回目かの再会です。

*2 ベルナール・ダルニッシュさん、1970年代から80年にかけて、自動車のラリーチャンピオンシップで名をはせた名ドライバー

ダルニッシュさんは、今は自動車の語り手として、フランスのTV、ラジオのレギュラー番組をお持ちで、クルマの現在、未来を発信されています。盛り上がり、意見が一致したのは”Freedom of Mobility”の考え方です。

彼が言っていたのは、フランスでも自動車嫌いの政治家が多くなり、“Freedom of Mobility”を理解してくれなくなってきているが、あきらめずに言い続けようとの話です。その自動車論議で盛り上がり、意見が一致したのが、エコだけではなく、”Freedom of Mobility”を両立させるのが未来の自動車のあるべき姿であるという意見です。

先程述べたように賛否両論はあろうかと思います。しかし、私も粘り強く日本で、この”Freedom of Mobility”を発信していくと約束をしました。

今、彼はプリウスPHVのモニターをやってもらっているようです。厳しい、プロドライバーからの”Freedom of Mobility”に向けた意見を言っていただくことをお願いし、次の再会を約束してお別れしました。

最後の写真は、NATFでの講演からの帰りシャンゼリゼの近くで見かけた興味深いクルマの写真です。今話題の電気自動車テスラ・モデルSがパリでやっている電気自動車のカーシェアプロジェクトAutolibeの路上充電ステーションで充電をしている状況の写真です。パリでも目を引くクルマですが、それでもお金持ちのセカンドカー、サードカーとして使われているクルマだと思います。

写真

急速充電でもないAutolibの充電ステーションで充電に何時間かけるのか、興味はつきません。(電池が空っぽから充電すると、フランスの商用電力、三相交流220V、標準15Aの充電で20時間以上はかかる電池を搭載しています)